暁色の誓い   作:ゆめかわ煮込みうどん

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2章突入です。本格的に艦娘が主役となる章を予定しております。書く側としてもとても楽しみです。

※5/23、提督は歳上には敬語を使うにも関わらず、加賀さんにタメ口だったので修正


2章 私たちの鎮守府
1話 とある柱島の1日


 ――柱島鎮守府3階執務室

 

 司令官さんが着任してから早一ヶ月半、私たちに誕生日ができた日からほとんど一ヶ月が経ちました。結局あの日崎矢提督さんが帰った後、司令官さんは私たちの誕生日についてこう定めました。

 

「誕生日は建造、ドロップした日でいいだろう。しかし、その日を0歳として数えるとどうしても不具合が生じる。だから、建造時点の年齢は工廠の妖精さんに判断してもらった身体年齢としよう」

 

 こんなめちゃくちゃな基準なんて当てにならないし、そもそも艦娘に誕生日や年齢を決める必要なんてないということは皆百も承知なのです。でも、私たちはこんなでたらめなものでも、自分が生まれたことの証を得ることが出来たのです。

 そして今週は電が秘書艦の週。新しく艦隊に加わった艦娘の皆と楽しくお仕事をしているのです。

 

「Hey提督ゥ! 紅茶が飲みたいネー!」

「あっ私も!」

「おお飲むか! 任せとけ!」

 

 と言っても、最近は深海棲艦に大きな動きはなく、大本営からの出撃命令もないので、ただのんびりしているだけなのですけどね。

 それにしても、司令官さんは一体どこにあんなに凝ったティーセットをしまっていたのでしょう? 今どう見ても服の中から出てきたような気がしたのですが……

 

「電ちゃんも一緒にどう?」

「秘書艦も、Tea timeは大事にしないとネ!」

「ありがとう、なのです」

 

 先程から気さくに話してくれるこの2人のお姉さんは、以前の建造で柱島艦隊に加わった巡洋戦艦の金剛さんと軽巡洋艦の阿武隈さんなのです。

 この一ヶ月の間に建造された艦娘は8人。金剛さん、阿武隈さんの他に、正規空母の加賀さん、商船改装空母の隼鷹さん、重巡洋艦の足柄さん、睦月型駆逐艦の皐月ちゃん、文月ちゃん、望月ちゃんがいます。司令官さんはまだ物足りないようですが、以前の第六駆逐隊の駆逐艦4人だった頃に比べると随分と大きな戦力になったと思います。

 

「んー我ながら美味い。今日はちょっと手を入れてレディグレイで決まりだ」

 

 自画自賛する司令官さん、いつもの紅茶うんちくが始まろうとしたその時、大きな音を立てて扉が開きました。まあ、誰か大体予想はついていますが……

 

「レディが何ですって!?」

「暁、お前な……」

 

 やっぱり。“レディ”という単語に引き付けられた暁ちゃんです。

 

「丁度良かった。暁ちゃんも一緒に飲んでいかない?」

「小さなladyも休憩ネー」

「なっ! 小さい言うな!」

「まぁまぁ、キッズカプチーノでも作ってやるから」

「キッズ言うなー!」

 

……今日も鎮守府は平和なのです。

 

* * *

 

「ふぅ……やっと帰ったか。前々から思ってたけど、あいつら中々グレートでヘヴィーだぜ……」

「特に金剛さんなんてかなり濃いですよね」

「何が?」

「キャラが」

 

 2人だけになった執務室でどっと笑います。

 

「あー愉快愉快……さて、そろそろ執務に戻りたいところだが……」

「どうかしたのです?」

 

 司令官さんの方を見やると、こう言うのは何ですが、間の抜けたような表情をしています。

 

「任務が無くなりました」

「はぃい!?」

 

 思わずこの前見た刑事ドラマの刑事さんみたいな声を上げてしまったのです。

 

「任務が無い?」

「正確に言うと、出来る任務がない」

 

 そう言うと、司令官さんは受話器を取り上げてコールをかけました。

 

「あ、もしもし大淀かい?」

「はい、軽巡大淀です。どうされました?」

「今残ってる任務はどれ程あったっけ?」

「任務ですか? それなら先程お渡ししたもので全てです。それ以外は解放海域の都合上出来ない任務でしたので、こちらで大本営に報告しておきました」

「うん、ご苦労様。それだけだよ、切るね」

 

