暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

9 / 16
9話 抜錨! 第一水雷戦隊!

 第一艦隊 第一水雷戦隊

 旗艦 暁Lv.5

 2番艦 響Lv.5

 3番艦 雷Lv.4

 4番艦 電Lv.4

 5番艦 Blank

 6番艦 Blank

 

 以上が今回の編成、というか全兵力。大淀と明石は彼女達の特殊な境遇上まだ前線に立てない。駆逐艦のみの貧弱な艦隊だが、水雷戦隊の強み、“回避と夜戦火力”を活かせば活路は十分すぎるほどにある。前回の出撃でMVPをとった暁と旗艦だった響は練度5。雷と電は練度4だ。

 

 電に艦隊名を決めるように言われたので、便宜上第一水雷戦隊と名付けたが、実際軽巡洋艦が一人もいないので、水雷戦隊というより駆逐隊の方が名としては妥当だろう。だが、今後軽巡が着任した時にまた名前を変えるのも面倒なのでこれで妥協する事にした。

 

「あーあー。マイク大丈夫か?」

 

 作戦司令室に備え付けられた巨大な無線機で艦隊と通信する。その機材の管理は明石と大淀に任せた。それぞれの本領である“工作艦”、“艦隊旗艦”としての経験を十二分に活かしてくれており、前回自分で無線機を弄った時よりずっとノイズが減り、通信が安定している。

 背後にはさらに美代がいる。何でも、艦隊指揮に興味があるんだとか。坂下大尉と佐々木軍属はそれぞれが思い思いに鎮守府を見て回っているらしい。

 無線機から旗艦である暁から返答が返ってくる。

 

「無線は問題ないわ。そろそろ第一交戦ポイントに近づいてるけど、陣形はどうするの?」

「そうだな、基本は単縦陣でいい。だが、敵を発見したら即座に伝えろ。相手に合わせた方が動きやすい」

「わかったわ……って、もう発見しちゃったけど」

 

 無線機を通じて、敵艦の威嚇射撃の音が聞こえてきた。

 

「敵艦見ゆ! 索敵データ通り駆逐艦2体。左弦前方、10時の方向。敵はこちらの前方を横切るような進路をとっているのです!」

 

 敵は左弦前方10時の方向、左から右へ自然なカーブを描いてこちらの艦隊の前方を横断、こちらは単縦陣で奴らの航路をほぼ垂直に割る進路……

 壁掛けの作戦ボードのマグネットを報告をもとに動かし、再現する。この布陣は俗に言う“T字不利”だ。このままでは砲雷撃がやりにくい事だろう。この状況を打破するには……

 

「よし、最大戦速で急進し、敵艦隊側面に砲撃。その後進路を敵に沿わせ、同航戦に移行しろ!」

「「「「了解(なのです)!」」」」

 

* * *

 

 ――勝負は一瞬で着いた。

 砲撃一巡で敵艦一体を撃沈。一体を中破。こちらも雷撃戦で仕留めた。電と雷が過擦り傷を負ったが、誤差の範囲だろう。声も明瞭で、まだまだ戦意に溢れている。その後もしばらく索敵をさせていると、暁から無線が入った。

 

「敵主力艦隊、発見したわ! こっちも索敵データ通りね! 敵は……旗艦の軽巡洋艦を中心に輪形陣をとっているわね」

「よしきた!」

 

 思わず指を鳴らす。あまりいい音は鳴らなかったが。

 

「輪形陣は雷撃が最もやりにくい陣形なんだ。これだけでも重雷装艦の脅威はかなり薄れたぞ!」

 

 輪形陣とは、旗艦を囲うように味方艦艇を布陣する陣形だ。だから各艦艇は雷撃する時、射線に旗艦が被ってしまい、正確に発射できないのだ。

 

「……で、陣形はどうするんだい?」

 

 冷静な響から、現実的な問いが出される。

 

「そうだな……相手が輪形で旗艦を守っていることだし。こちらは複縦陣で随伴艦の撃破を狙おうか。雷撃の脅威が薄れたとはいえ、重雷装艦が強力なのは変わりない。最優先で仕留めろ!」

