暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

3 / 16
“今ここが平和である”ということは、いずれそこが戦場へと変貌することを暗示する。“今ここが戦場である”ということは、いずれ平和が訪れることを期待させる。


3話 表裏一体

 響を工廠で迎え、再度執務室に戻る。

 

(さて、響が着任して第六駆逐隊が揃ったわけだが……)

 

 ちらりと、隣で控える4人の少女を見る。

 

「司令官さん、次は何をするのです?」

「響も着任したわけだし、出撃なら何時でもいけるわよ!」

хорошо(ハラショー)。それはいいな」

「任務なら私達に頼っていいのよ?」

 

 一斉に、キラキラした目で言う。

 

(何もする事がないなんて言えねぇ……)

 

 なんといっても着任初日だ。本来ならごたごたした事務処理に追われて、ほとんど一日が潰れることになるため、執務はない。言うなれば引越し初日のような感じだ。

 しかし、俺はあの先輩(崎矢さん)のおかげで面倒な事務処理はほとんど無い、というか全部押し付けた。だから本当にやることがないのだ。

 それなら事務処理くらい自分でしろ、と言われそうだが、崎矢さんの方も世話好きだから、こういう事を任せると結構喜んでやってくれるのだ……たぶん。

 でもまぁ、艦娘と親交を深めるのは悪いことではない。遊ぶ、と言ってしまうと型無しになってしまうが、この子達の人柄を知るためにも5人で出かけよう。

 

「そうだな……皆で母港に出てみるか」

「え、それは指令かい?」

「いや、そういう訳では無いけど、海上の見回りも兼ねてね」

 

 我ながら言い訳をしているようでなんだか気分が悪い。響はなかなかませた感じがするし、こういう言い逃れをすると機嫌を損ねるかもしれない。

 

 彼女の方を見やると、ジト目で(多分素だな、これ)で不審そうにこちらを見ている。うーん……やはり機嫌を損ねたかな。

 と思いきや響はふっと笑ってこちらに意味ありげな視線を送る。

 

「わかったよ。司令官。」

「……」

 

 なるほど、こいつはかなり頭が切れそうだ。

 このわかったよ、というのはおそらく俺の意図を察したのだろう。少し笑ったのは、親交を深めたいと思っている俺の気持ちまで察したからだと思う。これだけで気を許してもらえるとは思っていないけど、少しは不審感が和らいだのではないかな。

 

……そしてもう一つ、響は理性を優先して動ける、ある意味姉妹で一番大人びた性格である事がわかった。しっかり者のようだし、秘書艦業務はこの子に任せるのがいいかもしれない。

 

「そうと決まれば早速行きましょう!」

 

 俺と響のやり取りを聞いていた暁がせかす。そんな暁は次女と対照的にかなり子供らしい。でも、響からも全面的な信頼を得ているところを見ると、根は誰よりもしっかりしていそうだ。人のことをちゃんと見ている。直感やその場の気分で行動しているように見えるが、案外腹の底では人の事を真剣に考えて動いているのかもしれない。

 

「どうしたの?」

 

 暁が怪訝そうにこちらを見返す。その後ろでは響がクスクスと笑っている。(きっと今の俺の考えも見通されてるな……)

 

「ああ、いや。ちょっと考え事だ」

 

 ひらひらと手を振り、ごまかす。すると、既に扉の前で準備して待っていた雷と電に呼ばれた。

 

「とにかく行きましょう! 私達も見回り、頑張っちゃうからね!」

「なのです!」

 

 おお……すごく張り切ってくれている。思わず苦笑いして、響と視線を交わす。

 

 まさかここまで喜んでくれるとは……

 

 

 

* * *

 

 

 

――少し経って、柱島泊地母港

 

 母港の桟橋に立ち、大きく伸びをする。

 今日は晴れているので、水平線が綺麗に見える。内地では見れない、離島の鎮守府ならではの美しい光景だった。

 

「ふむ、絶景かな絶景かな」

「司令官、何を馬鹿みたいな事を言っているんだい?」

 

 思わず漏らした感嘆の声にすかさず手厳しいツッコミを入れたのは響だ。まぁらしいといえばらしいが、流石にちょっと傷付く。

 

「水平線、いじょうなーし! 司令官、浜に降りてもいい?」

 

 と言いつつ既に駆け出している雷。

 他の姉妹と同様まだまだ幼さが抜けないが、先程からの様子を見ていると、とても面倒見の良い性格をしているようだ。妹である電とのやり取りは、まるで示し合わせたように呼吸が合っていて、見ていて心地良い。

