暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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5話 守るために戦う

 ――鎮守府正面海域海上、第3海域

 

「……いい風ね」

「どこかで聞いたような台詞だな。暁、誰かの受け売りか?」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

 柱島泊地第一艦隊、近海の敵艦隊を捜索中。

 

「加賀が交戦したのは第7海域。鎮守府正面海域と南西諸島海域を結ぶ航路だ」

「そうね。敵が機動部隊や水雷戦隊ならいざ知らず、潜水艦隊ですもの。侵攻してきていると言ってもせいぜい第5海域くらいでしょう」

 

 鎮守府正面海域はさらに細かく8つの区画分けがされています。母港前から南西諸島海域に向かって昇順に並んだこの区画は、敵の侵攻速度の測定や、大まかな位置の特定に役立っているのです。

 

「しかし、このソナー本当に便利だな。九十三式とは大違いだ」

「そうね。思ってたよりずっと扱いも簡単だし、性能だけじゃなくて操作性も上がってるみたいね」

「大きさも小振りになって、私達でも扱いやすいのです」

 

 使ってみてはっきりとわかった装備の強化。もちろん、私たち自身の能力だって上がっているのです。負けるわけにはいかないのです。

 艦載機が改良型に変わった対水上艦隊の3人も、きっと新しい装備について語らっているのだろうと視線を送ると、そこには厳しい表情で言葉を交わす3人の姿があった。

 

「そろそろ第4海域に入るデース。接敵はまだ出来てマセーンけど、念の為追加艤装の展開は済ませておくネー!」

「隼鷹! あなたの索敵機に報告は入ったかしら?」

「……ないね。こりゃ返って不気味だよ。もう第6海域まで彩雲を飛ばしてるってのに、はぐれ駆逐の一体もいやしない」

「そうね……私の零観もまだ一体も見つけられていないわ。これって……」

「私達掃討艦隊を恐れて逃げたか、あるいは主力が出てくるのを舌なめずりして隠れているか。まあ二択だろうね」

「出来れば前者であれば楽なんだけど」

「全くだよ」

 

 どうやら接敵がまだ出来ていないらしいのです。私達駆逐艦は水偵を積めないので彼女達の焦りはわからないのですけれど、いつもならもう起こってるはずの出来事が起こらないのです。誰でも不安になるでしょう。

 その時、けたたましい音とともに鎮守府からの無線呼び出しがかかりました。

 

「こちら、艦隊旗艦金剛デース。何かありましたカー?」

『なあ……もしかしてお前達、まだ索敵には成功していないのか?』

「どうしたんデースか? 確かにまだ接敵できていマセーンが……」

 

 無線機から流れ出たのは、何時もの陽気な司令官が放ったとは思えないほど冷たく乾いた声。

 暁ちゃん、木曾さん、私の3人はこの声を何度か聴いている。私達の正体について崎矢提督から聞いた時と同じ。つまり、彼に余裕がなくなった時の声。

 

『してやられた……艦隊! 直ちに鎮守府方面へ引き返せ!』

「Why!? 敵はどうするんデスか! このまま何もせずに帰投は出来マセーン!」

『違う! その敵が鎮守府正面……第2海域に現れた!』

「……!」

 

 第2海域……!? もう鎮守府の目の前なのです!

 慌てた表情で木曾さんが無線機に叫びます。

 

「おい! どういう事だ! 潜水艦の速力じゃそんな所まで行けるはずがない!」

『潜水艦じゃない! 機動部隊だ! 奴らは加賀に撃退されたあと空母と高速の護衛艦でここまで急行してきたらしい』

「そんな馬鹿な……機動部隊だと……!?」

『とにかく早く戻ってきてくれ! 俺達軍人は構わんが、近隣の住民達が危険だ!』

 

 機動部隊ですって? このタイミングで空母が出てくるなんて……

 隼鷹さんの方を見やると、珍しく神妙な表情で海を見つめています。その方向は……第2海域。

 

「……アタシなら戦うよ、提督。加賀に比べたら戦力不足だろうけどね」

『頼む。今ばかりはお前にやってもらうしかない。だが本来お前の戦うべきではない状況だ。無理だけはしないでくれ』

「了解。帰投後に宴するなら許してやんよ」

『絶対開いてやる。だから……』

「だから、生きて帰ってこい。全員分かってるよ、ワガママ提督さんよ」

『ったく……誰がワガママだ』

 

