暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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たいていの軍事行動は、平和を目的としています。しかし現実の戦争は、まるで生きた人間を燃料とした火事のようです。

ダライ・ラマ14世


6話 鎮守府の朝

 優しい蝉の声で目が覚める。まだ7月上旬だ。蝉の鳴き声もまだそこまで煩くない。ソファーから起き上がり、大きく伸びをする。

 

 時計はマルハチマルマル……午前8時を少し回ったところだ。執務は午前10時からなので、まだ少し時間がある。着任2日目とはいえ、新任少佐にそこまで仕事がある訳でもないので、早めに執務を始めようとは思わない。さしあたって今は空腹を満たすことにしよう。

 

「さて、またスーパーで弁当か、それとも食堂に行くか……」

 

 そう独りで呟いた時、控えめな音を立ててドアが開いた。

 

「失礼します……あ、司令官さん。もう起きていらしたのですか」

 

 現在、この鎮守府でただ一人、俺の事をさん付けで呼ぶ少女。つまり電が、ドアから顔をのぞかせた。

 

「おう、おはよう。まだ早いし寝ていてもいいんだぞ?」

「ありがとう、なのです。でも、もう目が覚めてしまいましたから」

「そうか。まぁ入りなよ」

 

 電を招き入れる。何やらお盆を持っているようだ。

 

「どうしてこの部屋に来たんだい?」

「電、朝ご飯を作ってみたのです。司令官さんの朝食がまだならいかがかと……」

 

 なるほど。電が置いたお盆にはサンドイッチが乗っている。見栄えも良く、とても美味しそうだ。

 

「おお、助かるよ。ちょうど朝飯どうするか迷ってたところだ」

「それは良かったのです」

「せっかくだし、電もしばらくここにいればどう?」

 

 電は少し困ったような表情をする。

 

「あの……ご迷惑ではありませんか?」

「全然。せっかくだし差し入れの感想も言いたいしね。電は何か飲み物いるかい?」

 

 立ち上がりながら問う。

 

「コーヒーを頂けますか?  砂糖多めで」

「了解」

 

 俺は食にはそこまで興味がないが、飲み物に関してはかなりのこだわりを持っていると自覚している。一通りの飲み物は一般人より美味しく作る自信がある。今あるのは市販のインスタントコーヒーだけではあるが、お湯の注ぎ方、混ぜ方等、少しの工夫次第でなかなか変わるものだ。

淹れたてのコーヒー二つをテーブルまで運ぶ。

 

「お待ちどうさま。砂糖多めでよかったね?」

「ありがとうなのです」

「んじゃ俺もこれ、頂こうかな」

 

 綺麗に並んだサンドイッチの一つをつまみ上げ、頬張る。

 

「ん、美味い!」

 

 電のサンドイッチはとても美味しかった。士官学校で寮生活をしていた頃は俺も自炊していたのだが、その時作ったものよりずっと美味しい。作り方を尋ねてみたが

 

「隠し味があるのです」

 

と、微笑して言うだけで、教えてくれなかった。

 

「んん……噛んだ時の風味はオリーブオイルか? いやいや、バターのような気もしてきたし……ピリッと辛いのは山椒だろうけど、隠し味はわからないなあ」

「隠し味は秘密だからこそ美味しくなるのです」

 

 電は、彼女には珍しくいたずらっぽい表情を浮かべている。なるほど、こうして見てみると響にそっくりだ。よく雷と間違われると言っていたけど、上の姉2人ともそっくりだ。特に雷と間違われるのは髪色が近いからだろうか。光の当たり加減によっては、全く同じ色にも見える。

 

「あ、そうだ電。昨日の戦闘の戦術、詳しく教えてくれないか?」

「昨日は話し損ねてしまいましたからね。もちろんなのです」

 

 ふと思い出した。彼女が昨日驚く程洗練された戦術を披露したこと。これでしばらくは朝の暇な時間を潰すことができそうだ。

 

* * *

 

……電はとても緻密で、正確な戦術眼を持っている。まだ経験不足から来る粗があるが、これはこれから徐々に磨かれていくことだろう。

 