 

「はわわ、待って欲しいのです!」

 

 この子は……いつ見ても困っているような気がするなぁ。さっきから

 

「はわわ……」

 

 の連発だ。

 末っ子というのもあり、一番幼さを感じる。先程から見ていたが、どうもドジっ子らしい。今も何も無いところでつまづいて、転びかけた。だが、誰よりも姉妹思い、といった印象を受ける。

 ドジでも生真面目だから、事務処理に長けていそうだ。意外と、精密な作業に没頭すれば、ドジなミスも無くなるかもしれない。

 

「司令官、何気難しい顔してるのよ!」

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、暁が声をかけてきた。

 

「そうだよ、司令官。何も任務外の時間に、気を張ることはないさ」

 

 そう言って響は目配せする。

 

 悔しいけど、全部見通されているみたいだ。でもまぁ、久しぶりに貰えたお休みなんだし、自由にするのもいいかな。

 

「んー……じゃあお言葉に甘えて今日はのんびり釣りでもさせてもらおうかな!」

「あ、私もやりたい!」

「い、雷ちゃん邪魔しちゃ駄目なのです!」

 

 雷電姉妹のやり取りを笑って横目に見ながら、忘れかけていたことが脳裏を掠める。

 

 ここは前線基地なのだ。

 

 その事を思い出した瞬間、全身に戦慄の波動が駆け巡る。彼女達の存在によって完全に意識野の外へと追いやられていたが、ここは今、この瞬間にも、戦場へと変貌しうる危険地域だ。のんびりとした雰囲気に隠された、それでいてしっかりと深層心理に張り付く無意識の緊張。ここで働くからには、常にこの緊張と隣合わせで生活していかなくてはならない。

 いや、軍人である限り、この種の緊張から逃れることは不可能なのだが。それでも時として、ほんの短い間とはいえ、その張り詰めた心が緩む時がある。

 今がまさに、その時なのではないだろうか?

 

 俺はまだ軍歴4年そこそこのヒヨッコ軍人だ。このような感覚に慣れることは、未だに出来ていない。だけど、それなら。いや、それだからこそ。

 

「ほらほら、早く行きましょうよ!」

「レディーもお手伝いして上げるわ!」

 

 今与えられた、この時間を大切にするべきだろうな。

 

「さ、私達も行こうか」

「なのです」

 

 たまには何も考えずに遊ぶのも悪くない。

 

 

 

* * *

 

 

 

――数時間後、柱島泊地桟橋

 

 

「ふぁーあ……ねみ」

 

 傾き出した陽射しに目を覚ます。気づかないうちに眠り込んでしまったらしいちらりと横を見やる。そこでは、4人の艦娘達。否、少女達が遊んでいた。

 何もすることがないということで、鎮守府の母港に出て各々時間を潰しているわけなのだが、釣りをしている俺はもう三時間ほど、全く当たりが来ない。いや、寝ている間に食いついていたのかもしれないが、とにかく1度も当たりがない。

 一旦目を覚ましてしまうともう寝る気にもなれず、ただ糸を垂らしてぼんやりしているのでは暇なので、やはり最初の目的通り、彼女達の観察の時間になってしまっていた。

……まぁ、楽しいからそれもいいが。元々人間観察は好きなのだ。そのせいで上官には明らかに白眼視されていたが、まぁ気にしたこともない。

 

「司令官、おはよう。釣れたかい?」

 

 不意に響が駆け寄ってきて話しかけてくる。真顔なのでわかりにくいが、どうも全く釣れない俺をからかっているようだ。

 

「……どうも今日は風向きが悪いな」

「釣りも冗談も上手くないんだね」

 

 と、クスクス笑う。笑うと無邪気に見えるが、言ってる事はちょっと胸に刺さった。

 

「まぁ、趣味って言っても最後にゆっくりやったのは10年以上前の事だからなぁ」

 

 完全に負け惜しみだ。すると、他の3人も気がついてやってきた。

 

「司令官、釣れてるー?」

「何よ、一匹も釣れてないじゃない!」

 

 駆け寄りつつ叫ぶ。

 

「あーもう、こういうのはやる事に意味があるのであって、釣れる釣れないは問題じゃないんだよ」

 

 適当にそれっぽい事を言ってみたが……流石にこれは苦しいか。

 

「苦しいね、司令官」

「流石に無理があるのです……」

 