 受話器を置くと、司令官さんは呆れた時にするように肩を竦めてみせました。本当に仕事がなくなっちゃったようなのです……

 

「とまあ聞いたとおりだよ。何も仕事はないから大淀も今日はお休みしてもらっている。俺達も早めに切り上げるかい?」

「そんなぁ……」

 

 ここは孤島の鎮守府です。こんな中途半端な時間帯に仕事を終えても町に出ることも叶わず、変に暇な時間が出来てしまいます。出来れば何かお仕事が出来たらいいのですが……

 

「何かやる事は無いのでしょうか」

「やる事って言われてもなぁ……あ、そう言えば、崎矢さんから送られてくる資料やらビデオやらがかさんでちょっと邪魔なんだよな」

 

 執務室の隅に積まれたダンボールを見つめて考え込んでいた司令官さんがおもむろに口を開きました。

 

「という訳で、図書室を作ります」

「え?」

 

 一瞬止まる思考。無理やり頭を回して聞き返す。

 

「図書室を? 作る?」

 

 すまし顔で頷く司令官さん。この人、時々よく分からないことを言い出します。

 

「図書室って……またまた何故? 資料の保管なら資料室を使えばいいじゃないですか」

「うん、そうなんだけどね。そこのダンボールの中を見てみなよ」

「資料をですか?」

 

 司令官さんが指し示す、以前から執務室隅に置かれているダンボール。ダース単位で数えなくては行けないほど沢山あるのです。開けてみると、中に入っていたのは……

 

「これは……」

「わかったろ? ぜーんぶ俺が貰った本なんだ」

 

 そう、中に入っていたのはありとあらゆる本。小説も、図鑑も、論文まで色々。しかもビックリするくらい多い。図書館とまではいきませんが、小さな学校の図書室位はありそうです。たしかに、私的な書籍は資料室に置くわけにはいかないのです。

 

「それに、ただ数が多いだけじゃなくてね」

 

 やや呆れたような顔で1冊の本を引っ張り出した司令官さん。何やら厚さの薄い本みたいで……はわぁ!?

 

「ほらね、こういうのも無作為に混じってる。ちょっと電には早かったかな」

 

 クックッと独特な笑い方で笑いながら本を置きます。

 

「……そういう本は笑いながら女の子に見せるようなものではないのですよ?」

「そうだろう? だからちゃんと分類しておきたい訳だ。この様子だと、18禁(成人向け)コーナーも必要っぽいしね」

「痛いほどよくわかったのです」

「さて、この鎮守府の空き部屋はどれ程あるかな……っと。電、分かるかい?」

 

 そう言って司令官さんが棚から引っ張り出したのは鎮守府の見取り図。

 

「確かこの階、つまり3階の角の部屋と、2階のこの部屋が空いてるのです。どちらにしましょうか?」

「うーん……2階の方が広そうだけど、この部屋は北向きだね。やっぱり図書室は陽が入る方がいいし、3階の角部屋にしよう」

「こっちなら南向きに窓があるのです」

「おっ、いいねぇ。じゃあ行ってみようか」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島鎮守府3階、空き部屋

 

「うん、中々いい部屋だね。1ヶ月半もの間使ってなかったのは勿体なかったなぁ」

「そうですね。日当たりもいいし、暖かいのです」

 

 ずっと使われていなかった3階の角部屋。ここはいいところなのです! 司令官さんはタブレット端末の様なものを持参しています。これを使って家具の注文が出来るそうなのです。

 

「んー、やっぱり図書室だし書棚はたくさんいるよね。あとカーテンと机と椅子と……ん? どうしたんだい? 電」

「ああ、いえ。とっても楽しそうだなーって」

「楽しいさ。ほとんど遊んでるみたいなもんだからね。こんな仕事で食っていけるって言うのなら提督業も悪くない」

「ちょっと不謹慎なのですよ」

「申し訳ない」

 

 2人だけの空き部屋で、声を出して笑う。こういう、何も無い、平和な時間もとっても好きなのです。

 

 

 

* * *

 

 

 

 球磨型5番艦、木曾だ。

 最近……こう言っちゃ不謹慎だが、戦闘が無くてとても暇だ。決して提督が執務を放棄しているとか、艦娘たちがサボっているとかではない。ただ単に近海の深海棲艦が駆逐され、俺たちの出る幕ではなくなったというだけだ。

