「気をつけろッ! また毒の雨がくるぞッ!」
声を掛け合いながらオクトパスを取り囲む男たち。一人が攻撃しオクトパスの注意を惹きつけ、別の男がその背後から攻撃を加える。そんな波状攻撃を受けるオクトパスはたまったものではなく、状況打破のために切り札の毒水を吐き出す。
しかしその前兆をしっかりと教えられていた男たちは、毒水の範囲を見切ってギリギリで避ける。そうしてまた攻撃を繰り返し、徐々に体力を削られたオクトパスはついに――
「オラァッ!!」
ヴァイスの剣撃を受けて断末魔をあげながらクタリと倒れ込んだ。その様子を見た男たちは歓声を上げてヴァイスに駆け寄り、笑顔でお互いの肩を叩きあった。
「やったな! ついに怪我人もなしに倒したぜ!」
「まさかオクトパスをこんな簡単に狩れるなんてなぁ!」
男たちは口々に自分たちの成果を誇る。今日はこれで三匹目であるが、やはりオクトパスの攻撃を避けきれない事もあり負傷者は数人でている。班の中に腕の良いクレリックが存在していたため大事には至っていないが、負傷者を一人も出さずにオクトパスを倒したのは快挙だった。
「ふふ、別に怪我しても構いませんよ。ここのところ、回復魔法の調子も良いですし」
「おう、頼もしいじゃねぇか。だが、もしかしたら、お前の出番はもう無いかもしれないぜ? はは、よっしゃ、少し休憩して次の獲物に行くぞ!」
『応ッ!』
班のリーダーとなった男の掛け声に、班員達が応じる。最初はまとまりなど欠片もなかった男たちだったが、いつの間にか仲間意識が芽生えてチームワークが生まれている。若干一名、チームの一員として染まりつつある自分に頭を抱えている者もいるが。
休憩のために腰を下ろす男たち。それぞれの武器も地面に置いて、思い思いにくつろいでいる。
同じく腰を下ろしたヴァイス。そこへフラリと近寄る一つの影があった。
「こっちの班は順調みたいカボね〜」
「おわっ……な、なんだ、デネブのカボチャかよ。驚かせるなよ」
「カボチャじゃなくて、カボちゃんカボ。次に間違えたらパンプキンストライクをお見舞いするカボ」
「な、何だよそれ……おっかねぇなぁ」
唐突に現れたのは一人のカボチャ頭、カボちゃんだった。ヴァイスにとってはまだ慣れない相手であり、しかも彼が苦手とするあの魔女デネブの使い魔なのだ。大体カボチャが喋って歩くって意味わかんねぇよ、と言いたい気持ちをグッとこらえるヴァイス。
「ま、カボの助けが必要ならいつでも言うといいカボ。料金を払ってくれるなら助けるカボ」
「金とんのかよ……」
「当たり前カボ! 労働には対価が必要カボ! タダ働きなんて真っ平ごめんカボ!」
エッヘンと言いたげな様子で胸を張るカボちゃん。ヴァイスは内心で、カボチャが金もらってどうすんだよ、と思ったがやはり口にはしなかった。パンプキンストライクとやらを食らいたくはないのだ。
話を続ける二人の元へ、また別の影が近づいてきた。海中からそろそろと音も立てずに近づくそれは、会話で気を抜いて油断しているヴァイスの背後へ、突如としてその身を露わにする。
「ッ! 危ないカボッ!」
「え?」
ヴァイスが振り向く間もなく、背後から触手がムチのように振るわれる。カボちゃんの警告も虚しく、無防備な背中にモロに食らってしまい、ヴァイスの身体は宙を舞った。
海中から現れたのは、黄色のオクトパスのような魔獣。形はオクトパスそのものだが、普通の赤い個体に比べるとそのサイズは一回り以上大きい。さらに死角から不意打ちを行うなど、今までのオクトパスにはなかった狡猾さだ。
「ク、クラーケンだぁッ!」
魔獣の登場に気がついた男の一人が叫ぶ。オクトパスの上位個体であるクラーケンは、『海のドラゴン』と呼ばれるほど強力な海魔として恐れられている。船乗りの間では、船上で出会ったら死を覚悟しなければならないと言われていた。
休憩中だった男たちは即座に立ち上がって臨戦態勢をとるが、噂の影響かクラーケンに対峙する彼らはどこか腰が引けている。オクトパスを相手にして調子に乗っていた彼らは、魔獣の本当の恐ろしさというものを思い出していたのだ。