 不機嫌そうに呟く司令官さんですが、否定しないところを見ると、自分の命令がワガママである事は承知の上でやっているようです。

 

『おおまかな指揮は俺が直接出す。微調整は金剛に任せるから臨機応変に対応してくれ』

「俺達対潜部隊はどうする? ソナーと爆雷しか積んでいないぞ」

『それは大問題だな。ここまで考えて敵機動部隊が動いているとすれば恐ろしい……』

 

 司令官さんが恐れるのはもっともなことなのです。敵は複数の潜水艦で加賀さんと接触しました。ですから当然こちらは対潜部隊を出さなくてはならない。

 

 それを見越して潜水艦部隊を撤退させ、変わりに水上艦隊で最強と言われる空母機動部隊を鎮守府正面に急行させてきたとすれば。

 

 もし、敵機動部隊がこれを指示されて行ったとすれば。

 

 それは深海棲艦側にも高度な知識を持った“提督”に近しい存在がある事を意味します。

 

 これまでも高い知能のある深海棲艦が戦術及び戦略、つまり“作戦”を立てた上で艦隊を率いて攻め込んでくる、という事は度々ありましたが、どれも“作戦らしいもの”レベルのもので、戦略戦、戦術戦のスペシャリストである提督達と渡り合えるものではありませんでした。

 

 しかし、今戦っている敵のまだ見ぬ指揮官は、戦闘のプロフェッショナルである山村司令官を初手において出し抜いたのです。

 もし、本当にそんな存在があるのならば、それは私達人間サイドの者達にとって新たな、そして強大な敵となる事でしょう。

 

『だとすると相当厄介な……まあ仕方ない、対潜部隊はとりあえず艦隊の中央へ。スマートな戦法ではないが、基本艤装の砲で装甲の薄い艦を狙ってくれ』

「わかった。だが、戦果は期待するなよ」

『当然だ。元はと言えば俺のミスだからな』

 

 やる事がはっきりと定められれば、艦娘達の動きは素早いのです。金剛さんがすぐさま速力を上げる。

 

「Follow me! 付いて来るネー!」

 

 見たところ最大速力、いくら私の速力が彼女を上回っているとはいえ、ぼんやりしているとあっという間に置いていかれることでしょう。

 

「電の本気を見るのですっ!」

「デーン! あまり気張ると危ないヨー!」

「“でん”じゃないのです!」

 

 その時、再度無線機から呼び出しがかかります。

 

『各員、とりあえずは金剛の指揮で敵艦隊に遭遇次第戦闘開始。鎮守府は任せろ。俺たちで支えてみせる』

「支えるったって……防御方法なんてありゃしないだろ」

『ん〜木曾ちゃんは俺の底力知らねぇな? まあ見てろよ』

「一体何を……?」

『“俺が戦う”のさ。んじゃ、そっちは任せたよ』

 

 瞬間、艦隊全員の表情が固まりました。あの金剛さんでさえ、いつもの笑顔が崩れるほどの衝撃。“戦う”? 彼が?

 真っ先に反応したのは木曾さん。

 

「戦うだと……? 彼奴は人間だぞ!? 無事で済むはずがない! 今すぐにでも連れ戻さなければ……」

「ダメですネ。向こうの無線が応答拒否に設定されていマス」

「クソッ! あのカッコつけが!」

 

 そう吐き捨てて速力を更に上げる木曾さん。でも、彼女にもきっとわかっているのです。

 提督が重症の加賀さんを防衛に出撃させることは決してないこと。

 そして、彼が考え無しに突発的な行動を取ることは決してないこと。

 

 艦隊のみんなに伴って速力を上げる中、思い出すのは数週間前の司令官との会話。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――数週間前 深夜、柱島泊地執務室

 

「深海棲艦は上位個体になればなるほどより容姿が人型に近づくことから、知能もそれに伴って高くなっていくという事は既に海軍関係者の間では通説になっているな」

「空母ヲ級、戦艦タ級など、ほぼ完全に人型を取っている種は、人を超える知能を持つ個体もいるのではないかとも言われていますね……」

「これ、字面だけだとあんまり危機感感じないかもしれないけどとんでもない事だからなあ」

「それはまたどう言う……」

 

