暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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※投稿時間を模索中のため19時頃に再投稿


2話 頭にきました

 ――呉鎮守府執務室

 

「……よし、遠征艦隊のセーリングは好調らしいな。近海警備も問題なしっと……飛龍、午後からの予定は何だっかな?」

「もう……それさっきも聞かなかったかしら?午後からは山村君のところの響ちゃんと雷ちゃんに稽古をつけるって言ってたでしょう?」

「おお、そうだったそうだった。サンキューな」

 

 いつもの執務室。いつものやり取り。いつも通りの笑顔を浮かべて親しく肩を叩いてくる彼……純白の制服を身にまとったおよそ日本人とは思えないほど長身の彼。彼は名を崎矢 成仁(サキヤ ナルヒト)と言う。階級は少将。

 この日本第2の規模を誇る呉鎮守府の主であり、過去何度も日本の窮地を救ってきた英雄であり、そして……

 

「いやーやっぱり持つべきものは良い妻だな!」

「全く……頼りにならない夫を持った妻はしっかりしなくちゃいけないの」

 

……そして、私の夫である。

 左手にはまった二つの指輪にそっと触れる。一方は大本営から支給された無地のリングに私の建造日が刻まれたもの。そしてもう一方は、まるで彼の性格を表しているかのように複雑で、繊細で、それでいて華やかな装飾が施されたもの。

 どちらも、私…正規空母“飛龍改二”の存在を語るのに欠かすことが出来ない大切なものだ。二つの指輪を貰った時のことは今でもはっきりと覚えている。あの時は……まだ呉に山村君もいた。

 

「そっか……あの子もついに提督になったのね」

「山村の事か? もう1ヶ月以上経つんだ。いい加減慣れろよ」

「そうなんだけどね。やっぱりついこの間まで、ここで副官やってたあの子だなんて今でも信じられないわ。何て言えばいいかわからないけど、顔付きが変わった気がする」

「当然だ。人の上に立つってことは、否が応でも人間を成長させる。あいつだってこの1ヶ月で色々学んだだろうからな」

 

 そう。この前中佐の辞令と、建造ドックのキーを渡しに行った時、一昔前の、ここにいた頃の彼とは明らかに違う雰囲気を感じた。艦娘たちのルーツをなんのしがらみもなく受け入れてくれたのも、彼が成長したからなのだろうか。

 

「……立ち直れたみたいね。もう心配要らないかしら」

「……だといいんだが。あの件はちゃんと進めているか?」

「もちろんよ。彼にとって一番大切な願いだもの。叶えてあげなきゃ」

「そうだな。予定より遅れているから、出来るだけ急いでやってくれ……おっ、どうやら来たみたいだな」

 

 執務室の扉がリズミカルに叩かれた。

 

「柱島鎮守府所属、駆逐艦響」

「駆逐艦雷、到着したわ!」

「どうぞ、入りなさい」

 

 忙しなく入室し、敬礼する2人の艦娘、柱島鎮守府所属の響ちゃんと雷ちゃん。

 

「うん、いい敬礼だ。もう楽にしていいよ」

「はーい」

「了解」

 

 呉の響ちゃん、雷ちゃんよりやや大人びた彼女達。パッと見13、4歳位だろうか。戦闘経験は浅いけれど、彼女達は良くも悪くも、幼い肉体で建造される駆逐艦娘。今後の努力次第でいくらでも成長出来るだろう。

 

「さて、今日は爆雷投射の訓練だ。ついてきなさい」

「えっ? 今日は演習じゃないの?」

「演習だよ。ただし、キミ達の相手は(うち)の潜水艦隊だ」

 

 ニヤリと笑う成仁。慌てて響ちゃんが問い返す。

 

「でも、前に来た時は水上艦との殴り合いの訓練を2か月かけてやると聞いたよ?」

「そうよ! 何で突然対潜訓練に切り替えたの?」

「あれ?山村から聞いてないのかい? もしかしてあいつ、また1人で全部解決しようとしてるんじゃないだろうな……」

 

 うーんと唸って頭をかく成仁。

 

「まあ色々事情があるんだが、一言にまとめて言えば、キミ達が守る海域……つまり柱島鎮守府正面海域に潜水艦級の深海棲艦が増えているんだ」

「潜水艦が!?」

「なるほど、どおりで最近漁師さん達の船を見ないと思った」

 

 呆気に取られる雷ちゃんとは対照的に、響ちゃんは気難しそうな表情を浮かべた。

 

