ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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030 - Conflict

「デニム、ちょっと買い物に行ってくるわね」

「うん……気をつけてね。姉さん」

「ふふっ。なぁに? 大丈夫よ、ゴリアテは治安もいいし、すぐ近所なんだから」

 

 目覚めてから幸せな日常を過ごしていたデニム。しかし、その心の底ではしこりのように得体の知れぬ不安が沈殿していた。それは既視感とも言えるもので、デニムの心のなかに警鐘を鳴らし続けている。

 

 彼の記憶の中に、知らない姉の姿がある。彼女はデニムに捨てられたと感じ、デニムの目の前で己の首にナイフを突き立てた。優しくて聡明な姉とは重ならないはずなのに、自分が姉を捨てるはずなどないのに、その姿はどこか現実味を帯びていて、デニムは不安を感じずにはいられない。

 他にも、知らない顔、知らない仲間の記憶が、いくつもいくつも存在していた。彼ら彼女らは、一様にデニムに後を託して逝ってしまう。悲しくて、辛くて、記憶の中の自分は何度も人知れず泣きはらした。

 

「……悪い夢、か……」

 

 デニムはポツリとつぶやくと、家の扉を開けて外へと出た。寒風が吹き込み、デニムの身体を冷やす。目に映るゴリアテの街並みはいつものように美しく、それもまたデニムの心を暗くする一因となっていた。

 

 ――――燃え盛る家。泣き叫ぶ子供。連れて行かれる父親。

 

 まるで記憶がフラッシュバックするかのように街並みへと重なる。一体、僕はどうしてしまったのだろう。姉さんの言う通り、悪い夢のはずだ。ただ、それだけのはずなのに――――。

 

「よぉ、デニムッ!」

 

 自分の名前が呼ばれて顔をあげるデニム。見れば、通りの向こうから一人の男が片手を振っている。黒髪をツンツンと立たせて街中を駆けてくる狼のような男は、デニムもよく知る相手である。

 

「ヴァイスッ!」

 

 デニムも片手を振って応える。ヴァイス・ボゼッグは、デニムにとって無二の親友である。彼もまた、母親を幼いみぎりに亡くしており、境遇の近いデニムとは幼い頃から何かと気があった。そこにカチュアも混ざって、よく三人で行動していたのである。

 

「おいおい、デニム。なんか冴えない顔してるな?」

「うん……大丈夫だよ。それより、ヴァイスはどうかしたの?」

「あ、ああ。えーとな、カチュアはいるか?」

「姉さん? 姉さんならさっき買い物に出かけたけど……」

 

 ヴァイスはなぜか少し赤くなりながら切り出すが、デニムの一言にがっくりと肩を落とす。その動作だけで、デニムはヴァイスの秘めたる想いに気がつく。

 人生経験の少ないはずのデニムでは、ありえない観察眼だった。

 

「そ、そうか……。ま、しょうがないか。ほら、そろそろ祭りの時期だろ?」

「ああ、そういえば……」

 

 港町ゴリアテでは一年に一回の冬の時期に、海の恵みに感謝しつつ来年の大漁を願う祭りが開催される。美しい街並みの観光名所として有名なゴリアテだが、王都や他の城下町などに比べると田舎町に過ぎない。祭りは住民にとって一大イベントであり、ヴァレリア本島などからも多く人が集まってくる時期でもある。

 デニムは、なぜか懐かしい気持ちになりながら、ヴァイスの話に当たりをつける。

 

「そうか、ヴァイスは祭りに姉さんを誘いにきたんだね」

「えっ……あ、ああ。そ、その……」

「大丈夫だよ。僕は他の皆と回るからさ。……ああ、でも姉さんが離してくれないか……」

 

 カチュアのデニムに対する接し方は、姉弟にしてはやや過剰である。デニムにとって嬉しい反面、それを気恥ずかしく思う事も多々あった。

 

 ――――姉さんは、僕が本当の弟じゃないと、知っているのかな。

 

 頭をよぎった記憶。それが事実かどうかを確かめる気にはなれない。しかし、記憶の中で父親プランシーは、その事をデニムに告げたのだ。彼の姉、カチュアの正体がドルガルア王の忘れ形見であるという事を。

 姉がその事に気がついているのかはわからない。気がついていたら、姉弟としての接し方も変わってくるはずなのに、姉は一切そんな素振りを見せない。それどころか、溺愛といっていいほどにデニムをかまってくれるのだ。

 

「……はぁ。お前ら、本当に姉弟なのかよ……」

「ははは。でもさ、ヴァイス。僕は君を応援するよ。姉さんには護ってくれる人が必要だと思う。それは、僕なんかじゃない……」

「お前…………」

 

