ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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057 - A Man with An Eyepatch

 クリザローを発った俺達は、ガルガスタンの本拠地であるコリタニ城を目指して北進する事にした。ヴァレリア島の中央を分断するバーナム山脈を避けるため、西のスウォンジーの森を経由するルートをたどる事になるだろう。

 

 シドニー達を救出したタインマウスの丘は何事もなく通り抜ける事ができた。さすがにガルガスタンによる二度目の襲撃もなかったようだ。もし来たら、今度は容赦なくヤキトリにしてやろうと思ったのになぁ。

 丘陵地帯を抜けると、ボルドュー湖と呼ばれる大きめの湖へと差し掛かった。湖畔と聞けばカップルがいちゃついていそうな風光明媚なイメージが浮かぶが、ここは一面に湿地が広がっていてそんな雰囲気ではない。そろそろ日も落ちてきたので、今晩はここで野営になりそうだ。

 

「はぁ〜つかれたぁ。やっぱり旅って大変ねぇ」

「アンタはずっとホウキで飛んでただろうが!」

 

 ツッコミどころ満載のデネブさんの発言に、思わずヴァイスが釣られてしまったようだ。獲物を見つけたように微笑むデネブさんの笑顔に、背筋が震えてきやがるぜ。

 

「ホウキに乗っててもつかれるものはつかれるのよ。ヴァ〜ちゃんに今度こそマッサージしてもらおうかしら♥」

「だ、だから、嫌だっつってるだろ! 大体、アンタにはあのカボチャ野郎がいるじゃねぇか! マッサージなら使い魔にさせればいいだろ!」

「カボちゃんね〜、今ちょっとストライキ中なのよ。正当な賃金を要求するカボって……」

 

 そう言ってデネブさんは溜息をついた。使い魔が賃金を要求するって、もはやそれは使い魔ではないのではないだろうか。ヴァイスも頭を抱えている。

 

「ね? だから、お・ね・が・い♥」

「お、俺だって正当な対価が――」

「あら、そうねぇ……。じゃあ、お姉さんがご褒美あげちゃおうかしら♥」

「…………」

 

 ご褒美という言葉に何を想像したのか、ヴァイスは顔を真っ赤にしている。そんな悩める青少年を惑わすデネブさんは間違いなく魔女。でも、お金を払ってでも今のヴァイスと立場を代わりたい連中は山ほどいるだろうし、間違いなく役得なんだよなぁ。

 

「……ラヴィニス、お前も疲れはないか?」

「え? 私は行軍で鍛えていますから特には……」

 

 俺の下心満載の質問に、ラヴィニスは首を傾げながら答えた。くそっ、ラヴィニスちゃんは天然かわいいなぁ。内心で打ちひしがれながらも、隣に腰掛けるラヴィニスをそっと愛でる。

 

「あら? そういえば、タルちゃんはどこかしら?」

「知らねぇよ。どっかで用でも足してるんだろ」

「もう、ヴァ〜ちゃんったらデリカシーが足りないわよ?」

 

 言われてみれば、タルタロスの姿が見当たらない。いつも影みたいに目立たずついてきていたから、完全に意識の外においてたわ。あいつ、存在感があるんだか影が薄いんだか、よくわからん奴だな。

 

 噂をすれば、というやつなのか、茂みから足音が聞こえてタルタロスが姿を現した。相変わらず不景気な面構えをしている。ヴァイスの言う通り、腹の調子でも悪いのだろうか。

 

「おかえりなさい、タルちゃん♥」

「……ああ」

 

 無愛想な内容だが、返事をしているだけマシとも言える。ちょくちょく二人で出かけてるみたいだし、少し二人の仲を勘ぐってしまうな。デネブさんがちょっかいを掛けてからかっているだけにも見えるけど。

 

「……何だ?」

 

 ジロジロと二人を見比べていると、視線に気づいたタルタロスがこちらに顔を向ける。

 

