ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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008 - Return of Lord

 銀髪の女騎士ラヴィニスが、わざわざデニムの事を追いかけてきた。

 ていうか、女騎士なんて実在していたのか……。やっぱり「くっころ」しちゃうのだろうか。

 

 なんて考えていた俺の邪念が伝わってしまったのか、彼女は俺と目を合わせる事すらしてくれない。俺が近づくと露骨に距離をとって離れてしまう。もうやだぁ。

 デニムとのやりとりを見ていたが、まるで弟を心配する姉のようだった。デニムの姉であるカチュアが退場してしまったから、お姉ちゃんポジを狙っているのかもしれない。おいデニムちょっとそこ代われ。

 

 ラヴィニスとその部下数名を加えた俺達一行は、一泊したのちブリガンテス城を後にした。

 

 ちなみに、俺は一睡もしていない。俺の客室の前には女性兵が常駐していたのだが、彼女達から夜通し殺気を感じたからだ。死者の宮殿のモンスター達はこちらが寝ていようが問答無用で攻撃してくるので、殺気に敏感になった俺は全く寝つけなかった。

 彼女らが殺気を放っていた理由は不明だが、こちらを見る目は明らかに狩人のソレだ。油断すれば寝首をかかれるのは間違いなかった。狩人系女子おっかねぇ……。

 城を出る時、俺だけ残ってはどうかと提案までされた。やはり、不審人物がデニムの周囲にいるのは許容できないという事なのだろうか。ぶっちゃけ俺よりも、ニバス氏の方が不審人物だと思うんですけどぉ。デニムの取り成しのお陰で事なきを得たが、納得がいかない。

 

「いやはや……ベルゼビュートさんは人気者ですねぇ」

「…………むう」

 

 その様子を見ていたニバス氏がニヤけ顔で茶化してくる。ぐぬぬ、そんな皮肉を言わなくたって良いじゃないか。デニムは苦笑いしているし、ラヴィニスはなんだか無言でちょっと怖い。

 

「ベルさんは……その……派手な見た目ですからね」

 

 デニムがフォローしてくれるが、フォローになってないんですがそれは。むしろ、傷口に塩をすり込む行為なんですけど。どうせ俺の格好は派手だよ! くそっ、着替えようとも思ったけど、言い出すタイミングもないし、着替えもないし、この服は妙に着心地がいいし!

 

「わ、私は……それほど派手だとは……むしろ、好ましいと……」

 

 あっ、天使だった。ラヴィニスが小さい声で拙くフォローしてくれる。それがお世辞だとしても、服の事だとしても、好ましいと言われれば嬉しいものだ。相変わらず目は合わせてくれないけど。

 テンションの上がった俺は、道中で襲いかかってくるモンスターを片っ端から槍でなぎ倒しつつ、集団を先導していく。ラヴィニスは驚いているようだ。ドヤァ。

 

「初めてお会いした時から強いだろうと思っていたけど……これほどなんて……」

「ラヴィニスさん、まだまだこれからですよ。ベルさんは本当に強いですから。ええ……」

 

 さらに調子に乗った俺は、今度は素手と投石でモンスターを相手にしていく。それにしても、やけにモンスターが多いな。死者の宮殿にいるモンスターに比べれば、脆すぎて話にならないが。

 

「す、素手で……? それに、石を投げただけなのに、どうしてモンスターの頭が吹き飛んでいるの……?」

「あはは…… ベルさんだからとしか……」

 

 あ、なんか無双ゲーをやっている気分になってきた。槍をブンブンと頭上で回転させて、笑いながら突撃する。槍を一振りする度に、モンスターが吹き飛んでいく。

 おっしゃ、ついでにアレも見せてあげよう。無双ゲーといえば魅せ技だからな。

 

「『槍よ、雷雲を呼び、嵐を起こせ…… いかずち落ちろッ! ギガテンペスト!!』」

 

 頭上で回転させていた槍によって竜巻が巻き起こり、あっという間に雲が集められて雷雲になる。次の瞬間、物凄い閃光で視界が白く埋め尽くされ、地を切り裂くような激しい衝撃と音が、モンスター達に襲いかかった。落雷が発生したのだ。

 哀れ直撃を受けたモンスター達は、プスプスと煙をあげるだけの何かに変貌していた。

 

「…………」

「…………」

 

 以前、ダンジョンで槍を振り回していたある日、ピコーンと俺の脳内に豆電球が灯った。その閃きに誘われるまま脳裏に浮かんだ言葉を叫び、槍を振るってみたところ、なんか雷が落ちたのだ。ダンジョンの中だったのに、不思議だね?

