ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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050 - Criminal Punishment

 バクラムの指導者であるブランタは、突然タルタロスによって突きつけられた身に覚えのない背信の疑惑に、ただただ途方に暮れていた。執務室の椅子に腰掛け、背もたれに身を預けながら、どうすべきかと焦りながら思案している。

 

 確かにローディスに対して実弟の存在、そして王女の存在を隠していた事は事実だ。もし王女の存在が知られれば、奴らはブランタを玉座から廃して王女を担ぎ上げようとするのは容易に想像がつく。できることならずっと隠蔽しておきたかった事だった。

 だがもはや事は露見してしまった。となれば、ブランタに残された道は王女を担ぎ上げ、その後見人に収まるしかない。すでに成人に近い年齢だが、所詮は世間を知らぬ女に過ぎないだろう。口八丁で上手く乗せてやれば、簡単に操る事もできるかもしれない。

 

 しかし、肝心の王女の居場所がわからない。

 

 タルタロスによれば、弟プランシーと共に逃げ出してしまったという。ブランタが警告したわけではないが、確かに状況から見れば自分が疑われるのも当然だと考える。

 

 かくなる上は――――。

 

「誰か、誰かある!」

 

 ブランタの呼び掛けに遅れて、執務室の扉の向こうから声が返る。ガチャリと扉を開いて現れたのは、騎士姿の男性。彼の名はヴェルマドワ。グランディエと同じく忠義に厚い騎士として知られている。

 

「ハッ、ここに」

「至急、各方面の警備を増強せよ。暗黒騎士団が警備から外れる事となった」

「そ、それは……ハッ、承知いたしました。私から全部隊に通告いたします」

 

 それはあまりにも衝撃的な言葉だったが、職務に忠実なヴェルマドワは動揺した様子を見せつつも頭を下げる。暗黒騎士団が警備から外れるとなれば防衛力の低下は深刻だ。ガルガスタンとの開戦も近いと思われる時期に正面戦力を減らすなど、自殺行為に近い。

 

「それと……手すきの者を集め、部隊をいくつか編成せよ。急ぎの任務を与える」

「ハッ……お言葉ですが、警備の増強も必要となりますと、手すきの者はそう多くはありません。二十人程度の小隊二つほどが限界かと……」

「むぅ……。まあよい。ある民間人数名の捜索任務であるゆえ、戦力はそう多くは必要ないであろう」

「ハッ。それでは至急手配いたします。失礼いたします」

 

 命令を受けたヴェルマドワが執務室を出ていくと、ブランタは再び背もたれに身を預けて嘆息する。

 

 これでいい。暗黒騎士団が頼りにならぬとなれば、今ある戦力でどうにかするしかあるまい。そして、一刻も早く己の疑いを晴らす事こそ肝要だ。そのためには、弟か王女の居場所を探す必要がある。

 ブランタはそう考えつつも、心の奥底から湧き出てくる不安を拭う事はできなかった。それは、魑魅魍魎が巣食う王都を渡り歩いてきた彼の第六感とも呼べる感覚。最善手を打ち続けてきたつもりが、いつの間にか盤面は徐々に劣勢へと傾いてきている。

 

 プランシーの不可解な動き、暗黒騎士団首領の苛立ちとブランタに対する疑念。誰かが盤面に干渉している。ブランタの知らない指し手が対面に座り、ブランタの次の手を待ち構えている。

 

 ひとり執務室の椅子に腰掛けながら、ブランタは見えない盤面を睨み続けた。

 対戦相手の、次の一手を読み取るために。

 

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 一面の白い雪原に囲まれたブリガンテス城。

 ジュヌーンの後ろ姿を見送った騎士ヘクター・ディダーロは、とある人物の元へ足を運んでいた。扉の前に立ち、控えめにノックする。

 

「……父上、よろしいでしょうか」

「ヘクターか。うむ、入るがよい」

 

 小さな居室は、暖炉の煌々とした柔らかい明かりに照らされている。その暖炉の前に腰掛けていた白髪の老人ブライアム・ディダーロは、ヘクターの実の父である。父は何も聞かぬまま息子を迎え入れ、椅子へと座らせる。

 

「一体どうしたのだ。そのように暗い顔をして」

「はい……。実は――」

 

 ヘクターはジュヌーンから聞いた内容を一部始終ブライアムへと話す。聞かなかった事にするとジュヌーンには告げたが、何もしないで傍観するのはどうしてもためらわれた。そのため、こうしてすでに隠居した父に相談を持ちかける事にしたのだ。

 すでにディダーロ家の当主となっているヘクターにとって、親友からの頼みと家名の重みは甲乙つけがたいものだった。代々コリタニ公に仕えてきたディダーロ家の当主が背信行為を働けば、一家断絶もありうる。家人や配下に責任を持つヘクターにとって、簡単に決断できる事ではない。