 すると司令官さんは苦笑して両手を拡げて見せました。

 

「ストップ、電。落ち着いて、乗り出しすぎ」

 

 我に帰ってよくよく見ると、私は執務卓に大きく乗り出し、司令官さんは大きく身体を仰け反らせていました。

 

「はわわ! ごめんなさい、なのです!」

「謝らなくてもいいよ。ほら、紅茶でも飲みなさい」

「ありがとうなのです……って何処から出したのです!?」

「教えなーい」

 

 差し出されたのはぴかぴかに磨かれたティーセットと、完璧に注がれた紅茶。この色は、既にミルクと砂糖も入れてあるようなのです。

 

「美味しいのです……」

「好みはもう覚えたよ。いい塩梅だろ?」

「確かに凄く美味しいのですけど、一体いつの間に……」

「だからあ、前にもマジックの応用だって言ったじゃない」

 

 確かに以前から司令官さんはこの手品を披露していました。でも、鎮守府所属の誰もタネを見破れなかったのです。

 一瞬の間に、まるで魔法でも使ったかのように現れるティーセットは今や司令官の鉄板ネタになってしまいました。宴会の時などにするのは別に構いませんが、今回のように所構わずするものだから落ち着かないのです。

 

「それにしても不自然すぎませんか? 1回瞬きする間に淹れたての紅茶が出てくるなんて物理的におかしいのです」

「まあまあそれは置いといて、知能のある深海棲艦の話だっけ?」

 

 強引に話を引き戻す司令官さん。自分が不利なるとすぐに逃げるのはズルいのです。

 

「あえて質問を返すけど、仮に深海棲艦に知能があった時、電は何を1番脅威になると思う?」

 

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気が嘘のような真面目な表情に変わった司令官さん。

 彼は以前、崎矢提督が来訪した時に、“崎矢先輩は戦略を語る時は先生の顔になる”と、嬉しそうに話していましたが、その“先生の顔”というのは弟子である司令官さんにも受け継がれているのでしょう。生徒である私を楽しそうに見つめています。

 

「仮に深海棲艦に知能があったとすれば、最も脅威になるのは……敵に戦略的な動きが出てくる事では無いでしょうか?」

 

 それに、司令官さんは満足気に頷き、私の頭を撫でました。これは私を、いえ、私達暁型姉妹を褒める時の彼の癖。

 

「うん、いい答えだ。敵と戦略戦を戦わなくてはならなくなるのはかなりキツい。これまでは戦略的に圧倒的有利な状況で戦ってきたわけだからね」

「前提条件から覆されてしまう分、被害も大きいと思うのです」

「それに関しては俺も全く同じ意見だ。だが、もう一つ心配な要素がある」

 

 もう一つ……?

 

「それは一体何なのです?」

「色々言い方はあるだろうが、一言で言うなら“情報漏洩”ってところだな」

 

 なるほど、人語を解する個体によってこちらの作戦が傍受される可能性がある、ということですね。

 

「でも、それなら心配ないのです。通信ネットワークの強化やジャミングで対策は出来るのです」

「単純に傍受されるだけならね」

 

 ニヤリと笑いを返されてしまいました。これではまるで司令官さんが敵みたいなのです。

 

「更に怖いのは直接潜入されてしまうこと……まあ言わばスパイだね」

「と、言いますと?」

「どうなると思う? 自分がスパイになったと思って考えるんだ」

 

 この問にもまた質問返し。司令官さんは私に自分の頭で考える事を求めているのです。

 

「ええと、まず大本営に潜り込むことは現実的ではないのです。なので潜入しやすい鎮守府に潜り込んだと仮定します」

「いい仮定だ。確かに大本営に潜り込まれる時は、日本が負ける時だろうからね。続けて」

「そうですね……例えば修復材をただの水に入れ替えてドック入りを阻むとか、資材を少しずつ捨てていってジリ貧に追い込むとか、それから……」

「電は優しすぎるよ」

 

 司令官さんは優しく笑って立ち上がり、私のおでこに指を突きつけました。

 

「俺なら直接提督に銃を突きつけてバーン……で終わりだろうね。仮に失敗しても死ぬのは一人だけ、被害は最小限だ」

 