 ここで誤解を予想して先に解いておきたいのが、戦術と戦略とは似た響きの言葉だが全く異なるものであるということ。そして、電は戦術家であって、戦略家ではないこと。

 

「戦略とは戦争全体の勝敗を決めるための基本的な構想とそれを実現するための技術。戦術とは局地的な戦場で勝敗を決するための、いわば応用の技術。状況をつくるのが戦略で、状況を利用するのが戦術だよ」

 

 いつだったか読んだ小説にこんな言葉があった。戦略と戦術の違いとはまさにここにあり、戦略の下に戦術があると言える。

 わかりやすく言えば、戦場を作るのが戦略で、その戦場で戦うことが戦術ということだ。 こんな面白い例えもある。

 

「戦争を登山にたとえるなら……登るべき山をさだめるのが政治だ。どのようなルートを使って登るかをさだめ、準備をするのが戦略だ。そして、あたえられたルートを効率よく登るのが戦術の仕事だ」

 

 つまり艦隊司令官が戦略を立て、できる限り戦場の状況を整え、艦娘達がその整えられた戦場で最大限力を発揮する。これが目指すべき理想形なのだ。

 

 俺のような艦隊司令官は実戦指揮より、戦局全体を見渡して、艦娘達が実際に戦場に立った時にその能力を生かせるように戦況を運ぶ能力が必要だ。戦略の時点で劣勢ならば、それを戦術レベルの戦闘で巻き返すのは容易でない。責任重大だ。

 

 さらに、戦略で戦う司令官と、電のような戦術で戦う兵士では求められる能力が異なる。俺は艦艇の艦長になった経験もあり、戦術に関しては一通りの心得がある。自慢すると、士官学校時代の授業であった戦術シュミレーションでは一度も敗北したことがなかった。

 まぁこの戦術シュミレーションは、戦略、つまり戦闘に入る前を完全に無視し、五分五分の状態で開始されるので、実際の戦闘ではほとんど役に立たないのだが。実践ともなれば、戦術で動かせる勝敗などたかが知れている。

 

 極端に言うと……例えば戦略戦で大敗し、主力艦隊が誘い出された所を敵本隊に急襲されたら、旗艦級(フラグシップ)戦艦を基幹とする12隻連合艦隊相手に艦娘6人の水雷戦隊で挑まざるを得ないような絶望的な状況に追い込まれるかもしれないのだ。この状況にまで陥れば、“敵と同等もしくはそれ以上の兵力をぶつける”という戦術の基本さえも封じられる。

 このような戦略的に大敗北の状況なら、戦場に着き、実際に砲火を交える前から負けてしまっていることは誰の目にも明らかだ。万に一つも勝利はありえない。

 だから、戦略はとても大切だ。用い方によっては、戦う前から勝つことも出来るし、その逆にもなりうる。俺が崎矢少将を尊敬する理由もそこにある。

 

 彼はただの人格者であるだけではなく、戦略構想にずば抜けて長けているのだ。彼が艦隊を指揮すれば、細かな戦術は必要ない。戦場へついた時点で既に圧倒的な優勢に立っているから、戦場に着いた彼の麾下の艦娘達は、ただ劣勢の深海棲艦を叩くだけでいい。

……叩くだけでいいはずなのだが、彼の艦隊はそれで終わらない。麾下の艦娘達の戦術指揮能力もビックリする程高いのだ。艦隊指揮官である崎矢少将が劣勢に追い込んだ敵艦隊を艦娘達が合理的な戦術指揮で正確無比な攻撃を浴びせる……

 

 呉はまさに鎮守府の鏡と言える。それでいて、艦娘と提督の信頼関係も厚いというのだから、本当に非の打ち所がない。横須賀鎮守府は彼の鎮守府を上回る規模を持つと言うが、艦隊内での結束力という面では適わないだろう。