 提督は金剛や加賀が建造されても燃費の良い水雷戦隊を重用してくれたから出撃は多い方だったのだがそれでも少ない。俺よりも出撃の少ない加賀などはきっともっとやるせなさを感じているだろう。

 

 もちろん、人間達を守る俺たちにとって平和は喜ばしい事だ。例えば隣の離島に住んでる老夫婦。この前近海の警備をしていたらわざわざ茶まで出してもてなしてくれた。一昔前は艦娘の扱いには酷いものがあったと言うが、あのような人もいるんだ。守らなくてはならない。

ただ、そうなるとどうしても……

 

「あー暇だ!」

 

 暇になってしまう。

 

「んー? 真昼間から叫んでるのは誰だい?」

 

 おっと、結構大きな声になってしまった。声の方を見やると、空母に割り振られた部屋から顔を覗かせている隼鷹がいた。

 

「お前……酔ってるな」

「ええ!? 開口一番それかい? アタシは酔ってないよ、素面だよ!」

 

 そんな訳があるか、顔が赤いし足元がふらついている。こいつは提督や響に並ぶ程酒に強い。俺もそこそこ強いはずだがまるで歯が立たなかった。だが、隼鷹は提督や響とは違って、アルコールが入るとすぐ顔が赤くなる。まあ、そこから酔い潰れるまで信じられないくらい飲むのたが。

 

「まあいいさ。加賀はどうした? 姿が見えないが」

「あーあの人なら今近海警備のために彩雲を飛ばしてるよ」

 

 なるほど。昔(と言っても一ヶ月前だが)は俺が水上機を飛ばして近海に深海棲艦がいないか警備していたものだが、加賀が着任してからは彼女に任せきっている。

 俺は速度の遅い“零式水上偵察機”を最大でも追加艤装スロット1つにつき1機しか飛ばせないが、正規空母である彼女なら“零偵”など比べ物にならないほど高速な偵察機“彩雲”を最大スロットに積んで46機も飛ばせる。警備の質と時間効率が上がったのは言うまでもなく、偵察機の扱いが苦手な俺としては彼女に頭が上がらない。

 

「そうか、助かるな。で、お前は? 手伝わなくていいのか?」

「アタシの追加艤装のスロットはあんまり搭載数に偏りが無くてさ……偵察には向かないのさ」

「へえ。知らなかった」

 

 提督は艦娘の個性を重んじる。しっかりと把握した上でその個性を最大限に引き出す運用をしてくれる。

 例えば以前提督が1-4を攻略した時、軽巡枠に俺ではなく阿武隈を編成した。俺の方がずっと練度が高かったというのに。その理由を聞いたところ

 

「今回は航空火力を活かして弾着観測射撃での殲滅に重きを置く。お前、水偵の扱い苦手だろ? 知ってるぞ」

 

 とすまして答えやがった。馬鹿にされたと思って 思わず突っかかったが、奴は笑って答えた。

 

「何も苦手なことを恥じることは無いさ。その代わり、お前は阿武隈よりずっと魚雷の扱いが上手いじゃないか。水雷戦隊の旗艦に経験のある阿武隈ではなく木曾を据えてる理由はそれだ。知らなかったろう?」

 

 ちなみに、“提督の苦手なことは何か”と聞いたら笑いを収めて神妙な表情で「プレッシャー」と答えた。

 

「いやーあの提督はいい奴だよ! 酒は飲ませてくれるし休みは多いし! これで飛鷹がいりゃあもっと楽しいんだが」

「今更気づいたのか。調子のいい奴だ」

「あ、アンタ今馬鹿にしたね?」

「馬鹿にはしてない。呆れただけだ」

「一緒じゃないか」

「違うね。呆れるのは馬鹿にするのとは違って相手を尊重しているからな」

 

 そう言うと、隼鷹はらしくもなく敵襲があった時のように鋭い目でこちらを眺めた。いや、瞳の奥には冗談の光がちらついているから少し違うか。

 

「それは褒め言葉なのかな?」

「飲んだくれには最上級の褒め言葉だと思うんだが、どうだ?」

「……まぁそういう事にしておくよ。アタシゃこれで失礼するね」

「ああ、あまり飲みすぎるなよ」

 

