ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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027 - Ultimate Power

「止まれッ! 何者だッ!」

 

 グリフォンでハイム城の中庭に降り立った俺達の元に、兵士達が駆け寄ってくる。別に怪しい者じゃないんだけど、俺の格好ってすごい怪しいかも。ローブを着てフードもかぶってるし。

 

「我々はバーニシア城から、ラヴィニス・ロシリオン卿の使いとして来た。火急の用ゆえ、こちらの警備責任者にお目通りを願いたい」

「なに? ……確かに、このグリフォンはバーニシア城のものだが……何か証となるものはあるか?」

「ラヴィニス卿から書を預かっている」

 

 用を告げた俺に対して、あからさまに胡散臭そうな目を向けてくる兵士。仕方ないので、懐から預かっていた手紙を取り出した。手紙には彼女の印鑑によって封蝋がされているため、証明になるはずだ。

 手紙を受け取った兵士は、封蝋をしげしげと眺めたあと、ひとつ頷くと「その場で待機せよ」と告げてから去っていく。仕方ないけど面倒だなぁ。

 他の兵士達が数人、見張りのために残っている。彼らは俺の方をチラチラと見て、なんだか首を傾げている。おもむろに、一人の兵士が俺に声を掛けてきた。

 

「その……そこの……貴様、フードをおろして顔を見せてみよ」

「む、すまない」

 

 俺は言われた通りにフードを下ろす。すると、周囲から息を呑む音が複数聞こえてきた。

 

「貴様は……いや、貴方は――」

「――待たせたなッ! 用件を聞こうではない――――ム?」

 

 兵士が口を開きかけた時、城内へとつながる扉から一人の騎士が現れた。その顔には非常に見覚えがある。確か、俺がこのハイム城に単独突撃した時に相対した、騎士グランディエだ。攻撃を受け流すファランクスの使い手で、かなり苦戦させられた。

 

「貴公は……あの時のッ!」

 

 どうやら向こうもこちらを覚えていたらしい。あの時もフードをかぶっていたけど、戦っている間にいつの間にか外れてしまっていたのだ。俺の顔はバッチリ目撃されていたようだ。

 すわ復讐か、と思って一瞬身構えたが、グランディエは俺の元までやってくると、腰を九十度曲げて頭を下げてきた。見事なお辞儀である。

 

「礼を言わせてほしい。貴公のおかげで、多くの民が救われた。本来は我々が果たすべき義務を、貴公に押し付けてしまった事、慚愧に堪えぬ……」

「……頭を上げて欲しい、忠義の騎士よ。俺は自分がやりたいようにしたまで。デニムの遺志を無駄にはしたくなかった。ただ、それだけの事だ」

「…………そうか。貴公は……そうなのだな……」

 

 グランディエはそれ以上は何も言わず、黙りこんだ。そういえば、この男はブランタに忠誠を誓う騎士だったんだな。今ではブランタと敵対していた解放軍に属しているわけだが、葛藤があったんだろう。

 やがて、彼はゆっくりと頭を上げる。その表情は覚悟を決めた男のものだった。

 

「……それで、バーニシア城からの火急の知らせという事だったな」

「ああ。ラヴィニスから手紙を預かっている。確認してくれ」

 

 差し出した手紙を受け取ったグランディエは、封を開けて読み始めた。俺は中身を知らないが、敵の陽動について書かれているはずだ。王都が狙われている可能性も。

 手紙を読み終わったグランディエは頷くと、警備を強化する事を約束してくれた。俺が協力を申し出ると、礼を言われながら承諾された。

 

 あっ、そういえば。

 

「……失念していた」

「む? 何か他にもあったか?」

「あの時は名乗れなかった名を、いま名乗ろう。俺の名はベルゼビュート。好きに呼んでくれ」

「…………私は、ラティマー・グランディエ。今はただ、王国に忠義を尽くす騎士だ」

 