「了解。いくよ、皆」

 

 

 

* * *

 

 

 

砲撃戦が始まる。敵艦隊は前方からやってくる。反抗戦だ。

 

「攻撃するからね!」

 

 暁が開幕砲撃をする。雷巡を狙ったが、少しそれて隣の駆逐艦に命中し、中破させる。その報復がきた。五つの砲塔が私達を狙う。

 

「さて、やりますか」

 

 私たちは駆逐艦だ。機動力を生かして回避し続け、雷撃戦と夜戦でフィニッシュを決めるのを基本スタンスとしている夜戦での逆転を狙うためにも、中破以上の傷を負うのは避けねばならない。

 私の砲撃で中破していた駆逐艦が沈む。その間に雷と電も、二人で一体を沈めた。

 しかし、肝心の雷巡に傷を与えれていない! 私たちは焦った。気が付けば既に雷撃戦の距離になっていた。いくら敵艦隊が雷撃が当たりにくい輪形陣だったとしても、この至近距離で大量の魚雷をばらまかれては避けきれない。

 

「それ以上接近するな! 魚雷がクリーンヒットしたらただじゃ済まないぞ!」

 

 司令官がヒステリックな声を上げて、警告を促した。でも大丈夫、私達は駆逐艦。ちゃんと距離さえ保てば魚雷なんて……

 

 そう思った時だ、息が一瞬詰まった。電が雷巡に接近している!? あの距離では避けられない!

 

「こ、航行装置に不調! 舵が効かないのです!」

 

 そうだ、電は先立っての前哨戦で被弾していた。小破にも満たない被害だったので無視して進行したが、どうやら被弾したのは航行装置の歯車部分だったらしい。司令官から指示が飛ぶ。その声は明らかに焦っていた。

 

「電! 舵が効かないんだな!? それなら最大戦速で直進、とにかく足を止めるな! 他の3人は雷巡の妨害だ、いいな!」

「でも……」

「いいから速く!」

「駄目だ、間に合わない!」

 

 その時雷巡チ級は既にその無慈悲な目で標的を捉えていた。

 

「電! 避けて!」

 

 魚雷発射に気づいた私と雷が異口同音に叫ぶ。だが、電はとても回避に移れる体勢ではない。大量に発射された魚雷は殆ど逸れていったが、一本は真っ直ぐに電目掛けて伸びてきていた。

 

 また私は、姉妹を守れないのか……

 

 だが、その魚雷は電には命中しなかった。彼女の、私達の姉が、旗艦であるにも関わらず庇ったのである。暁は微笑を浮かべて言った。

 

「司令官、ちょっと無茶するわね」

「おい、暁!」

「暁ちゃん!」

「暁は大丈夫、沈まないわ。だって……」

 

 高く高く上がる水柱。ニヤリと笑みを浮かべる雷巡。私の目には、全てが無彩色に映った。

 

 

 

* * *

 

 

 

 暁ちゃんが被雷しました。魚雷を回避できない私を庇って……

 でも、私は見たのです。魚雷に眼前に迫る中、主砲を切り離し(パージ)て左前方に投げ出す暁ちゃんの姿を。そして、僅かに左弦方向に魚雷が逸れていくのを……

 

「大丈夫、暁は沈まないわ。だって……」

 

 力強い声が、通信回路に響きます。

 

「だって……暁は1番お姉さんなんだから!」

 

 水柱が収まったところに、暁ちゃんは立っていました。安堵と心配の溜息を同時についた響ちゃんの声がします。

 

「暁、どうやってあの魚雷を……」

「そんな事今はどうでもいいわ。ボケっとしてないで魚雷を撃ちなさい!」

 

 その声でハッとして、皆雷撃戦の用意をします。

 私達は暁ちゃんと違って魚雷を積んでいません。装備した艤装は“12.7cm連装砲”1基だけ。しかし、これは()()()()の話。

 

 私たちの艤装は、航行装置や機関、最低限度の砲雷装備を積んだ“基本艤装”と、基本艤装に同期させて運用する“追加艤装”の2つに大別できます。私達が装備する連装砲や、暁ちゃんが装備する三連装魚雷が、この追加艤装にあたります。