 ヴァイスが口を開けた間抜けな顔でデニムをじっと見る。しかし、デニムはその視線には気づかずに、自分の手を黙って見下ろしていた。

 

 その手は、まっさらに白い。

 それなのになぜか、デニムの目には血に染まって見えた。

 

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「まさか、本当にドラゴンを食べるとはな……」

 

 タルタロスがぼやきながら、ドラゴンの骨付き肉を微妙な顔で見ている。要らないなら俺によこしてもいいんだぜ。というかくれ。

 

「うぅ……食べておけばよかったとは言いましたが……ふー」

 

 ラヴィニスは、まだ熱い肉の塊をふーふーと冷ましている。かわいい。ちょっとそのお肉、俺のと交換してくれませんかねぇ。

 

「うむ。やはり、これに限るな」

 

 一方の俺はといえば、念願だったドラゴンの肉をめいっぱい頬張っている。うまうま。やっぱり、死者の宮殿に帰ってきたからには、これがなくちゃな。あとでヤキトリも食べなきゃ。

 以前はドラゴン達が俺を見れば全速力で逃げ出すため狩るのも一苦労だったのだが、今なら入れ食い状態だ。向こうから勝手に寄ってきてくれるなんて素晴らしいぞ。

 

「まさかとは思うが……貴様の得体のしれない力の正体は……」

「む? ああ、恐らくドラゴンの肉を食べ過ぎたのが原因だろうな。以前一緒に旅をした屍術師ニバス殿もそう言っていた。あまり人に言えるような事ではないが」

「馬鹿な……『究極の力』と思っていたのが、こんなものだったとは……」

 

 なぜかタルタロスは肩を落としている。いつも感情を表に出さない奴にしては、珍しい光景だ。だが、すぐに調子を取り戻してブツブツと考察をし始める。

 

「……ならば、教国で大々的にドラゴンを……いやしかし、それでは被害が大きすぎる……少数精鋭で……いや、数が足りん……くっ、どう考えても割に合わん……」

 

 結局、結論は同じだったのか再び肩を落とすタルタロス。よくわからんが、肉が冷めるからさっさと食えといいたい。

 

「おいひい……」

 

 ラヴィニスは、肉を小さな口で頬張って相好を崩している。そうだろうそうだろう。ドラゴンの肉は、最高級和牛にも匹敵する旨さなんだよ。オークションで高値がつくのもわかるというものだ。

 

「シャシャーシャ! シャシャシャ?」

「ああ、もっと焼いてくれ」

「シャシャッ!」

 

 俺が答えると、リザードマン達は再び肉を焼く作業へと戻っていく。最初は襲いかかってきた彼らだったが、俺が無双を続けていたらすぐに土下座モードに突入した。今では以前と変わらない関係だ。

 

「……ベル殿は、彼らの言葉がわかるのですか?」

「ん? まあ、何となくだがな。他のモンスターの言葉も何となくわかるぞ」

「そ、そうですか……」

 

 あれぇ? ほめてもらえると思ったのに……。

 

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「陛下、それでは行ってまいります」

 

 膝をつきながら、一人の男性が声をかける。三十代後半ほどの、静観な顔立ちの男性だった。白く立派な金属鎧を身につけ、目の前の人物へと忠誠を捧げるその姿は、まさしく絵画に描かれる騎士そのものだ。

 

「……すまぬ。方便とはいえ、そなたたちを追放せねばならんとは」

 

 苦渋の表情でそう答えたのは、世に聖王の名で知られる人物。人格者であり智謀に優れた彼にとって、忠誠を捧げてくれた騎士達に汚名を着せる今回のやり方は、耐え難いの一言に尽きた。

 

「敵を欺くには、まず味方から、と申します。それに聖剣ブリュンヒルドを盗まれたのは、我が聖騎士団の警備が甘かったため。聖騎士団の名誉に懸けて、必ずや聖剣を取り戻してまいります」

 

 騎士はひざまずいたまま応える。その目にはいっぺんの曇りも見当たらない。

 それは、騎士の背後に控えている者達も同様であった。赤髪で背中に翼を生やした有翼人。そして、隠者のタロットカードに描かれていそうな佇まいの老人。彼らもまた聖王に忠誠を誓い、騎士とこれから任務を共にする者達である。

 

「ローディスがなんのために聖剣を盗んだかはわからぬが、あれはゼノビアの至宝だ。頼んだぞ、ランスロット」

「ハッ」

 