戦闘において、兵と指揮官の信頼関係ほど大切なものは無い。だから、俺も彼女達艦娘から信頼を得るために出来る限りの事はしようと思うのだ。

……とりあえず、さしあたって今は電の戦術論の教師になる事にしよう。彼女との信頼関係の第1歩。それに、この子はきっと強くなる。駆逐艦は火力が低く、格上の艦種を相手にするには力不足だと言う声は多い。しかし、俺はそう思わない。駆逐艦だからこそ出来ることだってあるし、相手が自分より上手でも頭を使って戦えばいいのだから……

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――数時間後、柱島泊地鎮守府執務室

 

 時刻はマルキュウサンマル……午前9時半になろうとしている。私……駆逐艦電は、二日酔いの姉達に手を焼いていた。

 

「皆!  早く起きるのです!  もう執務30分前なのですよ!」

 

 ふらふらと暁が立ち上がる。

 

「うう……頭が痛いわ……」

「もう、暁、そんなんじゃ駄目よぉ……」

 

 そう言う雷は立ち上がれずに崩れ落ちる。

 

「とりあえず寮で着替えて食堂に行くのです。食堂の1番手前の机に朝ごはんとお水を置いていますから」

「わかったわ……」

 

 部屋を出ていく二人。この二人はまだいい。問題は……

 

「響ちゃん!  いい加減布団から出るのです!」

「む……」

 

 布団を引っぺがす。しばらくもそもそしていたが、観念したようなのです。

 

「全く……電はどんどん雷に似てきてるね」

「響ちゃんがちゃんと早起きしてくれたらこんな事は言わないのです」

 

 雷ちゃんの気持ちがよくわかります。本来響ちゃんを叩き起すのは雷ちゃんの役割なのです。今日は昨日飲んだお酒のせいで暁ちゃんと似たりよったりでしたけど。響ちゃんを見送って部屋の片付けをしていると、司令官さんが執務室に入ってきました。苦笑いを浮かべてこちらを眺めています。

 

「電の声、外まで響いてたぞ。朝は大変なんだな」

 

 苦笑しながら応じる。

 

「いつもはこうじゃないのですよ。響ちゃんは今日と変わりませんけど、暁ちゃんも雷ちゃんも本当は電より早起きなのです」

「へぇ。雷が早起きなのはなんとなくわかるけど、暁もなのか」

「“早寝早起きはレディーの基本よ”なんて言ってたのです」

 

 二人で執務室を片付けながら、声を上げて笑う。一通り片付け終わったところで、暁ちゃんが帰ってきました。

 

「サンドイッチ美味しかったわ。ありがとう、電」

「どういたしまして、なのです」

「雷は艤装のことで工廠の妖精さんに呼ばれてたわ。5分もすれば来ると思うけど」

「了解なのです……響ちゃんは?」

「私が食堂を出た時にはもう食べ終わってたわ。もうすぐ来ると思う」

 

 時刻はマルキュウゴーサン……午前9時53分。よかった。ぎりぎり間に合いそうなのです。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――ヒトマルマルマル…午前10時

 

 さて、執務の始まりだ。まず最初の仕事だが、この子達の役割を決めなくてはならない。当然と言えば当然だ。一番重要な役割は言わずもがな「秘書艦」な訳だが、これは負担を減らすためにも四人で一週間交代にして回させることにした。秘書艦の仕事量は他の役割とは比べ物にならない。

 

 そして今週の秘書艦は、本人の強い希望で暁に決まった。なら、もう建造順でいいのではって事でまとまり暁、響、雷、電の順で回すことになった。

 それとは別に、さらに細かい仕事を分担していくのだが、正直現在のところ俺1人で鎮守府を運営できているので、また今度にする事にした。これから艦娘が増えていくにつれて、艦娘達にも仕事をしてもらう機会も増えてくるだろう。

 ここまで決めると、秘書艦の暁を残して、ほかの三人を遠征任務に送り出す。

 

「どこへ向かえばいいの?」

「そうだな……この付近の安全な海域を警備を兼ねて航海してくれ。ルートはこんな感じだ。俺の予想だと15分位で1周できる」

「わかったわ」

 

 遠征部隊の旗艦には雷を据えた。特に意味がある訳ではないが、旗艦というのは艦娘達にとって大きな意味があるらしいし、練度の上昇も早いので、重要でない任務の時は交代でさせる事にした。