 またふらふらと部屋に戻った隼鷹。一緒に飲もうかとも思ったが、休みとはいえいつ深海棲艦がやってくるかわからないからな。あいつはいくら飲んでもこたえないからいいが、俺は流石に酔った体で戦える自信がない。

 

「さて、加賀は索敵、隼鷹は酒。今日暇してそうなのは……足柄位か。チェスでも相手してもらおうかな」

 

 足柄以外は皆忙しそうだ。提督始め職員たちはまだ勤務時間だから勝手に業務を離れる訳にはいかないし、金剛は神出鬼没だから全く何をしているかわからない。今頃提督相手にばーにんぐらぶ? とやらをかましているかもしれないし、何にせよまともなチェスの相手になりそうにない。

 

 阿武隈は練度上げも兼ねて皐月、文月、望月の3人と一緒に遠征へ出ずっぱりだ。“睦月型の子達が言うことを聞いてくれない”とこの前泣きそうになりながら相談に来たが、なんだかんだ懐かれていて見ていて微笑ましい。したがって彼女達も暇とは思えない。

 それに、睦月型達は艦艇時代の威厳がどこへ行ったのか皆幼い身体、精神で建造された。彼女達にチェスはまだ難しいだろう。

 

 それでは第六駆逐隊の面々はどうかと言うと、電と暁を残して響と雷は呉の崎矢提督の元へ演習に出ており、残った電は秘書艦業務、暁は憲兵兼副官の美代少尉と工廠関係の任務をこなしている。明日はそれぞれ持ち場を交代し、暁と電が演習、響が秘書艦、雷が工廠担当何だとか。

 

……と、つまるところ今日暇なのは俺、金剛、隼鷹、足柄の4人だけ。その中でまともに俺の暇つぶし相手になりそうなのは足柄1人だけという訳だ。

 

「足柄は今朝会ったっきり見てないな。提督に聞きに行こうか」

 

 提督はかなり大らかというか他人を拘束したがらない人だ。艦娘達は、休みの日ならば自由に動けるし、限度を超えなければ金も自由に使える。もちろん、給料の範囲内で。

 しかし、奴は艦娘に自身の位置報告だけは徹底させている。奴が皆に語った理由は、

 

「お前達は陸では普通の女性だ。当然日常お前達を狙った犯罪だってある。行方不明になったりした時に探しやすいからな」

 

 との事。しかし、後でこっそり教えてくれた本当の理由と言うのは、

 

「本当はね、駆逐の子達の迷子防止なんだ。こういうと響や望月みたいにしっかりした子達は怒るかもしれないけど、駆逐艦娘って変なところで幼いからさ」

「……それは皐月や暁の事を言っているのか?」

「黙秘権を行使しまーす」

 

 全く、気配りが上手なのか、からかい上手なのか。まぁ、悪い奴ではないことは確かだね。さて、色々考えながら歩いていたら執務室前についてしまった。だが……

 

「これは……」

 

 執務室の扉にはよく飲食店とかで見かける看板のようなものがかかっている。書いてある文字は……“Be out”(外出中)か。

 

「んー……どうしたもんか」

 

 元来た道を帰ろうと足を向けたその時、廊下の端にある部屋が目に入った。

 

「ん? なんであの部屋扉が開いてるんだ? 確かあそこは空き部屋のはずだが……」

 

 もしや、提督の“外出中”の先はここなんだろうか。全く、この距離なら“角部屋にいる”とでも貼り紙をしておけばいいのに。

 

「提督? いるのか……ってうわぁ!?」

「ん? ああ、木曾か。よく来たな」

「よく来たな、じゃねぇ! なんだその手に持ったうねうねしたものは!? それに! 電は何処だ!? 一緒じゃないのか!?」

 

 提督は緑色の、ロープのようなものを手にしていた。それだけなら驚かない。なんせ空き部屋だから、荷造り等にロープを使うこともあるだろう。だが、そいつは動いているんだ。あの妙に規則的で滑らかな動きはまさか……

 

「ああ、こいつはさっき捕まえた蛇だよ。どうも、ここが空き部屋になってる間に住み着いちゃったみたいでね。確かに、角部屋は蛇にとって住みやすい条件だ」

「電は……」

「電? 電ならさっきからそこにいるじゃないか」

 

