三人の駆逐艦娘…暁、雷、電に連れられてやって来たのは柱島泊地鎮守府中央棟の3階、執務室だ。扉には“ようこそ”と言わんばかりの「提督執務室」の札がかかっている。
「ここなのです」
「へぇ……立派なもんだね」
おどおどと扉を開けようとする電。押し扉なのに思いっきり引いてしまい、
「はわわ……」
と声をあげる。
「何やってるのよ……そんなんじゃダメよ!」
雷がたしなめる。
「ご、ごめんなさい、なのです」
“なのです”が口癖らしい少女は顔を真っ赤にして、今度こそ扉を開ける。一歩足を踏み入れ、内装を見渡した。
が、部屋の中央にダンボールが置いてある以外に家具らしいものは無い。
「ほう……びっくりする位何もないな」
「内装は家具コインって言う……何て言えばいいかしら。まぁ、お金みたいなもので購入して、自由に模様替え出来るのよ」
暁の説明によると、この家具コインと言う代物は、日本海軍が一部海域に箱に入れて流しているらしいのだ。それを遠征任務や出撃任務に出た艦娘達が拾い、鎮守府に持ち帰るのだという。
……何故、わざわざそんな宝探しのようなことをするのかと言うと、その理由は何とも呆れたもので、
“遠征任務が暇だ”
と言う短気な艦娘達の要望に応じて、ゲーム的要素を遠征に取り入れたそうなのだ。
……それでいいのか、大本営。
「これが司令官さんの分なのです。本当は遠征で集めなくてはいけないのですけれど、前の提督さんが次の提督さんのために残していって下さったそうなのです」
「へぇ……有難いねぇ。2000枚もあれば一通りは揃えられそうだね」
暁と電に説明を受けていると、雷どこから持ってきたのか分厚い本を運んできた。よたよたとしていて見ていて危なっかしい。広辞苑か何かだろうか。かなり重いようだ。
「こ、これが家具のカタログよ……っと」
ドンッとダンボールの上に置かれる広辞苑サイズの本。ダンボールがちょっと嫌な角度にへこむ。
「か、カタログ……?」
とりあえず目次を見てみると、大まかに床、壁、机、窓、装飾、家具の6ジャンルに分けられている。見開き1ページに家具がイラスト付きで解説されているが、この様子だと家具500種類はあるだろう。
一体大本営は提督に何を求めているのだろうか。
「ま、まぁとりあえずこの“提督の机”と“ブルーカーペット”、あと“青カーテンの窓”って奴を注文しようかな。ああ、それと応接用の机と椅子もね。最低限執務室として使えるようにはしておこう」
「後で申請しておくわ!」
「やれやれ……」
雷は嬉しそうに答えた。
さっきからとっても嬉しそうだね、と聞くと、何でも人の役に立てることが何よりも幸せなんだとか。姉妹である暁や電に何かと世話を焼きたがるのも、その現れなのだろう。
ところで、先程から気になっていたことがある。
暁、雷、電……
俺だって戦史は学んだ(好成績とは言いがたかったが)。確かこの三人の名前は皆、戦時に第六駆逐隊を編成したという特Ⅲ型駆逐艦の名前のはずだ。それなら、3人では足りない。当時の駆逐隊は4隻編成だった。
「なぁ、唐突で悪いがお前達はもしかして四人姉妹じゃないか?」
「そうよ、私達は特Ⅲ型駆逐艦、暁型の四姉妹なんだから!」
ネームシップの暁が、誇らしげに言う。
「最後の1人は……確か響と言ったかな」
5年以上昔に習った名前を苦労して引っ張り出す。全く、“後悔先に立たず”とはよく言ったものだ。あの時勉強しなかったがために……
それに答えた暁の声は、明快かつ単純。しかし、俺を驚かすのに十分な
「ええ、今建造中なの!」
え、今なんと言った?