 ……確かに、血も涙もありませんが鎮守府は司令塔を失い、崩壊するでしょう。鎮守府というのは、指揮系統の混乱を防ぐために上下関係は厳しく分けられています。

 そういった規律を嫌う山村司令官の下だからこそ、私たち艦娘や他の職員さんも気兼ねなく動けるわけですが、それは生活面での話。

 戦闘という観点から見ると、山村司令官の次に階級が高いのは戦闘指揮経験のない阪下大尉なのです。つまり、柱島泊地艦隊は、山村司令官一人を失えば機能しなくなってしまいます。もちろん私達艦娘もある程度戦術指揮は出来ますが、戦局を見渡す事の出来る司令官を欠くことは大きなディスアドバンテージになります。

 

「電、君は優しすぎるよ」

 

 呟くように、司令官さんが繰り返します。

 

「響から聞いたよ。“戦闘が終わる度に電が悲しそうな顔をする”ってね」

「響ちゃんがそんな事を……」

「深くは聞かない。でもね、戦争をするという事は、“いかに味方陣営を生かし、敵陣営を殺すか”という事であることを忘れちゃいけないよ」

「……」

 

 わかっているのです。

 

 戦うことは敵を殺すこと。戦争とは生命を奪い合う無慈悲なゲームのこと。

 わかっているのです。生半可な気持ちでは生き残れないということは。

 

「今日はもう寝ようか」

 

 語を継げない私を優しく撫でてくれる司令官さん。彼と私で決定的に違うことは、“敵の死を割り切れるかどうか”。

 この問題に自分の中で決着を付けなくては、彼に追いつくことは出来ない。

 

「……司令官さん」

「……なんだい?」

 

 部屋を出ようとする彼を引き止める。今なら言える。彼にだからこそ言える。姉妹は勿論信頼しているけれど、彼女たちに話してどうにかなる問題ではないのです。

 

「初めて出撃した時、私たちは砲撃で軽巡を沈めました」

「あの時は無茶をさせちゃったね。その時にどうかしたの?」

「あの時、すぐに重巡迎撃に動こうとした時に、軽巡の呻き声が聞こえたのです」

「……それで?」 

「振り返ったら軽巡がもう半分位沈んでいたのです。でも、その顔が……」

 

 ずっと、ずっと忘れられない。あの光景。

 

「泣いているように見えたのです……」

「……」

 

 出撃の度に頭を掠めるあの表情。

 

「私はこれまで何度も被弾しました。どれもとっても痛かったのです。でも、深海棲艦だって痛いはずなのです。沈むとしたら尚更……だから……」

 

 もし私が今沈むとしたら、きっと彼女のように無念のうちに涙を流すだろうから。

 

「だから、沈んだ敵も出来れば助けたいのです……」

 

 甘い考えなのは承知なのです。今は戦時中、私達は兵士。互いに殺しあわねばならない立場にあります。それなのに、敵の生命を救いたいと言うのです。

 

「戦争には勝ちたいけど、生命は助けたいって……おかしいですか?」

 

 こんな弱気な台詞を吐くなんて、兵士としてあってはならないことなのです。でも、司令官さんは怒るでもなく、またさっきのように撫でてくれるのでした。

 

「俺はね。人を守るために軍人になったんだ。軍人は人を殺して出世する職業なのにね、おかしいだろ?」

「でも、今の司令官さんは深海棲艦と戦っているのです」

「今は、ね」

 

 力無く笑う司令官さん。“今は”と言ったところを見ると、彼も過去に何か辛いものを背負っているのでは無いでしょうか。でも、彼はそれを乗り越えて今を柱島泊地で戦っています。

 

「ちなみに、美代は憲兵の横暴で母を失ったにも関わらず今はあいつ自身が憲兵だ。これまたおかしいだろ?」

「美代くんにそんな過去が……」

「人間、何か一つの目標を達成するためにはいくつかの矛盾にぶつかるものだよ。寧ろそっちの方が自然だ。だけどね」

 

 突然司令官さんは、自身の胸を強く拳で叩きました。

 

「美代は芯の通った精神と、憲兵組織を内部から変えるという大きな目標がある。その為に、あいつは仇とも言える憲兵に自らがなることを受け入れた。なよなよしく見えるが、あいつは心が強い」

「彼にそんな目標が……」

 

 秘書官である私達をいつも手伝ってくれる柱島泊地の憲兵兼副官の美代くん。凄く仕事が出来るのにいつも頼りなさそうに頭をかいているあの美代くんが、こんな複雑な事情を抱えていただなんて初耳なのです。

 

「人間生きていれば矛盾だらけなのさ。俺も美代も、それを割り切って今を生きている。電はどうだ?」

「私は……」

 

 私は……彼らのように生きれているだろうか?