 砲や魚雷などの攻撃に関する能力は基本的に追加艤装を用いて強化するのですが、基本艤装にも一応最低限度の攻撃力は備え付けられています。だから追加艤装に魚雷を装備していない私達も、威力は低いですが魚雷で攻撃することは出来るというわけなのです。

 

「攻撃するからね!」

「遅いよ!」

「てーっ!」

「魚雷装填です!」

 

 私と雷ちゃんが敵の雷巡を、暁ちゃんと響ちゃんが敵旗艦の軽巡を狙い、魚雷をばら撒いた。獲物を仕留めきれなかった雷巡は、呆気に取られている間に魚雷に接近され、回避不能。魚雷全弾命中で撃沈。軽巡は素早い反応を見せたが回避しきれず、二人の魚雷が一本ずつ命中して中破。

 ここで雷ちゃんが叫びます。

 

「これ以上接近したら乱戦になるわ! こっちの被害も大きくなる!」

「どうするのです? 司令官さん!」

 

 落ち着きを取り戻した司令官さんが指示を下します。

 

「そうだな、一旦退避して態勢を整えるのがいいだろう」

 

 私達の意見とも一致したので、一時退避することになりました。

 

* * *

 

「よし、被害状況を確認するぞ。響、報告を頼む」

「旗艦暁が主砲一つを完全破壊されて小破。でも身体に傷はないよ。以下三名は無傷だ」

「了解……それにしても暁。どうやって魚雷を回避したんだ?俺は見ていないが、雷によればかなり危なっかしかったらしいが……」

「そうさ。私たちにも説明してもらわないと」

 

 響ちゃんは余裕のない表情なのです。暁ちゃんはかつて帝国海軍の艦だった頃に、第六駆逐隊の中で一番最初に沈みました。きっと響ちゃんは、また同じ事が起こるのではないかと、心配しているのでしょう。表情からみて、雷ちゃんも同じ事を感じていたようです。勿論、庇われた私自身も。

 

「簡単なことよ」

 

 そんな私たちの心配をよそに、すまして暁ちゃんが説明しだします。

 

「私たち艦娘の魚雷はある程度敵の反応を感知して誘導するのは知ってるわよね? 勿論大幅に軌道は変わらないけど」

「うん」

「そして深海棲艦の魚雷も同じように、私たちに反応して誘導する」

 

 ハッと気づいた。だからあの魚雷は……

 

「で、私たち自身だけじゃなくて、もしかしたら“艤装”にも反応するかもしれないって思ったの」

 

 納得がいった。確認の意で言葉を返す。

 

「だから主砲を投げつけたのです?」

「その通り。電は見ていたのよね」

 

 誇らしげに無い胸を張る。

 

「突然現れたより強い反応に引き付けられて魚雷が逸れたって訳」

「艤装にそんな使い方があるとは……」

 

 響ちゃんが溜息をつく。暁ちゃんは、左手に持った主砲をぶらぶらと振りながら、無線越しの司令官さんに話し続けます。

 

「主砲は妖精さんに回収してもらったけど、完全破壊されちゃってもう使い物にならないわね。どうする?司令官」

 

 うーん……とうなる司令官さん。

 しかしそれ程間を開けず指示が出ます。

 

「後で修理してもらうから今は艤装にジョイントしておくんだ。しかし砲撃戦がほぼ出来なくなったわけだから、単縦陣の最後尾に着いてくれ」

 

 暁ちゃんは、追加艤装の12.7cm連装砲を破壊されてしまいましたが、基本艤装に搭載された砲はまだ生きているので、一応砲撃戦にも参加できます。ですが、この基本艤装付属の砲は本当に最低限の火力しかありませんし、扱いにくいので、武器としての働きはほとんど期待できないのです。

 

「わかったわ」

「旗艦の務めは後ろからだと難しいだろうから、旗艦代理として雷に戦闘指揮を取ってもらう」

「了解! まっかせて、司令官!」

 

 こうして、陣形が再編成されました。

 

 旗艦 雷

 二番艦 響

 三番艦 電

 四番艦 暁

 