ううう、電まで……

 

「まぁもう少し経ったら釣れるかも知れないわよ? そろそろ夕方だし、風も弱まってくるわ」

 

 フォローを入れてくれたのは雷だ。皆結構ズバズバとものを言う子達だから心遣いがとても嬉しい。そんなことを考えつつふと、目をあげて俺の前に並ぶ彼女達を改めて見回す。

 

「へぇ、暁が一番背が高いんだな。ちょっと意外」

「何よ! 暁が一番お姉さんなんだからね!」

 

 少し怒った様子で、ない胸を反らせる。

 

 4人の中では暁が一番背が高い。

 響が暁より僅かに低く、雷、電の2人はほぼ同じで響よりやや低いといった具合いだ。暁と響との間はあまり差を感じないが、暁と電が並ぶと結構目立つ。まぁ、暁でもやっと俺の肩に届くくらいの高さなのだが。

 

 4人が互いの身長についてやいやい言い始めたのを苦笑しながら見つめていたその時、握った竿から確かに反応が伝わってきた。浮きが沈むのを見ていた電が叫ぶ。

 

「司令官さん! 引いてるのです!」

 

 と、言いつつ近くに置いていた網を持ち上げようとする。が、ここでドジが発動。持ち上げた時に、雷の足に思い切りぶつける。

 

「いったーい!」

「はわわ……ごめんなさい、なのです!」

 

 網を取り落として謝る。

 

「ちょ……速く網を……」

 

 その間も獲物は針を外そうとじたばたと暴れている。釣りにはそこまで詳しくないが、網もバケツも用意出来ていないのに水面にあげるのは流石に不味いだろうと思うから、下手に引き上げられないこんな時は冷静な次女が頼りになった。

 仲裁に入りかけて巻き込まれた暁も交えてやいやい喧嘩し始めた3人を尻目に網を拾い上げる。

 

「はい、網」

「おう、サンキュー!」

 

 網を受け取りつつ手首を返す。

 

 ぱちゃっ……

 

 何とも可愛らしい水音と共に出てきたのは、やはり可愛らしいサイズの金魚のような魚。っていうか金魚じゃねえか!?

 何故こんな所に金魚が……ここは海だろう!?

 

 釣り上げたはいいが、誇れるものでは無いな。後ろを振り返って四人に向かって肩をすくめる。

 

「ご覧の通りだ。どうも小物みたいで……」

「可愛いのです!」

「ハラショー」

「……」

 

まぁ思いの外ウケているから良しとするか。どうやったのかはよくわからないが、喧嘩を収束させたらしい雷が唐突に言い出す。

 

「司令官! このお魚さん、鎮守府で飼ってもいい?」

「へっ? 飼うのか? まぁ、食っても旨くはなさそうだけど」

 

“食う”という単語を聞いてびくりと身体を震わせたのは電。

 

「司令官さん……釣られたお魚さんも出来れば助けたいのです……」

「ちょ、電。それはちょっと違うんじゃ……」

「じゃあ飼ってもいいってことよね!」

「ハラショー。それなら後で家具コインで金魚鉢を発注しておくよ」

「さすが響! よろしく頼むわね!」

「……」

 

 四人姉妹の華麗すぎるコンビネーションで飼うことに決まってしまった。勢いって恐ろしや。

 

「……色々不服だが日も傾いてきた。そろそろ鎮守府に帰ろう。夕飯の支度もしなくちゃな」

「はーい」

постижение(パスティズィニェ)(了解)」

「なのです」

 

 鎮守府への帰り道へ歩き出しかけて気付く。返事がひとつ足りない。後ろを振り返ると、暁が海を見つめたまま動こうとしない。

 

「暁? もう帰るぞー」

「晩御飯食べたくないのー?」

「司令官! 速く来て!」

 

 珍しく緊張した面持ちの暁、水平線近くを指さして叫んでいる。何やらただ事ではないらしい。

 じっと水平線に目を凝らす。俺だって、日本海軍の軍人だ。流石に艦娘には劣るが視力は高い……はず。

 

 俺の視界に映ったのは、美しく輝く夕陽と、それを反射させる緋色の海。

……そして、夕陽に照らされて不気味に照り返す漆黒の身体。ちらちらと不吉に陽光を反射する緑の目。間違えるはずはない。あれは……

 

「深海棲艦……」

 