 

「……なんてね」

 

 司令官さんは一つ笑うと、ドアノブに手をかけました。

 

「こうやって悩むことができる時点で、電はもう充分この矛盾に向き合えているよ。それは多分、他の艦娘(みんな)も一緒だろうね」

「私は、まだ……」

「俺は、敵を助ける兵士がいてもいいんじゃないかと思うよ。それはその兵士が、自分の抱える矛盾と向き合った結果なんだから」

 

 自分の抱えてる矛盾と向き合った結果……

 

「ゆっくり考えればいいよ。あわてて答えを出せるような問題でもないさ」

 

 

 

* * *

 

 

 

「……ったく。やるからには成功させるんだろうな……」

 

 木曾さんの声で我に返る。

 

「木曾さん……」

「大丈夫だよ。あの提督は5回は殺さないと死なないようなタフな男だからね」

「そうそう。あの人が死ぬのは私たちが死んだあとよ。今は彼より自分達の心配をするべきね」

 

 年長者の隼鷹さんと足柄さんもそう言っているのです。そう、相手は機動部隊。下手をすると彼より先に私たちがやられるかもしれないのです。

 

「……電の本気を見るのです」

「電? 置いていくわよ!」

「今行くのです」

 

 それは、悩み続けた“過去の電”への決別の言葉。

 

「私には守らなくてはいけない人がいる。その為には、戦わなくてはいけない」

 

 敵も出来れば助けたい。その想いは変わることは無いのです。では、それでいて何故戦場に立っているのか。そう問われれば、今の私なら迷うことなく答えられる。

 

「電は、大切な人たちを守るために戦うのです……!」

 

 自分の中にも、司令官さんや美代くんのような芯になるものが産まれたことを確かに実感した。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――ほぼ同時刻、柱島泊地鎮守府作戦司令室

 

 ガチャリといかにもな音を立てて定位置に戻った受話器。これから酷使することになるだろうが、ひとまずこの機器がすべき仕事は終えた。

 

「さて、重ね重ね申し訳ないですが、もう少しだけ付き合ってもらいますよ。加賀さん」

「ええ、構わないわ」

 

 加賀さんを支えつつ足を向けるのは柱島泊地の工廠。いつもなら明石が離れの詰所にいるはずだが、今回は美代も暁も彼女に知らせる余裕すらなかったらしい。先程直接コールをかけると慌てて無線機の調整に入ってくれた。

 

「……さて、重症患者を呼び出したのには訳があります」

「わかってるわ」

 

 そう、彼女に無理をさせてまで連れてきたのには訳がある。

 無人の工廠の戸を開け、建造ドックの前へ立つ。

 

「私が1週間戦えない状況で敵機動部隊が現れた。これに対応するためには航空戦力の増強が必要……そういう事ね?」

「御名答」

 

 つまり、加賀さんに変わる航空戦力、すなわち空母クラスの艦娘を建造する。それしか今は突破口が見当たらない。

 

「でも、正規空母の建造時間は平均5時間。軽空母でも2時間はかかるわ。今から建造しても……」

「残念ながら、今回は呑気に待っている暇はありません。ですが、あなたの事です。知っているでしょう? “高速建造材”を」

「……! 成程、あれを使うのね」

 

 “高速建造材”。“バケツ”の異名をとる高速修復材とならぶ不思議な資材。

 建造担当の妖精さんが装備し、建造ドックに高熱の火炎を吹き付けることで、どういうメカニズムかはわからないが、建造時間の大幅短縮を実現させる夢の様な技術である。

 これもまた高速修復材と同様に、見た目から“バーナー”の異名をとっている。

 

「資材投入は351/30/502/351。結構重たいですが、この際資材なんて気にしちゃいけませんね」

「……一般的な空母レシピじゃないわね。数もキリが悪いし」

「ええ、ひねくれ者なのであえて崩してみました。まあ願掛けみたいなものですよ」

「全くこんな時に……」

 

