ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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005 - Outer World

 俺は、デニムと名乗った青年の独白を、黙って聴き続けていた。

 

 彼の歩いてきた道程は、信じられないほどに重く、多くの死者によって彩られていた。

 大義のため、勝利のために多くの同胞達の命を奪った。

 指導力に欠ける自軍の指導者を暗殺し、その実行犯も罪を被って自ら死を選んだ。

 親友は彼をかばって逝き、姉は最後まで弟である彼とわかりあえずに自殺した。

 彼を信じてついてきた者達も、戦いの中で次々に命を落としていく。

 

 もはや、彼を支えるものは誰もいない。弱音を吐く事も許されない。

 仲間達の死を無駄にしないためにも、彼は走り続けるしかないのだ。

 

 一緒に聴いていたニバス氏も、最初は不敵な笑みを浮かべていたが、バルマムッサにおける虐殺の段からは真面目な顔になっていた。

 

「僕の歩いてきた道は、多くの人の血で染まっているんです……」

 

 こんな、まだ成人もしていないような若者が、発していいような言葉ではなかった。

 

「……デニム。お前は、今まで歩いてきた道を後悔しているのか?」

「…………いえ。僕には、後悔する資格なんてないですから。この手で殺してしまった同胞達や、僕のために死んだ仲間達のためにも、後悔などしてはいけないんです」

「そうか」

 

 俺の目には、義務感に押し潰されそうになっているようにしか見えない。

 どう声を掛けるべきか考えていると、隣にいたニバス氏が口を開いた。

 

「……やれやれ。愚かなことですねぇ、デニムくん」

「な、なんだとッ!」

「愚かだと言ったのですよ。貴方は、自分のした事を後悔していないと言いつつ、頭の中では『ああしていれば』『こうしていれば』と考えてばかりいるでしょう?」

「ッ!!」

「義務感ですか? 責任感ですか? それとも、英雄願望ですかねぇ。悲劇の主人公を気取って、満足なのでしょうか。私には理解できませンねぇ」

「お前に何がわかるッ!!」

「だから、理解できないと言っているでしょう。私は自分の気持ちを押し殺して生きるなど耐えられませンから。ふふ……暗黒神も、欲望に忠実なれと謳っておられますし」

「押し殺してなんかッ! ……押し殺して、なんか……」

 

 ニバス氏の言葉に激昂したデニムだったが、否定の言葉は弱々しかった。

 

「やれやれ。私が考えるに、貴方は真面目すぎるようですね。他人の事ばかり考えて、自分の気持ちを無視している。もっと自分に素直になることですねぇ」

「うるさい……」

 

 どう見ても、子供が意地を張っているようにしか見えない。確かに、今のデニムは解放軍のリーダーなのかもしれないが、それ以前に彼はまだ子供だ。理想と現実に折り合いを付ける事ができず、周りからの重圧に苦しんでいる。

 その重圧から彼を解放するには――。

 

「……ふむ。要するに、戦争をさっさと終わらせればいいわけだな」

「……は?」

「よし、決めた。デニム、俺がお前を助けよう。ガルガスタン軍はすでに壊滅させたのであれば、あとはバクラムの暗黒騎士団とやらを潰せば万事解決だな」

「ちょ、ちょっと待ってください。暗黒騎士団を相手にするにはまだ戦力が……」

「心配するな。何とかなる」

「えぇ……?」

 

 デニムはまだ混乱しているようだが、そうと決まれば話は早い。せっかく地上に出られるのに、周りが戦争してたら存分に楽しめないからな。戦争なんて下らないモノはさっさと終わらせて、俺は地上で素敵なひとときを過ごさなければならないのだ。

 暗黒騎士団とやらの強さはわからないが、まあコンティニューすれば何とかなるだろう。それにしても、暗黒とか名前につけて恥ずかしくないのだろうか。厨二病の集団感染かもしれない。

 

「いやはや、面白くなって参りましたねぇ。ベルゼビュートさんが解放軍に参加ですか……。今この瞬間ほど、ガルガスタン軍を抜けておいて正解だと思った事はありませンねぇ……」

 

 ニバス氏はまたしても遠い目をしている。それにしても、この二人はもともと敵同士だったわけか。昨日の敵が味方になるって……素敵やん?