「……敵は射程内に収めているけど、威嚇射撃しかしてこないね。この様子だと、敵軽巡は主砲が使えないみたいだ」

「よし、それなら当初の予定通り、夜戦で一気に片をつける。それまで待機だ。二人交代で警戒してくれ」

 

 

 

* * *

 

 

 

夜になった。

私達の本領発揮ね! 鼠輸送任務なんかよりやっぱり戦闘よ! 無線で司令官から声がかかる。

 

「皆、準備はいいな? 敵旗艦は昼戦の攻撃が効いて砲が使えない。しかしまだ魚雷を撃ってくる危険があるから優先的に仕留めろ」

「「「「了解(なのです)!」」」」

 

 急襲。まさにその言葉が相応しい再突入。日が沈むまでは時折威嚇射撃を交わす程度で、ゆらりゆらりと射程限界をうろうろしていたのと打って変わって、4人全員がほぼ最高速で接近する。

 

「敵、砲戦距離に入りました!」

 

 電が報告を入れる。

 だが、司令官は何も言わない。今回は私に指揮を委ねてくれているのだ。

 

「このまま最高速を維持! 蛇行して弾を避けて!」

「「了解!」」

постижение(パスティズィニェ)(了解)」

 

 時々、このようにロシア語が交じる。これも以前の出撃と同じ、何故か落ち着く。敵は3体。しかも1体は砲が使えない。こちらも暁の砲戦火力が期待できない状態ではあるが、兵力の絶対数では優位だ。戦術的な優位が確立されているなら、特別な戦術は必要ない。駆逐艦の本領である速度と機動力を活かして急接近し、一撃必殺の魚雷を叩き込む。

 

 この様な数にものを言わせる戦法の時。先頭で戦う者……つまり今で言うと私は、敵の照準を自分に振り、後続の味方の安全を確保する事が仕事だ。特に今回は暁が砲戦に参加出来ない。彼女を安全に雷撃戦の距離にまで連れていくことが、敵への被害を高めるために必要だ。

 

……と、以上が長々と電に述べられた私の役割。まぁ噛み砕いて言えば、私が姉妹のために囮になるって事よね。

 

「そんな攻撃当たんないわよ!」

 

 だからこそ単縦陣での蛇行だ。この陣形は有利な点が二つある。

 

 一つ

 敵からすれば、暗闇の中高速で、しかも不規則に動き回る的に狙いを定めることになる。

 そんな的に精密射撃をしながら高速航行は出来ない。必然的に、深海棲艦は速力か砲撃精度のどちらかを犠牲にせねばならない。敵は水雷戦隊、速力と夜戦火力が武器なのだから、このどちらか一方を捨てざるを得ないとなるとかなりの戦力ダウンが見込める。

 

 そして二つ

 視界の悪い夜間に単縦陣で突っ込むことで、真っ先に発見される先頭にいる艦……つまり私、雷が集中砲火の的になるということ。これのどこが利点なのかというと、砲撃を一艦に集中させる事で、随伴艦の安全がより確実なものになること。つまり、私の囮としての効果が高まる訳だ。

 しかし、司令官はこの作戦について電から提案された時、苦そうな口調で注意を喚起した。

 

「戦術的には非の打ち所がない。だがそれはお前の被弾を無視すればの話だ。それで雷が大破してしまっては元も子もない」

「いいじゃない、被弾したって。私たちなら大丈夫よ、任せて!」

 

 私は、以前司令官に尋ねたことがある。

 

“私たちが被弾することがそんなに嫌か”

 

 それに彼は冗談めかして答えた。だが、その下手な冗談の底には、何かあるのではないのか。いや、別に何か根拠があってそう思う訳では無い。ただ、何となくそう感じるのだ。

 しかし、だからと言って、一人も被弾させずに勝利を得る、等と言うのは言うのは簡単だが実行するのはほぼ不可能に近い。提督として、彼がその事を知らないはずはないのだが……

 

「大丈夫よ! 司令官。私なら必ず無事に帰るから!」

 

 さしあたって今はこの作戦以外有効な作戦が思いつかない。最悪私が大破したってドックに入ればすぐに治る。大丈夫。

 そう何度も説得して、渋々ながらにも許可を得たのだ。

 