 病気による痛みの影響もあってか加賀さんは不機嫌そうだ。いや、あるいは彼女自身の責任感のせいだろうか。

 彼女の事だ。自分が始めた戦いを途中で新参の空母に引き継ぐのは相当悔しいと思っているだろう。

 

「悔しいでしょうが我慢して下さい。加賀さんには復帰後に病人の時の方がマシに思えるほど働いていただくので」

「酷い。美代君が黙っていないわよ」

「ひっ、それは怖い」

 

 柱島泊地の憲兵である美代は誰の目から見ても好青年だが、時々頭が固いというか、悪くいえば馬鹿真面目だ。俺もこの1ヶ月と少しの間に既に何度もお咎めを貰っている。下手な事をすればいくら仲が良いとはいえ、容赦なく大本営に突き出されるだろう。

 まあこれまで美代に怒られたのは全部俺のセクハラじみた行動が原因なので何も言えない、というかこの程度で済んで良かったと思うべきか。別の鎮守府なら上官の転覆を狙う輩たちにあっという間に陥れられていたところだろう。

 とは言え、それらは“艦娘側の配慮不足も大いに影響した事故”である事がほとんどであったし、美代も大目に見てくれたっていいと思うのだ。

 

「……変態」

「へっ?」 

 

 不味い、顔に出ていたらしい。加賀さんに関してはまだ何も起こってはいないが、不慮の事故には十分に注意しておいた方が良い気がする。部下の矢で射殺されるのは御免だ。

 

「全く……いつもいつもよく懲りないわね」

「まあ男ですし、若いですし」

「冗談じゃなくて……いつもあれだけ手痛い反撃されてるのによく辞めずにいるわよねってこと」

「いや……そういうのほとんど駆逐の子達が無頓着すぎるせいで起きてますからね。不可抗力というか」

「あなたがロリコンなのも駆逐艦達(あの子達)に意識が足りないのも分かってるけど、もう少し回避する努力をしなさい」

「なっ! ロリコ……それ本気で言ってます?」

「言われたくなかったら行動で示す事ね」

 

 痛いところを……そもそもこの鎮守府には駆逐艦娘が多いのだから割合的に事故率も高くなるのも仕方の無い事だろう。

 

「まあ持って生まれたラッキースケベ属性は大切にしていこうと思いますよ」

「またすぐそう……いや、もういいわ。あなたに言っても無駄ね」

 

 やれやれ、という声まで聞こえそうなほど面倒臭そうに首を振る加賀さん。これは黙認という事だろうか。

 

「許してませんから」

「あれ、声に出てました?」

「あなたの考えてることくらいわかるわ」

「恥ずかしいなあ。夫婦みたいだ」

「馬鹿な事言わないで。あなたの思考がピンク色一色だからわかりやすいだけよ」

 

 むう……これでも結構真面目な事も考えているんだけどな。特に今は……

 

「……! 建造が終了したわ」

「おっと、もうそんなに経ちましたか。加賀さんは新しい子のメンタルケアをお願いします。建造直後は不安定になる子が多いですから」

「わかってるわ。戦力になるといいけれど」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――鎮守府正面、第2海域

 

「彩雲の索敵網に引っかかった! 敵艦隊編成……正規空母2、重巡2、駆逐2! 正規空母を中心に輪形陣を取っている!」

「正規空母2!? そんな……あなたの零戦で制空出来るの?」

「まず難しいだろうね。まあやるだけやってみるさ」

 

 隼鷹は山村提督によく似ている。不利な状況下でも不敵な笑みを浮かべて、それでいて己のやるべき事をしっかりと把握している。しかし今回ばかりは彼女の額に汗が伝っているのが見えた。余程辛い状況だろうが、今は彼女1人の制空力に頼るしかない。

 

「さあ、仕掛けるよ。アンタ達も対空砲火の準備を! 呑気してる余裕なんてないよ!」

「任せるネー! 対空砲用意!」

 

 金剛の掛け声で全員が対空砲を構え直す。毎度大袈裟な掛け声だとは思うが、彼女のお陰でこの艦隊は混乱したり、迷ったりすることがない。ブレない彼女の精神は確かに柱島艦隊の支えになっている。

