「デニム。やっぱりアナタ、最近おかしいわ。一体どうしたというの?」
「姉さん……」
「最近なんだか……私の事を避けているんじゃない?」
悲しげなカチュアの問いにうつむくデニム。その顔は、カチュアの疑念が勘違いではない事を如実に表していた。彼らの父は神父としての勤めがあり、リビングには姉弟二人の姿しかない。
「私たちは姉弟なのよ……? どうして? 私の事が嫌いになったの?」
「ち、違うよ。ただ……」
「ただ?」
デニムは言うべきか言うまいか、逡巡している様子を見せる。だが、一度目を閉じるとゆっくり息を吐きだし、目を開いた時には覚悟を決めた表情となった。
「……姉さんは、自分の父親が本当は誰なのか、知っているの?」
「え……?」
その言葉はカチュアへと突き刺さり、彼女を絶句させる。それは、本来なら彼の知るはずのない知識。歴史が少しずつ、形を変えようとしていた。
「な、何を言っているの? 私達の父親は――」
「僕と姉さんは、本当の姉弟じゃない。姉さんは……姉さんの本当の名前は、ベルサリア・オヴェリス。亡き覇王ドルガルアの娘……」
「ッ……」
「僕だって、本当はデニム・パウエルじゃない。僕の本当の姓はモウン。父さんは、あのバクラムの指導者であるブランタ・モウンの弟なんだ……」
「う……嘘よ……」
「……そうでしょう、父さん?」
デニムの呼びかけに反応し、ガタリという物音が聞こえた。やがて、外へとつながる扉がゆっくりと開く。そこには、彼らの父親であるプランシーの姿があった。彼は顔面蒼白となったまま立ち尽くしている。
「……なぜ……お前が知っているのだ……」
「そ、そんな……そんなのは嘘よッ! だって……だって、私とデニムは姉弟なのよッ! たった二人きりの家族なのよッ! 家族じゃないのは、あの人だけよッ!!」
「二人きり……? カチュア、お前も……」
「ッ! だって……私達は捨て子なんでしょう? モルーバ様とそう話していたじゃないッ!」
カチュアは狼狽を隠さずに訴える。父親はカチュアの言葉を聞いて、むしろ納得がいったという表情でうなずく。
「そうか……聞かれていたか。しかし、お前の認識は正しくはない……。デニムの言った通り、お前は本来であれば王女と呼ばれるべき身分。かのドルガルア王と、侍女の間に生まれた庶子なのだ」
「イヤッ! イヤよッ! 私はデニムと一緒にいるのよッ!」
「落ち着くのだ、カチュアよッ! お前の正体がどうであれ、私はお前を娘として愛しているッ! お前がデニムの姉である事に変わりはない!」
ブランタは説得するようにカチュアへと近づいて両肩をつかむが、カチュアは聞きたくないと言わんばかりに、涙を流しながら両耳を押さえて首を振っている。
しばらく、カチュアの嗚咽だけが部屋を満たす。その間、デニムは沈んだ表情でただカチュアの様子をじっと見つめていた。だが、その瞳は何か決意を秘めたように輝いている。
「姉さん……」
「デニム……私達は姉弟よ……そうよね、デニム……?」
「うん。僕にとっての姉さんは、カチュア姉さんしかいない。僕は姉さんの弟だよ」
すがりつくように聞いてくるカチュアに、しっかりとした頷きで応えるデニム。カチュアはそれを見て、少し落ち着きを取り戻した。
デニムは安堵しつつ、カチュア、プランシーと続けて視線を合わせる。その目はどこまでも真摯で、普段の優しいデニムの雰囲気とは違い、万人を従わせるような覇気に満ち満ちている。
それは、家族の知らない彼の一面。時を経て、覇王となる才気の片鱗。その発露だった。
「……姉さん。父さん。二人に聞いてほしい事があるんだ」
「デニム……。お前はなぜ、カチュアの出生の秘密を知っていたのだ。なぜ、私がブランタの弟だという事を知っている。お前は一体……」
「全部話すよ。僕が知っている事。僕が
「……経験……?」
デニムの言葉に首を傾げるカチュア達。これまでデニムは、彼女達と一緒に過ごしてきた。一体どのような経験をすれば、あのデニムがここまで変わるというのだろうか。二人は困惑した様子を見せる。
「……始まりは雪の夜。ここゴリアテが、襲われた日から始まる――――」
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「ふ〜ん。時の迷子かぁ…… あっ、じゃあ、未来のアタシとも会った事があるの?」
「いや、ないが……俺の話を疑わんのだな」
「え〜、だってぇ、嘘はついてなさそうだしネ。それに、本当だと思った方が面白そうじゃない?」
「そうか……」
俺達が未来から来た事を簡単に説明すると、デネブさんは疑う様子を一切見せない。なんというか、やりにくい人だわ。隣にいるラヴィニスは呆れ顔になっている。
話すべきか、話してよいのか迷ったが、別に未来から来たとバレてもどうという事はないと判断した。どうせこれから先回りして行動するのだから、いずれバレる事だろう。いちいち隠し事をする方が面倒だ。
「うふふ。心配しなくてもいいわよ? 別に言いふらしたりしないもの。それにね〜……アタシ、決めたわ! あなた達についていっちゃおっと♥」
「なっ! 何を言っているのです! 勝手な事を!」
俺にくっついたままのラヴィニスが憤慨した様子でデネブさんに抗議する。しかしデネブさんは「もう決めたことだも〜ん」と言って取り合わない。本当についてくるつもりなのか……?