 呪文の詠唱は抵抗があるけど、こっちの決め台詞は何だか自然に口から出てくる。最初は魔法かと思ったけど、槍を持っていないと使えないようだった。

 最後のがとどめになったのか、他に動く影も見当たらないので振り返る。三人は、ぽかんと大口を開けていた。俺がテクテクと近づいていくと、三人は我を取り戻したのかコソコソと会話している。

 

「……必殺技、でしょうか。それにしては規模が……」

「ええ……。というか、禁呪か何かにしか見えなかったわ……」

「やっぱり、彼に魔法は必要なさそうですねぇ……」

 

 あっ、そっかぁ。せっかく覚えたのに、魔法を忘れてた。やっぱり槍や素手で戦うのに慣れてしまっているんだな。魔法使うよりも手っ取り早いし。雷も落とせるし。でも、モンスターはもういないから、魔法を実戦で試すのは次の機会か。残念だ。

 

「なんだか、不満そうな顔をしていますね……」

「まだまだ自分の腕に満足していない、という事なのかしら……」

 

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 道を急ぐため、ウェオブリ山という活火山を通り抜ける事になった。グツグツと煮え立つ溶岩を見ると、死者の宮殿の最下層を思い出してしまう。三年の間に何度か行ってみたけど、本当に何も起こらなかった。裏ボスとかいたら良かったのになぁ。

 やはり溶岩の熱気は暑いものの、この程度なら高温多湿な日本の夏の方が暑いと感じる。住んでいたボロアパート、エアコン壊れて扇風機しかなかったし。デニムが俺の事をお化けか何かを見るような目で見てくるが、元日本人を舐めるなよ。

 

 山頂に近い場所で、嬉しい事に赤いウロコを持つドラゴンを見つけた。

 

「ドラゴンか……これはついているな」

「えっ……? ああ…… ベルさんはドラゴンを食べるんでしたね……」

 

 最近はドラゴン肉を食べていなかったから、口寂しく思っていたところだ。俺達の会話を聞いて、ラヴィニスは小首を傾げている。かわいい。

 ドラゴンに近づくと、グルグルと威嚇してくる。新鮮な反応だった。死者の宮殿のドラゴンは、俺の顔を見ると尻尾を巻いて逃げ出すし。まともに相手してもらえると、少し嬉しくなるな。

 奴は大口を開けて俺に噛みつこうとする。後ろでラヴィニスが何やら叫んでいたが、口から垂れてきたヨダレが身体に掛かるとドラゴン臭くなってしまうので、俺はそっと口を閉じさせる。

 

「GRRRR……」

 

 口を閉じたまま俺を睨みつけるドラゴン。そんなつぶらな瞳で見つめられると、やりづらいな。でも、残念ながら弱肉強食がこの世の摂理なのよね……。明日出荷される家畜に向けるような目でドラゴンを見る。

 

 さくり。

 

 もはや、ドラゴンマスターと名乗れるほどにドラゴンの身体構造を知り尽くしている俺は、あっという間にドラゴンの解体を済ませて、皆に肉を振る舞う。溶岩があると、肉を焼くのが楽でいいな。

 

「…………」

「…………」

「どうした? 食わないのか?」

「……いえ、僕は結構です……」

「そうか。旨いんだがな」

 

 デニム達は食欲がないみたいだ。もったいないな。ラヴィニスは目を丸くしている。かわいい。

 これこれ、この味。う〜ん。だけど、死者の宮殿にいるドラゴンに比べると、何か物足りない。スカスカというか、歯応えがないというか。味も、なんか刺激が足りないし……。あっちのドラゴンの肉は、もっとピリッとしてたんだけどなぁ。

 

 俺は内心不満を抱えながら、ドラゴンの骨付き肉を片手に山道を歩くのだった。

 うむ。次はヤキトリが食べたいな。

 

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「閣下、ご無事でしたか!」

「今までどちらに! まさかバクラム軍の奴らに……!」

「ご壮健で何よりです、閣下……!」

 

 数日の旅路を経て解放軍の本拠地であるフィダック城にやっとたどりついた俺達は、デニムの無事を喜ぶ側近連中に囲まれていた。どいつもこいつも嬉しそうな顔をしている。

 だが俺の聴覚は、人混みの中から聴こえた微かな舌打ちの音を聞き逃していない。残念ながら誰のものなのかは特定できなかったが、デニムの無事を喜ぶ奴ばかりではない事は理解できた。

 

「皆、心配をかけたが私はこの通り無事だ。皆の忠心を嬉しく思う」

 

 デニムが仰々しい言葉遣いで側近たちを労う。こうして見ると、確かに英雄と呼ばれるべきオーラを感じる。もしサラリーマンだった頃の俺にこんな上司がいたら、ほいほいと平伏してしまいそうだ。

 

 今回の帰還にあたって、俺はデニムに一つ提案をしていた。

 それは、俺の存在を伏せてほしい、というものだ。

 

 ここまでの道のりで、周囲から俺に向けられる疑念というものは大きかった。何せ俺は、自分が何者なのか説明できない。人種すらわからないのだ。バクラム、ガルガスタン、ウォルスタという三民族は、外見的な特徴があるわけではなく、文化や歴史によって形成された括りだからだ。

 解放軍の目的は、人種の壁をなくしてヴァレリア諸島の統一と平和を目指す事だ。誤解を恐れずに言うなら、白人と黒人の共同で一つの国を建国するようなものだ。建前上は、人種による差別など許されない。しかし、これまでの差別意識や精神的軋轢を払拭するのは難しく、昨日までの敵と仲良くすることなど簡単にはできない。自然と派閥のようなものが形成される。