「今!? 建造中!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。唖然と口を開ける俺に電と雷が説明する。
「そうなのです。前の司令官さんが、次の司令官さんのためにと、私達4人を建造して残してくだたったのです」
「本当は初期艦は電1人のはずだったのだけれど、姉妹がいないと寂しいだろうって」
「けど、結構ギリギリに建造して出て行っちゃったから、まだ着任出来ていないのよねー」
なるほど、彼らしいといえば彼らしい。
眠たげな、それでいて気だるそうな表情をした若い士官の顔が、頭に浮かぶ。心の中で呟いたつもりだが、思わず口に出ていたらしい。
「へぇ、彼奴がねぇ……」
それを聞いた電が驚いたようにこちらを見る。電は、前の提督との付き合いが(ほんの数日程度の差だが)他の2人より長かった。
「お知り合いなのですか?」
「まぁね、腐れ縁とかいう奴だよ」
自分の表現に苦笑をもらす。
数年前まで、俺はこの人の副官を勤めていた。現在、日本海軍に存在する18人の将官の内で一番若く、32歳。それ故に軍の上層部からは煙たがられているが、若く、親しみやすいという事で、下士官や、部下からの信頼は誰よりも厚い。もちろん。俺も彼に全面的な信頼を寄せている。彼は、元副官に出来る限りの用意を整えてくれたらしい。
現在、日本海軍は、新任提督を駆逐艦娘1人と共に新築した鎮守府に配備し、鎮守府近海の制圧を命じている。これによって提督の資質を判定しようという訳だ。
つまり、少佐は提督候補生であり、建造などの一部機関は使うことができない。建造許可をもたない新米少佐にとって、艦娘は1人でも多くいて欲しい存在なのだ。
まぁ、要するに可愛い部下のために
「とりあえず工廠にいってみましょう! そろそろ建造が終わるころだわ」
「楽しみなのです!」
姉妹がやってくるのはやはり嬉しいようだ。気取っていた暁も素に戻ってはしゃいでいる。
「そうだな、今夜は響も交えて、着任記念パーティーでもするか!」
「さっすが司令官太っ腹!」
「ちょ、やめろ雷! 重い!」
* * *
――柱島泊地鎮守府東第一棟1階、柱島泊地海軍工廠。
中央棟にある執務室からは歩いて5分と言ったところか。何でも、主に艦娘の建造、艤装の開発などを行うらしい。士官学校の教科書では何度か読んだような気がしないでもないが、どんな建物かは全く想像がつかない。
……建造
嫌な表現だと思う。
彼女達は産まれるのではない、“造られる”のだ。そうでなかったら、このような言い方をするであろうか?この時、俺の頭には、彼女達の生まれ方に一つの仮説が出来ていた。それは考える事さえおぞましい、出来れば見ずに蓋をしてしまいたいもので。
ぶんぶんと頭を振る。そんなこと、考えたってしょうがない。人は生まれる前より、生まれた後にこそ本質があるはずなのだから……
ふと、右を見ると不審そうに俺を覗く一対の目があった。綺麗な鳶色をしている。
「あの……司令官さん。何か悩み事があるのです?」
純粋に心配してくれているのだろう。綺麗な鳶色の瞳には気遣いの色が浮んでいる。
「……いや、何でもないよ」
それを見て、改めて思った。彼女達がどのような生い立ちであろうと関係ない。この子達はどこからどう見たって普通の、人間の女の子だ。何も変わらない。違わない。
だから、どんな事があろうと受け入れよう。
* * *
少し経って柱島泊地海軍工廠
「いやぁー……これは……」
「驚いた? 凄く大きいでしょう?」
暁が少し誇らしげにこちらを見る。
素直に驚いた。
艦娘を建造(嫌な表現だ)したり、その装備を開発する場所というのだから、小屋程度の大きさがあれば充分だと思っていた。しかし、施設の大きさを見るに建造はそんな単純なものではないらしい。工廠は、戦艦クラスの船(艦娘ではない)が丸ごと入りそうだ。
「艦娘ってさ、どんな風に建造されるの?」
これだけは聞いておかなくてはならない。彼女達の生い立ちがどうであれ、人として扱うと言う気持ちは変わらない。ただ、だからといって、彼女達のルーツをずっと知らずにいる訳にもいかない。それがたとえどんなに辛いものであったとしても。
