暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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失踪しかけました。というかしてました。
実に7ヶ月ぶりの投稿になります


5.5話 呉鎮守府

――柱島艦隊が潜水艦迎撃のために出撃した数時間前

 

「さて、改めて。遠路はるばるようこそ、呉鎮守府へ」

「遠路、と言うほどでも無いけどねー!」

 

 雷がそう言うと、崎矢提督はいたずらっぽく笑った。山村提督がよくする、あの笑みだ。

 

「そうかいそうかい、元気で結構。こいつなんて最近は近海の遠征でさえ面倒だ面倒だと煩くてな……痛てぇっ!」

「余計なこと言わない」

「はい……」

 

 隣につきそう彼の奥さん……つまり正規空母、飛龍さんから肘打ちが入る。日本国中に名の轟く崎矢少将殿も飛龍さんには頭が上がらないようだ。

 

「コホン……それでだな。今回は急遽君たちに(うち)の潜水艦隊と演習してもらう事になった。それはいいね?」

Да(ダー)(うん)。了解したよ」

 

 崎矢提督は背が高い。柱島の山村提督は170cm台後半。憲兵の美代君は180cm超えと、2人とも高身長だったが、そんなものじゃない。190cmを軽く超えているだろうと思われる。

 しかし、前述の二人のように大きく感じないのはその細さ故だろうか。飛龍さん曰く、70kg台であると言う。もはや病気では無いか心配してしまう細さだ。

 

「うん?どうした。不思議そうな顔して」

 

 私の視線に気づいたようだ。いや、まあじっと見つめ続ければいつかは気づくだろう。

 

「俺の顔になにか付いてる?」

「いや、崎矢少将は背が高いね。話してると首が痛くなるよ」

「おっと、すまないね。これでいいかな」

 

 提督は膝を抱えるようにして私を覗き込むような姿勢をとった。その顔は、いたずらっぽく微笑んでいる。

 

「流石にこれは恥ずかしいな」

「そりゃそうだ。で、何か用かな?」

「演習の相手だよ。私達は2人。まさか6人フルメンバーの潜水艦を相手するとは思えないからね、どんな編成なのか興味があるのさ」

「意外とせっかちな所があるねキミ」

 

 クスクスと笑う提督。だがそれはすぐに彼らしい、いたずらっぽい笑顔に変わった。

 

「ご期待に添えず申し訳ないが、今回の演習は対多数を想定したものだ。従って、君たちにはうちの潜水艦及び潜水空母6人を相手してもらう」

「……え?」

 

 驚いた。崎矢提督麾下の潜水艦隊だ。練度は低く見積もっても80、いや90でもおかしくはない。

 その潜水艦達6人、つまり一個艦隊を練度20にも届かない私達2人で相手しろと言うのだ。どう考えても普通じゃない。

 きっと私は悲痛な表情をしていたのだろう。見かねたように提督が付け足した。

 

「もちろんハンデは付けるさ。潜水艦隊側にはうちの工作艦(明石)特製“練度抑制装置”を付けさせる」

 

 そう言って崎矢提督が鞄から取り出したのはサイコロ程のサイズの立方体。人間である彼が持っていられるということは、妖精さんの不可解な力を利用した装置ではないらしい。

 

「これを艦娘の艤装核のポケットに取り付けることで、艤装の出力を抑制できる……まあ一言でいえばリミッターだな」

「とんでもないネーミングセンスだね」

 

 あまりに率直な名前に思わず返した言葉に、崎矢提督はやや拗ねたように応じた。

 

「む、名付け親は夕張なんだが……まあいい。名前はともかく、艤装核に直接連結させるデリケートなものだから開発にはとてつもない時間が必要だったんだ。今ここで取り出すまでに色んな人間の努力がこのサイコロに込められてきた事を分かってくれ」

「……軽はずみな事を言ってすまなかった」

 

 提督は笑って手を振った。

 

「こちらこそ。そんな改まった話なんてするつもりは無かった……あ、そうだ。この装置はうち()が独自で開発したものなんだ。だから、決して口外しないように」

「そんなこと私達に話しても良かったの?」

 

 私と提督が話している間ずっと黙り込んでいた雷がここぞとばかりに問い返す。長いこと私が話していたので退屈していたのだろう。

 