 

「ニバス殿。貴殿も年長者らしく、デニムを助けてはどうだ」

「ファッ! わ、私ですか? いえいえ、私は戦争などはどうも……」

「ベ、ベルゼビュートさん! ニバスを仲間にするなんて……!」

「……デニム、お前の目的は何だ?」

 

 慌てて否定しようとしたデニムに問いかける。

 

「目的、ですか……? それはもちろん、ウォルスタ人の……いえ、民族は関係ありません。権力者の横暴や人種差別をなくし、このヴァレリアに平和を取り戻すことです」

「ならば、ガルガスタン人だろうが、元々は敵だろうが、そんな事は関係ないだろう。それともお前は、差別を許さないと言ったその口で、ニバス殿を差別するつもりか?」

「ッ…… で、ですが……ニバスは死者を冒涜する邪悪な魔術師で……」

「デニムッ! お前は自分の手が汚れていないとでも言うつもりかッ! ニバス殿は邪悪で、自分は聖人だとでも言うつもりなのかッ!」

「そ、それ、は…………すみません、ベルゼビュートさん。僕が、間違っていました……」

「謝るのは俺にではない。そうだろう?」

「そう、ですね……。ニバス……いえ、ニバスさん。すみませんでした……」

「は、はぁ……えーと……」

 

 うんうん。やっぱりデニムは素直な青年だな。ニバス氏も多少は困惑しているようだが、この分なら和解できるだろう。良い事をした後は気持ちがいいな。

 

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 ついに死者の宮殿から脱出した。

 

 初めて浴びるこの世界の太陽の光は、地球のものと大差ないようだ。もし俺が吸血鬼だったとしたら、太陽の光に当たるとヤバいかもしれないという懸念もあったが、杞憂に終わった。

 それにしても、いざダンジョンを出たら少し寂しく感じてしまう。スケさんやカボさんもいるし、その内また遊びに帰ってくる事にしよう。ラミアさん達にも会いたいし。

 

「いかがですか、三年ぶりの地上は?」

 

 結局、俺とデニムについてくる事になったニバス氏が尋ねてくる。嫌がっている素振りをしていたが、最終的には助けてくれるなんて、彼はツンデレというやつに間違いないな。

 

「うむ。清々しい気分だ。やはり空気がうまいな」

「え? ベルさんは三年も地下にいたんですか?」

 

 デニムが不思議そうな顔をしている。『ベルゼビュートさん』だと他人行儀なので、まずはアダ名で呼んでもらう事にしたのだ。『ベルやん』や『ベルっち』に比べれば随分とまともだが。

 

「ああ。俺は三年ぐらい前に死者の宮殿の中で目が覚めてな。それまでの記憶も失っていた。それから今まで、外に出る事もできずにダンジョンの中で暮らしていたのだ」

「え、えぇ……? えーと……その、よく生きてこれましたね」

 

 何やらデニムがドン引きしているようだ。

 

「ハッハッハ。さすがに三年もいたら飽きてくるぞ。食べ物はドラゴンやグリフォンぐらいしか無いしな」

「ド、ドラゴンですか……? ああ、『ドラゴンを食らう男』ってそういう……」

 

 なぜかデニムまで、ニバス氏と同じ遠い目をしている。

 

「わかったでしょう、デニムくん。この方に常識を求めてはいけませンよ」

「ええ……ちょっと、意味がわからないですね……」

 

 ニバス氏とデニムが二人でこそこそと会話している。仲良くなったようで何よりだ。

 

 それよりも地上にでて気になっている事がある。

 それは、俺の格好だ。

 

 三年ほど前、小部屋で目覚めた時に黒いボロ布を身にまとっていたが、度重なる戦闘や狩りで、さすがに限界が来たのだ。いくら人がいなくても、全裸になるのは気が引けたので、早急に代わりになるものを見つける必要があった。

 そんな時、俺が目をつけたのは、いつも食べ終わった後に残るドラゴンの『皮』だった。これなら、ちょっとやそっとじゃ燃えたり破れたりしないし、丈夫な服ができるかもしれないと考えたのだ。

