ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

37 / 58
037 - Dash into Darkness

 姉さん達のところへ戻ると、二人は妙な雰囲気になっていた。もしかしたら、僕が離れたのが功を奏したのかもしれない。ヴァイスは何度かこちらを妙な目でチラチラと見てきたけど。

 祭りは楽しく過ごすことができた。あれきりアロセールさん達とは会わなかったのは残念だったけど、またどこかで会う機会があるだろう。『前』のように命を狙われる事がなければ良いのだけれど。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、僕達は帰路についた。暗くなり始めた夜道を、幼い頃のように三人で喋りながら歩く。やがて別れ道がきて、ヴァイスとは別れる事になった。

 姉さんはドライに「じゃあね」とだけ言って、さっさと先行してしまう。うーん、やっぱり進展はなかったのかな。僕もヴァイスに手を振った。

 

「じゃあ……ヴァイス、またね」

「ああ……。あのよ、デニム……」

「ん? どうしたの?」

「……いや、なんでもねぇ。それより、お前はそろそろ姉離れしろよ。見てるこっちまで恥ずかしくなるんだよ」

「ははは、ごめん。でも、それを言うならヴァイスもさ……せっかくチャンスをあげたのに、ね?」

「なッ!」

「ははは、じゃあねッ! ヴァイス!」

「おい! こらまて! デニム!」

 

 笑いながら手を振って、僕は駆け始めた。やっぱり、彼を巻き込むわけにはいかない。

 姉さんの背中に追いついて、そのまま姉さんの手を握って走る。姉さんも驚き顔になったが、背後から聞こえる声にクスクスと笑っていた。そして、背後の声も。

 僕達は笑顔で別れたのだ。

 

 

 その夜が明けた翌日。

 地竜の月1日。ついにこの日がやってきた。

 

「父さん、姉さん……本当にいいんだね?」

「うむ。全ては私の不徳が招いたこと。それよりも、お前達を巻き込む事の方が心苦しいが……」

「いいんだよ。僕達は家族なんだから、一緒に乗り越えようよ」

「そうよ。それにそれを言うなら、私の出生が元凶なのよ?」

 

 僕達は、家のリビングで最後の話し合いをしていた。すでに準備は済ませてあり、あとは計画を実行するだけだ。

 父さんは覚悟を決めた表情を浮かべていたが、やはり僕達を巻き込む事にためらいがあるようだった。姉さんは冷めた様子だが、その内側には様々な苦悩がある事を知っている。

 

 この一週間、何度も家族で話し合った事だ。僕の決心に変わりはない。家族のため、このゴリアテのためなら、僕は前に踏み出す勇気が持てる。

 それは父さんと姉さんも同じ事だったのだろう。結局、最後の話し合いの結論も変わらなかった。

 

 僕達はうなずきあい、太陽が中天に昇る頃、計画を実行に移した。

 

--------------------

 

「聞けーッ! ローディスの間者よッ!」

 

 港町ゴリアテの大広場に、男性の大声が響いた。町中に響き渡りそうな大声に、広間で歓談していた者たちは一斉に口を止めて声の元を探す。

 

 大広場の中央、そこに声の主はいた。

 神父服を来たその初老の男性は、踏み台のようなものを広場に持ち込み、その上で大声を張り上げている。何度か繰り返しているその内容は、姿の見えぬ相手への呼び掛けであった。

 

「貴様らの狙いは全てわかっているッ! 貴様らの狙うブランタ・モウンの実弟、プランシー・モウンはここにいるぞッ!」

 

 一部の観衆が、その内容に興味を惹かれた。ブランタ・モウンといえば、かのバクラム・ヴァレリア国の独裁者として有名だ。その弟と名乗った彼は、一体何者だというのだろうか。

 一部の観衆が、その内容に驚愕した。彼らには台の上にいる男性に見覚えがあった。港町ゴリアテの小さな教会の神父、その人のはずであった。ウォルスタの生活に溶け込む彼が、実はバクラム人の大物の関係者だったというのだろうか。

 そして、さらにごく一部。ローディス教国、その筆頭である暗黒騎士団によって放たれた暗部。通称『影』と呼ばれる間者達は、監視対象であるプランシーの突然の奇行に驚きを隠せない。

 

「私はこれからゴリアテを出るッ! 貴様らがいくらゴリアテを攻めようとも、そこに私はおらんぞッ! 馬鹿を晒す前に、さっさと私を追いかけてくるがいいッ! ハハハッ!」

 

 そういってプランシーは大声で笑ってみせる。事情を知らない者には狂人の類にしか見えないだろう。しかし、その効果は絶大だった。ローディスの『影』たちは、今晩行われるはずだった襲撃計画が、よりにもよって標的に完全に露見している事を察して、歯を軋ませる。

 

 彼らのゴリアテ襲撃の目的は、あくまでも目の前の男性の捕縛。その彼が逃げ出すのであれば、ゴリアテの襲撃には何の意味もなくなってしまう。

 ここに来て、『影』たちは選択を迫られた。今ならまだ、目の前の標的を確保できるかもしれない。だが、このような衆人環視の状況で動けば目立ちすぎる。

 動くべきか動かざるべきか、その判断の間隙を縫うようにプランシーは懐から小さな物体を取り出した。

 