 せっかく得た先鋒の名誉。しっかりと先陣を切って、私の仕事をしなくてはならない。

 

「さぁ、砲戦よ!」

 

 暁以外の三人で、砲撃を初める。

 風を切る音をたてて私の髪を砲弾が掠めた。敵の反撃は精度が高い! 砲弾の精度が高いということは……

 

「敵は速力を捨てることを選んだみたい! このまま高速接近して雷撃、その後は西に離脱! そこで艦列の再編成をするわ!」

「「「了解!」」」

 

 高速艦を集めた水雷戦隊による一撃離脱戦法。かつて大日本帝国が重視した作戦が、ほぼ一世紀後の今、再現される。

 速力は全開。機関を酷使して、駆逐艦の武器である機動力を最大限に引き出しつつ、やり過ぎと思われるほど砲を乱射する。これは、発火炎(マズルフラッシュ)で私に注意を向けさせるためだ。本当は探照灯(サーチライト)や照明弾があると尚良いのだが、今回はそれがないので、効果はどれほどあるか知らないが、その代替策というわけだ。

 

до свидания(ダ ズヴィダーニャ)! (さようなら!)」

 

 響が落ち着いたロシア語と共に、駆逐艦を一体沈める。夜戦は至近距離で展開されるので、駆逐艦の貧弱な12.7cm砲でも一撃必殺の凶器となる。

 

「命中させちゃいます!」

 

 右舷後方で上がる水柱。声からすると電だろう。こちらも駆逐艦を仕留めたらしい。あとは中破した軽巡だけ!

 

 軽巡はちょうど私と暁の間にいた。

 どちらを迎撃するか右往左往していると言った様子だ。笑って魚雷管を向ける。

 

「逃げるなら今のうちだよ?」

「もっとも、逃げれるのならの話だけどね」

 

 暁の三連装魚雷、私の12.7cm連装砲が一斉発射される。海上と海中をまっすぐ伸びた二つの白い線は逸れることなく軽巡に突き刺さり、今日一番の大きさの水柱を立てた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島泊地鎮守府中央棟1階廊下。

 

 午後9時20分……あっここではフタヒトフタマルと言うのだっけ。僕……美代少尉は提督に伴って母港に向かって歩いていた。

 

「憲兵は陸軍の管轄だろ? 別にわざわざ来てくれなくてもいいんだぞ? 業務さえ怠らなければ自由にしてくれていいさ」

「あっいえ、僕は好きでお供させて頂いているので、お気を遣わないで下さい」

「そうか? ならいいんだけど」

 

 こんな夜中に何をしているのかと言うと、彼の部下である艦娘達を迎えに来ているのだ。艦隊司令官などという地位になれば、普通このようなことはしない。執務室で彼女達が報告に来るのを待っていればいいのだから。しかし、彼は驚くほどフットワークが軽い。

 

 規律ある士官学校卒業生として言わせてもらえば、自分の身分を傘に来て偉そうにする人は嫌いだけど、自分の身分をわきまえない人もどうかと思うのだ。それを彼に言うと、

 

「遠征とか安全な任務に出た時はともかく、死ぬかもしれないような危険な海域に送り出しておいて出迎えの一つもしないって言うのは失礼なんじゃないかな」

 

 と、笑って答えるのだ。

 

“失礼なんじゃないかな”? 部下に対して?

 先程から何度も感じている事だが、この人は僕の知っている軍人とは違う。部下を顎で使うような真似は絶対にしないのだ。現に僕自身、行動を全く制約されない。

 

 憲兵は本来は陸軍の管轄とはいえ、海軍の治安維持を命じられた僕のような者はいわば海軍へ出張しているようなものなので、仮にではあるが山村提督の管轄に入っているのだ。生殺与奪とまではいかないが、殆どの行動を制限する権利を、彼は持っている。にもかかわらず、完全に野放しといった体である。

……まぁとにかく、普通の軍人ではない。だけど悪い人ではない。とりあえずそれは喜んでいいのではないかな。

 

「そろそろ母港に着くな」

 

