ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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049 - The Proposal

「そんな……あの女の子が?」

「いや、確かにアイツの姿をしていたが、中身は別物だった」

 

 広場で呆けている人々を前に、アゼルスタンとラヴィニスは深刻な表情で話し合いを続けていた。

 先ほどまで広場にいた少女の真贋はともかく、朝から姿の見えない少女に何かがあった事は間違いない。アゼルスタンは落ち着かない様子で舌打ちをする。

 

「すまねぇが、あの男にも伝えてくれ。アイツを見つけたら助けてやってくれ。頼む……」

「わかっています。ですがベル殿は離島に遠征に行っているので、帰ってくるのは夕方頃かと……」

 

 アゼルスタンはいつもの態度とはうって変わった神妙な表情で、ラヴィニスに頭を下げる。彼にとって誰かに頭を下げるなど久しぶりの事だった。いつの間にかあの少女は、アゼルスタンにとって大事な存在になっていたのだ。

 あの男、ベルゼビュートに頼めば海賊たちの人手も借りる事ができるだろう。今や海の荒くれ者たちはすっかりあの男の統治下にある。姿を消した少女は人海戦術で見つけ出すしかないため重要な事だった。しかし肝心の本人は遠征中であり、今はまだ午前中だ。

 

「……わかった。俺が船を出そう」

「え? 船を動かせるのですか?」

「ふん。俺を誰だと思ってやがる。いいから、黙ってついてこい」

 

 アゼルスタンはラヴィニスを連れ立って、オミシュの港へと向かう。いつもは多くの海賊船が係留されているが、今日は遠征のためにガラガラだった。残っている数隻の内、小型の船へと向かうアゼルスタン。

 船を動かすなど、本来は数人がかりの仕事なのだ。だが、アゼルスタンはあっという間に船を留めていた縄をほどくと、船へと飛び乗る。さらに、テキパキとした手つきで帆を広げていく。普段のだらけた様子とは一線を画す手つきに、ラヴィニスは驚きの余り目を見開いた。

 

「おい、さっさと乗れ。もう船が出るぞ」

「あ、は、はい……」

 

 あまりの迅速なアゼルスタンの動きに呆けていたラヴィニスだったが、声を掛けられて慌てて乗船する。それを見届けたアゼルスタンは帆を完全に広げ切ると、すぐに舵を切って船を動かし始めた。やはり見事な舵さばきで、あっという間にオミシュの港を出港してしまう。

 

「……あなたは一体……」

「昔とった杵柄ってヤツだ。意外と覚えてるもんだな……」

 

 アゼルスタンは複雑な表情を浮かべたまま操船を続ける。普段の飲んだくれた老人のイメージとのギャップに、ラヴィニスは終始驚きつづけていた。

 

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「ふむ……どうやらここで行き止まりのようだな」

「なぁんだ。宝物でもあるのかと思ったのに、つまんないわ」

 

 海賊の墓場に入ってから一時間ほど経ったが、行き止まりらしき場所にたどり着いてしまった。死者の宮殿のように隠しスイッチがどこかにあるのかもしれないが、どこからどう見ても天然の洞窟なのであり得ないだろう。

 デネブさんはつまらなそうに口を尖らせている。宝物があったとしても、とっくに別の人が持っていっているだろう。この洞窟は有名なようだしな。

 

「仕方ない、引き返すとするか」

「う〜ん、そうねぇ……。カボちゃんの様子も気になるし、しょうがないわね」

 

 なんだかんだ言って、やはりカボちゃんに愛着はあるらしい。海賊の男たちの事を一切心配する様子を見せないのがデネブさんらしいなぁ。あのカボちゃんの事だから料金を支払わない限り本当に見てるだけだろうし、そんな心配は要らないと思うけど。

 

 長居しても意味はなさそうなので、あっさりと引き返す。結局アンデッドだらけの洞窟ってだけか。まぁ、奥にカオスゲートがあったりするよりは万倍もマシなんだが。

 来る時に薙ぎ払ったアンデッドが復活しているので、それらを吹き飛ばしながら出口へと向かう。その途中、俺の耳に不思議な音が聴こえてきた。

 

「む、デネブ殿。ちょっと待て。何か聴こえる……」

「あら? ……私には何も聞こえないけど……ベルちゃん、耳が良いのねぇ」

「うむ……これは……歌、か?」

 

 洞窟内に反響しているのでわかりづらいが、それは確かに歌声のように聞こえた。なんだか聞いているとムズムズとする声だ。例えるなら、耳元に息を吹きかけられているような。

 