 柱島泊地鎮守府は瀬戸内海に浮かぶ小さな孤島にある鎮守府だ。瀬戸内海の構造上、深海棲艦はかなりの距離を内海へと進まなければ辿り着くことが出来ない。それで、この海域は深海棲艦が少ないと聞いていた。故に新米提督である俺が配属されたのだとも。

 そんな地理上の利点があったこそのんびり釣りができたわけでもあるのだが、この様子を見ると別に特別少ないわけでもないようだ。

 

「敵は重巡洋艦1隻に駆逐艦2隻か……」

 

 深海棲艦という化物共は、かなりの数の種類があり、それらが最高六隻集まって艦隊の様なものを成り立たせている。だから、数え方も“隻”だ。

 そこで、大本営は深海棲艦の体躯、武器、戦闘スタイルから、奴らを艦艇のクラスに分類した。

 

 駆逐艦(デストロイヤー)軽巡洋艦(ライトクルーザー)重巡洋艦(ヘビークルーザー)戦艦(バトルシップ)航空母艦(エアクラフト・キャリアー)潜水艦(サブマリン)等……

 

 かつての太平洋戦争時に登場した艦艇のほぼ全てが、分類に用いられた。今回発見された敵は重巡洋艦、駆逐艦2隻。三隻編成であるところを見ても、外海の主力艦隊から離れてやってきたはぐれ艦隊と言ったところだろう。迎撃は勿論、艦娘に任せることになるのだが……

 

「司令官! 私達は何時でも出撃できるわよ!」

「……」

 

 雷が、やる気満々と言った様子で言う。

 艦娘を指揮するのは初めてだ。しかし、何故か不安はない。艦艇指揮官時代の経験のお陰だろうか。振り返り、整列する四人と向かい合う。

 

「よし、第六駆逐隊に命ずる。30分後、鎮守府正面海域に出撃、敵艦隊を殲滅せよ。近海での戦闘につき、戦術指揮は俺が直接取る。いいな?」

 

 本来なら戦術レベルでの指揮は旗艦に任せるべきだ。戦艦娘等なら、戦術指揮のセンスは熟練の軍人にも劣らないだろうし、何より戦場にいるので、伝達がずっとスムーズである。しかし、彼女達は駆逐艦で、しかも経験が浅い。俺が直接指揮する方が効果的だろう。

 第六駆逐隊はそれぞれの表現で、戦意を示す。

 

「暁の出番ね! 見てなさい!」

「不死鳥の名は伊達じゃない。出るよ。」

「雷、出撃しちゃうね!」

「電の本気を見るのです!」

 

 皆やる気満々だ。士気は問題ないな。

 

「よし、各自用意を急げ!」

 

 4人がさっき釣った金魚の入ったバケツを抱えて寮へ向かうのを見届けて、俺も執務室へ走り出す。

 

「まったく……まだ着任初日だぜ?ここにいたら退屈とは無縁でいられそうだ!」

 

 元々騒がしいのは大好きだ。戦闘だというのに、どこか心が踊る。とにかく今は執務室へ向かおう。

 

* * *

 

――10分後、柱島泊地執務室

 

「んーと、鍵はどれだったかな……あった」

 

 戦いは情報収集から始まる。この鎮守府の戦力は駆逐艦娘である彼女達四人しかいないのだ。安易な判断で、彼女達を危険に晒す事だけは避けねばならない。

 

「こんなに楽しいのはいつ以来だろう」

 

 と、不謹慎にも呟く。相手が小編成の艦隊だとはいえ、自分自身も、艦娘達も、この出撃で生命を落とす可能性が無いわけではないのだというのに。どうやら俺にも、そういった“軍人の血”とやらが流れているらしい。戦闘に高揚感を感じてしまうのだ。それは、肉弾戦であっても、白兵戦であっても、艦隊戦であっても変わらない。

 

 職業軍人の、救われざる精神だと思う。

 

 俺は人々を守るために軍人になったというのに。こんな醜い矛盾があってなるものだろうか。

 

 では何故?

