ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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039 - Divergent History

 教会に移動した俺達は、ヴァイスに対してデニム達が逃げ出した理由を説明してやった。ヴァイスは説明を聞きながら顔を赤くしたり青くしたり放心したりと忙しそうだった。

 

「……そんな……カチュアが、王女……?」

「ああ。なにせドルガルア王の唯一の息子も王妃も死んでいるからな。カチュアが唯一正当な王家の血統を持っている事になる。権威主義のバクラムが付け狙う理由もわかるだろう?」

「……でも、じゃあデニムは……」

「アイツはプランシーの実子だ。プランシーは、バクラム・ヴァレリア国の摂政ブランタの弟だから、デニムも実はバクラム人という事だな」

「だって……それじゃあ、あいつらは本当の姉弟じゃないって事じゃないか。あいつらはそれを知ってたのか……? 知ってて、あんなに仲良さそうに……」

 

 ヴァイスはショックを受けたように放心して、ブツブツと独り言をつぶやいている。その目には仄かな闇が感じられた。よくない兆候だな。妻に逃げられた亭主みたいじゃないか。

 放ってはおけないと思った俺は、お節介をする事にした。

 

「……よし、わかった。ならば、お前もついてくるがいい」

「え……?」

「俺達はデニムを追っている。いずれは逢う事もできるだろう。そこまで気になるのなら、自分の目で確かめてみろ。デニムやカチュアが何を考えて父親についていったのかをな」

「だ、だけど……そもそもあんたらは一体何者なんだよ……?」

「む、そうだな……」

 

 何者かと聞かれると困ったものだ。俺達はどこにも属さないハグレ者。本来はいるべきではなかった異物にすぎないのだ。人に言えるような表向きの立場も持ち得ていない。

 

「俺達は……そうだな、『時の迷い人』とでも言っておこうか」

「時の……?」

 

 ヴァイスはポカンと口を開けている。ちょっとカッコつけすぎたか? ふふふ。

 ラヴィニスからはジト目で見られたけど、我々の業界ではご褒美ですね。

 

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 穏やかに水をたたえる湖の上を、白い鳥が優雅に滑っていく。水面下でどれほど激しく足を動かしていようとも、それを悟られぬ事こそ水鳥の在り方であり、旧王国時代から続く貴族の生き方でもあった。

 かつては一国の主として栄華を誇ったロンウェー一族。ドルガルア王の台頭と統一戦争によってその地位を失ってからも、ヴァレリア王国の公爵として水鳥のようにアルモリカ地方を治めてきた名門一族である。

 

 その現当主であるジュダ・ロンウェーもまた、一族の名を背負う者として誇りを持ちながら、貴族としての義務と責任を果たす事に腐心してきた。

 ドルガルア王が唱えた民族融和政策にも積極的に賛同し、愛する娘をバクラムの名門貴族に嫁がせた。孫娘も誕生し、全ては順風満帆のように思われた。

 

 風向きが変わったのは、ドルガルア王の死がきっかけだった。

 

 瞬く間に国内で内乱が発生し、王都ハイムも戦火に巻き込まれる。その内戦で、ハイムに住む愛する娘と孫の両方を一度に失ってしまったのだ。報せを受けた彼の嘆きは城外にまで響き渡り、一昼夜止む事はなかったという。

 それからというもの、彼は人が変わったように他民族を憎みはじめた。ハイムで醜い権力争いを始めたバクラム人、捲土重来の野心を隠そうともしないガルガスタン人。国が割れる原因を作り出し、内乱を招いた他民族を憎悪したのである。

 

 結果として、以前は良き領主として慕われていた彼は、少しずつ変調をきたしていく。ウォルスタ人を優遇し、他民族を露骨に差別するような政策を取り始めたのだ。

 これによって領内の民族同士に大きな亀裂が走り、ただでさえ仲が良いとはいえなかった関係が完全に破綻。領民の一割ほどを占めるガルガスタン人も迫害を受け、島外で影響の薄いゴリアテなどを除けば領内の治安は悪化の一途をたどりつつあった。

 そうしている内に、ガルガスタン王国が建国。事態は風雲急を告げるように動き始めた。

 

 

 湖畔に静かに佇むように存在するアルモリカ城。

 その一室である執務室にて、ロンウェー公爵は自慢の髭を撫でながら部下からの報告を受けていた。

 