 ここ数年で、なぜか手先が妙に器用になったので、縫製もあっという間にマスターできた。なにせ暇だから時間はいくらでもあったのと、元々が凝り性な性格だったため、何着も作り上げてしまった。

 そんなわけで、今の俺は全身をドラゴンの皮で作った衣服に包まれている。着心地も良く、耐久性に優れ、なぜか汚れもほとんど付かないため重宝していたのだが、地上に出てみると想定外の問題が発覚した。

 

 派手すぎるのだ。

 

 現在、俺の上半身は白銀のドラゴンから作り出したシャツのような服に包まれている。ごくシンプルなカッターシャツのようなつもりで作ったのだが、日光の下で見るとキラキラと白く輝いて自己主張が激しい。

 さらに下半身は漆黒のドラゴンの皮を使った黒いロングパンツだが、こちらはこちらで艶々テカテカと、まるでサテン生地のタキシードのような質感に見える。

 

 はたして、こんな格好で表を歩いて大丈夫だろうか。笑われたりしないだろうか。指をさされて『おいおい、あいつはどこの夜会に出席するんだ、HAHAHA』とか言われたりしないだろうか。

 不安になった俺は、ついキョロキョロと周囲に目を配ってしまう。

 

「どうしたんですか、ベルさん」

「いや……これまで地下にいたから、な……」

「ああ、風景が珍しいんですね」

 

 純粋なデニムは俺の言葉を勘違いしているようだ。

 周囲は湿地や草原などが広がる平原になっている。確かに今まで代わり映えのしないダンジョンの中にいた俺からすれば、確かに珍しく素晴らしい風景だ。

 死者の宮殿の影響なのか、足元が毒沼だらけなのが風景を台無しにしているが。

 

「ッ! ……そうか……ベルさんはずっと独りぼっちだったんですね……。三年間も独りで……」

 

 何かを悟った様子のデニムの、俺を見る目が優しくなっている。それではまるで、俺がボッチの寂しい奴みたいではないか。俺にだって友達の一人や二人いた……人間じゃないけど。骨とカボチャだけど。

 

「……いや、俺は別に寂しくなどなかったが」

「そう、ですよね。ベルさんは強い人だから……。僕は……僕は、弱い人間です」

 

 なんか話が変な方向に行っている。おい、ニバス氏もニヤニヤ笑っていないで何とか言うんだよホラ。

 

「いや、だから――――ムッ」

 

 その時、俺の耳に複数人の息づかいが聞こえてきた。どうやら物陰に身を隠しているようだが、俺の聴覚からは逃れられない。二人に合図して止まってから、声を掛ける。

 

「出てこい。俺に不意打ちは通用せんぞ」

「……チィ、なぜバレやがった」

 

 ゾロゾロと物陰から現れたのは、武装した集団だった。装備がバラバラなので正規の軍団というわけではなさそうだが、それなりに統率が取れているようである。三人しかいない俺達に対して、奴らは十人以上の集団だ。

 

「ほら見ろお前ら! 情報通りだ! あの『ゴリアテの虐殺王』がいるぞッ!」

「ヒャッハー! やつの首を取れば賞金がたんまりもらえるぜ!」

「隣にいる奴は貴族か何かか? 金かかった派手な格好しやがって」

 

 どうやら『ゴリアテの虐殺王』とはデニムの事らしい。集団の首領らしき男が、デニムを指さしている。他のやつらの発言からすると、こいつらは賞金稼ぎか何かだろう。それと、やはり俺の格好は派手らしく、地味にショックだった。

 

「くっ……賞金稼ぎか。ベルさん、ニバスさん、ここは僕を置いて……」

「デニム。ここは俺に任せておけ」

「えっ」

 

 そう言って、デニムを後ろに下がらせてズイッと前に出る。ま、俺がぶつかるのが一番確実だろう。死なないし。年長者の大人として、デニムに怪我させるわけにはいかないからな。それに――

 

「……今まではモンスターばかり相手していたからな。これから暗黒騎士団を壊滅させるなら、人間を相手にする練習もしなくてはいかん」

「れ、練習……?」

「デニムくん、心配ないと思いますよ……ええ」

 

 俺達の会話を聞いて、角付きの兜をかぶった首領らしき男は、顔を真っ赤にしている。

 