 

「なんと……。猊下はそこまで苛烈なお方であったか……」

「はい……。ですが私には、ジュヌーンの頼みに応えることができませんでした」

「そうか……」

 

 ブライアムはヘクターの苦悩に理解を示す。かつては当主だったブライアムも、その重圧はもちろん経験している。

 

「そのような政策は反対する者も多かろう。恐らくジュヌーンは、そういった者たちをまとめ上げて枢機卿猊下に退陣を迫るつもりであろうな。それが無理でも、反対の声が大きければ過激な手は打ちづらくなるであろう」

「……私もそれに乗るべきなのでしょうか……」

「ヘクターよ。そちはディダーロ家の当主なのだ。辛い事を言うようだが、決断は己がしなければならぬ。己の決断に責任を持ち、どのような結果が出ようと甘受せねばならん。それこそが当主としての義務であり責任なのだ」

 

 厳しい言葉に聞こえるが、それが父の優しさである事にヘクターは気づいていた。言い換えれば、当主であるヘクターに覚悟がある限り、どのような決断をしようとも従うと言っているのだ。

 父の言葉に背中を押され、ヘクターは自分の心に正直になる決意をした。

 

「……私が考える忠誠とは、盲目的な臣従にあらず。誤りを犯そうとしている君主を正す事もまた、臣下としての務めだと考えます」

「ほう」

「コリタニ公はまだ幼いお方。その閣下を利用し権力をほしいままにする枢機卿は佞臣の類なのでしょう。我々は閣下に仕える者として、そのような不逞の輩を見過ごす事はできませぬ」

「……そうか。そちが当主だ。好きなようにするがよい」

「はいッ!」

 

 ヘクターは父の言葉にしっかりと頷いた。だが、その決意は次の一言で再び揺らぐ事になる。

 

「……ふむ、ではモルドバ殿との婚約は解消した方が良いかもしれんの」

「ち、父上ッ!」

 

 ヘクターには幼い頃からの幼馴染で、ついには婚約者となった女性がいる。その相手との婚約が解消されると聞いて、彼は激しく動揺した。

 

「冗談だ。……だが、そちの動き次第では彼女も巻き込む事となる。ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「は、はい。わかっております」

 

 大事な親友からの頼みであったが、婚約者の顔がよぎった瞬間あっという間に親友の顔がどこかへと吹き飛んでしまう。

 ジュヌーンに申し訳なく思いつつも、一度したはずの覚悟に再び苦悩し始めるヘクターだった。

 

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 幼女を片腕にホールドしながら海賊の墓場を出た。途中までは暴れて逃げ出そうとしていたが、こんなところを一人で歩き回ったら変質者に捕まってしまうではないか。ダメだと言い続けていたら、最後にはあきらめてグッタリとしてしまった。

 そのうえ、デネブさんからは妙な視線を向けられるし。俺は犯罪者ではない。迷子の幼女を保護した紳士なんだぞ。確かにちょっと強引だったかもしれないが、危険なのだから仕方ないだろう。そう弁解したいのはやまやまだったが、なんだか言い訳がましくなりそうなので自重した。

 

 精神的ダメージを受けまくっていた俺だったが、洞窟を出て海岸に戻ってくると、そこにはそんな事を忘れさせるカオスな光景が広がっていた。

 

「やっぱりタダ働きは嫌カボ! 助けたんだからお金はいただくカボ!」

「頼むッ! お前達もアイツを見つけ出すのに協力してくれ!」

「ええい、ベル殿はどこへ行ったのだッ! 答えろ、ヴァイスッ!」

「誰か助けてくれぇ……」

 

 疲れ果てた様子のヴァイスを、カボチャと爺さんと美女が取り囲んでいる。海賊の男たちはそれを遠巻きにして関わらないように目を逸らしていた。

 はて、ラヴィニスは気分が優れないから遠征はやめておくと言っていたが、どうしてここにいるんだろうか。しかも、あの爺さんまで一緒だとは。

 

「騒がしいな」

「……ベル殿ッ!」

 

 声を掛けると、三人とカボちゃんが一斉に振り返った。ラヴィニスが俺の顔を見て表情を明るくしている。かわいい。

 

「なッ! その腕に抱えてるのは……!」

 

 なぜかここにいる赤い帽子の爺さんが、俺の腕に抱えられている幼女を指差して大口を開いている。ああそうか、この子が心配で探しにきたわけだな。興味がないようなフリしてしっかりと可愛がってるんじゃないか、このツンデレジジイめ。

 