「まあ君達や君達の司令官が漏らすとは思わないし、いつか量産に成功したら柱島にも必要数送ろうと思っていた」

 

 それはありがたい。制御装置があれば、練度が離れた艦娘同士の演習もより効率が良くなるだろう。しかし、隣を歩く雷の顔はどうにも腑に落ちないといったものだった。

 

「ねえ、そんな便利なものを開発したのに、なんで大本営に報告しないの? きっと他の提督達の役に立つのに……」

 

 提督は少し驚いたように雷を見つめると、悲しそうな表情で話し始めた。

 

「新技術なんてものは軽々しく扱っていいものではないのさ。利は必ず害を伴う」

「害って……」

「簡単な話だ。コイツにちょいと手を加えてやれば、君達を人間以下の戦闘力にまで弱体化させることだって可能。つまり、形式上海軍の指揮下に入っているとはいえ、対等な協力関係にある君達を服従させることも可能になる。お高く止まった政府の連中共が、艦娘を完全な支配下に置きたがってるのはよーく知ってるからな」

 

 そう吐き捨てる様に一息で言い切ると、彼は不機嫌そうに煙草を取り出して火をつけた。彼が喫煙者だと言うことは少し意外だった。

 日本国の将官らしからぬ安物のライターは駆逐艦がやったらしいデコレーションで埋め尽くされ、何とも持ちにくそうだ。きっと彼はプレゼントに貰ったソレを大切に、大切に使っているのだろう。

 

 彼が部下に愛されていることはよく分かるし、知ってもいたが、彼が上官。更にいえば文官に嫌悪感を抱いているということは知らなかった。

 そういえば山村司令官も政府について悪評を垂れていた事があったが、その思想も彼から受け継がれたものなのかもしれない。

 

「さて、余談が過ぎたな。そろそろ演習場だ。飛龍、演習艦隊は?」

 

 これまでずっと無言だった飛龍さん。話に参加したくなかったのではなく、ずっと事務仕事を続けていたようだ。歩きながらは危ないと思ったが、その手はしっかりと崎矢提督の腕に回されていたので何も言わないでおくことにした。

 

「問題ないわ。ちょっと168がやる気が無いみたいだけど、概ね体調に問題なし。何時でも出れるわ」

「うーん、168の演習嫌いはまだ治らないのか。出撃はあんなに楽しそうに出るのに……まあ間宮アイスでも奢ってやるか」

「私も食べたい!」

「だめ! 昨日外食連れてってやったろう?」

「ちぇー」

 

 目の前で展開される夫婦漫才に思わず雷に向って肩をすくめてみたら、向こうも同じ仕草でこちらを見ていた。姉妹共々、こんな夫婦に憧れはしてもなりはしないと心に決めた。

 

 

 

* * *

 

 

 

――呉鎮守府演習場出撃港

 

「これはすごい。三式対潜セットに探照灯、見張り員、水上爆撃機、オートジャイロ……対潜装備は何でもありそうだ」

「すっごーい! ねえねえ、これ使ってみてもいい?」

 

 雷が嬉しそうに二式爆雷を取り出す。今年開発に成功した新兵装なんだそうだ。

 

「ここにある物は基本何を使ってもらっても構わない。普段使い慣れている兵装を使うも良し、より性能の高い新兵装を試すも良しだ」

「私はベターに三式セットにしようかな……って雷、なんだいそれは?」

「えへへ、これ一回装備してみたかったんだー!」

 

 雷の基本艤装の肩部分に連結された装備……これは……

 

「ん? ああ、それか。ええと、なんと言ったかな……」

「22号対水上電探改四」

 

 すかさず飛龍さんのサポートが入る。

 

「そう、それだ。小型の水上電探では最高峰の精度を誇る。量産は未だに成功していないからうちにもまだ3台しかないんだ」

「まあ貴方達駆逐艦が戦闘に出る時は基本対空電探の方が採用されるだろうけどね。さ、早く準備なさい。そんなに時間がある訳でも無いのよ」

「はーい」

 

 

 

* * *

 

 

 

――その頃、柱島鎮守府

 