 

 

 

* * *

 

 

 

――ヒトマルサンマル…午前10時30分、執務室

 

「……静かだな」

「ええ。静かね……」

 

 黙々と執務をこなす。私は人と話すのは得意な方だが、年上の男性と二人っきりになる機会なんてそうそうない。正直とても気まずい。

 

……ちなみに、昨日見た通りこの執務室にはひじゃげたダンボール以外何も無い。昨日支給されていた家具コインで“提督の机”、“ブルーカーペット”、“青カーテンの窓”の3点と、それに付属する内装を注文したのだが流石にまだ届いていない。仕方が無いので、隣の会議室からパイプ椅子とテーブルを持ってきて応急の執務机としている。

 何か起こらないかな、と単発任務(ワンオフ)の申告書をまとめていると、書類を見つめる司令官が突然口笛を吹いた。

 

「おい暁、今日の午後1時に新しい職員が来るらしいぞ。もう少しかかると思っていたが、意外に早かったみたいだ」

「えっ?」

「人数は5人。うち2人が艦娘なんだそうだ。で、人間の3人は軍医と憲兵と事務官で……ん?」

 

 不審そうな声をあげた司令官。まるで自分の目を信じられないと言ったような。

 

「暁、ここなんて書いてある?」

 

 彼の指さす文面を読み上げる。

 

「えっと……美代 亮(ミシロ アキラ)、17歳男性、少尉、7/12をもって柱島泊地に配属」

 

 何かおかしい所があったであろうか。答えを求めて司令官を見返す。

 

「そっか……お前らは年齢の概念がよく分かってないんだな」

 

 そう。私達は本当の年齢も、誕生日も分からない。別にそれを知らないからといって不便はないのだが、人間の子供たちが誕生日を迎えるのを見たりすると少し寂しかったり、羨ましかったりする。司令官が続ける。

 

「人間は……もちろん艦娘もだけれど、普通成人っていうと18歳からなんだ。つまりこいつはまだ未成年だ」

「あら、暁より年下って事?」

「嬉しそうに言うな。艦娘は年齢が分からないから仕方なく成人扱いなんだろ? 暁はまだまお子様だよ」

「なっ!?  お子様言うな!」

「はいはい、暁はレディだったな。ごめんごめん」

 

 そう言って彼は頭を撫でる。また暁のことを子供扱いして……

 

「で、そんなに驚く事なの?  司令官もまだ10代に見える位若いし、前の司令官だって34歳だって言ってたわ。今の海軍って若い人が多いんじゃないの?」

 

 すると司令官顔を思いっきり曇らせて応じた。

 

「俺はもう22だ。でも確かに俺が少尉として働き出したのも18の時だったからそれ程おかしい事でもないのかもな」

 

 初めてあった時から年齢より幼い顔立ちをしていると思っていたが、どうも気にしているらしい、ちょっと拗ねているようだ。私を子供扱いする割には、彼も結構子供っぽい所がある。

 そこでふと、司令官がどうやって提督になったのか気になった。私は海軍の事情をよく知らないが、士官学校卒業の18歳から22歳のたった4年の間で3階級も昇進するのは並大抵の努力では敵わないはずだ。確か、平和な時代の軍人の昇進の一つの指標として、“任官後10年以内に少佐になれるか”というものがあった。そこから判断すると、いくら戦時中とは言え、彼の昇進速度がいかに速いかがわかるだろう。その事を問うと、

 

「なに、ただ運が良かっただけさ」

 

 と誤魔化された。でも、ただ運が良かっただけで昇進出来るはずはない。しつこく聞くと、嫌々ながら答えてくれた。

 

「まず知ってもらわないといけないのが、ここ数十年で軍人の任官方法がかなり変わっているってこと」

 

 司令官曰く、かつて日本軍が「自衛隊」の名を冠していた頃は、防衛大学校というものがあり、高等教育終了者がそこで学んで士官になっていたのだとか。そして、深海棲艦が出現し、全面的な戦争へ突入したことをきっかけに、自衛隊は正式に日本軍へと名を改め、慢性的に不足する軍人を供給するために、防衛大学校に代わって中等教育終了者を対象とした士官学校を設置したのだという。