「……ふ〜ん。確かに聴こえてきたわ。でも、ちょっとアブない歌みたいね」

 

 デネブさんにも聴こえるようになったらしく、耳を傾けている。アブない歌ってどういう意味なのだろう。反体制のロックンロールか、それともカルトな宗教ソングか? もしかしたら電波ソングというやつかもしれない。

 

 やがて声の主が向こうからやってくるのが見えた。どうやら歩きながら歌っているようだ。思っていたよりも小さな人影で、俺はその姿に見覚えがあった。

 

「あれは……あの老人によくついて回っていた女の子か」

「ああ、あのオシャレなオジイサマね。女の子なんて居たかしら?」

「口がきけないと聞いていたが、見事な歌声だな……」

 

 俺にはくすぐったく感じるが、それは一般的には美声と呼ばれる歌声だろう。それにしても、なぜあの女の子がこんな所にいるのだろうか。爺ちゃんは一緒ではないみたいだ。

 あちらも俺たちに気づいたらしく、ニコリと笑みを浮かべる。

 

「あっ、お兄ちゃんだ〜」

「……こんな所で何をしている? ここは子どもだけでは危険だぞ」

「え〜? 大丈夫だよ。みんな、私のお歌を聴いてくれる『お友達』だもん」

「お友達だと?」

 

 アンデッドがお友達とか……。かわいそうにもほどがあるぞ。いや、もしかしたら、いわゆる『大きなお友だち』というヤツなのかもしれない。つまりこの子は腐男子や腐女子に大人気のアイドルだった? 物理的に腐ってるんだけど。

 

「お兄ちゃん達にも聴かせてあげるねっ!」

 

 そう言うと、女の子は大きく息を吸い込んで歌を歌い始めた。

 

 ――――♪

 

 うーん、やっぱりムズムズするわ。アイドルの生歌なんてありがたいはずだけど、残念ながら俺は『お友達』になれそうにはない。陰ながら応援するだけにしておこう。

 隣にいるデネブさんに目を向けると、何が気に入らないのか不機嫌になっている。やはり若くて歌の上手い女の子に嫉妬を……。ギロリとデネブさんに睨まれたので、俺は慌てて思考をカットする。

 

「もうやめておきなさい。残念だけど、あなたの下手な歌じゃ私達の心は捕まえられないわよ」

 

 いつもとは違う雰囲気のデネブさんが口を開いた。デネブさんには珍しく厳しい言葉だ。でも下手な歌って言いすぎじゃね。

 

「な、なんで……? なんでお友達になってくれないの?」

「はぁ……。まったく、そんなのが魔女に通じるわけないでしょう? 人の心を捕まえるのは、魔女の得意分野なのよ? どうせなら、もっと上手くやってちょうだい」

 

 女の子が歌うのをやめて動揺した様子を見せる。デネブさんはそんな女の子に追い打ちをかけた。

 

「デネブ殿。こんな小さい子どもに言いすぎではないか?」

「あら? 気がついてなかったの? これ、ただの女の子じゃないわよ?」

「なに……?」

 

 俺が視線を向けると、女の子は青い顔をして後ろに一歩下がる。どっからどう見てもただの女の子に見えるが、やはりアイドルともなると普通の女の子じゃいられないという事だろうか。

 

「い、いや……! こないで……! みんなきてーッ!」

 

 涙目の彼女が叫ぶと、突如として彼女の周囲に何体ものアンデッドが湧き出てきた。スケルトンやゴーストといった魔物が、彼女を囲うようにどこからともなく現れたのである。

 

 突然の登場に一瞬驚いたが、このままでは女の子が危険だ。瞬時に魔力を循環させてパラダイムシフトを発動させる。女の子にキズをつけないように丁寧に槍を叩き込んでいくと、時間の流れが元に戻った瞬間アンデッド達はバラバラになりながら周囲に飛び散っていった。

 

「え……?」

 

 女の子はポカンと口を開けている。うむ、一瞬だったから恐怖を感じる暇もなかっただろう。全くロリコンアンデッドどもめ、こんな幼女に一斉に襲いかかるなど許さんぞ。

 

「うわぁ……。えげつないわねぇ……」

 

 デネブさんはなぜかドン引きしている。

 

「もう大丈夫だ。さぁ、一緒にオミシュへ帰ろう」

「ッ!」

 

 俺が一歩近づくと、女の子は怯えた表情で一歩下がる。くっ、これではまるで、俺が幼女を誘拐しようとしているみたいではないか。ラヴィニスがこの場にいなくて本当に良かった。

 

「やだーッ!!」

 