「まあ増えている、と言ってもせいぜい全国平均の1割から2割増し程度。キミ達の鎮守府……柱島は駆逐、軽巡クラスの艦娘が多いから別段心配する事は無いよ。でも……」

「数人は対潜格闘技術を完成させておきたいんだね?」

「その通り。わざわざこっち()に来なくても鎮守府内で練度を上げられるようになるわけだからね」

 

 一通り問答して響ちゃんは満足したらしいが、雷ちゃんはまだ納得いかなさそうにしている。わかりにくいけど、どうも自分達が最初に対潜訓練を受けることを不安がっているようだ。

 

「でもなんで私達なのかしら? 対潜技術は軽巡の阿武隈さんとかの方がずっと上手なのに……」

「いい質問だが、あえてこちらからも質問を返そう。今柱島鎮守府の対潜戦闘可能な艦娘は何人だい?」

「3人よ……あっ」

「気付いたかい? キミ達に頼るしかないんだ。頑張ってくれよ?」

 

 そう。彼女達第六駆逐隊に任せるしかないのだ。これは事前に山村君と成仁でかなり長い間検討していたから間違いない。

 山村君が申告している……つまり、柱島鎮守府に所属している艦娘は現在15人。内訳は巡洋戦艦1、正規空母1、軽空母1重巡1、軽巡3、駆逐7、工作艦1。しかし、軽巡大淀、工作艦明石はまだ艤装が完成していないため戦力外となる。

 

 残った13人の内、対潜攻撃が出来るのは10人。軽空母の隼鷹は対空警戒という対潜よりも重要な任務があるため除外して9人。

 しかし、その9人中7人は駆逐艦で、軽巡はたったの2人しかいないのだ。その2人も、木曾は水雷戦隊の旗艦として主力艦隊から外れることはほぼ無く、阿武隈も遠征に出ずっぱりでほとんど鎮守府にいない。彼女達に更に対潜訓練を課すのは流石に酷というものだろう。

 更に、駆逐艦7人の内でも燃費のいい睦月型の3人は阿武隈と共に遠征へ出て忙しくなってしまう。すると自然と、第六駆逐隊が残る。

 

「駆逐艦の本懐は対潜性能にあると言ってもいい。訓練に妥協するつもりは無いから、死にものぐるいでついて来い!」

 

“私達がやらなければならない”という事実を再認識したらしい雷ちゃんは、さっきとは真逆の、決意で固まった表情を浮かべて応えて見せた。

 

「つまり、私たちが皆の先生にならなきゃいけない訳ね! もっともーっと強くなって見せるんだから!」

「その意気だよ雷。私も……強くなるんだ」

 

 本当に見ていて微笑ましい2人の駆逐艦娘。健気で、素直で、力強い。

 

「言っておくが、俺の潜水艦隊はブルネイやラバウルの艦隊ように貧弱では無いぞ。2人とも、殺す気でかかれ!」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島鎮守府正面海域

 

「彩雲隊戦果確認部隊より電信……“我ガ航空隊、敵艦隊ヲ殲滅セリ”」

 

 静かな海上でほっと息を吐き出す。艦艇時代より繰り返してきた航空戦であることは間違いないが、決して緊張しなくなる事は無い。それは、艦娘となった今も同じこと。

 

「お疲れ様。飛行甲板に順次着陸して」

 

 帰艦の間隔はまばらではあるが通信部隊を兼ねる彩雲隊によると1機の損失もなく戦闘を終えたらしい。良かった、こちらの被害はゼロ。完全勝利ね。

 

「……零戦隊の練度が少し気になるわね。まだ実戦を経験していないからしかたが無いのだけれど。今度の演習に航空戦の項目を追加してもらおうかしら」

 

 脚部の海上走行用のスクリューを第1戦速にまで落とし、帰投へと足を向けた。その時だ。

水中から高速で飛び出した何かが、私の艤装の脚部に突き刺さる。沈みかけた陽の光を受けて黒光りするソレは……

 

「これは魚雷!? しまった、回避を……」

 

 気付いた時にはもう遅い。回避は不可能。盛大な水しぶきをはらんだ爆風が私を包み込む。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 横っ飛びに跳んでギリギリまでかわしたつもりだが、やはり被害は無視出来ない。鋭い角度をつけて海上に投げ出される。

 

「……ゲホッ。頭に来ました」

 

 どうやら魚雷の爆薬が少なかったらしい。少々脇腹を抉られる程度で済んだ。もし、私が艦娘でなかったら全身木っ端微塵に消し飛ばされて跡形もなくこの世から消滅していた事だろうが、背負った艤装が最大限まで私へのダメージを吸ってくれている。

 

「航空甲板は無事ね。脚部艤装……軽微な損傷あり、航行速度低下。他異常なし……」

 

 被害の状況は総評すると中破寄りの小破と言ったところか。航空甲板がやられていないから、まだ戦うことは出来る……!

