ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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047 - Logic over Morality

 ここのところ賑やかな港町オミシュの広場は、今日に限っては閑散としていた。町の大部分を占める海賊の荒くれ者たちが一斉に遠征へと出かけたためだ。オクトパスの焼ける音も、ランニングをする男たちの掛け声もない広場は、寂寥を感じさせる。

 

 そこへ、ふらりと一人の女の子が現れた。

 

 くたびれた衣服とボサボサの頭を見れば、彼女がオミシュに住み着く浮浪児の類である事は一目で理解できた。親もなく家もない子どもたちは、このオミシュに多く存在している。

 静かな広場に点在する人々も、いつもの光景であるとして気にも留めなかった。いちいち同情していても、キリがない事などわかっていたからだ。

 

 女の子は広場の真ん中に進み出ると、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 ――――♪

 

 彼女の口から、静かな旋律が紡がれはじめる。少女に目もくれていなかった人々は、一人また一人と徐々に少女へと視線を向けていく。そんな周囲の反応など気にする様子もなく、少女は歌声を披露し続ける。

 透き通った、ハープのような声だった。天上の神が遣わした天使。そんな印象を与える、聞くものに安らぎを与える歌声だった。

 

 やがて、その歌声に誘われるように、聴衆の一人がふらりと前へ出る。一人、また一人と続けざまに少女の元へと歩き出し、ついには少女を囲むように聴衆の輪ができていく。

 彼らは一様に陶酔の表情を浮かべて、少女の歌声に聞き入っていた。

 

「何の騒ぎだ、こりゃあ」

 

 そこへ現れたのは、赤い羽根帽子をかぶった老人、アゼルスタン。いつも通り酒瓶を片手に広場へやってきた彼は、見慣れない光景を前に目を丸くする。

 

「……またアイツの仕業か? それにしちゃあ随分と静かだが……歌か」

 

 世間の爪弾き者が集まるオミシュでも特に常識外れな男を思い浮かべたアゼルスタンだったが、それにしては静かすぎる広場に違和感を覚える。先ほどから聞こえてくる歌のせいなのだろうが、アゼルスタンの耳には、なぜかその歌が不気味な旋律に聴こえて仕方がなかった。

 そんな歌に聴き惚れている聴衆たちに胡乱な視線を送るアゼルスタンだったが、その中心にいる人物を見た彼は驚愕のあまり目を見開く。

 なぜならそこにいたのは、彼がよく知る口のきけない()()の少女だったからだ。

 

 彼の目には、彼女が見た目にそぐわない美声で高らかに歌を歌っているのが映る。彼の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。あの娘は間違いなく言葉を話せなかったはずだ。アゼルスタンが気まぐれに昔話をしてやると、お礼を言いたげな様子の少女が口をパクパクとさせながら頭を下げるのを何度も見てきた。

 

 一体なぜ。

 

 アゼルスタンの足は、自然と少女の元へと引き寄せられていく。聴衆達に割って入り、ぽっかりと開いた中心のスペースに到達したが、やはり少女は歌い続けている。間違いなく歌声は少女のものだった。

 黙ってそれを聞いていたアゼルスタンだったが、不意に違和感を覚えて周囲を見回す。

 

「な、なんだこりゃあ……」

 

 聴衆たちは誰もが口を半開きにしている。中には口の端からヨダレをこぼしているものさえいた。さらにその目はぼんやりと宙を見つめており、白目をむいているものもいる。まるで麻酔患者のような姿に、アゼルスタンの背筋が凍る。

 思わず近くにいた者の肩を掴んで揺さぶってみるが、何の反応も返さない。危険だ、と直感したアゼルスタンは、その原因だと思われる少女へと向き直る。

 

「おいッ! 歌うのをやめろ! 周りを見てみろ!」

 

 目を瞑って歌を続けていた少女は、その声を聞いて目を開く。そして歌がピタリと止まった。

 

「あっ、おじいちゃん」

「お前……喋れたのか……?」

 

 アゼルスタンの姿を見つけた少女はニッコリと笑って、可憐な声で話しかけてくる。だがその声は少女の姿にそぐわないように感じられた。かつてどこかで見かけた、腹話術の芸のような違和感。

 

「うんっ! あのね、わたし、おしゃべりできるようになったんだよっ!」

「そ、そうか……そりゃよかったな……。だが、一体これはどういう事だ? お前の歌を聴いてた奴らが、この通りおかしくなっちまってるぞ?」

 

 歌が終わったにも関わらず、聴衆たちは同じ表情のまま動かない。不気味な光景だったが、それを見渡した少女は表情ひとつ変えなかった。

 

「ふふっ……こんなにいっぱい聴いてくれて、嬉しいなぁ……」

「お前……」

 