 背中を見せて逃げ出そうとした女の子。俺は跳躍して一気に距離を詰めると、彼女の身体をそっと抱き上げた。腕の中でもがき続けるが、しっかりと捕まえているから逃げられない。

 

「こら、あんまり暴れると落ちてしまうぞ」

「いやーッ! 離してーッ!」

「うふふ、なんだか犯罪臭のする光景ね♥」

 

 デネブさんの一言は俺に痛恨のダメージを与える。やめろ、その一言は俺に効く。

 

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 セリエさんの案内によって、アルモリカ東部の小さな島であるリトルフェスタ島へとやってきた。この島に遺された古代の城砦、ボード砦がヴァレリア解放戦線のアジトになっている。

 砦に入ると、数人が僕達を出迎えてくれた。その一人、黄色いワンピースのような服に身を包んだ女性は、初対面にも関わらず僕にも見覚えがあった。

 

「姉さん、お帰りなさい。随分と早かったのね?」

「ああ。予定外の人物に出会って、急遽戻ってきたのだ」

「あら……。はじめまして、システィーナ・フォリナーです」

 

 セリエさんを姉さんと呼ぶその女性は、大神官モルーバ様の四姉妹の三女であるシスティーナさん。かつて僕は彼女と古都ライムで出会い、ガルガスタン軍から救出した記憶がある。残念ながらその時は思想の違いから道を分かつ事になった。

 僕達も自己紹介するが、やはりシスティーナさんは僕達の事を覚えていないようだった。家族ぐるみの付き合いだったとはいえ、幼い頃の話なので仕方ない。

 

「そちらはフォルカス、そしてバイアンだ。彼らはブランタによる体制や政策に反対し、王都を追放された。我々の同士として一緒に闘ってくれている」

 

 さらに紹介されたのは騎士鎧を身に着けた壮年の男性フォルカスさんと、魔術師の老人バイアンさん。こちらは『前』に会った覚えがない。恐らく暗黒騎士団によって討伐されてしまったのだろう。新たな出会いに、運命が変化しつつある手応えを感じる。

 

「皆を会議室に集めてほしい。今後の活動について重要な話がある」

「姉さん? 一体どういう事?」

「詳しくは皆が集まってから話そう。だが、ここにいるデニムから提案を受けた話だ。皆のリーダーとして、一考の価値は十分にある話だと判断した」

 

 どうやらセリエさんは、僕の話をきちんと検討してくれるようだ。『前』に会った事もなかったため彼女の性格を詳しくは知らなかったが、理を持って話せばきちんと受け止めてくれる人物で幸いだった。

 

 システィーナさんの訝しげな視線を受け流しながら、僕達は砦の内部に足を踏み入れた。

 

 会議室にはヴァレリア解放戦線の主要メンバーが集められた。先ほど紹介された人々を除けばほとんどは知らない顔だったが、一人だけ見覚えのある人物が端に座っている事に気づく。

 白髪で、白髭を生やした男性は、誰とも雑談せずにじっと動かず目を閉じている。一見すると老けているように見えるが、白みがかった銀髪は地毛であり、実際はまだ三十前後だったはずだ。

 彼の名はハボリム。『前』の僕と一緒に戦ってくれた仲間であり、道半ばで命を落とした一人である。暗黒騎士団と何やら因縁があるようだったが、結局その詳細はわからずじまいだった。

 

「……よく集まってくれた。今日は皆と、今後の活動方針について話し合いたい」

 

 セリエさんがおもむろに切り出した内容に、集まった人々は怪訝な表情を隠さない。

 

「皆の困惑もわかる。以前に話し合ったばかりの内容だからな。しかし、その方針ではうまくいかぬとノーを突きつけられてしまってな……。紹介しよう。そこに座っているのは、ブランタの実弟であるプランシー・モウン殿。そしてその子であるデニムとカチュアだ」

 

 セリエさんの言葉にザワリと会議室が揺れる。先ほどのフォルカスさんやバイアンさんといい、ここにいるのはブランタに対して反感を持っている人も多いのだろう。その弟であると紹介された父さんに、様々な感情のこもった視線が集中する。

 

「言っておくが、プランシー殿はブランタの独裁に反対の立場をとっている。肉親だからといって、同一視はせぬことだ。そして、この会議はプランシー殿ではなく、その息子であるデニムの発案によるものだ」

 

 今度は周囲の視線が僕へと集まる。居心地が悪いが、この程度の注目なら何度も浴びた経験がある。僕は表面上は平然とした態度を崩さずに、笑みを浮かべて頭を下げた。

 

「ご紹介に預かったデニムです。ハイムの生まれですが、幼い頃から港町ゴリアテで育ちました。血統としてはバクラム人ですが、僕自身はウォルスタ人だという思いが強いです。だからこそ、皆さんの唱える民族融和の理念には、強く共感しています」

 

 そう話すと、好意的な視線が交じるようになった。もう一押しかな?