クラーケンはそんな男たちを睥睨するように、自慢のタコ足をグネグネと動かしている。
「しっかりするカボッ!」
「ぐ……うぅ……」
背中に一撃を受けて吹き飛ばされたヴァイスは、地面を転がって砂まみれになりながらうめいている。どうやらかなりの重傷のようだ。回復役のクレリックが近寄ろうにも、あいにく彼らのいる位置はクラーケンを挟んで反対側だった。
「……もうッ! 仕方ないカボね!」
カボちゃんはググッと魔力を集めると、それを己のカボチャ頭に循環させる。オレンジ色のカボチャが淡く光りはじめ、身体にまとっている青いローブが風もないのにはためいている。
クラーケンがそれに気がついて妨害しようとするが、弩を持った男が矢を放って注意を惹きつける。矢はクラーケンの皮膚に刺さったものの、明らかにダメージは小さい。しかし、それでもイラついた様子を見せて男たちへと向き直った。
そうしている間に、ついにカボちゃんによる『とっておき』が完成する。
「『パンプキンパイ』ッ!」
その言葉と共に何もない中空から、一切れの『パイ』がポンッと音を立てて現れた。パイはひとりでにヴァイスの口元へと運ばれて、まるで溶けるようにグニャリと口の中へと入り込む。
「ぐぅ……う……? ……お?」
うめき続けていたヴァイスは、二度、三度とまばたきをして、背中の痛みが引いている事に気が付く。身を起こして触手に攻撃された背中を確かめるが、そこには何の傷痕も見当たらない。
「……ふぅ……よかった……カボ……」
「お、おい……?」
そこで、傍らにいたカボちゃんの異変に気がつくヴァイス。見れば、カボちゃんのカボチャ頭が普段よりも一回り小さく縮んでいるように感じられる。ふらりと力無く倒れるカボちゃんを、ヴァイスは慌てて受け止めた。
「……タダ働き……しちゃったカボ……」
「お、おいッ! カボチャ野郎! しっかりしろよ!」
「カボは……カボチャ……じゃ…………」
「く、くそッ……!」
気を失ったように反応がなくなったカボちゃんをそっと地面に下ろして、ヴァイスは猛威を振るうクラーケンをにらみつける。他の男たちが戦っているが、オクトパスとは段違いに強力な触手攻撃の前に防戦一方のようだ。
「うおおおおぉぉぉ!」
ヴァイスは自分の得物である片手剣を握りしめ、雄叫びをあげながらクラーケンへと吶喊する。
クラーケンは触手を右に左に振り回して迎撃するが、それを屈み、ジャンプして避けていく。身体能力を振り絞るような動きに、全身の骨と筋肉が軋みをあげている。
数秒の内に距離を詰めてクラーケンの懐に飛び込むと、握りしめていた剣を力一杯に突き刺す。クラーケンは鋭い痛みに悲鳴のような鳴き声をあげるが、必死の抵抗として目の前の男に触手を叩きつけようとする。
剣を突き刺したままのヴァイスに、それを防ぐ術はないかと思われた。だが、実のところ彼の攻撃はまだ終わっていなかったのである。ヴァイスは、反対の手に握りしめていた
「くたばれぇぇぇ!!」
ダブルアタックと呼ばれる攻撃だった。両手に片手剣を持っての連撃は高度なセンスが必要となる技術であり、ヴァイス自身も切り札として練習していたものの実戦で使うのはこれが初めてだ。
防御を捨てて攻撃へ全力を傾けるような危険な技ではあるが、それだけに破壊力は抜群だった。
予期せぬ二撃目を受け、あまりのダメージに悲鳴をあげてのけぞるクラーケン。そこへ、チームの仲間たちによる集中砲火が浴びせられる。これまでに培ったチームワークで、攻撃のタイミングを合わせる事が可能になっていた。
やがて、クラーケンの巨体はグラリと傾き、沈み込んでいく。
今度は歓声をあげる事もできず、男たちは緊張と疲労でその場にへたり込んだ。
ヴァイスもまた、その場に尻もちをついて「へへ……」と笑いながら気を失った。
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「なに!? ジュヌーン、貴様、王国を裏切るつもりかッ!」
「そうではない、ディダーロよ。私の話を聞いてほしい」