「別に拒みはせんが……急な話だな。一体なんのためだ」
「えっとね〜、面白そうだ・か・ら……ふふっ、冗談よ♪ 本当はね、あなた達が何をしようとしているのか気になるから、かな。アタシの知り合いにも、占いが得意なオジイサマがいるからかなぁ。な〜んか、ほっとけないのよね」
「占い……? それはもしかして、占星術師のウォーレン殿ではないか?」
少しトーンダウンしたデネブさんに聞き返すと、彼女は手をパチンと鳴らしてクルクルと回り始めた。なかなかアップダウンの激しい人だなぁ。ヴァレリアで出会った事のないタイプだ。
「オジイサマを知ってるのね! すっご〜い偶然ネ♥ もしかして、あなた達もゼノビアから来たの?」
「いや、違う。未来で知り合っただけだ。ウォーレン殿はカノープスや……聖騎士と一緒に、このヴァレリアにやってきたようだな」
「あら、カノぷ〜も来るのねぇ。聖騎士っていえば、ランスロットちゃんかな? それは楽しみね♥」
カノぷ〜って……。赤髪の有翼人の姿を思い出し、そのギャップに内心で吹き出してしまう。今度会ったら、俺もカノぷ〜と呼んでみようかな。いや、また狙われたらイヤだしなぁ……。
彼らの秘密任務の内容も知ってるが、これはあまり口外しないほうがいいだろう。彼女と彼らがどういう関係なのかもよく知らないし。どうやらゼノビアの関係者のようだが。
それから二、三やりとりがあったが、結局デネブさんは俺達についてくる事にしたようだ。どうやら、ウォーレン氏達と未来で出会う事が決め手となったらしい。
ラヴィニスはなぜか強硬に反対していたが、タルタロスはどうでもいいといった態度だ。なんともまとまりがないパーティだなぁ。最終的にはラヴィニスがデネブさんに何かを吹き込まれて折れる形となった。もちろん、俺もフォローは忘れてないぞ。
四人で死者の宮殿を出ると、そこはまさしく記憶通りの風景だった。なにしろ三年経って初めて拝んだ地上の景色なのだ。俺の中に強く記憶として刻まれている。あの時とメンバーは全然違うけどな。
「やっと地上か……」
俺の後ろで髪をかきあげているタルタロス。こいつの渋いイケメンフェイスだと、何をやっても様になっていて何だか腹立たしい。くそう、眼帯も正直いってカッコいいし……。
「そういえば、タルタロスはこの先どうする? 別に俺達についてくる必要はないが」
「ふん……過去に戻ってきたのは貴様の仕業には違いないのだろう。だとすれば、いつ貴様が未来に戻らないとも限らん。その機会を逃すわけにはいかんからな。仕方がないから今のところは同行してやろう」
「あらあら、素直になれないお年頃なのね♥」
「…………」
タルタロスの上からの物言いに一瞬ムッとしたが、デネブさんのからかいまじりの言葉を受けたタルタロスは黙り込んで顔を背けている。恐るべしデネブさん……。一体、彼女は何歳なのだろう。とても聞く事はできない。
「せっかくベル殿と二人きりだと思ったのに……」
ラヴィニスが小声でぶつぶつとつぶやいている。なんだこの可愛い生き物。天使かな?