 

 そう聞かれれば、“よくわからない”と答えるしかない。

 ただ、命を賭して何かをやり遂げようとすることは、人の自己満足感をこの上なく満たす。きっとそういう事なのだろう。

……もうこの事を考えるのは辞めよう。実務的な課題も山ほどある。

 

「とりあえず崎矢さん(先輩)には連絡しておこう」

 

 今回の敵は三隻。余程のことがない限り自力(と言っても俺自身が戦うわけでもないが)で殲滅し切る自信はあるが、もし俺の手に余るようなら、彼の力を借りることになるだろう。

 彼は、俺の鎮守府のとなり、呉鎮守府で提督を勤めている。規模はここの何倍もあるし、何より彼の人柄は信用できる。

 受話器を上げ、コールをかける。

 

「もしもし、こちら柱島泊地鎮守府。山村少佐です」

「あ、山村君? どうかしたの?」

 

 若い女性の声が聞こえる。

 

「お久しぶりです、飛龍さん。崎矢少将はいらっしゃいますか?」

 

 電話に応じたのは、崎矢先輩の下で秘書艦を務めている、正規空母の飛龍さんだ。俺が崎矢先輩の元部下であることもあり、結構頻繁に顔を合わせている。そんな飛龍さんは呆れ返ったような声で答える。

 

「いらっしゃるも何も……今そこで昼寝してるんだけど……」

「……悪いですけど叩き起してくれますか?」

「お易い御用」

 

 少しの間

 

 それを破ったのはドスンと何か重いものがぶつけられる音と、男の悲鳴だった。更に少しの間があった後、飛龍が再度電話に出た。

 

「叩き起したはいいけれど、今度は気を失っちゃったみたい。ごめんね、用は私が聞くわ」

「は、はぁ……」

 

 部下にぶん殴られてのびる提督が何処にいるんだよ……

 

「で、用は?」

「ああ、ええと、はい。こちらの鎮守府正面海域に深海棲艦が出現しました。そちらの索敵部隊からは連絡ありますか?」

「ちょっと待ってね……あっヤバ! 加賀さんから一時間前に連絡入ってるじゃない! 本当に役立たず提督なんだから!」

 

 どうも仕事をサボって昼寝している間に索敵艦隊からの連絡があったらしい。無線機は結構大きな音がなるはずだが、起きなかったのだろうか?

 

「えーと、編成はわかりますか?」

 

 んー、と唸る声とページをめくる音がしばらく続く。

 

「編成は……重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦2隻の四隻編成の巡洋艦隊ね」

 

 あれ? 軽巡? さっき見た時は重巡、駆逐2隻の三隻だと思ったのだが、俺としたことが見逃していたらしい。まぁ今更1隻増えたところで何も変わらない。

 

「わかりました。柱島(うち)の戦力で対応してみます」

 

 ここで、にわかに飛龍さんの声が厳しくなる。

 

「気をつけてね。旗艦級(フラグシップ)上位級(エリート)もいないけれど、相手は巡洋艦よ。駆逐艦しかいない貴方の鎮守府の戦力じゃ力不足。絶対に無理をさせては駄目よ」

「もちろんですとも」

「必要なければいいけれど、一応(ここ)の第三艦隊を近海に待機させるわ。でも、出来れば使わなくてもいいようにね」

「ご協力、感謝します」

 

 そこで、飛龍さんは思い出したように告げた。

 

「そうそう、その敬語。大して歳も変わらないんだし、いい加減やめてよね」

「慣れないんですよ。次からは努力してみます」

「もう……切るわね」

 

 電話が切れる。これでよし。次は作戦司令室に向かおう。場所は確か、地下だったかな……

 

 

 

* * *

 

 

 

――ほぼ同時刻、駆逐艦寮

 

 出撃命令が出されました。正直少し緊張しているのです。私達はまだ着任したばかり。実戦経験などありません。でも、皆は緊張どころか、楽しそうにしているのです。

 さっき司令官さんが釣ったお魚さんを大きいバケツ(“高速修復”と書いてあるのです)に移していた響ちゃんは、

 

「まぁ初陣とはいえ艦娘だからね。一度海に出れば身体は勝手に動くと思うよ。」

 

 と、余裕なのです。

 

「初陣がこんなに早いとは思わなかったわよね!」

「腕がなるわ! この雷さまに任せなさい!」

 

 後の姉二人は(何となくわかっていたのですが)ずっとこんな調子なので、やはり不安など感じていないようなのです。はわわ、もしかして緊張しているのは電だけなのですか?