「いや……。一人で何をしていたのかと思ってな」

「……本来は貴様に話す義理などないが、妙な勘ぐりをしているようだから答えてやろう。手に入れた剣の具合を確認していただけだ」

 

 そういって、タルタロスは腰に提げている剣を示してみせる。そういえば、クリザローの町で剣を手に入れたようだったな。といっても、前に奴が使っていた得物に比べれば安物にもほどがある数打ちだが。

 タルタロスは皮肉げに口元を曲げると、ラヴィニスに視線を向けて手を広げてみせる。

 

「女……そういえば、貴様は私が丸腰だからと剣を抜かなかったのだったな。今なら私は丸腰ではない。斬りかかってきても構わんのだぞ?」

「……今の貴方は暗黒騎士団の団長でも、ローディスに仕える騎士でもありません。斬る理由がないでしょう」

 

 タルタロスの挑発に対して、ラヴィニスは毅然とした態度で応える。確かに今のタルタロスがのこのこと暗黒騎士団やローディス教国に戻っても、もう一人のタルタロスから偽物として扱われるだけだろう。唯一、奴が本物である事を証明できそうな聖剣も持ち合わせていない。

 

「ふん……私がロスローリアン首領であり、ローディスの騎士である事に変わりはない。帰還するために同行しているが、貴様らと馴れ合うつもりも毛頭ない。勘違いしてくれるなよ」

 

 ピリピリと険悪なムードが漂いかけたが、そこへいつもの能天気な声が割り込んでくる。

 

「タルちゃんったら。わざわざそんな言い方して、人を遠ざけようとしなくてもいいじゃない。貴方って本当に不器用な人ねぇ」

「……私は人を遠ざけようなど――」

「してるわよ。敵と味方をはっきりわけないと気が済まないタイプなのよね、タルちゃんは。どうしてそうなっちゃったのか知らないけど、今の貴方をあの子が見たら――」

「黙れッ!!」

 

 突然の怒声がデネブさんの言葉を遮った。珍しく大声を出して感情を露わにしたタルタロスだったが、次の瞬間にはすぐに長い息を吐いて抑制してみせる。

 どうやらデネブさんの言葉が琴線に触れたらしいが、その意味はわからなかった。彼女は俺達よりもタルタロスの事を知っているらしい。

 

「……私は先に休む。夜番の順番は適当に決めろ」

 

 それだけ言ってタルタロスは背を向け、少し離れた木の根本に腰を下ろすと目を閉じた。それを見たデネブさんは「仕方ない子ね」とつぶやいて、フゥと溜息をついた。

 

 やがて俺達の視線に気がついたのか、デネブさんはくるりと回ってポーズをとってみせる。

 

「あら、皆して私に釘付けかしら? うふふ、魔女に見惚れたら魔法を掛けられちゃうわよ♥」

「デネブ殿、やはり貴女はあの男の過去をご存知だったのですね」

「う〜ん、ま、昔ちょっとねぇ。彼が言いたくなさそうだし、私も話すのはやめておこうかしら。良い魔女っていうのは、秘密を守るものなのよ♥」

 

 デネブさんは魔女の微笑を浮かべ、口元に人差し指を立ててみせる。それを見た俺達は顔を見合わせ、それ以上問いただす事はあきらめた。タルタロスの過去とやらに興味はあるが、彼女が話さないと決めたなら変心させるのは誰にも不可能だろう。

 

「昔ちょっとって……アンタ、一体何歳なんだよ……」

 

 ぼそりと地雷を踏んだヴァイスが、デネブさんから熱い『おしおき』を受けたのは言うまでもない。

 

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 王都ハイムの街並みは記憶にあるものよりも賑やかに見えた。僕が知っている景色は解放軍が攻め入った時のものが主なので、印象が違うのは当たり前なのだろう。