「ん?」

「どうした、提督」

「いや、何でもない。ふとあいつらが気になってな」

「ああ、響と雷か。まあ響はもちろん、雷もああ見えてしっかりしてるから大丈夫さ」

 

 木曾は男らしい言動からは想像出来ないほど面倒見がいい。俺よりずっと彼女たちの事は把握出来ているだろう。その木曾が言うのだ。きっと大丈夫。

 

「それより、さっきから何作ってるんだ?」

「ん? ああ、これかい? ティフィンカクテルだよ。ティーリキュールはストレートでも美味いが、ちょっとミルクを足すとこれがまた最高なんだ」

「お昼からお酒なのですか……まあ司令官らしいと言えばそうですけれど」

 

 電が飽きれたような声を上げる。ちょっと前までは飲もうとするたびに止めに入られたものだが、最近は諦められたのか、飽きれられる程度で済んでいる。

 

「ティーリキュールと言いますが、普段司令官さんが紅茶にブランデーを注いでいるのとは違うのですか?」

「違う違う。全く別のものだよ。あれは紅茶、これはお酒。出汁巻きと目玉焼きくらいには違うね」

「例えが全くわからないのです」

「ははは、そうかそうか……はい、ミルクティー」

 

 やれやれなのです、とでも言いたげに首を振る電に素早くティーセットを差し出す。ミルク2杯、砂糖3個が彼女の好み。

 

「……ありがとう、なのです」

「木曾には緑茶な」

「突然お洒落のおの字も無くなったな。まあいいが……」

 

 口ではああ言っているが、実は木曾はコーヒーも紅茶も苦手らしい。無理に勧めるよりも、普段飲みなれているものの方がいいだろう。いずれは彼女の好みも探らなくては……

 

「それにしても……お前今どうやってこれ出したんだ? 手元にはティーセットしか残ってねえし、いきなりこんな温かい茶が出るなんて……」

「うん、そりゃ気になるだろうな。ちなみに木曾、この質問はお前で11人目だ」

「11人」

「それだけやってまだタネがバレてないのですか……」

 

 どうやら木曾は俺の特技を知らなかったらしい。彼女とは紅茶よりも酒を飲むことの方が多いから不思議なことでもないが。

 

「俺の特技だよ。手品の技術を応用して瞬時に望みの飲み物を給仕する。仕組みを見破った者には有給1週間をやる約束になってるから、興味があるならタネ探しでもするといいよ」

「それまた御大層な……で、まだ11人全員が見破れずにいると」

「そういう訳なのです」

「まあそんなことより早く飲みなよ。冷めちゃうぞ」

 

 呆れたような、圧倒されたような、やや毒気の抜けた顔で木曾が首を振って見せた。

 

「おいしいのです〜」

「んっ、普通に美味い」

「よかったよかった。さて、何をしてたんだっけな……」

 

 いけない、気を抜きすぎて忘れてしまった。

 

「海図の整理、なのですよ。部屋の一角に海図をまとめて保存するって、言い出したのは司令官さんなのです」

「そうだった。悪い悪い」

 

 あわてて海図を数枚拾い上げる。これは……鎮守府正面海域のものだ。興味深そうに木曾が覗き込んでくる。

 

「お前、これ読めるのか?」

「当たり前だ。一応士官学校出てるんだぜ? 最低限度指揮に必要な能力は持ち合わせてるよ」

「へぇ、俺も読めないことはないが……まあ出来れば見たくないな」

「それはまた何故?」

 

 木曾はしかめっ面で腕組みすると呆れ口調のまま続けた。

 

「海図は戦術戦よりも戦略戦において重要なシロモノだ。つまり、運用の責任は指揮官……つまり提督、お前にあるはずだろう?」

「ごもっとも。お前達が海図とにらめっこせずに済むように艦隊を動かすのが俺の仕事だ」

 

 思わずため息をつく。木曾はよくこの世が見えているというか、核心を理解している。いつもブレない価値観、それに基づいた判断力は信頼しているが、その分かなりの合理主義者だ。彼女の取る行動、思考に無駄はない。

 

 いや、語弊がある。“合理主義者になれる素質”を持っている、と言った方が正しいだろう。彼女は義務的に合理主義を取っているが、決してそれを好ましく思ってはいないからだ。