「レオナール、ガルガスタンどもの動きはどうだ?」

「はい。今のところ、バクラムの出方を伺っている様子。ですが、大規模な戦備を整えているという情報も入っています。月内にも大きな動きがあるものかと……」

「ふん……数ばかり多いだけの野犬どもめ。大人しくしていればいいものを……」

 

 ロンウェーは憎々しげな口調でガルガスタンへの敵意を露わにする。対面しているのは、アルモリカ騎士団の団長レオナール・レシ・リモン。彼は公爵の言葉には反応せずに、黙って目を伏せている。

 

「まあよい。野犬など、踏み潰してやればよい事だ」

 

 そのロンウェーの言葉に抗議するように声をあげたのは、レオナールの後ろに控える一人の女性だった。銀色の長く美しい髪を編み上げ、端正な目鼻立ちを持つその女性は、一見するとこの場にそぐわないように思える。

 だが、彼女はアルモリカ騎士団において千人長の地位にあり、ロンウェー公爵に忠誠を捧げる騎士でもある。ラヴィニス・ロシリオン、彼女は確かにそこに存在していた。

 

「……閣下。率直に申し上げますが、我が軍の力のみではガルガスタン軍への対抗は不可能です。数が違いますから、消耗戦となれば勝ち目はありません」

「ふん。そんな事は百も承知しておる。傭兵を集めているが、それだけでは足りんだろうな……」

 

 ガルガスタン人は島内で圧倒的な多数派を占める。本気を出されれば、少数派であるウォルスタなどあっという間に蹂躙されてしまうだろう。ロンウェーは日夜この問題に頭を痛めていた。

 

「領民からの募兵も残念ながら、数はそう多くありません……」

「民衆は平和なアルモリカに慣れきっておる。戦争になると言われても実感が湧かんのだろう。何かきっかけでもあれば違うのであろうが……」

「きっかけ、ですか?」

 

 レオナールが目を瞬かせる。ロンウェーは髭をいじりながら宙に視線を向けた。

 

「そうだ。例えばガルガスタンの一軍が領内の村々を襲撃しはじめれば、民衆は火が点いたように慌て始めるであろうな」

「それは……」

 

 ロンウェーの、まるで襲撃が起きてほしいとでも言うような言葉に言葉を失うレオナール。領主として、領民の不幸を願うなどあってはならない事だ。

 娘と孫を失ってからというもの、人が変わったかのように時折こういった悲観的な内容を口にする事がある。すでに彼は、領主としての矜持を失いつつあった。

 

「バクラムあたりでも構わんぞ。ローディスの暗黒騎士団とやらが動けば、すわ大国の侵攻かと泡を食って踊り出すに違いない。……滑稽な事だな」

 

 それは、歴史の変化による影響だった。

 

 本来ならば起こるはずだった、港町ゴリアテへの襲撃。この事件をきっかけとしてアルモリカ軍、のちのウォルスタ解放軍への応募兵が急増するはずだった。増加した戦力を背景として、半年間に渡りガルガスタン軍に抵抗を続ける事ができたのだ。

 

 だが、もはや襲撃は起こらない。戦力増強の目処も立たぬまま、ウォルスタはガルガスタンとの戦争に突入しようとしている。

 それが一体どのような結果をもたらすのか。もう誰にも答えられない事だった。

 

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 明くる日、ゴリアテで宿をとった俺達は、すっかり雪景色へと変貌した街中を歩いていた。

 

 念のために一晩中警戒していたが、やはり暗黒騎士団の襲撃は起こらなかった。悲劇が一つ防がれたとはいえ、それは俺達が動いた成果ではない事は明らかだ。だが襲撃計画自体は存在していた以上、俺達の知る歴史と違うとも言い切れない。

 

「ねぇ、みてみて〜♪ カボチャのコロッケよ! 食べてみた〜い♥」

「はぁ。ご自分で買ってくればいいじゃないですか……」

 

 朝からハイテンションなデネブさんに、寝不足気味のラヴィニスがローテンションで答える。港町の表通りには、たくさんの屋台が並んでいた。おいしそうな匂いがあちこちから漂ってくる。

 

「アタシ、昨日がんばったのになぁ。魔法でエイッて……」

「……わかりました。おこづかいを差し上げます」

「やった〜♪」

 