 

「平等による平和という考え方も素晴らしいと思います。一つの民族を優遇すれば、必ずどこかに歪みが出る。そうなれば、憎み合いは止まらず戦いは繰り返されるでしょう。僕達がヴァレリア人として一つにまとまらなければ、ローディスやゼノビアといった大国の外圧に対抗する事は難しい」

 

 僕の言葉に頷く人々も多い。だが、中には苦い顔をしている人もいた。もしかしたら、ヴァレリア解放戦線も一枚岩というわけではないのかもしれない。ブランタへの反感だけで加わった人もいるのだろう。

 

「その実現のため、ブランタの体制を攻撃する。独裁を崩し、内戦を終わらせて新秩序の構築を目指す。なるほど方針としては正しいように思えます。ですが、ガルガスタン王国が建国された今、ブランタを倒したところで本当に内戦が終わるのでしょうか?」

「……ブランタさえいなければ、元のヴァレリア王国を取り戻す事もできるだろう。そうすれば、ガルガスタン人たちも再び王国の一部となる事に異論はあるまい」

「果たしてそうでしょうか。ヴァレリアの統一はドルガルア王の権威があったからこそなし得ていたのでは? ドルガルア王も正当な後継者もいない今、ガルガスタン人が素直に従うでしょうか?」

「むぅ……」

 

 僕の言葉にうなり声をあげる人々。きっと彼らも薄々は気がついていたに違いない。だが、ヴァレリア解放戦線の大部分はバクラム人であり、彼らはガルガスタン人の鬱屈を理解できていない。旧王国において支配階層だったバクラム人は、人々が王国の権威に無条件で従うと楽観的に考えがちなのだ。

 

 かつての統一戦争で、ガルガスタン人はドルガルア王率いる軍勢に敗れ、多数派でありながら被支配階層へと落ちぶれる事になった。彼らがウォルスタ人を恨み差別意識を持っているのは、ウォルスタ人が早くからドルガルア王の陣営へと下ったためだ。

 そんな彼らにとって、王のいないバクラムによる支配体制など受け入れられるはずがないのだ。彼らの独立国が建国された今、旧ヴァレリア王国の権威は否定されたに等しい。

 

「ガルガスタン王国建国の中心となったバルバトス枢機卿。彼は過激な民族差別主義者でもあります。彼がいる限り、ガルガスタン陣営は他民族と敵対し続けるでしょう。つまり内戦を終わらせるには、最低でもブランタとバルバトスの二人を排除しなければならないのです」

「簡単に言ってくれるが……暗殺でもしろというのかね?」

 

 もちろんそれも手ではある。『前』の時には少数精鋭でコリタニ城に乗り込み、バルバトスを討ち取った。僕はその問いにあえて答えずに、話を続ける。

 

「……ガルガスタン陣営は一枚岩ではありません。バルバトスの民族浄化政策に反対する、穏健派と呼ばれる層も一定数存在するんです。今はその声は小さいですが、将来的にはガルガスタンは二分され、バルバトスの影響力は大きく削られる事になるでしょう」

「なぜそう言い切れる?」

「僕の知り合いがガルガスタンに多くいます。その彼らからの情報です」

 

 知り合いは知り合いでも『前』の知り合いだが、それを説明する必要はないだろう。穏健派の彼らは、バルバトス打倒後にガルガスタンを吸収する際、非常に協力的だった。

 僕は笑みを浮かべながら、次の言葉を切り出す。

 

「バクラムとウォルスタと、そしてガルガスタンの穏健派……どうです、数は十分に足りると思いませんか?」

「ま、待て! それはつまり――」

「はい。バクラムとウォルスタを同盟させ、そこにガルガスタンの穏健派を加えることで、民族の垣根を超えた勢力を作り出す。――――それが、僕の『提案』です」

 

 そして、会議室は静寂に包まれた。

 




デニムくんの提案は果たして上手くいくんでしょうか。
そして泣き叫ぶ幼女を誘拐する前代未聞のオリ主。良い子も悪い子も絶対に真似しないでください。

すみません、ここのところ私事が忙しくなってきたため投稿ペースが落ちそうです。 orz
なるべく週三ぐらいはいけるように頑張ります。

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