ゾルザルは目を覚ました。
それは朝を過ぎて昼になる頃だった。
昨日の日記から分かったのは、自分が成り変わった男はどうやら<帝国>の皇子という立場だったようだ。
ゾルザルは周りから無能と見られていたし、不満から来る英雄への憧れから〝前のゾルザル〟は伝統を軽視していたために最近は朝の儀礼にすら呼ばれなくなっていた。
「朝か……。」
ゾルザルは眠い頭を振り、起き上がると体を伸ばし着替えようとした。
なかなか一人で着替えるのは難しかったものの着替え終わると部屋を出て散策する事とした。
部屋を出るとメイドが顔を青くして挨拶をしてから、何処かに消えていった。
しばらく辺りを散策していると後ろに男を従えた、優男にあった。
「これはこれは、兄上ご機嫌はいかがですかな?私は朝の礼帰りですのでいささか疲れておりますが。」
暗にゾルザルに皮肉を言っているようだった。
「あぁ、元気だよ。ところで君の名前は?寝起きで頭が回らなくてね。」
ゾルザルの発言は皮肉に対してお前を知らないと皮肉で返しているようにとれた。
「兄上、お忘れですか?ディアボですよ。ディアボ。」
明らかにイラついた様子をディアボは見せた。
ディアボとしては皮肉を返されると思っていなかったからである。
「ディアボ、悪かったな。それで何かあったか?」
飄々とした様子を見せているゾルザルにディアボは半ば呆れを見せた。
「いえ、これから用事がありますので帰ります。」
軽くそういうと去っていた。
後ろに居た男が丁寧な挨拶をするとディアボに着いていった。
しばらくすると何処からか走ってきた様子で、一目見ただけでは美少女に見える男がゾルザルに会いに来た。
「殿下、失礼を承知で質問いたします。何故私を呼んでくださらなかったのです?」
年頃は若めの男である。
「誰だ?」
ゾルザルは瞬時に名前を聞いていた。
「貴方の侍従のキールです。キール・カーディナルです。殿下。」
着飾った美少年は慣れた様子でそう答えた。
ゾルザルは一瞬、驚いたが冷静に返した。
「そうか。悪かったな。」
「閣下。毎日の事では無いですか。」
キールは気にした様子はなく、いつもの様子と変わらないと判断したようだった。
「そうだったか。」
ゾルザルの発言にキールは「はい。」と返事をしてから別の話を始めた。
「殿下何故、私を毎日遠ざけるのですか?呼鈴を鳴らせば何時でも駆けつけますのに。」
更に「今日は一人で着替えた様ですし」と言った所でゾルザルには何故、〝ゾルザル〟がキールを突き放していたか理解した。
妙にキールの目が熱ぽく矢鱈と所作の節々に女性らしさが出ていたからである。
キールの災難は美少年だがゾルザルにも〝ゾルザル〟にもそういう趣味はなかった事であろう。
〝ゾルザル〟とキールの関係は一部の特殊な趣味を持つ貴族や女性騎士や皇女を除いては、誰にも得をもたらさなかった。
それは勿論ゾルザル自身にもであるが。
気まずさと何処と無く感じた悪寒にゾルザルはここのまま同じ話題を続けていると良くないことが起こると感じた。
「最近、何か特別なことは無かったのかキール?」
この発言が仇になるとゾルザルは考えていなかった。
「殿下のご命令通り、殿下からお金を貰って旅に行った時に全ての神殿巡りも終わりました。学問のロンデルで魔法を覚えまして見識が深まりました。それと同時に離れれば、離れれるほどこの素晴らしい旅を殿下への敬愛は深まりました。」
そして、ゾルザルは聞き漏らさなかったがキールは小さくキールと呼んでくれたとしっとりと艶のある声で呟いていた。
(なんだコイツは……〝ゾルザル〟は遠ざけてたみたいだが危ないやつじゃないか。)
何だか危ない雰囲気を漂わせるキールに悪寒が走りながらもゾルザルはとりあえずまた話題をそらした。
「お前は何が出来るんだ?教えてくれ。」
キールと呼ぶのを危険と感じたゾルザルはキールと呼ばないこととした。
「殿下のご指示によって、魔法や武術や商業農業全てが出来ます。」
そう言う姿は可愛らしかったが、時折見せる潤んだ眼でゾルザルを畏縮させた。
「そうか。」
ゾルザルは部屋に逃げた。
その様子を茂みで見ていた者が居た。
「素晴らしいですね。」
「そうね。素晴らしいわ。」
二人の若い女性が見ていた。
今日も薔薇騎士団は平和だった。
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