 

「第四航空部隊、彩雲12機発艦。敵の位置の特定を急いで!」

 

 今喰らったのは魚雷攻撃。空に航空機は全く見えなかったから駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦の何れかである可能性が高い。爆薬の少なさから考えても、恐らくさっきの戦いで討ち漏らしてしまった敵の残党の攻撃だろう。

 

……しかし、一向に敵は彩雲隊の偵察網に引っ掛からない。

 

「……一体敵は何処に? 魚雷の射程ならこれ以上遠くにいるのはおかし……!!」

 

 そこまで呟いて気付いた。否、気付かされてしまった。己の立つ海面の下を走り抜けた巨大な影に。空母の天敵とも言える、あの艦種に……

 

「敵潜水艦見ゆ! 最大戦速! 取り舵一杯!」

 

 逃げなくては……私では奴ら(潜水艦)に敵わない!!

 

「どうして……この前雷電姉妹が全滅させたはずなのに……」

 

 思わず歯ぎしりする。迂闊だった。護衛の駆逐艦無しに出撃した空母は潜水艦に対して無力だ。それで沈められた前例はいくらでもあると言うのに私は対策を怠った。

 

「また……慢心が原因で沈むと言うの?」

 

 答えは……否。こんな所で沈んでなるものか。せっかく授かったこのカラダ、ろくに戦わずに死んでしまってはは提督にも、他の艦娘にも面目が立たない。必ず、この場を生き延びてみせる。

 

「このままでは不味い……とりあえず彩雲隊の内3機を鎮守府へ向かわせて救援要請を……いや、今更遅いわね」

 

 一応向かわせてはみるが、いくら足の速い彩雲でもここから鎮守府へ救援要請を送ったとして、勝負が着く前に救援が到着する可能性は低い。その時私は沈んでいるか、逃げ切っているかのどちらかだ。

 

 最大戦速で航行しながらもアタマは回転させ続ける。私は正規空母。潜水艦に対する攻撃能力は全く持たない。軽空母なら艤装に標準搭載されている特殊ソナーを用いて対潜攻撃が出来るらしいが、これほど軽空母になりたいと思ったことは無い。

 

「沈むわけにはいかない。まだ彼から()()は降りてないから」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――数週間前、柱島鎮守府執務室

 

「ねえ加賀さん。あなたは絶対に勝てない敵に出会ったらどう戦いますか?」

「……私達がそのような敵に出会わないように采配するのが提督の仕事ではなくて?」

「加賀さんは手厳しいな」

 

 階級は兵士である私達よりずっと上であるのに、私に対する敬語を崩さない彼。向こうが下手に回るものだから、ついいつも冷たい態度を取ってしまう。気をつけなくてはなりませんね。

 

「もし仮にそうなったらの話です。俺が常に正しい判断を取れるわけではありませんから、その時は加賀さん達に尻拭いしてもらう必要があるんですよ」

 

 敬語はいくらやめろと言っても「歳上ですから」と流すくせに、態度はまるで同期、いや友人のようだからこちらとしては更にやりにくい。どちらかに統一してくれればいくらか楽になると思うのだけれど。

 

「で、どうなんです? 空母のあなたなら例えば航空隊が半壊状態での戦闘とか、全く攻撃の出来ない潜水艦隊とか……」

「自分がミスした仮定の話なのに随分と楽しそうですね」

「実践だとこうは行きませんが、考えるだけならタダですからね」

 

 ククッと独特な笑い方で笑う。着任以来ずっと思っていたけど本当、不思議な笑い方ね。

 

「そうね……もしそうなったら潔く沈もうと思うわ。全力で渡り合って負けたのなら、抵抗は無意味。見苦しい抗いはしたくないと思っているわ。もちろん、そんな状況になるのはごめんだけれどね」

 

 そう言うと、提督は笑みを浮かべて答えた。

 

「あなたならそう言うと思ったんです。だから今日お話がしたかった」

「……?」

 

 おもむろに立ち上がり、窓の外を見やる提督。私も自然とそれに倣った。

 

「俺はね、最後の一瞬まで見苦しく抗ってほしいんですよ。あなた達に」

「……」

「もし、“絶対に勝てない敵に出会ったら”何があろうと生きて帰ってきて欲しいんです」

 