 提督が指さしたのは俺の横。慌てて振り返ると、青い顔の電が扉の裏で震えていた。小刻みに「なのです……なのです……」と繰り返している。

 

「とっ、とにかく! 早くそいつを離せ! 電が怯えてるじゃないか!」

「えー、蛇って可愛いのに。いっそこの部屋で飼おうと思ってるんだが」

「「それは許さん(許さないのです)!!」」

「……」

 

 2人で全面拒否すると、流石に少数意見を押し切る気はないらしく、提督は窓から蛇を離した。

 

「皆怖がりなんだから……あれ? ところで木曾は何でここに?」

「お前らこそ、何やってるんだ?」

 

* * *

 

「なるほど……図書室を作るのか」

「いい案だろ? 確か、木曾も読書好きだったな」

「そうだな」

 

 俺はこう見えて結構本を読む。電に勧められた本は一応だが全部目を通したし、私室にはそこそこの数の本がある。ぶっちゃけ置き場に困っていたのだが、図書室ができれば預けてみてもいいかもしれない。俺は置き場所ができるし、鎮守府は蔵書が増えるから一石二鳥だ。

 

「しかし俺は物心ついてからずっと軍人目指して生きてきたからさ。図書館なんて行ったことないんだ。電ばかりにやらせるのも申し訳なくてな、もし良かったら手伝ってくれないかい?」

「いいぜ! 俺とお前の仲じゃないか!」

「おっ頼もしいね。んじゃ早速始めるぞ」

「そう来なくっちゃな! 本当の図書室ってヤツを教えてやるよ」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島泊地鎮守府沖、海上

 

「艤装……航空甲板展開、発艦準備」

 

 ただ1人、鎮守府正面海域に出撃した航空母艦…私加賀は、提督の指示で近海の索敵を担当しています。

 と言っても、私が着任する以前に製油所地帯沿岸……通称1-3海域までを縄張りとしていた深海棲艦はほとんど駆逐されていたから、私は臨海の住民に被害がないよう警備をするだけ。だから戦闘はそう滅多にない。

 

「風向き良し。全機発艦」

 

 風上へ向けて弓を引く。私達航空母艦の魂を受け継いだ艦娘は他の艦種の艦娘とは異なった特殊な艤装を持っています。

 私の場合は、この大弓と矢筒、飛行甲板。本来発着艦は飛行甲板から行うものですが、艦娘となった今、発艦は矢筒に矢となって収まっている艦載機を弓の要領で飛ばします。

 

「第一部隊“九七式艦上攻撃機18機”、第二部隊“九七式艦上攻撃機18機”、第三部隊“零式艦上戦闘機二一型45機”、第四部隊“艦上偵察機彩雲”全機93機……」

 

 1番多く艦載機を搭載できる第三スロットに艦戦を積んでいるのは、いつ南西諸島方面から敵空母がやってくるかわからないから。安全な海域の索敵とはいえ、妥協は出来ない。一航戦の誇り、失う訳にはいかないわ。

 それに、山村提督は一般人を戦闘行為に巻き込む事が嫌いです。私に何度も、索敵の重要性を話してくれました。航空母艦の私には釈迦に説法だとも思ったけれど、彼の熱意はとてもよく伝わったわ。期待には応えなければならないわね。

 

 私達航空母艦が搭載している艦載機は、他の艦娘たちの主砲や魚雷と同じように、航空機を妖精さんの力で人型サイズまで圧縮したもの。勿論、そのぶん爆発力は凄まじく、かつての海軍航空隊に匹敵する破壊力を持っている……いや、艦娘が扱い、より小回りが効くようになった事を考慮すれば、上回ったとも言えるかも知れないわね。

 そして、その艦載機には妖精さん達が搭乗員として乗り込む。その事を提督に説明した時、彼はまるで私を睨むような目つきで問いただした。

 

「搭乗員である妖精さん達は撃墜されるとどうなるんです? まさか海上に放置されるんですか?」

 

 正直驚いたわ。彼がお人好しなのはそれまでの言動でよくわかっていたけれど、まさか部下である私にも敬語を使うだなんて。まさか妖精さん達の生命さえも気にする人だなんて。少なくとも、こんな考え方をする提督は他にいないと思う。

 

「……大丈夫よ。彼らは艦載機に宿った妖精さんなの。機体が撃墜されると一時的に消滅するけれど、帰還して艦載機を補充すれば、自然とまた現れる」

 