「ああ、この子なら海賊の墓場に迷い込んでいたので保護したのだ」

「なにッ!? そ、それで、無事なのか!?」

「怪我はないのだが、なぜかオミシュに帰りたくないと暴れてな。ずっと俺の腕の中から逃げ出そうとしていたから、疲れて眠ってしまったのだろう」

「そ、そうか……」

 

 ホッと安堵の表情を見せる爺さん。だが、すぐに表情を引き締める。

 

「そいつ……変な歌を歌っていなかったか?」

「む? 確かに、なんだか気味の悪い歌を歌っていたが」

「くそっ……やっぱりか……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔になる爺さん。アイドルデビューに反対しているのだろうか。ラヴィニスも真剣な表情で女の子を見つめている。そうこうしていると、腕の中の幼女がもぞもぞと動き始めた。

 

「おじいちゃん、たすけて!」

「む、起きたか」

 

 開口一番、女の子は目の前の爺さんに助けを求めた。出会って間もない俺なんかよりも、いつも一緒にいる爺ちゃんを頼るのはわかるのだが、その叫び声は微妙に傷つくんだけど……。

 下に降ろして解放しようとした俺だったが、そこへデネブさんから待ったがかかった。

 

「ちょっと待って、ベルちゃん。悪いことした子にはおしおきが必要よね〜?」

 

 ニヤリと笑うデネブさん。うーん、魔女の笑みだなぁ。でも言っていることには一理ある。

 

「む……。確かにそうだな……」

「じゃあ、お尻ぺんぺんしちゃいましょ♥」

「……いいだろう」

 

 デネブさんがそういうなら仕方ないな。決して俺がやりたいわけじゃないぞ。そもそも俺はロリコンではないし、俺にはラヴィニスがいるのだからな。そう、これは将来の子育ての練習なのだ。

 抱きかかえた女の子を持ち替えて、膝の上に横たえる。女の子は「おじいちゃーん! 誰かー! たすけてー!」と叫びながらジタバタともがいているが、聞く耳を持たない。

 

「お、おい……本気かよ……?」

「ご老体。あんな危険な場所に一人で来たのだ。この子には反省してもらわなくてはならん」

 

 爺さんがなんだか引いている。元はと言えば、あんたのしつけが悪いのが原因なんだぞ。まあ、孫にはどうしても甘くなってしまうのだろうけど。

 

「ベル殿……その……どうか、お手柔らかに……」

「ああ、わかっている」

 

 ラヴィニスはやっぱりしつけの大事さが良くわかっているな。将来は良い母親になるだろう。そして俺は、良い父親になるのだ。ふふふ……。

 

「あんな女の子にまで……容赦ねぇな……」

「ああ……だがそれでこそ教官だぜ……」

「俺と代わってくんねぇかなぁ……」

 

 周囲のガヤがうるさい。俺が一睨みすると、男たちは慌てて目を逸らした。ヴァイスまで一緒になって目を逸らしている。

 

「やーめーてー! はーなーしーてー!」

「いい加減にしないか。どれだけあのお爺さんに心配をかけたと思っている。反省しなさい」

 

 暴れる幼女を押さえつけ、俺は手加減に手加減を重ねながら手を素早く振り下ろした。

 

「ひぐっ!」

 

 小気味いい音と共に、幼女の身体がビクリと跳ねる。

 続けて二回、三回と繰り返していくと、次第に幼女の力が抜けていく。十回叩きおわると、幼女はグッタリと俺の膝の上に横たわり、腕がぷらんと垂れ落ちる。

 

 やべっ。もしかして、やりすぎたか?

 

「反省したな?」

「…………」

 

 内心で焦りながらも幼女に問いかけるが、返事は返ってこない。

 

 いよいよまずいと思って幼女の顔を確認すると、彼女は目からポロポロと涙をこぼしているではないか。口をパクパクとさせているが声は出ていない。あれ、そういえばさっきからこの子ペラペラと喋ってたけど、どうして喋れるようになってたんだろう。

 身体を持ち上げて地面に下ろすと、ペタンと尻もちをついてワンワンと泣き始めた。しかし声はないため、サイレント映画を見ているようだ。

 

「ベル殿……」

「うふふ、ベルちゃんすごいわね〜。まさか本当にお尻ぺんぺんするなんて♥」

 

 ええっ!? デネブさんに思いっきり梯子を外されてしまった。ぐぬぬ、なんという魔女なのだ。ラヴィニスのジト目がグサグサと突き刺さる。

 

「ま、これで悪さもしなくなるんじゃないかしらね?」

 

 デネブさんの無責任な発言に振り回された俺は、周囲からの視線で針のむしろだった。

 俺も泣いていいですか?

 




幼女を泣かせるなんて、けしからんオリ主ですよ。
完全にデネブさんの手の平でコロコロされてますね……。

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