 ある意味、日本人らしい仕事の割り切り方だと思う。今の木曾の姿は正しく“キャリアウーマン”というやつだろう。

 

「ほーら、分かったら仕事だ仕事。ぐうたら酒飲むためにここに来た訳じゃないんだろう?」

「へいへーい」

 

 訂正、やっぱり合理主義者かもしれない

 

  

 

* * *

 

 

 

――呉鎮守府演習場

 

「……っ! やられた、どうしてこんなに……!!」

 

 崎矢少将率いる呉艦隊、その潜水艦部隊。日本中に名の知れた名艦隊であるが、正直ここまでとは思いも寄らなかった。

 

「私は南を見張る! 雷は北だ! 死角を作ったらやられる!」

「わかってる! わかってるのに……」

 

 そう、“わかっているのに”恐ろしい。本来潜水艦というものは相手に気づかれず接近し、不意討ちの一撃を喰らわせることを基本スタンスとしている。

 潜水艦は何処にいるのか、何をしているのか、何時動くのか、そもそも何隻いるのか、進軍したのか、撤退したのか。その全て情報が相手に知られる事はなく、協力無比な武器になる。

 

 故に潜水艦は、その存在を認識された瞬間、その脅威が大幅に減衰してしまう。情報を武器として戦場の駆け引きを戦う艦種なのだから、情報が知られる事は即ち槍兵が槍を、弓兵が弓を折られることに等しい。

 今回の演習のように、予め敵の存在を認識した上での戦いなど、本来ならば私たちの圧倒的な有利。しかも対潜装備をフル装備している、むしろ負ける要素の方が少ない。

 

 “それなのに”だ。字面だけを見ればこんなにも私達が有利なのに、現実私たちはどこから飛んでくるとも知れない魚雷に身動きが取れずにいる。

 

「敵は東の岩陰に1人、対角に2人、北と南にそれぞれ1人。残る1人は不明……」

「完全に包囲されてるわね……それに、なんて戦いにくい地形なの! 全然ソナーが役に立たないじゃない!」

「それを含めて出し抜かれたんだ。知らず知らずのうちに押し込まれていたんだろう」

 

 私達がいる海域は、ちょうど柱島の沖のように複数の岩礁、浅瀬のある比較的波が穏やかな海域。潜水艦に“隠れてくれ”と言わんばかりの障害物だらけだ。

 

「いいかい、雷。私達は今、ちょうど敵が組んだ輪形陣の真ん中に閉じ込められたような状態だ。おまけに1人は位置を把握出来ていない」

 

 こくりと頷く雷。近接戦闘となると頼もしい大暴れを見せてくれる彼女だが、こと情報戦となると大人しい。

 

「無難に考えて包囲が最も薄い所を突破し、離脱後に1人ずつ相手をしたいところだ」

「でも、その“包囲が薄い点”が全くわからない……」

 

 あえて答えず、目で肯定の意を示す。そうだ、一体どこが薄いのかがわからない。

 これが実際の艦隊戦だった場合、私達は単純に敵の頭数が少ない地点を狙って突破を試みただろう。だが、私達は艦娘。しかも敵は6人の小隊規模。

 各地点の戦力は敵個々の戦闘力に依存する事になるが、私達は彼女達の力を知らない。

 

「強行突破するとして、それが可能なのは大まかに東西南北の4方向。中途半端に包囲の間を抜けようとすれば、挟まれて一瞬でお陀仏だろうね」

「誰とも戦わず逃げるんじゃなくて、あえて1人と対峙することで、挟み撃ちを防ぐのね?」

「その通りだ。東西南北に布陣する敵のいずれか一方を正面から叩き、殲滅する」

 

 そうすればその場の戦闘では2:1の人数有利を取れる。残り三方向からの救援は、距離的に間に合わない。上手く行けば突破できるはずだ。

 ただし、4方向のいずれを攻めたものか…… 

 

「私達を中心にちょうど北、東、南に1人ずつ、西に2人。無難に考えて東に逃げるのがベストだと思うけど……」

「思うけど……何?」

 

 そう、さっきから気になっていたこと。

 

「……奇妙に思わないかい? これだけ岩礁があるのに、敵6人の内5人は隠れようともしない。常にソナーで捉えられる位置だ」

「……それがどうかしたの?」

「彼女達は崎矢少将の指揮下で経験を積んだ、まさに熟練兵だ。そんな彼女達があえて姿を晒してるのは、手加減をしているか、あるいは……」

「あるいは、“相手の虚を作り出すため”」

 

 一瞬、全身が凍りついた。何故って……

 

「私達の作戦を完璧に看破した事は褒めてあげる。でも遅すぎるわ、わかりやすく誘ったんだからあと3分半は早く気付きなさい。実践なら死んでたわね」

 

 あろうことか、私と雷の背後から敵が現れたから!