 提督の声で現実に引き戻される。

 

「ええ……あの、提督」

「うん?」

「僕を放っておいて良いのですか? 何か仕事があるのならさせて頂きたいのですが……」

 

 そう言うと提督は首を傾げて

 

「進んで仕事をやりたがるなんて変わってるな」

 

 等と言うのだ。冗談じゃない。部下にほとんど仕事をさせないこの人こそ普通でないのだ。

 

「憲兵の業務は鎮守府及び近隣の街や島の治安維持。“あの鎮守府には憲兵がいる”と近隣の住民達に見せつけてくれるだけでいいんだよ。それだけで、犯罪の抑止になる」

「ああ、いえ、それではタダ飯喰らいじゃないですか。それは嫌です」

 

 現在の日本では、陸軍の憲兵隊が、警察と協力して治安維持を行っている。深海棲艦の出現後、日本は慢性的な人的資源(マンパワー)不足に陥っているため、どこかの部署が他の仕事も兼任しなければやっていけないのだ。

 兼ねてより高齢化社会と言われ続けていた日本だったが、深海棲艦の侵攻によってその高齢者達の殆どが亡くなってしまったためだ。現在、海軍で比較的若い人たちが提督の任務に当たっているのもそれが原因。

 

 しかし、鎮守府の治安維持と言っても、この鎮守府には僕を含めてわずか9人しか居ないし、昼に顔合わせした付近の住民達も呑気なもので深海棲艦がすぐ側の海域にいるというのにお茶まで出してもてなしてくれた。こんな優しい人たちばかりの地域で治安が悪くなろうはずがない。

 

「だって俺1人でやり切れる量しか仕事がないんだもん。部下がそこまで気を使う必要は無いよ。毎日定時上がりってのも悪くないさ」

「そういうものでしょうか……」

 

 平和なのはいい事だが、それならそれで仕事をしたいと思うのだ。こんなに優遇してもらっておいて、無為徒食を続けるのは気分が悪い。しかし、何かやる事をくれと何度もせがんでも、彼は困って頭をかくばかり。

 

「仕事っつったってなぁ……憲兵を指定業務外で働かせたら違法じゃないのか?」

「その指定業務がほぼ無いから困ってるんですよ!」

 

 うーん、とうなる提督。

 

「そうだなぁ……それじゃあ副官としての業務も付加させてもらおうかな」

「ええ、喜んで!」

 

 副官! 丁度僕は尉官だし、いい役職だろう。それに苦笑いして応じた彼はこう言った。

 

「本来は艦娘を率いる提督には秘書艦がいるって理由で、一般艦隊の司令官と違って副官は置かれないんだ。でもね、知ってるだろうけど副官ないし秘書艦の負担は結構大きい。だから美代には秘書艦の子の仕事を手伝ってあげて欲しいんだ」

「了解です。事務処理には自信があります」

「お、頼もしいね」

 

 提督に仕事を取り付けた所で、母港へと到着する。そこには既に第六駆逐隊の面々が帰投していた。しかし、1人知らない子が混じっている。駆逐艦娘達より頭一つ分位高い身長。セーラー服をあしらった真っ白な制服に同じ色の帽子。彼女は……?

 艤装を装備している所を見ると、艦娘であることは間違いなさそうだが……

 その少女が提督を見て1歩進み出る。

 

「木曾だ。お前に最高の勝利を与えてやる」

 

 

 

* * *

 

 

 

 艦隊が帰投。俺は敢闘してくれた第六駆逐隊の面々を迎えるために母港へとやって来た。道すがら美代の“仕事がしたい、仕事がしたい”という切実(?)な頼みを受け、仕方なく副官として任命する事にした。もちろん、仮にだが。

 で、やって来た母港なのだが、そこにいたのは第六駆逐隊だけではなかった。

 

「木曾だ。お前に最高の勝利を与えてやる」

 

 そう名乗った真っ白な制服の少女。背中に暁型よりやや大きい基本艤装、右手には14cm単装砲。そして、“木曾”という名。学生時代に習った記憶がある。彼女は……

 

「球磨型軽巡洋艦5番艦、木曾で間違いないかい?」

 