 

「第一陣……来るよ!」

 

 隼鷹が声を上げるや否や、やって来たのは敵艦載機。かなりの高高度からやって来たらしい。ほぼ直上だった。

 

「やっぱり零戦18機じゃあ制空権争いは互角がやっとだ! 落としきれない分は……避けろ!」 

「避ける? この状態でか!?」

 

 珍しく冷静な木曾が抗議の声を上げた。無理もない。ソナーしか積んでいない彼女の不安は計り知れない。もちろん、暁と電も。

 私も20.3cm連装砲で可能な限りの敵機を落としているが、これはもともと対空兵器ではない。落とせる量など高が知れている。本当に避けるしかない、と言った状況だ。その時、隣にいた電がつぶやいた。

 

「射線を見るのです」

「えっ?」

「魚雷は少しだけ私たちの艤装に反応しますが、高速で打ち出された場合ほとんど直線にしか進みません。だから射線さえ抑えれば……」

 

 電は、至近の敵艦攻が投下した魚雷……ではなく、海上を睨みつけるや否や大きく身をかわした。

 

「……ほら、怖くないのです」 

 

 成程、流石は水雷戦隊。木曾や暁もまるで魚雷の方が避けていくかのように魚雷を回避している。私たち中量〜重量艦が砲撃による攻撃を重視するが故に疎かにしがちな雷撃に対する対策を彼女達は持っている。

 

「ぐうう〜……ナメないで! ワタシはこの程度で……やられないワ!」

 

 隣では魚雷回避に失敗した金剛が重たい音を立てて動く主砲を、第2海域に小さな点となって見える敵艦隊に向けていた。彼女は戦艦、魚雷が当たったが小破で済んだらしい。

 

「射程内……入ったワ! 砲撃開始!」

 

 腹にずっしり響く音を立てて金剛の35.6cm連装砲が火を噴いた。彼女の主砲の射程は重巡の私よりずっと長い。そして敵艦隊には戦艦がいない。つまり、両艦隊合わせて最も長射程なのが金剛という訳だ。こちらから先制攻撃を仕掛けることが出来る。

 

「バーニング……ラアアアヴッ! 鎮守府には近づかせないネー!」

「足柄! そろそろ中距離砲撃戦の距離だ! 砲を構えろ!」

「ええ、わかってる!」

 

 木曾の喚起に応じ、砲を構える。もう中距離砲撃戦、私の距離だ。

 

「10門の主砲は伊達じゃないのよ!」

 

 私の砲は20.3cm連装砲。流石に火力は金剛の大口径主砲に劣るが、駆逐艦程度なら難なく吹き飛ばす破壊力を持っている。

 

「んんーナイスショットだ足柄。彩雲が駆逐級の撃沈を確認したよ」

「よし! 弾幕を張るわよ!」

「足柄さん、かっこいいのです!」

「暁たちも負けてられないわ!」

 

 知らぬ間に艦隊は既に近距離砲撃戦の距離。暁と電も加え、全員で砲弾の雨を降らせる。

 

「Muh〜……流石に弾着観測が出来ないと辛いネ……」

「すまないね。今の制空状況じゃやっぱり無理か」

「辛いわね……とても観測機を飛ばせる制空状況じゃないわ」

 

 零観は優秀な偵察機だ。生半可な戦闘機に落とされるような機体ではないが流石に制空拮抗状態で発艦させる訳にはいかない。ただいたずらに機体を消耗させるのは、長期戦を見越せば賢い戦い方とは言えないだろう。

 だがそれを考慮した上でも私たちの方が優勢。恐らく敵は手負いの加賀を仕留めるために最速で出撃してきた。装備も編成もごちゃまぜの雑多艦隊。先程から連携も何も見えない。

 

 制空に関しても、隼鷹曰く敵の艦戦は間に合わせの最弱クラスのものらしい。普通に考えて、正規空母2隻の艦隊と軽空母1隻の艦隊が制空拮抗状態になるのは不自然だ。敵の練度がいかに低いかがわかるだろう。気づけば敵は残り1隻にまで減っていた。

 

「重巡撃沈! さあ! どんどんいくネー!」

「後は旗艦のヲ級だけだ! しかも中破! 仕留めろ足柄!」

「任せて!」

 