 俺の名乗りに対してグランディエは目を見開き、口元を引き締めると名乗りを返してくる。俺達はそのまま、固い握手をかわした。なんだか熱い友情が芽生えた気がして嬉しいぜ。

 

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 ハイム城に侵入したタルタロスが感じたのは、ある違和感だった。

 

 隠し通路を抜けて城内の一室へと出る。そこは戦いの際に使われる会議室の一室で、隠し通路への出入り口は王が腰掛ける一際豪奢な椅子の後ろに存在していた。

 会議室の内部には誰一人おらず、明かりもついてはいない。隠し通路の存在は、ごく一部の人間にしか知られていないのだ。だからこそ緊急時に役立てる事ができる。それだけに、タルタロスにこの通路の存在を漏らした男は愚かに過ぎると言えた。

 

 タルタロスは、後ろから続いてきたテンプルナイト達にハンドサインで指示を出しつつ、会議室の扉へと貼り付き耳をすませる。廊下を動く者の気配は感じられず、静寂がただそこにあった。

 夜間とはいえ、まだ夜更けというほどの時間帯ではない。この城につめている貴族や軍幹部たちも、まだ寝静まってはいないはずだった。タルタロスは違和感を覚え、撤退すべきか検討する。

 

「――――なるほど。貴公らが本命というわけか」

 

 しかし、その判断はいささか遅かった。背後から声を掛けられた事に驚愕し、タルタロスとテンプルナイト達は慌てて振り返る。そこには、先ほどまでは確かになかったはずの人影が存在していた。

 

 それは、奇妙な人物だった。彼らと同じように身を隠すローブをまとい、フードで顔は隠されている。だが、全身から圧倒的な存在感と威圧感を放っており、一度目に入れてしまえば、もう二度と目が離せないのではないかと思わせる。

 低音の声からして、恐らくは男。一般人の平均より頭一つ以上も高い長身。腕を組み、壁にもたれかかりながらタルタロス達を睥睨していた。

 彼の身体は不可思議な紫色の光に覆われており、暗闇でもぼんやりと発光してよく見える。部屋に入ってきたタルタロス達が見落としたとは、到底考えられなかった。

 

 タルタロスは、与えられたパズルのピースを組み上げ、瞬時に答えを弾き出す。

 

「……パラダイムシフトか」

「む、一目で見抜いたか。どうやら下っ端というわけではなさそうだが……」

「…………」

「だんまりか。まあいい、貴公らの企みは失敗した。さっさと逃げるがいい」

 

 男の意外な言葉に、タルタロスはピクリと反応する。

 

「……見逃すつもりか?」

「見たところ、貴公は暗黒騎士団の騎士だろう? 暗黒騎士には借りがあるからな。バルバスとアンドラスという男たちだが、貴公と共にいるのか?」

「ふん……奴らはクーデターを起こして失踪したまま、本国にも戻ってはおらん」

「そうか、それは残念だ。できるなら礼を言いたかったが……」

 

 フードのせいで男の口元しか見えないが、タルタロスの目には彼が本心からそう言っているように映った。バルバスとアンドラスという名前が出てきた事に驚いたものの、それは彼にとって僥倖と言えた。

 タルタロスは要人暗殺という任務の達成を早くもあきらめ、情報収集へと意識を切り替える。こうした土壇場での判断力、割り切りの早さは、経験によって培われてきたものだ。

 

「貴様は、我が軍の先触れを潰しまわった、あのバケモノか?」

「む? ああ、そうだな。しかし、バケモノか。あながち否定できんな……」

「……貴様は、なぜ我らと敵対する? 貴様ほどの力があれば、この国を取ることも容易いだろう」

「そうだな……。かつてはデニムのためだった。今はただ、この国の平穏のためだ。 ……俺は平和を愛しているからな」

「…………貴様ほどの力を持ちながら、平和を愛するだと? それは何かの冗談か?」

「この力は望んで得たものではない。ただ、この力が役立つのであれば、躊躇なく振るうつもりだ。――――例え、ローディス教国が相手でもな」

 