 それどころか、少女は白目をむいた人々を見て笑みを浮かべている。その笑みはアゼルスタンにとって見慣れたもののはずだったが、どこか薄気味が悪く感じられ、彼の額に冷や汗が流れる。

 

「……お前は、一体なにもんだ」

「えっ? やだなぁ、おじいちゃんったら。いつも一緒に居たのに忘れちゃったの?」

「いいや、お前は俺の知ってるアイツじゃねぇ。答えろ、アイツをどこにやったんだ」

「…………」

 

 真剣な表情を浮かべるアゼルスタンの問いに、笑みを浮かべたままの少女。

 二人の間に、緊張感が張りつめていく。

 

 だがその時、別の声が割って入った。

 

「これは一体、何が起きているの!」

 

 その声に視線をずらすアゼルスタン。その先には広場の状況に驚く銀髪の女性、ラヴィニスの姿があった。どうやらベルゼビュートたちの遠征には同行しなかったようだ。

 

「バイバイ、おじいちゃん」

 

 ハッと気がついて振り向くが、そこにあったはずの少女の姿は消えていた。

 どこからともなく聞こえてきた声だけが、アゼルスタンの耳に残った。

 

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「いい雰囲気ねぇ。こんなところで二人っきりなんて……きゃっ♥」

 

 俺とデネブさんの二人で、海賊の墓場と呼ばれる洞窟へと潜り込んでいる。さすがそう呼ばれる事だけあって、洞窟内は湿った空気と潮の香り、そしてアンデッドで一杯だ。どの辺がいい雰囲気なのか、さっぱり理解できない。

 次々と襲いかかってくるアンデッドたちを槍でなぎ払いながら、洞窟の中を奥へと進んでいる。デネブさんは何もせずに俺の後ろを歩いているだけだ。楽をしているようだが、これが一番効率的だし安全だろう。

 

 デネブさんの言葉に何も返さずにいると、へそを曲げた声が聞こえてくる。

 

「も〜、ちょっとは反応してもいいんじゃない? せっかく、こんな美女と一緒なんだ・か・ら」

「悪いが、俺にはラヴィニスがいるからな。彼女に不義理をするわけにはいくまい」

「あら、熱いのね〜。お姉さん、うらやましくなっちゃうわ♥」

 

 俺とラヴィニスの関係を知ったデネブさんは、なぜか俺の事をよくこうしてからかってくる。本気ではないのだろうが、その度にラヴィニスの機嫌が悪くなるのでやめてほしい。それを必死にフォローするこっちの身にもなってほしいものだ。

 剣を振りかぶって襲いかかってきたスケルトンを槍で横殴りにしながら、反撃のために俺も訊いてみる事にした。

 

「……そういうデネブ殿は良い人はいないのか?」

「あたし? そうねぇ、いっぱいいる……って言いたいところだけど、別にいないのよねぇ」

「そうか。だがその美貌なら、他の男達は放っておくまい」

「まあ嬉しい♥ でも外面だけ見てくる男の人はごめんなさいなのよねぇ。やっぱり、アタシの事をちゃんと理解してくれる人じゃないと」

 

 その外見なら男なんて選り取りみどりだろうに、意外と身持ちが堅いようだ。しかし、デネブさんを理解できる男なんているのだろうか。えーと、魔女っ子で、魔法の研究が好きで、カボチャが好きで……。あ、一人いたな。デネブさんを理解できそうな人。

 

「ふむ、ニバス殿なら気が合うかもしれんな」

「あら? だぁれ、その人」

「俺の知り合いの魔術師だ。あの御仁も魔法の研究がライフワークだと言っていたな。世のため人のため家族のために魔法を研究する、素晴らしい人格者だ。暗黒魔法の使い手で、デネブ殿とも話が合うかもしれん」

「ふ〜ん。どんな研究をしてるのか気になるわねぇ」

「確か、死を克服するための研究だと言っていたか。きっと不治の病を治す研究でもしているのだろう」

「……病を治すなら、神聖魔法か水の精霊魔法な気もするけど……。ま、いいわ。面白そうだから、今度会ったら紹介してネ♥」

 

 ニバス殿とデネブ殿か……。変わり者同士、きっと気が合うだろう。だけどなぜだか二人を会わせてはいけない気がする。なんというかこう……混ぜたら危険、みたいな。

 

「む、まあ会えたらな……。ああ、言い忘れていたが、ニバス殿は既婚の子持ちだ」

「あら、そうなの。略奪愛っていうのも燃えるわね♥」

「…………」

 

 なんか、色々とまずいフラグを立てた気がする。ニバス氏、修羅場になったらすまん。

 

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 結局、僕達はセリエさんに同行する事にした。まさかこんな所で彼女に会えるとは思わなかったが、ヴァレリア解放戦線は接触を考えていた組織の一つでかえって好都合だった。