「さらばだッ! ローディスの愚か者たちよッ!」

 

 その言葉を最後に、取り出した物体が輝き始める。それを見て『影』たちは、己の失敗を悟る。光はプランシーの身体を覆い尽くし、次の瞬間には空へと浮かび上がった。

 

 物体の名は『転移石』。使った者を転移させる、貴重なアイテムである。

 光が空高く消えていき、広場の中央には誰もいない踏み台が残されただけだった。

 

--------------------

 

「なんだと……? もう一度、聞かせてみよ」

「ハッ……標的であるプランシー・モウンに逃げられました」

「馬鹿な……。なぜ今になって逃げだしたのだ。貴様らの監視が露見したのか?」

「それはわかりません。その場にいたものの報告によれば、プランシーは我らの襲撃計画を察知していたとの事。我々に対してゴリアテを離れると宣言したのち、転移石にて逃亡したとの事です」

 

 『影』の報告を聞いたランスロット・タルタロスは、顔を歪ませながら計画失敗の理由を考える。襲撃計画は暗黒騎士団の内部で完結していたはず。協力者であるブランタにすら知らせず、独断で計画していた事だ。それにも関わらず、その計画がなぜかプランシーに漏れていた。

 

「……内通者か……」

「ハッ、その可能性は考えられます……。我ら『影』の中にいる可能性も考え、互いの身辺やこれまでの行動を洗っております」

「フン……。だが、仮に内通者だとして、その目的は一体なんだというのだ。プランシーを救い出して、何の意味があるという……いや、考えるまでもないな」

 

 そもそもタルタロスの目的は、かのドルガルア王の血をひく遺児の捜索。プランシーはその遺児へとつながる情報を持っていると聞き、狙っているにすぎない。

 だとするなら、プランシーを助けた者の狙いも当然ながらその遺児であろう。指導者が乱立し、国内が乱れている今、正当な血統を持つ者を祭り上げれば民衆の支持を得る事は容易い。

 暗黒騎士団内に内通者を作る事ができるほど近しく、かつ、正当な血統という『権威』を喉から手が出るほどに必要としている者――――。

 

「……舐めた真似をしてくれる」

 

 タルタロスの脳裏には、一人の男が有力な容疑者として挙げられた。なるほどその者であれば、暗黒騎士団の襲撃計画を察知する事も可能かもしれない。仮に内通者がいなかったとしても、その襲撃の目的はすぐにわかった事だろう。なにせ奴は、プランシーの実の兄なのだから。

 

「……すぐに船を手配しろ。ハイムへと急ぎ戻らなければならん」

「ハッ。……今晩行うはずだった襲撃は、いかがいたしますか?」

「……すでに目標が逃亡しているのなら、何の意味もない。襲撃は中止だ。まだ奴は島内に潜んでいる可能性もある。総力を挙げて捜索せよ」

「ハッ!」

 

 もしこれが血の気の多いコマンド級であれば話は別だったかもしれないが、タルタロスは徹底的な合理主義者であり、私情にとらわれて憂さ晴らしにゴリアテを襲うような真似はしない。

 

 暗黒騎士団の団長の性格まで読んだ上で計画されたこの『逃亡』は、見事に目的を果たした。それが良かったのか悪かったのか、それがわかるのは天界に座する神々のみである。

 

--------------------

 

 地竜の月1日、なんとか俺達は港町ゴリアテのある島へとたどり着いた。まだ昼頃だから、夜に襲撃があるとするなら十分に間に合ったはずだ。

 

 俺達の船がゴリアテに到着しようとした時、一隻の船とすれ違った。それは何の変哲もない船だったが、かすかに違和感を覚える。その違和感の正体を確かめる前に、船は速度を上げてゴリアテを離れていった。一体なんなんだろうな?

 

 ここまで乗せてくれた船乗り達に感謝しつつ別れ、俺達は港へと降り立った。

 

「はぁ〜、やっと着いたわねぇ。船旅はロマンがあっていいけどぉ、こう長いとツラいだけね〜」

「デネブ殿は途中からホウキで飛び回っていたではありませんか……」

 

 ラヴィニスのツッコミにも元気がない。やはり長い船旅で疲れているようだ。俺はといえば身体の疲れは一切感じていないし、ラヴィニスがいたので退屈も感じなかった。彼女が隣にいるだけで、最高にハイってやつだ。ウリィィ!