 デネブさんの露骨なアピールに折れたラヴィニス。まるで母親みたいだな。つまり、父親は俺って事だな! ここは、父親である俺がおこづかいを……と思ったが、あいにくと俺の手持ちはほとんどない。そういえば俺、無職のヒモ亭主だったわ……。

 

 鬱になりかけていると、あっという間に買ってきたコロッケを頬張りながら、デネブさんが上機嫌で問いかけてきた。

 

「そういえば、これからはどうするの? もうあなた達が知ってる未来とは違っちゃったんでしょ?」

「まずはデニム達と合流しなければな。戦争が起こる流れ自体は変わらんはずだ。全ての知識が役に立たなくなったわけでもあるまいし、できる限りの事はするつもりだ」

「……ふ〜ん。ま、いいけど。お姉さんとしては、少しお金を稼ぎたいわねぇ」

 

 なに、金稼ぎだと? 聞き捨てならないデネブさんのセリフに、じろりと目を向ける。それは無職の俺にもできますか。自慢じゃないが、学歴も職歴もないぞ。体力だけが取り柄です。

 

「もう、そんな目で見なくたっていいじゃない? そもそもアタシは、魔法の研究のためのお金稼ぎのためにこの島に来たんだから。そりゃあ人助けも立派だけどぉ。お金って大事なんだからね!」

「いや、別に責めているわけではない。ただ、どのように金を稼ぐつもりか気になってな」

「あら、気になる? そうねぇ、そろそろ紹介しておこうかしら♪」

「ん……? 紹介だと……?」

 

 デネブさんは、パチリとウィンクをすると、先ほどコロッケを買った屋台へと歩いていく。なにをするのかと思えば、店主と何やら交渉しているようだ。最終的には鼻の下を伸ばした店主から、カボチャを一つ手に入れていた。店主ェ……。

 子供の頭ほどもある黄色いカボチャを抱えて戻ってきたデネブさん。一体なにをするつもりなのだろうか。

 

「じゃあ、いくわよー」

 

 そう言うと、デネブさんは魔力を循環させはじめて小声で呪文を唱え始めた。俺の耳なら聞き取れるが、めちゃくちゃ早口なのでサッパリ理解できない。そのまま目の前のカボチャへと魔力を込め始める。

 やがてカボチャは、ひとりでにふわりと浮き上がった。しかも紫色に怪しく輝いている。手品のような光景に、周囲にいた人々が何事かと目を向けはじめた。あの、デネブさん。あんまり目立ちたくないんですけど……。

 

「起きなさ〜い! あなたの名前は『カボちゃん』よ!」

 

 浮いていたカボチャの下部から、青い布がバサリと落ちる。それはすぐに長袖のシャツのような形となり、最終的にカボチャを頭にするようにして人の形となった。

 その姿には非常に見覚えがある。というか、こんな姿の知り合いは一人しかいない。

 

「なんと……カボさんではないか!」

「違うカボ! カボはカボちゃんカボ!」

 

 俺の言葉を否定する声は、目の前のカボチャから聞こえてきた。単なる野菜にすぎなかったカボチャが、喋ってツッコミを入れたのである。死者の迷宮でショップを営む俺の友人、カボさんはパンプキンヘッドという種族だと聞いていたが、どうやら目の前のカボチャ頭も同様らしい。

 しかし、喋り方といい、格好といい、カボさんそっくりである。というか、二人が並んでいても区別できる自信がない。なんてこった、俺は友人失格ではないか……。

 

「は〜い♥ カボちゃん、調子はど〜お?」

「うーん、ちょっと頭が重いカボ……」

「あら? 身がつまってたのかしら? よかったわね、カボちゃん。きっと頭が良くなるわよ♥」

「嬉しいような、悲しいような、複雑な気分カボ……」

 

 喋るカボチャという不思議な現象を目の当たりにした人々は、きっと手品か何かだと思ったのだろう。拍手をしはじめた。さらには、大道芸と勘違いされたのか、おひねりを投げる人まで現れる始末だ。

 

「なるほど……大道芸で金を稼ぐわけだな」

「う〜ん、違うんだけど……ま、いいわ。うふふ、皆さん、ありがと〜! チュッ♥」

 

 デネブさんの投げキッスに、男たちが歓声をあげる。

 港町ゴリアテは、今日も変わらず平和のようだ。

 




少しずつ歴史が変わり始めました。ウォルスタ陣営はハードモード突入へ。
カボちゃんとカボさんは別人(別カボチャ)です。念のため。

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