すると三人が顔を見合わせ、口々に覚えていることを話す。
「それが、私達もよく覚えていないのよ」
「気がついた時にはもうこの身体が出来上がっていて、艤装との適性検査を受けていたのです」
適正検査……
艦娘には固有の艤装がある。それを身にまとって初めて、彼女達は在りし日の艦艇の力を出すことが出来るようになる訳なのだから、適性検査というのはもっとも大事な、最終過程なのだろう。
「じゃあ、それ以前の記憶はないの?」
「ある事にはあるのだけれど、一番近い記憶は凄くぼんやりしていて、しかも視点が今と全然違うの。なんだか…映画を見せられているみたいな感じかしら」
横でうんうん、と暁と電が頷く。
つまり、帝国の駆逐艦だった頃の記憶という事だろうか。
「意識を失って、次に気づいた時には電が言ってたように艤装の適性検査を受けていたわね」
すると突然、雷は嘘寒そうに首をすくめる。
「不思議よね。私達、言葉とか知識とか、全く習った覚えはないのに、現にこうやって会話できてるんだから。これも昔の記憶ってやつのおかげかしらね」
「目覚めてすぐは本当に何もわからなかったのですけれど、少し時間が経つと、言葉も、知識も、まるで前から知っていたかのように使えるようになったのです」
「今思い返してみると、なかなか気持ち悪い感覚だったわよね」
すると突然、暁が声を張り上げた。
「新しい艦が出来たって!」
* * *
ここは………何処だろう。
私はさっき、ウラジオストク沖で標的艦となって生を終えたはずだ。
……やっと皆のところへ行けると思ったのに。
「また生き残ってしまったのかな……」
はっと気づいた。何だこれは。意識が具現化したような、音が意識を持ったような……
「……これは声なのか?」
混沌とした脳内が整理されていくにつれ、先程から自身が発している意識の具現が“言葉”であり、また“声”である事が認識できた。
そして……
「これは一体……私は……」
視線を足元に落とすと、そこには肉体があった。記憶の奥底、遠く霞んだ場所にある記憶とは相違した、柔らかく水分を持った肉体。しかしその答えもすぐに得られた。これは間違いなく“人間”の身体。
ぐるぐると頭が回る。一体私に何が起こっているというのだろうか。
転生?
いや、そんなはずはない。それなら今私の身体は赤ん坊であるはずだし、前世の記憶があるというのもおかしい。
正直何がなんだかわからない。私は一体どうなってしまったというのだろう……
その時、扉の向こうから“声”が聞こえた。
「新しい船が出来たって!」
初めて聞く声だ。
なのに、何故か懐かしいような、よく聞き慣れた声に聞こえた。そして、自分の置かれている状況が、まるで本でも読んでいるかのように、自然に理解出来た。
様々な情報が頭に流れ込み、整理され、片付けられていく。
きっとこの扉の向こうには、大切な人達がいる。何故だかわからないけれど、そう思った。
伝えなくては。不死鳥が、また甦ったと。
護らなくては。今度こそ、彼女達を。
伝えなくては。私の名前を………
重たい扉を開け、一歩踏み出す。そこには、三人の少女と、一人の青年がいた。
「響だよ。その活躍ぶりから、不死鳥の通り名があるよ。」
自然とそう名乗る。考える余裕なんてなかった。自分の名前の記憶は幾つかあり、
「これで第六駆逐隊全員が揃ったわね!」
「響、わからないことがあれば、私に頼ってもいいのよ!」
「響ちゃん、お久しぶりなのです!」
突如親しく話しかけてきた少女達。不思議と彼女達の名前も自然と出てきた。
「暁、雷、電……遅くなってすまなかったね。」
そして、彼女達の中央に立つ青年。彼の立場も何故か即座に理解出来た。記憶に馴染みのある純白の軍服。ややデザインは異なるが、間違いなく士官がかぶる制帽。
「貴方が私達の司令官なんだね。」
そう言うと、青年は制帽を脱いで敬礼した。
「ああ。この鎮守府を預かっている山村少佐だ。よろしく頼む」
人懐こそうな笑顔。
「ちょっとベタ過ぎる挨拶かな」
と、頭をかく。姉妹達が心を許しているところを見ても、悪い人ではなさそうだ。彼の手を取り、握手する。
「
以前の2話と3話を連結及び加筆修正しました。中々大変なものです......