 20.3cm連装砲をゆっくりと、そして確実にヲ級へ向ける。奴は中破状態、もう戦えない、言わばただのカカシ。

 しかし、何かが引っかかる。一般に艦娘と深海棲艦は表裏一体の存在。それぞれ正と負の感情の具現だと言われている。つまり、奴らは知能こそ低くとも、私達と同様感情を持つはず。それなのに何故……

 

「……何故、そんな目をするの?」

 

 死を目前としているのに、その恐怖に臆するでもなく、まるでこちらを挑発するような、“これで終わりと思うなよ”とでも言いたそうなこの不敵な目は……

 

「……立派ね。その態度、美しいとさえ思えるわ」

「……」

「この艦隊で良く戦ったと思うわ。だけど、もう海へ還りなさい」

 

 引き金を引く、脳天に向かって放たれた弾丸が、彼女の頭を貫くまでの数瞬。彼女は確かに“言葉を発した”。

 

 ヲロカモノメ

 

 “愚か者め”。確かにそう言った。

 

「きっ、聞いた!? 今の!」

「ああ、確かに……」

「聞いたのです! でも、言語を使いこなす深海棲艦なんて前例がありません!」

「少なくとも、暁たちが倒してきた駆逐、軽巡クラスは呻き声を上げる位で言葉なんて……」

 

 これまで深海棲艦同士はテレパシーのようなもので簡単な連携を取ることはわかっていたが、所謂“人間語”を使ってコミュニケーションを取ることが出来る個体は発見されたことが無かった。

 しかし、以前から存在が噂されていた言語を解する個体が、今、この海上で発見された。しかも、その個体は通常(ノーマル)級である。

 

 それらが意味することは、言語を理解するほど高度な知能を持つ個体群が、人間語によってネットワークを形成しているということ。下位個体でさえ人間語を解するのだから、この個体より上位に当たる個体も全て言語を解すると考える方が自然だろう。

 そう言えば以前提督と電が、“深海棲艦サイドにも提督に近しい存在があり、高度な知能をもつ個体が戦術指揮を取っているのではないか”、という内容について夜通し議論していた事があった。

 

「……! 嘘だろ……」

 

 色々と考えを巡らせていると、警報音と共に隼鷹が絶望したような声を上げた。

 

「3時の方向に新たな敵艦隊発見……正規空母2、戦艦1、重巡1、駆逐2!」

「もう1艦隊。しかも正規空母に戦艦だと……!? さっきより重い編成じゃないか!」

「もう燃料も弾薬も少ないワ……これじゃあ……」

 

 艦隊が半ば諦めたような空気に支配された時だ、電が声を張り上げた。

 

「残り弾薬が少ないのです。いっそ魚雷で攻撃してみたらどうでしょう!?」

「それよ! 私達には魚雷があるじゃない!」

 

 電の提案でみんなの表情に僅かに光が差した。確かに、先程の戦闘では魚雷を使わなかった。

 砲戦に偏重した性能の私の艤装では大したダメージは与えられないだろうが、雷装値の高い水雷部隊3人なら、充分有効打となりうるだろう。

 

「OK、キソーは水雷部隊を率いて前へ! 全速力で敵艦隊の至近まで寄って雷撃! 私達は砲撃で援護するヨ!」

「伸ばすな! 木曾だ木曾!」

「木曾だキソー?」

「木曾だ!」

 

 こんな切羽詰まった状況下だったけれど、水上部隊と水雷部隊それぞれの旗艦による茶番で私達は笑った。

 何時だったか提督は言った。“辛い時ほど不敵に笑え”。みんなもきっと思い出しているはずだ。優勢だろうと劣勢だろうと、いつも笑って、相手を疲れさせろ。こちらが疲れを見せたら敵の勢いに呑まれてしまうと。

 冷静さを欠いてはいけない。ヤケを起こしてもいけない。闘志が燃え上がっていても、アタマまで熱くなってはいけない。笑ってココロを落ち着けて、冷えたアタマで考える。

 

「まだまだいけるわ! ナメないで!」

 

 みんなが笑っていられる間は大丈夫。まだまだ戦える。




8月中は事情により執筆が出来ませんでした。本日より活動を再開します。これからも、ゆるゆると更新してまいりますので、評価、感想などいただけると幸いです。

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