 こちらに微笑みかける提督。しかし、目には決意の色が浮かんでおり、簡単に事を済ませる気は毛頭ないことを示していた。

 

「たとえ身体の一部が吹き飛んでも、たとえ全ての艤装が破壊されても、負け犬と世間から罵られようと構わない。生きて帰ってきて欲しいんです」

「……」

「例え勝てない相手でも、逃げることは出来る。俺が一番恐れるのは艦娘が……あなた達が、護るべき艦隊の仲間のために、あるいは掲げる誇りのために、自ら生命を投げ出すことなんです」

「それは、ある意味では賞賛されるべき行為かもしれないのに?」

 

 そう言うと提督は力なく笑って言った。

 

「俺はそうは思いませんね。自己犠牲の心が産むものは自己満足と喪失感だけだと思っています。しかし、世にはそれが賞賛されるべき行為だと考える人が多いのも事実です」

「それなら……」

「だから、これは()()します」

 

 微笑む彼の目はもう笑ってはいない。しかし凍てついた眼差しをしている訳でもない。これは、拒否を許さない決意の目。

 

「“この鎮守府において、()()()()()()()死亡、轟沈する事を例外なく禁ずる”」

 

“提督の許可なく死亡、轟沈する事を禁ずる”

それが意味することは……

 

「……提督、自分が何を仰っているのか理解出来ていますか?」

「矛盾しているのは理解しています。無茶を承知でこうして命令しているのです」

 

……あきれた。なんて我儘な提督、いや人間なんだろう。

 

 部下である艦娘を危険海域に送り出す立場にありながら、交戦して沈むことを許さない。それだけなら普通の艦隊司令官なら当然の事だ。それは艦娘を“戦力”として捉えた一般人の思考。

 しかし、彼は私たちを戦力と見なしてそう言った訳では無い。あくまでも友人として、彼の個人的な感情から、私たちに死ぬことを禁じたのだ。

 

「……出来ますか?」

 

 くだらない。本当にくだらない命令。彼がしているのは子供が鳥のように空を飛びたがるたがるのと同じ行為だ。絶対に不可能にも関わらずその無慈悲な答えを信じずに駄々をこねる。

 しかし、彼はちゃんとわかっている。“自分は決して空を飛ぶことは出来ない”と薄々感じずにはいられない子供と同じように、実現不可能な願いだとは理解している。それでいて尚、その答えを信じたくないのだ。

 彼は、理想の空を見上げながら現実の道を歩いている。

 

「……呆れました」

「……」

「提督、あなたは艦娘を誰1人沈めないつもりでいる。でもそれは不可能な事。いくら強くても、いくらこちらが優勢でも、必ず沈む艦娘はいます。もちろん、それは私かもしれない」

「……」

「でも……」

 

 一呼吸置いて彼の目を見つめた。綺麗な黒色の瞳が1対、押し黙ってこちらを見つめている。

 

「でも、あなたはこの到達不可能な“理想の空”に“現実の道”を歩いて到達しようと努力している。それは認めるわ、だから……」

 

 だから、私の答えは1つ

 

「私にも、その馬鹿げた理想に歩み寄る事に協力させて欲しい」

 

 

 

* * *

 

 

 

「約束したから。彼の望む理想を共に作り上げると」

 

 誰1人沈むことのない艦隊にする。その理想のためには、まず自分が生き延びなくてはお話にならない!

 弓型の艤装を引き、新たな艦載機を矢として番える。

 

「第一、第二艦攻隊。二部隊合わせて九七艦攻36機、発艦。紡錘形に散開して近海の水上艦を警戒。決して私に近づけないで」

 

 足が遅く、対潜攻撃も出来ない艦攻隊はこの状況下では役に立たない。だから私が逃げている間の時間稼ぎをしてもらう。

 きっと私と敵対している潜水艦は既に深海棲艦の増援を呼んでいる事だろう。正規空母という格好の獲物が護衛艦も無しに単艦でいるのだ。奴らが簡単に逃がしてくれるとは思わない。だから、やって来る水上艦に艦攻隊をぶつける。

 

「第三航空隊、零戦二一型45機。内半数は艦攻隊の護衛に、残る半数は先行している彩雲隊と共に前方索敵」

 

 零戦は彩雲に引けを取らないほど足が速い。索敵も充分にこなす良機だが、如何せん無線機が貧弱すぎて連絡が出来ない。それを、先行している彩雲隊との連携によって補おうという訳だ。また、半分を艦攻隊の護衛に当てたのは敵の空母対策のため。まさか、正規空母を攻撃するのに1隻の空母も伴わずにやって来るほど敵は馬鹿ではないだろう。