 最後の一言と共に、男が放つ強烈なプレッシャーはますます強くなり、歴戦の騎士であるタルタロスの額にも冷や汗が浮かぶ。それは、一般騎士百人に匹敵するとされる最高騎士爵『デステンプラー』の称号を得ている彼をして、戦いを避けるべきと直感するほどのものだった。

 だが、その心とは裏腹に、タルタロスの手が腰元の聖剣アンビシオンへと伸びる。それは、あまりにも大きい脅威を前にして、彼が反射的にとってしまった防衛反応にすぎない。その動きを目ざとく見つけて、目を細める男。

 

「……やはり、一戦を交えなければわかりあえんか。あの暗黒騎士達もそうだったな――――行くぞ」

「ッ!」

 

 タルタロスが反応できたのは、ほとんど偶然に過ぎない。咄嗟にアンビシオンを抜いた彼は、目前まで迫り来る黒槍をなんとか弾く。予想以上の力量に、タルタロスは焦りを深めた。

 

「タルタロス様!」

 

 男のプレッシャーの前に今まで固まっていたテンプルナイト達が動き出す。それぞれ己の得物を抜きながら、タルタロスを助けようと躍り出た。

 

「待てッ! 貴様らは――」

「遅い」

 

 タルタロスが彼らを止める間もなく、男の持つ不気味な黒槍が生き物のようにうねり動く。テンプルナイト達は、次々に意識を落として床へと崩れて落ちていった。

 彼らはテンプルコマンド級にこそ及ばないが、一人一人が他国において精鋭と呼ばれるほどの力を持っている。それが呆気無く無効化され、タルタロスは目を見開いた。

 

「……馬鹿な。貴様、本当に何者なのだ……!」

「む、またしても名乗りを忘れていたな……。俺の名はベルゼビュート。オウガと呼ばれる事もあるな」

「オウガだと? そういえば貴様、先ほど望んで得た力ではないと言ったな……」

 

 ベルゼビュートと名乗った男の言葉に、タルタロスは食いつかざるを得ない。彼の脳裏に様々な可能性が浮かび、そして一つの結論を出す。それは、教国にとって見逃す事のできない可能性だった。

 オウガと呼ばれるほどの異常な力。望んで得た力ではないという言葉。バケモノという呼称を否定しなかった事。民族紛争の時点では登場しなかった事。バルバスとアンドラスの二人と知己であったという事実。タルタロスの中で、全てが一本の線で繋がった。

 

「――――空中庭園の地下、貴様はそこに向かったのだなッ」

「む? ああ、確かに行ったな。カオスゲートとやらを破壊するためにな」

 

 ベルゼビュートの言葉にますます確信を深めるタルタロス。カオスゲートの事を知っているのであれば、間違いはないだろう。

 目の前の男は、カオスゲートを通り魔界へと赴いたのだ。そして、そこで『究極の力』を手に入れた。かつてドルガルア王が求めた力であり、ローディス教国が血眼で探し続けている力。神の祝福を受けて得られる、神すらも超越しうる力。

 伝説では、かつてバーサ神と契約して究極の力を得た開闢王は、その人知を超えた強大な力で敵対勢力を滅ぼし、パラティヌス王国を興したとされる。もしその力を手にすれば、ゼテギネアの覇権を得る事など容易い事だろう。ローディス教国にとって、是が非でも手に入れなければならない力だった。

 

「貴様……! その力、どのように得た! 神と契約でも結んだかッ」

「神と契約だと? そのような覚えはないな。俺は気づけば力を得ていたに過ぎん。いや、心当たりがないでもないが……人に話すようなものではないな」

「……話すつもりはないという事か。まあ、そうであろうな……」

 

 タルタロスは内心で嘆息する。これで、この男を見逃すわけにはいかなくなった。究極の力に傾倒している教皇は、何を置いても彼を捕らえるように命じるだろう。仮に秘密が聞き出せないとすれば、確実に排除しなければならない。教国にとって脅威となるのは間違いないのだ。