 ランスロットと呼ばれた騎士は、立ち上がると聖王に一礼し、その場を後にする。残された聖王トリスタンは、憂鬱そうな表情を崩さなかった。

 だが、ふと目をやれば、そこに一人の老人が残っている事に気がつく。

 

「……何かあるのか、ウォーレン」

 

 ウォーレンと呼ばれた老人は緩慢にうなずき、聖王へと懸念を伝える。その顔色はすぐれない。

 

「はい……。星が……星の並びが変わりましてございます」

「なに? それは一体どういう事だ?」

「これまでに見たことのない並びです……これより先、星によって未来を見る事は難しくなるかと……」

「そなたの占いが使えぬとは……此度の任務に問題はないのか? それこそ、凶兆ではないのか?」

「……それは何とも。ですが――――」

 

 ウォーレンは言いながら、窓の外を見上げる。まだ太陽は空高く、星々の光は隠されている。だが、ウォーレンには確かに見えていた。そこにある、赤く、紅く輝く一つの星が。

 

「――――どうやら我らの命運は、一つの星が握っているようです」

 

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「猊下、どうやらガルガスタンの連中も建国を目論んでいるようです」

「なに……?」

「バルバトス枢機卿です。どうやらオルランドゥ伯の末裔である幼子を担ぎあげるつもりのようで……」

「ふん、あのいけ好かない男か。我々がローディスと手を組んだのがよほど気に食わぬと見える」

 

 部下の報告を受けて、玉座の上でふんぞり返るのは初老の男性。

 ドルガルア王の忘れ形見を隠蔽し、王妃へと取り入る事で権力を手にし、ついには一国の摂政、実質的な国主の地位にまで上り詰めた男、ブランタ・モウンだった。

 バクラム・ヴァレリア国を建国し、バクラム人によるバクラム人のための国を作りあげた男は、新たな勢力の登場に苛立ちを隠さない。

 

「いかがいたしましょう?」

「……あの男を喚べ。我々だけで方針を決める訳にはいかぬ……」

「……ハッ」

 

 そう返したブランタだったが、彼の内心は煮えたくっている。ローディス教国の顔色を伺わなければ、方針一つも決める事ができない己の状況に対してのものだった。

 だが、そうでもしなければ、ドルガルア王の死後に混乱したヴァレリアをまとめる事など不可能だろう。そして、ローディス教国の干渉を跳ね返す事も。

 

 己の決断は正しかった。そのはずだ。

 ブランタはそう確信しながら、喚び出した相手を待つ。

 

 その男はローディス教国から派遣されてきた、騎士団の団長。

 ブランタにとっては、味方でありながら、潜在的な敵でもある相手。

 

「――――お待たせしましたかな、猊下」

 

 一人の男が、ブランタのいる大広間に現れる。

 その男の後ろには、二人の騎士が影のように付き従っている。

 

「これはこれは、わざわざ足を運んで頂き申し訳ないですな。ですが、火急の用件にて――」

「前置きはよいでしょう。その火急の用件とやらをお聞かせ願えますか?」

「ははは……これは手厳しい」

 

 ブランタは口では笑っていながらも、目では一切笑っていない。

 

「今入った情報によれば、ガルガスタン人達が建国の動きを見せているようで。首謀者はバルバトス枢機卿。多数派のガルガスタン人がまとまるとなれば、その規模は馬鹿にはできぬものでしょうな」

「……ほう。猊下のお力であればヴァレリアを一つにまとめられると、そう仰っておりましたが?」

「ふん……どうやら奴らは、我々が貴国とつながっているのが気に食わぬ様子ですな。そこで、ものは相談なのですが――――」

「我らの力を借りたい、と?」

「ええ。ローディス教国の精鋭であり、筆頭の騎士団である卿ら――――暗黒騎士団のお力をお借りしたいのですよ、タルタロス卿」

 

 ブランタの前に立つ男。片目を眼帯に覆われ、腰元には光り輝く聖剣ブリュンヒルドを持つ暗黒騎士団の団長。ランスロット・タルタロスは、確かにそこに存在していた。

 

 それは、時のいたずら。

 二人のタルタロスが、同時に存在するという矛盾。

 

 ――――彼らはまだ、お互いの存在を知らない。

 




さ ぁ、カ オ ス の 時 間 だ。
各陣営の状態がリセットされたりされなかったりして、作者の頭も大混乱必至です。
よっしゃ、二人いるなら、一人間引いても大丈夫だな!(錯乱)


【聖騎士ランスロット・ハミルトン】
新生ゼノビア王国からヴァレリアにやってきた(やってくる)聖騎士。
通称、白ランスロさん。タルタロスさんとは別人です。
※この小説には現在、ランスロットさんが三人存在しています。

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