 

 ヴァレリア解放戦線とは、亡きドルガルア王を信奉し、彼が唱えた『民族融和』を実現しようとするフィラーハ教原理主義者の過激派組織である。彼らはブランタの権威を否定し、現政権に対してゲリラ活動を繰り返している。

 リーダーであるセリエさんはそれらが仕組まれた冤罪だと声明を出していたが、一度玉座に就いた僕はそれが嘘である事を知っている。彼らのテロによって一般人も犠牲になっていたのだ。手段を選ばない危険な組織だと言える。

 

 彼女たちの活動が激しくなるのは内戦が本格化してからだ。戦争によって国内が混乱すればするほど、隙も大きくなるという事だろう。また、戦争の拡大を防ごうという焦りもあったのかもしれない。現時点ではまだ、破壊工作よりも草の根活動を行っているようだ。

 ただ破壊をするだけではなく、『前』の時には拉致された父さんを助け出したらしいが、暗黒騎士団の襲撃を受けて壊滅したと聞いている。残念ながら僕達とはほとんど縁がなかったため、介入する事もできなかった。

 

 民族の融和と、平等による平和。それは確かに僕が理想とするものでもある。つまり彼女たちとは手を取り合う余地があるということだ。彼らのやり方に賛同はできないが。

 

「デニム、ここにいたか」

 

 ゴルボルザ平原から東、セリエさん達が乗ってきた船に同乗させてもらい海を渡っている。東にあるボード砦が彼女たちの本拠地らしい。甲板で潮風に当たっていた僕に、セリエさんが声を掛けてきた。

 

「すまないな。プランシー殿を守るためとはいえ、お前たち姉弟も巻き込んでしまった」

「いえ、僕もヴァレリア解放戦線に興味がありましたから、ちょうど良かったです」

「ほう。我々の存在を知っていたか。まだまだ知名度は低いと思っていたが、活動の成果は出てきているようだな……」

 

 セリエさんが嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「民族の融和と平等……実現できれば素晴らしい事ですね」

「我々の理想も理解してくれているか。……どうだデニム。お前も我々と一緒にヴァレリアの平和を目指さないか?」

「…………」

 

 セリエさんの提案に答えず、僕は広がる海に視線を向ける。風はあるが水面は穏やかだ。

 

「……あなたは、大きな目的のためならば小さな犠牲は(いと)わない人だ。違いますか?」

「……ああ、そうだ。理想の実現のためならば、必要な犠牲もあるだろう」

「大義のためならば、何をしても許されると思いますか?」

「許されるとは思わん。だが、必要なら手を汚す事もためらわない覚悟は持っているつもりだ。それが正しいかどうかは、歴史が決める事だろう」

 

 彼女の言葉はまるで、僕の写し鏡のようだった。

 視線を戻すと、彼女は怪訝な表情を浮かべている。

 

「デニム、何が言いたい? 私の考えが間違っていると言いたいのか?」

「……いえ、そうではありません。少なくとも、僕にはあなたの考えが間違っているとは断言できない。……する資格も、ないでしょう」

「…………」

 

 ますます怪訝な表情になるセリエさんだったが、僕はまっすぐに視線を向けたまま言葉を続ける。

 

「ですが、あなた達のやっている事は、僕には非効率なように見えます。ゲリラ活動による抵抗は、確かに少数がとる方法としては最適かもしれません。しかしブランタは態度を強硬にするだけでしょうし、彼の独裁体制を崩せるほどの効果はない」

「……驚いたな。まさかそのような批判を受けるとは思わなかった」

 

 セリエさんは今度は愉快そうな表情になる。

 彼女たちの活動を倫理をもって批判する事はいくらでもできる。だが、彼女はそのような批判は耳にタコができるほど受けているだろう。成果を重視する彼女にとって、『倫理』よりも『論理』での説得の方が通じると考えた。

 

「だが、我々がとれる行動はそれぐらいしか無いのも事実なのだ。最初はフィラーハ教の布教による思想の流布という手段をとった。しかし、宗教には限界がある。……人間は死後の救済より今日のパンを求める生き物なのだからな」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。大神官モルーバ様の娘にしては、宗教に対して冷めた考えを持っている。きっと何度かの挫折を味わって、武力による解決という方法に行き着いたのだろう。

 

「ならば、人々にパンを与えればいい。害を与えて脅すより、利をもって説得する事こそ常道でしょう」

「……どういう意味だ?」

「僕の考えを聞いていただけませんか――――」

 

 そして、僕はセリエさんに考えを話し始める。

 世界が、少しでも良くなると信じて。

 




アイドルと化した女の子に、たくさんのファンができました。これにはアゼ爺さんもビックリ。
そして既婚者を修羅場へと陥れるオリ主。まったく、ひどい奴ですね(棒読み)

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