「それで? どこへ行くつもりなのぉ?」
「……港町ゴリアテへと急ぐつもりだ。地竜の月までに、な」
そして、デニムに危機を知らせなければならない。恐らく今のデニムは、俺の事など忘れているだろう。その事は悲しいが、再び生きているアイツに会えるのなら、また一からやり直せばいい。
待ってろよ、デニム。絶対に助けにいくからな。
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「そして、姉さんは……僕の目の前で、命を絶ったんだ」
「そんな……」
僕の話を聞いて、姉さんは青い顔をしながら手で口を押さえる。父さんは、先ほどから顔を険しくさせたままだ。二人とも、僕の話を一切否定せずに信じてくれている。
この話を姉さんや父さんに聞かせるのは、正直に言えばとても辛い。今のまま、何も知らない幸せな家族として過ごせるなら、そうしていたかった。
「それから僕は……あの人に出会ったんだ」
「……あの人?」
「うん。僕はね、姉さんの死に耐えられなかった。それなのに、解放軍の皆は僕にリーダーとしての役割を求めるんだ……。僕は……疲れてしまって……」
「まさか……! まさか、アナタはッ!」
「うん……ヤケになって、軍を一人で飛び出した。その時に耳にした死者の宮殿というダンジョンに、一人で挑もうとしたんだ。死者をも蘇らせる秘宝があると聞いて……。死んでもいいやって、思ってた」
「そんな……デニム……」
僕の情けない告白を、姉さんは我が事のように悲しんでくれる。優しい姉さんを悲しませるのは辛い。だけど、だからこそ僕は全てを話すべきだと思った。これ以上、悲しませないためにも。
「その死者の宮殿で、ベルさん……ベルゼビュートさんに出会った。そうそう、ニバスさんも一緒にいたんだっけ。懐かしいな……」
「その……ベルゼビュートっていう人は、一体何者なの?」
「うん。一人で無謀な挑戦をしようとしている僕を止めてくれた。それでね、こんな僕を助けてくれるって、ベルさんはそう言ってくれたんだ……」
そう、彼はその言葉通り、僕を助けてくれた。一人でハイム城へと突入し、誰を死なせる事もなく――暗黒騎士の一人が犠牲になっていたが――戦争を終わらせたんだ。僕がやった事なんて、最後の一押しに過ぎなかった。ほとんど、あの人のおかげだ。
ベルゼビュートさんの姿を思い出す。彼の自信に満ち溢れた姿を。大義のためでもなく、正義のためでもなく、ただ純粋に、僕なんかのためにその身を犠牲にする事を厭わなかった人だ。僕にはとても真似する事ができそうにない。
あの人のように強く振る舞えれば、みんなをまとめる事なんて簡単だっただろう。だけど、僕にはそんな素質はなかったのだ。
なにせ僕は、戴冠式のその席で――――殺されたのだから。
「……デニム……お前は、そこまで追い詰められたのだな……」
今まで黙り込んでいた父さんが、おもむろに口を開いた。僕はそっと目を伏せる。
「すまない……全ては私の責任だ……。大義のための
「それは違う。違うよ、父さん。僕は父さんの言葉がなければ、もっと早く折れていたと思う。それに、父さんが姉さんの存在を隠し続けた理由だって、わかっているんだ」
僕の言葉に、父さんは虚をつかれたような顔になる。
「ブランタが言っていたんだ……。もし姉さんの存在を公にすれば、きっと僕たち姉弟は離れ離れにされていただろうって……。姉さんは女王として担ぎ上げられて、一国を背負う立場に立たされていただろうって……」
「…………」
「ブランタに言われたよ。全てを姉に負わせて、お前はのうのうと生きるつもりだったのかって……父さんもそう考えたからこそ、愛している姉さんを守ろうとしたんでしょう? 大義のためであろうと、家族を犠牲になんかできない。僕だってきっと、同じ選択をしていたと思う」
「それは……」
父さんは口を開きかけたが、結局は否定の言葉を出さなかった。姉さんは僕の話を聞いて、信じられないという驚きの表情を父さんに向けている。
「姉さん。確かに姉さんと僕達は血がつながっていないのかもしれない。だけど、僕達は家族なんだ。姉さんは僕の愛する姉さんで、父さんが愛する娘、カチュア・パウエルなんだよ」
「デニム……」
姉さんは感極まったのか、瞳をうるませている。父さんは考え込んでいたが、やがて姉さんと、そして傍らにいた僕を両手で抱き寄せる。その大きな手に、安心感を覚える。
「すまない……カチュア。デニムの言った通り、私たちは家族なのだ。カチュア、お前は私の大事な娘であり、デニムの姉なのだ……。本当の家族ではないと、そうお前に言われるのを恐れ、真実を言い出せなかった私を許してくれ……」
「う……うう……私こそ、ごめん。ごめんなさい。父さんが……家族じゃないなんて、ひどい事を言って……。いつだって私達を見守ってくれたのは、父さんだったのに……。親として愛情をくれたのは、父さんだったのに……」
僕達は、肩を寄せ合って泣き続けた。だけどそれは、ちっとも悲しい涙なんかではない。これから僕達は家族として、一からやり直すのだ。今までの過去も、これから起こる未来も、悲しい出来事を全てを洗い流すため、僕達は涙を流したのだ。それは、暖かく優しい涙だった。
ベルさんの孤高を貫く強さ、それはとてもうらましいものだ。
だけど、僕は僕のやり方で強くなろうと思った。
僕一人だけでは、きっといつか失敗してしまう。
だから僕は、家族との絆、仲間の力を信じようと思った。
前よりももっと多くの仲間を作り、どんな困難でも皆で乗り越える。
運命という言葉なんかに、逃げたりはしない。
僕はできる限りの事を、自分の力でやると決めたのだ。
やっぱりデニムくんが主人公! これもうオリ主いらないんじゃね(白目)
デネブさんの参加でなかなか賑やかになってきました。賑やかすぎる気もしますが……