 

「雷! 爆雷投射を……」

「だから、見てから反応してたら遅いって言ってるの!」

 

 そう叫ぶなり、目に焼き付くようなピンク髪を持つ少女……潜水艦伊168は身を翻した。背中の魚雷発射管からは何も発射されない。彼女は一体何を……

 私の頭が働いたのもそこまでだった。

 

「きゃ!」

「うぐぅ……!」

 

 目がちらつく程の閃光と爆風。しかし不思議と痛みは全くない。艤装から流れ出す機械音を私は理解出来ずに立ち尽くした。

 

『駆逐艦響、駆逐艦雷、轟沈判定。兵装の戦闘機能をロックします。即座に演習海域を離脱してください。繰り返します……』

「轟沈判定……」

 

 雷と顔を見合わせるが、彼女も私と似たりよったりで、こちらを見つめる目は忙しなく、口が開きっぱなしだ。

 呆ける私たちを他所に、伊168は勝ち誇るでもなく通信機を取り出した。

 

「報告。伊168、駆逐艦響、雷の2名を撃破。これより帰投します」

 

 

 

* * *

 

 

 

――呉鎮守府執務室

 

「たはははは、負けちまったか!」

「かすり傷ひとつ与えられなかった……せっかく演習に応じてもらったのに、申し訳ない……」

「浮上してくるまで気付くことも出来なかった……」

 

 雷が悔しそうに地団駄を踏んでいる。五感に優れた彼女は、潜伏する敵の察知にかけてはかなり自信があったらしい、先程からずっとこの調子だ。

 

「イムヤは手加減ってものを知らないからな。まあこうなる事は予想していた」

 

 崎矢少将もお人が悪い。

 

「ま、これでよく分かっただろう? あいつらの強さは、練度に依存していない」

 

 そうだ、彼女たちは例の“練度抑制装置”なるものを装着して戦っていたのだ。

 

 練度とはすなわち、艦娘の伎倆や経験値に合わせて、艤装が徐々にリミッターを外していくシステム。前線で艤装が記録しうる限界値近くまで経験を積んだ彼女たちの練度は50、60などと生温いものでは無い。恐らく80……いや、90を越えていることだろう。

 その彼女たちは今回、練度を抑制した状態で私たちと戦い、完封した。つまり、完全に技術、経験の差で敗北したのだ。

 

「ここまで明確な差があると、流石に落ち込むな」

「そんな事言うな。あいつらより強い潜水艦隊は早々いないし、あいつらと同レベルの敵と渡り合う技術を盗ませるために君たちを呼んだんだぜ?」

「そう……そうよね! 私たちならやれるわ!」

「その意気だ……ところで」

 

 やや忙しなく立ち上がる少将。そう言えば、先程から彼の半身が見当たらない。が、ふと表情を緩めるとまた椅子に座り直した。

 

「……いや、大丈夫か」

「何がだい?」

「足音だ。この歩調と音の響きは間違いなく……」

 

 バンッ、と高らかな音を立ててドアが開いた。

 

「大変よあなた……じゃなくて提督!」

 

 駆け込んできたのは勿論飛龍さん。

 

「すごいわ! 足音だけでわかるなんて、流石ね!」

「伊達に夫やってないからなー。まあ執務室で何年も働いてると自然と身に付くものだが……」

「あれっ、なんでそんなキラキラした目でこっちを見るの……? ああいやいや、そんな場合じゃなくて!」

 

 飛龍さんはキョトンと立ち尽くしたかと思えば大慌てで一枚の紙片を差し出した。節操がないようにも思うが、艦娘らしい切り替えの速さだ。

 