 

「まあ“古き酒を新しき皮袋に”ってところだよ。士官学校と防衛大学校の中身は何も変わっちゃいない。ただ、入学資格者が中等教育終了まで引き下げられたんだけどね」

「つまり、より若い人が軍に増えたってこと?」

「そういうこと。ま、そうでもしないと今は軍人の供給が追いつかないって事だよ」

 

 司令官の話は続く。

 

「俺は中学出てすぐに士官学校に入ったな。3年勉強して18歳で士官学校を卒業すると、後方勤務本部に配属されたんだ。ここはまぁ軍全体での資材や味方艦隊、敵艦隊の情報を扱う部署だな。士官学校卒業生は、1年勤務すれば勝手に中尉に昇進できるから、最初の1年はデスクワークだけして過ごしたよ」

「司令官がデスクワーク……想像出来ないわね」

「まぁ実際勤務成績は良くなかったね。……それで中尉になって数日したら崎矢先輩の副官に任命されたんだ。当時先輩は中佐で、艦娘じゃない、実際の艦隊を率いていた」

「へぇー。あの提督さんと司令官にそんな関係があったのね」

 

 前司令官の事なら知っている。

 私を今の司令官、つまり山村司令官の初期艦の一人として建造してくれた人。背がすごく高くて、眼鏡をかけていて。軍人というより、ベンチャー企業のエリートサラリーマンを思わせる容姿だった。何でも、彼が大本営に柱島泊地から呉鎮守府への移転を命じられると同時に、山村司令官の後任としての着任が決まったらしい。

 

「で、だ。副官になって2年ほどたって21歳…まぁ去年だな。マレー半島付近の海域で大規模な戦闘が起きてね。崎矢先輩の艦隊が出撃したんだけど、敵の強襲揚陸部隊の攻撃で崎矢先輩が負傷したんだ」

「!」

「彼は意識を失う寸前に、無責任にも俺に指揮権を託したらしくてね。俺が艦隊を率いた訳だよ。ホントは副司令官が居たのにね」

 

 司令官は指揮権を引き継いだ後、柔軟な艦隊運動で撤退。被害はほぼゼロで、艦艇は一隻も失わず、死人も数える程しか出さなかったらしい。その功績を称えられて大尉を飛ばして2階級特進。少佐に昇進したらしい。

 

「普通は士官学校で成績が良かった者から昇進させていくものだけど、艦隊を無傷で撤退させた功労者に何も恩賞を与えないっていうのは軍の威信に関わる。だから、こんな若造だけど仕方なく昇進させたって訳」

 

 との事。

 

「ありがとう。お話を聞けて楽しかったわ」

「どういたしまして。今度はお前らの話も聞かせろよ」

「ええ、もちろんよ()()()

 

 彼が最初話すのを渋ってたのを見ると、あまり話したくないものだったのかもしれない。だから、聞けて少し得をした気分だ。

 

「あ、それとその()()()っていう呼び方」

 

 彼はニヤニヤしながら言う。

 

「それは将官以上の階級の人に使うんだぞ。今更改めろとは言わないけど、佐官の指揮官には()()でいい」

「も、もちろん知ってたわよ! え、えっと……」

 

 思わず知ったかぶりしてしまった。それを見た司令官は身を屈めてクククッと独特な笑い方で笑った。

 

「まぁ、これからもそう呼んでくれよ。()()()って呼ばれ続けたら、本当に将官になれそうな気がしてきた」

「し、司令官ならきっとなれるわよ!」

「はは、お世辞でも嬉しいね」

 

 これはお世辞じゃなくて本心。彼の階級が運だけではなく、実績に支えられていることは今しっかりと聞いた。

 

「さて……随分と長く話してしまったな」

「うん、もうそろそろ……あっ戻ってきた!」

 

 遠征が終わったらしい。響、雷、電が母港に向かって海上を滑ってくる。きっと補給の後、三人はまた別の遠征に行くことになるであろうが、もう気まずくはない。寧ろ、彼の話を聞くのが待ち遠しいようだ。