 ブランタが玉座に収まった事で多少は落ち着きを取り戻したが、ドルガルア王の死から始まった内乱の傷痕はまだあちこちに残されており今もまだ復興の途中だ。そのため王都中に絶え間なく槌音が響き、人々が行き交っている。

 遠目にはハイム城の威容が見えていて、様々な記憶が胸の内に去来した。僕の中にある記憶は確かに間違っていなかったのだと感慨深くなる。あそこは、確かに僕が死んだ場所なのだ。

 

 僕達家族三人はセリエさん達ヴァレリア解放戦線の伝手を借りて、ハイムの港に入る商船に潜り込ませてもらった。ハイムは峻厳な渓谷や砂漠に囲まれた難所に位置しているため、陸運よりも海運による通商が発達している。

 港は常に監視されているため、ここから船を使って大軍で攻め入る事は難しい。しかし、少数であればこうして潜り込む事もそう難しい事ではない。そもそも人の出入りなど管理しきれるものではないのだから。僕が王になった時にも、この警備体制の改善にはまだ着手していなかった。

 

「デニム、何しているの? 早く行きましょうよ」

 

 感慨に耽っていると、姉さんから声が掛かった。今は全身を包むローブによって身を隠しているが、フードからは僕と同じライトブラウンの髪がこぼれている。ハイムではそう珍しい姿ではないため見つかる心配はないと思うが、不自然に思われるのはまずい。

 

「ごめん、ちょっと色々と思い出してね……」

「……そう。あなたの中にあるという記憶、疑っていたわけではないけど……」

 

 そうこぼして、姉さんは複雑そうな表情を覗かせる。どうやら姉さんは、僕の中に姉さんの知らない自分がいる事が嫌なようだった。口には出さないが、長年一緒に暮らしていたのだから仕草や表情でわかる。

 

 姉さんは、弟の目の前で自分が命を絶ったという事実と向き合えずにいるのだ。

 

 姉さんの事だから、そこへ至るまでの感情の道筋については想像できているのだろう。でも、それをどうしても自分の事として受け止める事ができないように見える。『僕の知る姉さん』の話をすると、途端に不機嫌になってしまうのだ。

 秘密を打ち明ける事で家族としてわかりあえたと思うが、果たして本当に話してよかったのかどうか、今になって不安が胸をよぎった。

 

「とりあえず、酒場かどこかでブランタの様子を探ってみようか」

「あら、デニムったら。ダメよ、こんなレディを昼間から酒場になんか誘ったら」

 

 気分を変えようとわざと明るい声を出したら、姉さんもそれに乗って混ぜ返してくる。姉弟の他愛ないやりとりが懐かしく感じて、思わず口元が緩んだ。

 そこへ、今まで黙っていた父さんが珍しく口を開いた。

 

「ふむ……。ならば、私の行きつけだった店に行ってみるか?」

「父さんの?」

「ああ。私の昔馴染が経営している酒場だ。若い頃はよく修道院を抜け出して通ったのだがな……」

「まあ」

 

 姉さんが目を丸くしている。これまで身分を隠して生きてきた父さんは、ハイム時代の事を僕達に話す事ができなかった。だから父さんの若い頃の話というのは珍しい。それに、厳格な神父である今の父さんのイメージとはかけ離れていて面白い。

 

「あれから長い時が経った。果たして今もまだ店が続いているのかはわからんが……」

 

 当時を懐かしむような父さんの目を見れば、とてもではないが反対する気にはなれない。きっとその昔馴染とも久々に話したいのだろう。僕と姉さんは目を合わせて頷きあった。

 

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 その店は、貴族達の住む上流区域と平民達の住む一般区域のちょうど真ん中あたりに位置していた。ひっそりとした佇まいで、重厚な木製の扉に掛かった開店中を示す札がなければ酒場である事すら気づけないかもしれない。

 父さんは「変わっていないな」と目を細めて懐かしがっている。きっとハイムで過ごした日々を思い出しているのだろう。その中には、母さんの事も含まれているのかもしれない。