 そう伝えると、彼は大きく息を吐き出して俯くと、次に上げた顔はいつものどこかふざけたような柔らかい表情になっていた。

 

「そうですか、それなら安心です」

「そもそも彼らに生死の概念は無いの。存分に戦わせてあげて。皆優秀な子達ですから」

「うん。頼もしいですね。よろしく頼みます」

 

 とにかく、彼は私達や妖精さんを駒のように使い捨てるような提督ではない。ただその一事だけでも、私はとても幸運艦なのだと思うわ。彼の指揮下なら、存分に戦うことができるから。もう2度と……沈みはしない。

 

「エンジントラブル2機、内訳九七式艦攻1機、零戦二一型1機……2機は直ちに帰還。着艦後応急整備の後再度出撃。本隊の後背を狙う敵機を警戒……」

 

 2機のトラブル機を整備し直し、再度弓につがえた時、偵察部隊から通信が入りました。

 

「……第二部隊から電文。九七式艦攻ね」

 先程発艦した艦載機は九七式艦攻、零戦二一型、彩雲の三種類。その内零戦は単座戦闘機で、無線機も積んでいることには積んでいるけれど貧弱すぎて偵察には向かない。今は撃墜されやすい九七式艦攻の護衛をしている。

 

 彩雲は3人乗りの偵察機で、整備の行き届いたベストな状態であれば時速700kmにも届かんとする高速の偵察機。俊足故に撃墜されることはほぼ無く、そもそも護衛の零戦ですら追いつくことが出来ないため、護衛は付けていない。

 

 一方、今受け取った電文の送り主である九七式艦攻は最大速度でさえ時速400kmに届かない鈍足の飛行機。当然ね、800kgを超える重量の魚雷を積んでいるんだもの。電信と偵察用の機械類しか積んでいない彩雲に比べて足が遅いのは仕方が無いわ。

 

 それに、彼らの本懐は偵察じゃない。艦船に対する最大級の破壊力を誇る雷撃こそが、彼らの真骨頂。この様子だと、彼らには今から働いてもらわなくてはならなさそうね。

 

「我敵艦隊二遭遇セリ……珍しい、もうのこのこやってくる深海棲艦なんていなくなったと思ったけれど」

 

 私は一週間ほど前、隼鷹と護衛の雷、電で構成した機動部隊で近海の深海棲艦を全て討伐……徹底的な偵察と圧倒的な火力で文字通り“全滅”させた。この近海の深海棲艦は駆逐、軽巡、どれだけ強くてもせいぜい重巡クラス。私たちの航空火力があれば鎧袖一触だった。

 

 途中で私たちに襲いかかってきた潜水艦も、雷電姉妹が全て追い払ってくれたわ。最初は護衛なんていらないと思っていたけれど、もし彼女たちがいなかったらと思うとゾッとする。慢心は禁物、気をつけなくてはなりませんね。

 私たちが完膚無きまで叩きのめした成果あってか、最近は全く深海棲艦が出現せず、正直持て余していました。

 久しぶりの敵艦! 久しぶりの実践!

 

「……流石に気分が高揚します」

 

 本当は戦闘行為に入るためには提督の許可が必要だけど、私は敵が2隻以下なら無許可でも攻撃出来る。それが、索敵を命じる代わりに提督が与えてくれた特権。

 

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

 

 自分に向かって呟き、高ぶりかけた心を沈める。焦りは驕りと同じ位危険なもの。いついかなる時でも平静を保つ事が、空母には求められる。

 

「敵艦捕捉。駆逐艦2隻のはぐれ艦隊。巡航速度で西へ航行中……」

 

 接敵した艦攻隊の飛行隊長と視覚情報(ビジョン)を共有し、指示を出す。

 

「九七式艦攻隊は全機、雷撃進路をとって。零戦隊は九七式艦攻の雷撃を援護、彩雲隊は戦果確認のため一時待機」

 

 大まかに指示を出した後は各部隊の飛行隊長に精密な指示は任せる。93機ある私の艦載機全てに、別々の指示を出すことは艦娘となった今でも不可能なことに変わりない。けれど、指示はこれ以上必要ない。だって……

 

「皆優秀な子達ですから」

 

 

 

* * *

 

 

 

 ――柱島鎮守府中央棟3階空き部屋(図書室へ改装予定)