 頷く少女。

 

「ああ、これからここで厄介になる。よろしくな」

 

 気さくな印象。表現は悪いが、ずばり“おっぱいのついたイケメン”と言った感じか。ん? 左の美代からたしなめるような視線が送られている。待て待て、俺はまだ口には出してないぞ。何が聞こえたんだお前は。しかし……

 

 木曾の後ろに立つ響に尋ねる。

 

「彼女は一体? 俺は建造なんてした覚えがないし、そもそも建造施設はロックされているから建造は出来ないはずだ」

「それが……」

 

 響が首をすくめる。

 

「それが、突然現れたんだ……()()()

「……!?」

 

 後ろで首を傾げていた美代が控えめに発言を求める。

 

「もしかして、“ドロップ艦”では無いでしょうか?」

「ドロップ艦……」

 

 聞いたことがある。多分崎矢さんに聞いたのだろう。

深海棲艦の装甲を形作る素材と、艦娘が装備する艤装の素材は酷似している。だから、深海棲艦を倒し、深海棲艦の本体である怨念などの負の感情が浄化された時、深海棲艦の呪縛から解放された艤装核に新たに艦娘の意志が宿ることがあると。こうして生まれた艦娘が“ドロップ艦”と呼ばれることも。

 

……ちなみに、“深海棲艦の残骸に意志が宿った”ということなら艤装だけが現れる方が自然だ。艦娘たちの肉体はどのようにして現れるのかと言うと、実はよく分かっていない。

“現れた基本艤装に宿る妖精さんが、近くのタンパク質や鉄分、カルシウムなどをかき集めて肉体を作り上げている”などと言う恐ろしい仮説が立っているが、証拠がないとはいえ妖精さんたちなら本当にやってそうで怖い。

 暁が木曾が現れた時のことを話そうとするが、間近で見たはずの彼女にもよく分からないらしい。

 

「敵を倒して、帰投しようとしたら突然海が光り出したの、そしたら……」

「俺がいた、って訳だ」

 

 木曾が暁の言葉を引き取る。

 

「正直俺も何が何だかわからん。気がついたらこの身体で、海上に立ってた。だが……」

 

 帽子を目深に被り直して言う。

 

「俺が何者なのか、今何が求められているのかはわかる。俺も艦娘だ。深海棲艦と戦いたい」

 

 強い決意の目。当然だ。艦娘とはそもそも深海棲艦から人々を守りたいという気持ちが人の形を取ったもの。ならば、彼女には守らせてあげなくてはならない。それは俺の義務。

 

「もちろんだ。君にはここで戦ってもらう。丁度水雷戦隊の旗艦となる軽巡洋艦を探していたところだ」

 

 木曾の後ろに控える第六駆逐隊に視線を送る。

 

「お前達も、軽巡の指揮下の方がより経験を詰めるだろう?」

「もちろんさ。木曾さんには色々と縁があったことだしね」

 

 響がそう応じる。

 そういえば、響が第一水雷戦隊の一員として参加したキス島撤退作戦に木曾は同行していた。他の3人もよく懐いていることだし、艦隊の旗艦は彼女に任せて構わないだろう。

 

「ありがたい。水雷戦隊の指揮なら任せろ」

 

 まさか着任後わずか2日目で新たに戦力を得ることが出来るとは思っていなかった。駆逐艦には出来ない水上機の運用。弾着観測。索敵。彼女がいれば、今後の艦隊運用は今までよりずっと楽になるだろう。

 

「それでは改めて……」

 

 第六駆逐隊の皆にそうしたように、海軍式の敬礼をする。

 

「俺は山村少佐。この鎮守府の提督だ。水雷戦隊旗艦としての君の手腕に期待する。よろしく頼むよ」

 

 そう言うと、木曾もやや大げさに敬礼の姿勢を取ってみせる。

 

「球磨型軽巡洋艦5番艦木曾、ただ今を持って提督の麾下に入る。カタパルトなんか要らねぇ、水雷戦隊で暴れ回ってやるよ」

 




暁ちゃん贔屓回でした。
改めて編集すると視点変更の多さが気になりますね……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。