 

「さぁ!作戦一時間前よ!」

Рид(リドゥ)(よし)、なら作戦司令室に行こう。司令官も待っているはずさ」

「そうね」

「はわわ、待って欲しいのです!」

 

 

 

* * *

 

 

 

 さらに十分後、作戦司令室

 

「初めて入ったが凄く立派な設備だなぁ」

 

 思わず独り言を漏らす。

 艦娘と連絡を取るための巨大な無線機とアンテナ、図上演習に用いられるであろう壁掛けの戦術ボード、編成した艦娘の練度や状態が表示されるタブレット端末のようなもの、その他にも戦術指揮に役立つことに相違ない機材が揃っている。ここまで用意してもらって負ける訳にはいかない。まずは、例の端末で四人の装備を確認する。

 

 全員が練度1、初期装備だ。初陣だから仕方が無いのだが、確かにこれで重巡を相手するのは少し辛い。それに、重巡を倒してもまだ軽巡が控えているのだ。

 

「全員が12.7cm連装砲を装備、暁だけこれに加えて61cm三連装魚雷か……」

 

 いつだったか、崎矢先輩からネームシップの初期装備は優遇されている、という話を聞いたことがある。特Ⅲ型も、その例に漏れていないようだ。

……魚雷という兵装は、正式名称を“魚形水雷”という。これは艦船に対して凄まじい攻撃力を見せる。船の横腹に穴を開けられるのだ。被弾した船はたちまち浸水し、沈没を逃れられない。不沈戦艦とも呼ばれた大和や武蔵も、敵攻撃機による魚雷攻撃によって沈んだ。

 つまり、魚雷は今使える最上級の攻撃力。

 

 この魚雷が切り札になる。そう思った。

 

「それじゃあ、この三連装魚雷(切り札)をどうやって重巡にぶつけるか……」

 

 魚雷の射程は短い。正確に命中させるならば、至近距離まで接近しなくてはならない。だが、重巡、軽巡の射程は駆逐より長い。近づくことすら難しいだろう。また、魚雷を叩き込むにしても、練度1の暁の能力で大破、撃沈に持ち込むには全弾クリーンヒットさせることは必須だ。つまり、正面からまともに戦っても勝ち目は無い!

 

 ならばどうする? 夜まで待って夜闇に紛れて奇襲をかけるか?

 

 いや、不可能だ。駆逐艦4人では夜襲で仕留めきれない。彼女達の負担も考えて、戦闘が明日に持ち越すことも避けたい。それに重巡は夜戦では戦艦以上の脅威となりうる。明るいうちに仕留めておくのが無難だろう。

 

「まとめると、今からの出撃で重巡を何が何でも沈めて一旦帰投、夜まで艦娘達を休息させて再出撃、夜戦で残った軽巡、駆逐艦を仕留める……こんなところか」

 

 自分で確認するように、呟きながらメモをとる。さて、大枠は決まったが、具体的に重巡に魚雷をぶつける方法を考えなくてはならない。ここを疎かにすれば、昼戦で大破撤退、夜戦どころではなくなるだろう。

 すると、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

「……あの子達の意見も聞くか」

 

 何かいい刺激を得られるかもしれない。席を立ち、扉を開けて小さな戦士達を迎え入れる。そこに立っていた4人は、既に身体に艤装を纏っていた。

 

「あれ? もう艤装を装着しているのか?」

「何もせずに待つのが焦れったくて」

 

 雷が舌を出す。

 艦娘には専用の出撃港があり、出撃の際、艤装の装着脱を自動でやってくれるシステムがあるのだが、時間をかけて自分で装着する事もできるのだ。

 

「まあいい、作戦について大まかに説明する。このボードを見てくれ」

 

 先程考えた作戦の大枠を四人に伝える。皆熱心に聞いてくれた。暁は少しそわそわしていたが。

 

「……という訳だ。だが、まだ具体的に重巡を仕留める策がない。そこで、お前達の意見も聞きたい。」

 

 考え込む四人。

 囮を使うだとか、挟撃するだとか、結構実用的な案が出た。それらも考えなかった訳でもないが、どちらも少し決定打に欠けるような気がしていた。確実に仕留める自信もないのに、無闇に兵力を分散させるのは用兵上最も避けるべき事だ。だが、一方では決定力に欠けても、両者の折衷案ならどうだろうか? このあたりに活路があると思うが……

 

 その時、不意に頭の中で何かが繋がった。

 

「そうだ!」

 

4人が一斉にこちらを見る。

 

「いい事を思いついた」

 

 今の俺は、きっと悪い笑みを浮かべているのだろう。4人が心配そうにこちらを見ている。とにかく、具体的な作戦が定まった。後は彼女達に合わせて、微調整していこう。

 

 出撃は15分後だ。

 

 

 




結構加筆修正というのは大変なものです。完了まで結構かかりそうですね......

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。