 

「あとは……私の騙しのテクニック次第ね」

 

 足元の水面を睨みつける。艦娘は艤装を装着すると全身と海の間に不思議な張力が働き、海上を陸上と同じように活動することが出来る。

 しかし敵は潜水艦。この場合は艦娘の持つ張力が返って仇となる。艤装を装着した私は、潜って敵を探すことさえ叶わない。確か、以前提督が読んでいた漫画では主人公の青年が水中で大弓を射って敵を倒すシーンがあったが、艦娘の場合、そのような真似は決して出来ないのだ。

 

「でもね、“攻撃する”事と“戦う”事は全く違うことって事教えてあげる」

 

 そう、これも提督から教わった事。“攻撃する”事と“戦う”事は違う。今回の場合、私は決して潜水艦に攻撃することは出来ない。しかし、私はまだ戦う事が出来る。それは、生きて鎮守府に辿り着くこと。

 

「生きて戻れば、軽巡や駆逐の子達に助けてもらえる。生きて戻れば、また戦える……」

 

 呪文のように唱え、最大速度で海を滑り出す。先行している彩雲隊から送られてくる地形データを元に針路を定めた。艦載機を発艦させた私の航行速度は低速の潜水艦を大きく上回る。普通に逃げればまず追いつかれることはない。とにかく、魚雷の射程から逃げなくては……

 

 その時だ。前方に立つ美しい白波、しかし、明らかに不自然な波が1つこちらへ向けて迫ってくる。

 

「……危ない!!」

 

 今度は先程と違って距離があったので身を開くだけでかわせた。しかし前方から魚雷攻撃をされたと言うことは……

 

「知らない間に囲まれていたのね……いや、やる事は変わらないわ」

 

 今更数が増えたところで何も状況は変わらない。ただ、生き延びて帰ること。今はそれさえ理解出来ていればいい。航行装置は全開、最大速度から落とすつもりは毛頭ない。止まることは即ち死を意味する。

 

「鎮守府までおよそ6海里……戻るより戦った方が楽ね。ただし……」

 

“もしさらに敵が現れなければね”と言うセリフを言うことは出来なかった。突如、正面の海中から新たな深海棲艦が現れたから。悪い事は繰り返し起こるもの。“泣きっ面に蜂”とはよく言ったものだと思う。

 

「……今日は厄日ね」

 

 現れた敵は軽巡クラス。深海棲艦は潜水艦でなくても短距離間であれば自由に潜航することが出来ると聞いていたが、まさに今、それの事実確認が出来たというわけだ。全く敵ながら天晴れと賞賛したいほどの執念である。

 しかし絶望した訳では無い。寧ろこの展開は歓迎すべきものだった。ここまでやって来ることが出来たのだ、()()()()でなら、まだ“戦える”。

 

「……勘違いしないで、“()()()()()()()()()厄日”だから」

 

軽巡を唸りをつけて()()()()

 

「驚いた? 艦載機を発艦させた空母は無力だと思った?」

 

 自分より大きな図体をした軽巡を引き上げる。その質量は見た目からは信じられないほど軽かった。

 

「残念。確かに私は空母だけれども、“艦娘”でもあるの。だから……」

 

 柔道の要領で思い切り振りかぶって海上へと投げ出した。

 

「こんな事も出来るのよ!!」

 

 もちろん、飛んだ先には上空を哨戒させていた九七艦攻が控えている。

 

「地獄に落ちなさい」

 

 ほぼゼロ距離で発射された魚雷が軽巡に突き刺さる。撃沈どころか、木っ端微塵に消し飛んだだろう。

 

「戦果確認は彩雲隊……九七艦攻隊は帰投準備に入って……あ、そうそう」

 

 数十メートル先の海中から爆発音が微かに響き、衝撃が足の航行装置に伝わってきた。

 

「その先“浅瀬注意”よ。前方に気をつけてね。それと、あなた達に謝らなくてはならない事があるわ」

 

 乱れた服を整え、軽く敬礼する。

 

「“私にはあなた達に攻撃できない”と言ったわね」

 

 

 

 あれは嘘よ

 

 

 




 加賀さん「潜水艦......お前達には攻撃できないと言ったな」
 潜水艦s「「「そうだ加賀さん......助けt」」」
 加賀さん「あれは嘘だ」
 潜水艦s「「「ウアアアアアアアアア!!」」」

 尚、今回加賀さんを包囲していた潜水艦は3隻だった模様
追記:もしかしたら毎回挿絵付きになるかもしれません

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