 

 

 

* * *

 

 

 

「艦隊が帰投したわ! お疲れ様!」

「お疲れ様。特に異常はなかったな?」

「問題無しよ! 道中で弾薬を少しだけ回収したわ!」

「よし、面倒だからもうこのまま海上で補給、再出撃してもらう。疲れてないか?」

「問題ないよ。私たちなら大丈夫だ」

「よし、今度の旗艦は電だ。最初はさっきの航路でいい。だが今回はここの海域(ポイント)まで来たら西へ進路を変えて近くの補給基地に寄ってくれ。時々軍から高速修復剤が支給、保管されているらしいから、もしあれば拾ってきてくれ」

 

 地図を指しながら指示を出す。高速修復剤……一部の提督からは“バケツ”の名で呼ばれている。その名の通り、緑色の「修復」と書かれたバケツの中に緑がかった半透明の液体が入っている。艦娘は修復ドックに入渠する事で飛躍的に治癒力を高められる事が一般人にも知られているが、実はさらに入渠時間を短縮させることが出来るのだ。それがこの高速修復剤である。

 

 この液体を、怪我をした艦娘が入渠中の浴槽に薄めて入れることで、元々高まっていた治癒力がさらに高まり、ほとんど一瞬ですべての傷が回復するのだ。しかし万能という訳でもなく、傷は塞がるが疲労は取れないらしいので、大破艦等は高速修復剤を使った後もしばらく休養する事が多いそうだ。

 

 入渠時間が短い駆逐艦ばかりの今の艦隊では有効度はそこまで高くない。しかし、崎矢先輩に聞いたところ、練度の高い戦艦や正規空母が大破すると入渠に丸一日近くかかってしまう事もあるとの事で、主力をどうしても出撃させなくてはならない時には非常に頼りになるらしい。今後の事も考えて備蓄しておくのが吉であろう。

 

「電の本気を見るのです!」

「頼もしいな。よし、行ってこい!」

 

 艦隊を送り出す。

 

「さて。業務再開といくか」

「ええ」

 

 再び執務室に戻る。他の提督に比べれば少ないとはいえ、流石に書類は積める位にはある。

 

「んーと……遠征任務を今日中に3回成功……これはまあ達成できるか。演習3回は着任2日目のごたついた時に相手してくれる提督なんていねぇしな……」

 

 上からめくっていくが、こんな調子で実際にできる任務は少ない。建造による艦隊拡張に至っては建造が許可されていないのだからやりようがない。

 

「結局目を通すだけになっちゃいそうね」

 

 暁が苦笑しながら言う。本当にそうなってしまいそうなくらいに新米少佐の行動は制限されている。中佐になれば改善されるのであろうが、それまではこの生活が続くのかと思うと少し気が重い。

 

「出撃任務もあるな。午前は遠征を回すから午後に着任する人たちを迎えて、休憩少し入れてから出撃してもらおうかな」

「わかったわ」

 

 ささっとペンを走らせて手元のメモに修正を加える暁。

 

……正直ここまで立派に秘書艦業務をこなしてくれるとは思っていなかった。駆逐艦娘というのは外見、内面共に幼い部分がある。だから、執務の補佐を期待して暁を残したのではなく、遠征途中に鎮守府が襲われる危険を考慮して戦闘員として置いておいたつもりだったのだ。

 この鎮守府から艦娘が全員出払ってしまったら誰が近海の住民を守る? 俺自身も人間用の対深海棲艦兵器で戦えなくはないが、せいぜい駆逐イ級を1体倒すくらいが精一杯だろう。

 

 それを暁に伝えると、少し怒った様子で、

 

「暁は一人前のレディーよ。秘書艦のお仕事だって完璧なんだから!」

 

 言動は幼いが、仕事ぶりは大人顔負け。そのギャップにもまた頰が綻ぶ。しかし、確かに(艦娘の年齢はわからないので恐らく)年下とはいえ完全に子供扱いは少し失礼だったかもしれない。

 

「ああ、そうだな。じゃあ一人前のレディーには開発の立ち会いをしてもらおうかな」

 