 

 タルタロスはアンビシオンの柄を握る手に力を込めて、ベルゼビュートへと向き直る。先程までは、積極的に相手をするつもりはなかった。だが、ここからは違う。

 かつて堕ちた神の使徒を相手にした頃よりも、数段力を伸ばした彼の本領が発揮されようとしていた。神の使徒から奪ったアンビシオンが、彼の戦意に同調するようにまばゆく光輝く。

 

「……神聖なるローディス教国が暗黒騎士団ロスローリアン団長、ランスロット・タルタロス――――参る」

 

 そして、両雄は再び激突した。

 

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 夜の星明かりの下、三匹のグリフォンが大翼を広げて暗闇を切り裂いていた。

 

 その一匹の背にまたがるのは、銀髪の女騎士ラヴィニス。バーニシア城での戦いを終えて、王都ハイムへと急行していた。

 結局、敵の陽動部隊は大した抵抗もなく、ある程度の被害が出たら撤退していった。それが囮の可能性もあったため深追いは危険だと考えたラヴィニスは、バーニシア城へと引き返し、後始末を終えた上で王都へと向かうことにしたのだ。

 彼女の視線は、いまだ見えぬ王都、そこにいるはずの一人の人物へと向けられている。

 

「……ベル殿、ご無事でいてください……」

「ラヴィニス隊長ッ! このスピードでは、グリフォン達が危険ですッ!」

「そ、そうね……。少し速度を緩めましょう」

 

 一緒に飛んでいる部下に言われて、手綱を緩めるラヴィニス。気が急いているのは自覚しているがそれも仕方ない。あの強く憧れた男性が、一匹の残忍なオウガとして振る舞う姿。その光景が、彼女の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 ウォーレンによれば、その心配がないのは理解している。しかし、一度目撃しているのだから、心配をしてしまうのは当たり前のことだ。まして、相手が恋人となれば尚更だった。

 

 そう、恋人だ。

 

 ラヴィニスの頬がぐにゃりと緩む。ハッと気がついて引き締める。またぐにゃり。その繰り返しだった。ラヴィニスはいまや完全に恋に恋する女の子になっていた。

 一緒にいる部下達はそんな隊長の奇行に気がついているが、空気の読めない真似をするつもりはない。かくしてグリフォンの背の上には、緊迫しているのか弛緩しているのか、よくわからない空気が流れていた。

 

 まさか自分の思いが叶うとは、受け止めてもらえるとは思わなかった。一方で、弱みに付け込むようなタイミングでの告白に少し罪悪感を覚えているが、恋愛には駆け引きも重要だと聞いた事もある。

 ラヴィニスは、あの時の事を思い出す。もはや何度も脳内で再生した瞬間だった。彼の真摯な紅い瞳がラヴィニスを見つめて、徐々に近づいていくる――――。

 

 頬に手を当ててイヤイヤをするように顔を振るラヴィニス。もはや、隊長としての威厳は欠片も存在していない。しかし、部下達はそんな隊長の事も大好きだったので、何も問題がなかった。

 

 結局、ラヴィニスの奇行は王都へ到着するまで続き、部下達をひどく和ませる事になる。

 




タルタルソースさん、勘違いして本気を出すの巻。
……よし、恋愛要素は控えめだな!


【究極の力】
神が人に与えて封印したとされる『無限の可能性』。それを引き出して得られる力だと考えられている。ほとんどの者は引き出す事ができたとしても、その制御が出来ずに暗黒道に堕ちてしまう。
ローディス教国がヴァレリアに暗黒騎士団を派遣したのも、この力を調査するため。
開闢王と呼ばれるパラティヌス王国の開祖が用いたとされるが、神と契約してうんぬんというのは、あくまで伝説の話らしい。
神々のトライフォースかな?

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