「何だこれは」

「加賀さんからの報告書! ああもうあの人几帳面に書き込むから……ほら! ここ見てここ!」

 

 飛龍さんが指し示す文を覗き込む。

 

「……! 崎矢少将!」

 

 目に飛び込んできたのは、飛龍さんが大雑把に引いたマーカーで塗りつぶされた文

 

 “柱島泊地鎮守府正面海域に敵影を確認。担当鎮守府の艦隊の出撃、及び交戦を確認。救援の必要を認める”

 

「っかー! してやられた! まさかこんなに早いとはな……」

「崎矢提督?」

 

 崎矢提督はその長身を翻し、制帽を直して私たちに向き合った。

 

「いいかい、今日君たちが呉に来たのは“柱島泊地近海に増えつつある潜水艦への対抗戦力を育てるため”という事はさっきも言ったね?」

 

 彼らしくない、やや焦りを孕んだ表情が問いただす。その時、私の頭をひとつの可能性が掠めた

 

「“その”潜水艦隊がもう柱島を襲っている……?」

「ご名答。いや、めでたくもないが……これは俺の過失もある。直ちに救援の艦隊をよこそう。君たちも同行してくれるね?」

 

 答えはもちろん肯定。柱島泊地は私たちの家だ。私たちが行かなくてどうするというのだ。雷の方を見ても、異論はなさそうだ

 

「よし、至急山村に連絡を。敵の編成と状況だけでも聞き出せ」

「もうやってるわよ! でもあの子全然出てくれなくて……」

「ああもう仕方ない! 今居る艦娘のリストをよこせ!」

 

 飛龍さんから提督へ、艦隊編成用の端末が投げられる。こんな重要な機器を投げるなんて褒められたものでは無いが、まるで練習したかのように美しく繋がったパスに思わず見とれた。

 

「旗艦を榛名、旗下霧島、雲龍、天城、潮、島風。以上6名で支援艦隊を編成しろ! 島風は艦隊に先行して最速で向かわせろ! 到着次第偵察、様子を見て交戦させるんだ!」

「了解! 装備は!?」

汎用(テンプレ)があるだろう、それに従え!」

「了解!」

 

 鋭い指示を飛ばす崎矢提督は、おもむろに動きを止めるとこちらに向き直った。

 

「悪いが君たちに護衛を付ける余裕はなさそうだ。さっき言った支援艦隊と併走して交戦海域に向かってくれ。装備は(ウチ)のものを使ってくれて構わない」

 

 思わず息を呑む。まさかこんな事になるとは

 

「司令官、通信に出なかったのよね……?」

 

 珍しく青ざめた顔の雷が呟く。

 

「大丈夫。きっと大丈夫さ。あの人のことだ、きっと何か策があって動いているんだろう。今は出れない状況にあるだけさ」

「うん……」

 

 去勢だ。私だって怖い。提督が通信に出ない。それはつまり敵の攻撃の激しさゆえ手が離せないか、執務室を離れて作戦行動を取っているか、あるいはもう……

 

「冗談じゃない。彼は死なないさ」

 

 半分自分に言い聞かせ、立ち上がる。私たちは、今私達ができることをするだけだ。

 





お久しぶりです。突然ですが、字書きとしての活動は名義を分けてしたいと思ったので名を改め“天野鳥助”として活動することにしました。それほど深い意味はありません喉そのつもりで。

ここ半年ほどなかなかモチベーションが上がらず、少し書いては消してを繰り返しておりました。創作の場を小説からイラスト、漫画に移したこともあり、情熱が完全にそちら側に向かってしまったことも大きな理由です。

最近は特に漫画に力を入れています。この小説をベースとした舞台設定の下、登場キャラクターもほぼ同じで日常系ギャグを描き始めました。タイトル“孤島の鎮守府”でニコニコ静画で公開中です。興味があれば覗いてやってください。

今後の活動方針ですが、上記漫画、及びイラスト制作を活動のメインとし、こちらの小説は漫画のネタ出し、自身に向けた世界観の確認の意を含めたサブ活動として続ける事にします。
もともと遅筆であった上にさらに筆が減速しますが、今後はともかく、今はまだ筆を折るつもりはありませんので、お付き合いいただけると幸いです。

長々と失礼致しました。

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