 

 ゴリアテの港は漁船と思われる船が多く係留しており、さすがは港町だと思わせる。この船旅の途中で寄った同じく港町のアシュトンよりも規模は一回り小さいが。

 港で働く人々は誰しもが忙しそうにしていた。その中にいる俺達四人組はいかにも浮いて目立っている。俺やタルタロスはローブを着込んでいるが、デネブさんの破廉恥な衣装は思いっきり周囲の目を集めているようだ。中には鼻の下を伸ばしている男もいる。

 

「……ここにいると目立ちすぎるな。さっさと移動するか」

「すでにローディスの『影』には気付かれているだろうがな」

 

 タルタロスが小声でそう言った。ローディスの影ってなんのこっちゃ? よくわからんが、どうせ暗黒騎士団の関係だろう。厨二病っぽいワードだし。

 

「別に気付かれていても構わん。今夜の襲撃が防げればそれで良い」

「ふん……。そう上手くいけばよいがな」

 

 こいつは本当にひねくれもんだなぁ。俺達に手を貸すわけでもなく、かといって『もう一人のタルタロス』のために動くつもりもないようだ。未来に戻るつもりだから、この時間軸の事はどうでも良いという事なのだろうが。

 

 港から移動して表通りを歩く。辺鄙なところにある港町にしては人通りが多い。街並みが綺麗だし、観光地のようになっているのだろうか。

 

「どうやら、昨日は祭りだったようですね」

 

 ラヴィニスの言う通りの内容が、通りを歩いている通行人たちや、屋台の商売人たちの会話から漏れ聞こえた。一年に一度の祭りを逃してしまうなんてタイミングが悪い。ラヴィニスの浴衣姿が見たかった……。浴衣なんて無いだろうけど。

 

「デニム達は教会に住んでいるはずだったな。行ってみるか」

「説明しても、また信じてもらえないかもしれないですね……」

 

 バスク村での出来事は、俺達の心に重くのしかかっている。オクシオーヌがいなければ、為す術もなかっただろう。未来の知識なんて、そう簡単に役立てる事ができるものではない。

 

「デニムなら大丈夫だろう」

「……そうですね。彼ならきっと、こちらが真摯に話せば真剣に受け取ってくれるでしょう」

 

 根拠のない信頼だったが、デニムの人となりを知っているからこそだ。あいつは、人の言葉を嘘だと決めつけて掛かるような真似はしないだろう。少なくとも、忠告を真剣に受け取って避難するぐらいはしてくれるはずだ。

 

 ――――しかし、満を持して教会へと向かった俺達を迎えたのは、誰もいない空っぽの教会と「しばらく留守にする」という張り紙だけだった。

 

--------------------

 

「ふぅ……これでしばらくは安全だね」

「そうだな……。だがデニムよ、本当に良かったのか? しばらくはゴリアテには戻れんだろう」

「いいんだよ。ヴァイスや友達のみんなもわかってくれるさ」

 

 僕達、家族三人は船に揺られながら海上を進んでいた。遥か後方に、港町ゴリアテが霞んで見える。どうやらローディスの追手もないようだった。

 ヴァイスに話すべきかは最後まで迷ったが、結局は話さなかった。教えれば、彼の事だから僕達についてくると言い出すかもしれない。平和な生活を送る彼を巻き込む決心は、どうしてもつかなかった。

 

「計画では、次はアルモリカ城だったわね……。ロンウェー公爵は、私達の話を信じてくれるかしら?」

「別に最初は信じてもらえなくてもいいさ。ガルガスタン軍による攻撃が激化する事に変わりはないからね。近いうちに解放軍が結成されるのは間違いないよ」

 

 のちにウォルスタ解放軍の指導者となるロンウェー公爵は、冷酷な一面もあるが理知的で利に聡い人物でもある。犠牲を払う方法だったとはいえ、彼がウォルスタの未来を真剣に考えていたのは間違いないのだ。そうでなければ、レオナールさんやラヴィニスさんといった騎士が忠誠を誓うはずもない。

 

 問題があるとすれば、僕達と手をつなぐ事で暗黒騎士団の不興を買う恐れがある事だろう。ただでさえガルガスタンの相手に手一杯なのに、バクラムまで相手にするのは不可能に近い。『前』の僕達がバクラムとの中立条約を結ぶために派遣されたのは、感情面を考えなければ正しい一手に違いなかった。

 

 だからこそ僕達は上手く立ち回る必要がある。

 非常に難しい事ではあるが、やるしかないのだ。

 

「戦争そのものを止める事は難しいのであろうな……」

 

 父さんが憂鬱そうに言った。ガルガスタンのトップであり、過激派であるバルバトス枢機卿をどうにかしない限り、戦争を止める事は難しい。かといって、この少人数では彼の暗殺を試みる事もできないだろう。やはりどうしても、できることは限られている。

 

 僕達は味方を作らなくてはならない。ウォルスタだけではなく、ガルガスタンやバクラムの内部にも。幸い、これまで多くの人と触れ合ってきた事で、味方になってもらえそうな人々の存在を知っている。

 

 僕達のこれからの行動は、先の見えない暗闇を歩むようなものになるのだろう。

 だが、暗闇の中で光を求めて足掻く事こそ、生きるという事なのだ。

 

 僕はそれを多くの人達から教わった。

 今度は、僕の生き方を皆に見せる番なのだと思う。

 




というわけで、すれ違いでした。ヴァイスくんとブランタさんは泣いてもいい。
ますますカオスになっていく……ちゃんと収拾がつけられるか不安ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。