 

「……ん?」

「どうした? 提督」

「いや、なんだか爆発音が聞こえた気がしたんだが」

「ああ、どうせまた明石が妙ちきりんな発明でもしたんだろう。あいつ、この前も無線機弄って木っ端微塵に吹き飛ばしてたからな」

 

 ああ、そういえば今日も明石は漁船のスクリューの性能をあげるんだーって張り切ってたな。大事無いといいけれど。

 明石は決して技倆のない技術者ではない。この前木曾の言う無線機改造の構想を教えてもらったが、緻密に計算され尽くされた設計で、ケチの一つもつけられなかった。にも関わらず、何故か明石の作った発明は爆発するんだからよくわからない。

 そもそも無線機の設計に必要な資材で爆発物は一つも無いのに漫画みたいな大爆発が起こるのだ。もう才能としか形容しようがないと思う。触れたものを爆弾に変える能力でも持っているのかもしれない。

 

 とにかく、明石の発明が爆発したのなら音はもっと近くで聞こえているはずだし、あの音はもう聞き慣れたからはっきり聞き分けることが出来る。

 

「いや、なんだか機械類の爆発音というより魚雷が命中した時の音みたいだった。電は聞かなかったかい……ってあれ?」

 

 ついさっきまで一緒に部屋の書棚を整備していたはずの電がいない。

 

「こ、ここなのです……」

 

 バサバサと音を立てて、本の山の一部が盛り上がった。綺麗な鳶色の髪が、窓から差し込む夕日に当たって艶やかに光っている。彼女が持っているのは……鎮守府近海の海図だ。

 

「すごいのです! 精密な海図がずらりと……しかも、南西諸島、北方、西方海域まで! 何故司令官さんはこんなものを?」

「ああ、崎矢少将がコピーをくれたんだ。彼は西方海域まで制圧してたからね。部下に制圧区の測量をさせたのさ」

 

 深海棲艦が現れる以前は航空機や人工衛星などを使って測量し、精密な海図、地図を作っていたと聞くが、今ではそんな手法は用いられていない。否、“用いることが出来ない”の方が正しい。

 

 深海棲艦は周知の通り人間が発明したありとあらゆる通信機器を撹乱する電波を発する。比較的近距離間であれば、無線機の改良で通じるようになったが、未だに宇宙との交信は出来ていない。故に測量は旧式の方法に頼らざるを得ないのだ。

 

「熱心な方なのですねえ。こんなに精密なものを何枚も……」

「当たり前だよ。名将と呼ばれる指揮官に、地形の把握を疎かにした者は1人も居ない。電、“天の時は地の利に如かず”って聞いたことあるかい?」

「はい……確か戦国時代中国の孟子が言った言葉でしたよね?」

「その通り。いかに天才的な用兵家が指揮をとっても、地形を理解していなければ必ず負ける。天の時、つまり攻め時、引き時……つまりタイミングを測れるものよりも、地の利、すなわち地形の利用が出来る者の方が強い。そして、“天の時”と違って“地の利”は予め準備することが出来る。“海図”の形でね」

「なるほど……地の利ですか」

 

 熱心な生徒の顔になる電。電には最近戦術のみならず、戦略戦も教えている。と言っても、俺も崎矢提督ほど洗練された戦略技術を持っている訳では無く、彼から学んでもいるから、電との関係は教師と生徒と言うより兄弟子と弟弟子と言った感じだ。

 

「勝つための条件を一つ、戦う前から布石として打っておけるんだ。勝つためにはやらない訳にはいかないだろう?」

「そうですね。戦闘は始まる前に8割が終わっているといいます。地形を活かすことも戦略戦なのですね」

「わかってきたね? その通り」

 

 戦場は過酷な場所だ。死ねばおしまい、次はない。そんな危険な場所に送り出す立場に俺はいるのだ。準備に妥協は出来ない。せめて彼女達に最上の環境を用意してやるのが義務というものだ。

 

「それにしても、さっきの爆発音は何だったんだろう」

 

 思わず呟くと、電と話している間中黙りこくっていた木曾が伸びをして口を開いた。

 

「戦略がどうだとか、戦術がこうだとか、そんなこと今はどうでもいい。さっさとここを片付けようぜ」

 

 




明石「キラークイーン……! 第一の爆弾!」
提督「新手のスタンド使いか!?」

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