 半分ほど書類をめくったところで見つけた開発任務。装備を1度開発すればそれで達成だが、1回でやめるつもりはない。

 

「何を開発するの?」

「今はまだ使う機会がないと思うんだけれど、水中探信儀(ソナー)と爆雷投射機を開発しておきたいんだ。いざ潜水艦が敵に現れると厄介だからな」

 

 工廠は柱島泊地東第1棟にある。鎮守府執務室から歩いて5分程の所だ。

 

「資材投入は10/30/10/31と伝えてくれ」

「わかったわ」

 

 開発、建造に必要な資材は4つ。それぞれ燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの順でレシピは並んでいて、四大資材なんて呼ぶ者もいる。さらに、これとは別に開発資材という資源も必要なのだが、こちらは遠征先で拾ったり、任務報酬として貰えたりと、自然に溜まっていくのであまり触れられない。

 各資材は数字で表されるが、単位はkgでもtでもない。海軍が独自に決めた量を1として資材を数えている。確か、kgにも直せたはずだが……計算式は忘れた。

 

「何回ほど回すつもりなの?」

「そうだな……資材も有り余っていることだし、4人分の対潜セットが揃うまでやってもらおうか」

 

 着任した時に鎮守府に支給された資材はなかなか多く、低燃費の駆逐艦の出撃程度ではなかなか減らない。資材は毎朝タンカーで支給されるのだが、ある一定資材量を超えて備蓄していると支給が止められるのだ。

 この一定量というのは司令部レベルというもので決まっている。鎮守府別に海域の制圧度や、過去の戦績からその司令部の成績を数値化し、レベル分けがされているのだ。

 

 そして着任直後のこの鎮守府の司令部レベルは現在3。資材を貯めると備蓄限界がすぐにやってくる。貰えるものは貰っておかねば損なので、とりあえず開発で使いまくることにしたという次第だ。さて、俺の運は如何程か……

 

* * *

 

 ――1時間程後、ヒトヒトヨンニ……午前11時42分

 

「いやー……なかなか出来ないものだな、装備って」

「そうね……司令部レベルが低いと開発率が下がるとか聞いたことがあるわよ?」

「げっ、それが原因か……まぁ対潜装備はは揃ったからいいけど」

 

 結構資材を使ってしまった。まぁすぐ貯まるからそこまで気にしているわけでもないが、一気に備蓄量の半分が消し飛ぶと流石に平静ではいられない。成果は、

 

 九十三式水中聴音機×4、三式水中探信儀×1、九十三式爆雷投射機×4

 

 三式水中探信儀(アクティブソナー)を開発できたのは幸運だったと思う。

 

「さて……そろそろ遠征部隊も帰ってくるな」

「そうね。司令官、三人が帰ってきたら一緒にお昼ご飯食べない?」

「そうだな。ご一緒させて貰うことにするよ」

 

 開発した対潜装備を整備妖精に預け、母港に向かう。俺達が到着した時には三人は既に艤装の解除を始めていた。

 

「艦隊帰投したのです」

「お疲れ様。雷と電はドックに向かってくれ。よくやってくれた!」

「「はーい」」

 

 二人を見送って電に向き直る。

 

「よし、成果を報告してくれ」

「燃料30、弾薬100、鋼材、ボーキサイトは0…さらに高速修復剤を一つ手に入れたのです」

 

 電が代表で報告する。

 

「よくやったぞ。ドックで汗流してこい。高速修復剤はドック横の倉庫に置いておいてくれ」

「了解なのです」

「出たら皆で昼飯だ。先に食堂で待っているからね」

「わかりました」

 

 電はにっこり笑って、入渠ドックに歩き出した。

 

「よし、俺達も食堂へ向かうぞ」

「はーい」

 

 俺は暁を伴って食堂へ向かう。食事の後は新任の職員たちを迎えなくてはならない。せっかくだし華やかに迎えてやりたいものだ。

 

 

 

 

 




今回の春イベも敵が強いですね......(; ・`д・´)
札の都合上2軍、3軍でしか戦えないのが辛いところ。支援もバリバリ使って力押ししようと思います

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