ガルガスタン王国竜騎兵団の団長を務めるジュヌーンは、バスク村で出会った少女オクシオーヌの説得によって己の信じる正道を進む決心をした。それは、ガルガスタン王国内部の過激派、ひいてはバルバトス枢機卿との決別を意味する。
だが、それはガルガスタン王国に忠誠を捧げる人間にとっては裏切りといえる行為。ジュヌーンの話を聞いた騎士ヘクター・ディダーロは、親友の言葉に驚きの表情を見せる。
バスク村より帰還する道程で、ジュヌーンはコリタニの後背地であるブリガンテス城へと立ち寄った。一年中雪に閉ざされたこの城で守備の任についている親友ディダーロに相談を持ちかけるためだ。
ディダーロはザエボス将軍の配下で、代々コリタニ公に仕えてきた名門ディダーロ家の嫡男である。王国に対する忠誠心は非常に高く、親友として長年付き合ってきたジュヌーンにとって一目も二目も置いている存在だった。
「何を話そうとも……猊下に弓引くような行い、見過ごすわけにはいかんぞ」
「わかっている。だが、私はどうしても猊下の考え方に賛同する事ができんのだ……あの方のなさろうとしている事は、王国のためにはなるまい」
ジュヌーンが暗い表情でそう言うと、ディダーロは口を引き締めて「話してみろ」と説明を求める。話を聞いてくれる親友に感謝しながら、ジュヌーンは口を開いた。
異教徒の村で起こされそうになった惨劇。
穏健派であるジュヌーンを騙す意図が明らかな任務。
不自然な同僚と上司たち。
民族浄化という題目に隠された悍ましい思想。
ジュヌーンの口からそれらが語られていく内に、ディダーロは眉をひそめ、顔をしかめ、最後には目を瞑って苦渋の表情を見せる。彼にとっても、それらは許容できる内容ではなかったのだろう。
「……何かの間違いではないのか? グアチャロ殿も偽情報を掴まされただけでは……」
「なんの防衛設備もない村だぞ。少しでも捜査をすればゲリラの基地でない事などすぐにわかるはずだ。それに今考えてみれば、明らかにグアチャロの態度は不自然だった」
「……猊下が……それに関わっているとは言い切れん……」
「しかし、実験部隊である我々を駆り出し、騎士団との連携を命じたのも、村民の殲滅を命じたのも猊下なのだ。とてもではないが、承知されていないとは思えん。それに、猊下はたびたび異民族に対して差別的な言動を繰り返しておられる」
「…………」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるディダーロ。
「私は……猊下の考えが正しいとは到底思えん。異民族だから、異教徒だからといって罪のない人々を迫害し、虐殺するなど……。あってはならん事だと思っている」
「それを……私に聞かせてどうしろと言うのだ」
「ディダーロ。どうか私に協力してはもらえないか? なにも戦わずとも良い。過激派に反対の立場をとってくれるだけでも良いのだ。穏健派の力が大きくなれば、猊下も無視はできまい」
「……それはできん」
ディダーロは絞り出すように答える。親友の彼であれば理解して賛同してくれると考えていたジュヌーンは、その意外な答えに愕然とする。
「……なぜだ、ディダーロ?」
「私は……我が家はコリタニ公に恩義のある立場なのだ。猊下が閣下の後見人という立場を取る限り、我々は決して反対に回る事などできん」
「馬鹿な……。猊下は幼いコリタニ公を利用しているだけではないか!」
「口を慎めジュヌーン! それは閣下に対する侮辱だぞ!」
あくまでも己の忠誠心に従う姿勢を崩さないディダーロに歯噛みするジュヌーン。幼いとはいえ、コリタニ公は彼にとって主君なのである。主君が自身の後見人に選んだバルバトスを否定する事はできないという事なのだろう。
「……友の
「……そうか。時間を取らせてすまなかった……」
無力感に苛まれながら、ジュヌーンはブリガンテス城を後にする事になった。
その親友の背中を、ディダーロは決意を秘めた瞳で見つめ続けた。
カボちゃんの自己犠牲精神に、これまでヘタレていたヴァイスの様子が…!?
ディダーロさんはPSP版でかなり設定が掘り下げられたサブキャラです。忠誠心すごE。