「な、なめやがって! てめえら! 今なら、厄介な解放軍の護衛もいねぇんだ! ヤツの首は早いもん勝ちだぞ! 特にあの生意気な貴族のボンボンは痛めつけてやれ!」

「ヒャッハー!」

 

 首領の号令に合わせて、周囲にいた何人かがまとめて飛びかかってくる。

 だが。

 

「……え?」

 

 デニムの間抜けな声が聞こえてきた。

 力加減が良くわからなかったので、とりあえず右腕を軽く振るったところ、飛びかかってきた奴らはまとめて数十メートルほど逆方向に吹き飛んでいったのだ。遅れてドサドサと地面に落ちていく。

 うーん、これでもまだ強かったか。相変わらず、力加減の仕方が良くわからんね。

 

「……言ったでしょう。彼なら心配ないと……」

「え? いや、なんか今おかしかったですよね? あれ、僕の見間違えかな?」

 

 後に続こうとしていた賞金稼ぎ達は、たたらを踏んで立ち止まり、顔を青くしている。お腹でも壊したのかな?

 

「な、何をしやがった! チクショウッ! てめえら、近づかずに飛び道具で仕留めろ!」

 

 賞金稼ぎ達は慌てて弩や弓を構えて、一斉に矢を俺に向けて放つ。だが、ダンジョン内で散々スケルトン達に狙われてきた俺は、飛び道具の対処方など熟知しているのだ。

 

 すなわち――――別に当たっても()()()()()()()()()()

 

「…………ええ? あれ、おかしいな、目の調子が……。今、確かにベルさんに矢が当たってましたよね?」

「見間違いではないですよ、デニムくん。あの方を普通の人間だと思うから、そう感じるンです。……そこにドラゴンが立っていると思えば、別に不思議なことではありませんよ」

「…………」

 

 俺の皮膚を貫く事もできなかった矢は、ポロポロと地面に落ちていく。

 

「……な、なんなんだよ、お前は! ありえねえ!」

 

 首領が悲鳴のような声をあげながら、矢をつがえて放ち続ける。しかし、そのどれもが、俺に傷ひとつ付ける事もできずに弾かれて落ちていく。時折、後ろにいるデニム達を狙って矢が放たれれるが、それは手の平で遮って受け止めてやった。

 その間にも、一歩、また一歩と奴らに近づいていく。

 

「ヒエッ! く、来るな!」

「……人を狩ろうというものは、自らが狩られても文句は言えまい。それが自然の摂理というものだ」

 

 死者の宮殿では、俺を狩ろうとしたドラゴン達を、逆に俺が狩る事になった。弱肉強食の世界に生きてきた俺にとって、強者が弱者を搾取するのはごく当たり前の事だ。

 

「ま、待ってくれ! 金なら渡す! だから命だけは!」

 

 ついに地面にへたり込んでしまった首領は、片手を挙げて命乞いを始めた。考えてみると、ダンジョンでは命乞いなどされた事がなかったから、少し新鮮だ。あいつら、徹底的に反抗するか、最初から腹を見せて無条件降伏するかのどっちかだったしな。

 うーん、今まではモンスターばっかり相手にしてたけど、人間を相手にすると色々と面倒だな。なんだか、やる気を削がれてしまったので、後ろに立っているデニムに処遇を尋ねる。

 

「……デニム。どうする?」

「……残念ながら、見逃すわけにはいきません。ここで逃せば、僕の情報を聞いた賞金稼ぎがさらに集まってくるでしょうから……」

「そうか」

「ちょっ、まっ――」

 

 うーむ、素直で優しそうな青年だと思ったけど、なかなかシビアな考え方をするんだな。いや、こうならなければ、これまで生き残ってこれなかったんだろうな。

 

 俺は、血で汚れてしまった自分の右手を拭きながら、顔色一つ変えないデニムを憐れむのだった。

 




賞金稼ぎ達は犠牲になったのだ……。犠牲の犠牲にな。
なお、暗黒騎士団にとっては、難易度がいきなりエクストラハードになった模様。

【ドラゴンの皮】
原作内にはドラゴンの素材による鎧や盾などが登場。(衣服は本作独自設定)
作中に登場する装備の中では、かなり強い部類に入る。

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