 

 俺のような人種がはっきりしない輩は、どの派閥からも良く見られない。道中で、ラヴィニスが混血である事を打ち明けてくれたが、彼女もそれによって随分と苦労したらしい。

 そんな俺を近くに置いて重用していれば、デニム自身も悪く見られる可能性がある。これから一つにまとまっていかなければならない大事な時期に、そんな瑕疵をわざわざ作る事はない。

 

 俺の提案を聞いたデニムは、顔を赤くして否定した。

 曰く、人種による差別など絶対に許さない。もし俺が不当な扱いを受けたら責任を持って処断する。差別意識に凝り固まった派閥の連中を気にする必要はない。エトセトラエトセトラ。

 だが俺は首を横に振った。そもそも俺の目的は、戦争をさっさと終らせる事に過ぎない。そうして、心置きなく地上でのバカンスを楽しみたいのだ。別に地位や名誉は必要ないかんね。

 

 結局、ラヴィニスやニバス氏からの説得のおかげもあって、デニムは折れてくれた。ついでに、なぜかニバス氏の存在も伏せておく事になったらしい。ええ、なんでぇ?

 

 今の俺は、派手な服の上から、目立たない黒いローブを羽織ってフードをかぶっている。これなら派手な服で周囲の注目を集める事もないだろう。計画通り。ニヤリ。

 時折、デニムはこちらをチラチラと見て申し訳なさそうにしているが、約束通り俺やニバス氏の存在を側近たちに明かす事はしなかった。俺達はラヴィニスのごく個人的な友人という事になっている。

 

「彼も大変ですねぇ。あの様子では、英雄としての仮面を外す事などなかなか出来ないでしょう」

「ああ……。さっさと戦争を終わらせてやらないとな……」

 

 改めてデニムに掛かる期待と重圧というものが理解できる。彼はまだ、二十歳にも満たない青年だ。ゴリアテの英雄と呼ばれるようになったのは、十八の頃だという。ここ一年ほどで、彼の立場は大きく変化した。

 はぁ、大人たちは情けないとは思わないのかねぇ。

 

 とそこで、ふと俺の耳に、バサリと翼をはためかせる音が聴こえてきた。死者の宮殿では散々聞き慣れた音だ。今夜はヤキトリだやったぜ、と思ったら、音の正体は翼を生やした上半身ハダカのマッチョマンだった。あれぇ、俺のグリフォンはどこぉ?

 赤髪の有翼人は、そのままデニムの近くに降り立った。それに気づいた周囲が警戒する様子はないので、敵襲というわけではないらしい。むしろ、畏敬のこもった目で見られているから、かなりの古株なのかもしれないな。

 

「よぉ、デニム。お前、一人で飛び出したんだって?」

「あ、カノープスさん。ご心配かけて、すみませんでした……」

「無茶するよなぁ、お前も。まっ、男ならそういう時もあるよな」

 

 そう言ってカノープスと呼ばれた有翼人はカカッと豪快に笑う。

 

「……暗黒騎士団との決戦も、もうすぐですから……」

「……そうか。ま、ランスロットの奴は、ピンピンしてるだろうよ。ミルディンもギルダスも、この戦いで逝っちまったけどな……」

「……すみません。ランスロットさんは必ず助けますから……」

 

 デニムは俯いているため、その表情は見えない。ランスロットといえば、暗黒騎士団の団長がそんな名前だったかな。タルタルソースの方ばっかり頭に入ってたわ。

 あっ、そういえば、もう一人同じ名前の奴がいるんだっけ。この島に、わざわざ職を求めてやってきたんだよな。同じ無職だったから、親近感が湧いたんだよ。

 

「よしッ。そうと決まれば、善は急げだな。さっさと準備を済ませて出撃しようぜ。なぁに、オレが暗黒騎士団の奴らなんかぶっ飛ばしてやるぜ。……それに――」

 

 カノープスはこちらをチラリと見てニヤリと意味深に笑う。

 

「ヤレるヤツも増えたみたいだしな……!」

 

 えっ、なにそれは。男に興味はないんですけど……。

 俺はドン引きしながら、カノープスの視線から逃れるように背中を向けるのだった。

 




ボーイズラブ要素はありません。繰り返す、ボーイズラブ要素はありません。
原作ファンの方にも読んで頂けているようで、ありがたい限りです。緊張感がパネェ!


【必殺技】
武器スキルの習熟によって覚えられる強力な一撃。武器の種類ごとに何個かある。
SFC版ではロデリックおじさんが授けてくれたが、PSP版では誰でも覚えられる。
雑魚キャラも使ってくるので、不意な一撃を受けてのダウンが頻発。

【風使いカノープス】
新生ゼノビア王国からやってきた、聖騎士ランスロット御一行様の一人。
有翼人は通常の三倍の寿命を持ち、見た目は青年だけど中身は50歳近いオッサン渋い兄貴。
「カノぷ〜」の愛称でファンから親しまれる。「鳥」と呼ばれると激怒する。

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