 

 扉を開くと、チリンチリンと軽やかな鈴の音が響いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 すぐにマスターと思われる三十代ぐらいの男性が声を掛けてきた。その手元を見れば、カウンターに立ってグラスを磨いていたのがわかる。

 

 店内はカウンター席とテーブル席がいくつかずつあるだけの小規模なものだった。外見と同様に落ち着いた雰囲気で、平民が入り浸るような大衆酒場とは趣が異なっている。

 どうやら僕達以外の客はいないようだ。この店の客層を考えると、昼を過ぎたばかりの今よりも夜のほうがメインなのだろう。

 

「失礼、貴方が……ここのマスターかな?」

「ええ、そうですが……?」

 

 僕達の先頭に立っていた父さんは、どうやらマスターの男性と顔見知りではないようだ。突然の質問に、優しそうなマスターは少し怪訝そうにしつつも親切に答えてくれる。

 

「私は昔、この店の常連だった者なのだが……」

「ああ……そうでしたか。申し訳ありませんが、この店のマスターだった父は三年前に他界いたしまして……」

「なんと……!」

 

 驚きの声をあげる父さん。父さんがハイムを離れてから十年以上経っている。残念ながら父の昔馴染だった店主はすでにこの世を去っていた。

 

「失礼ですが、お客様のお名前を伺っても?」

「あ、ああ……。私はプランシー・パウエ……いや、プランシー・モウンという者だ。父君にはよくお世話になっていた。訃報を知らず不義理をしてしまい申し訳ない……」

「ああ、貴方がプランシー様でしたか。父から話は伺っております。この店の常連になってくれていた友人がいると。当時、立ち上げたばかりの店のために出資までして頂いたとか……。父は何度も感謝しておりました。不義理などとんでもございません」

「そうか……そのような事もあったな」

 

 今でこそブランタが隆盛をみせているが、当時のモウン家は決して裕福な家ではなかったはずだ。まさか出資までしているとは思わなかったが、友人のために身銭を切っているのは父さんらしいとも思った。

 

 マスターが「よろしければ、一杯召し上がっていってください」とカウンター席を勧めるので、僕達は三人並んでそこへ腰掛けた。

 年齢的に飲酒も問題ないが、ここは敵地でもあるので避けておく。姉さんも同様だった。だが、父さんはマスターに勧められて一杯だけワインを頼む事にしたようだ。きっと亡くなった昔馴染のためだろう。

 

「ところでマスター。最近のハイムはどんな様子かな? 物騒な話も多いようだが」

「一時期に比べればだいぶ落ち着いています。ですが、近い内に大きな戦いがあるようですね……」

「ほう、それはなぜだね?」

「傭兵も大々的に募集しているようですし、各地から物資を買い集めています。この店にも、傭兵や商人の方がよくお見えになっています」

「そうか……」

 

 マスターの推測は正しいだろう。ガルガスタンが不穏な動きを見せている今、ブランタが戦いに備えているのは間違いない。『先』を知っていれば、ガルガスタンの最初の狙いがウォルスタにあるのがわかるのだが、ブランタにそれがわかるはずもない。

 

「それと、外国の方もよくお見えになりますね。あのローディス教国の、ええと――」

 

 そこで、チリンチリンという軽やかな鈴の音が店内に響いた。

 何気なく開いた扉に目を向け、僕は思わず固まってしまう。

 

「――そうそう、ロスローリアンの……おっと、噂をすればという奴でしょうか」

 

 そこに立っていたのは、黒い眼帯の男。

 暗黒騎士団ロスローリアン首領、ランスロット・タルタロスだった。

 




ベツタロスさんがログインしました。デニムくんピンチ!
タルタロスさんは黒歴史を抱えていますが、現在進行中で新たな黒歴史を製造している気もします。

更新が遅れ気味で申し訳ないです…… orz

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