なんだか知らないけど、俺を召喚した美女ベルゼビュートさんは喚き散らしながら虚空へと消えていった。えぇ……? 俺、なにもしてないよね?
ふと見れば、他の二人の相手も消えているようだ。残ったドルガルアはといえば、膝をついて弱々しく点滅している。もしかして、二人の内どちらかがドルガルアを攻撃したんだろうか。
王様は弱っているみたいだし、今が説得のチャンスかもしれない。
「……ドルガルアよ……ヴァレリアの哀れなる王よ」
「グ……我ヲ……哀レト呼ブカ……不遜ナル者ヨ……」
「……残念だが、貴殿は既に人ではない。現し世に戻ろうとも、既に貴殿の在るべき場所は無いのだ」
「ソウダ……我ハ……人ヲ超エ神トナッタノダ……今コソ、全テヲ支配シ、取リ戻スノダ……」
確かに力は得たのかもしれない。しかし、今の彼は妄執に囚われた哀れな存在に過ぎない。愛する妻子を救うために力を求めた男は、己の望みすら忘れつつあるようだった。
「……ヴァレリアの王の座は、我が友が継ごうとしている。民衆に望まれ、大義のために己を犠牲にしようとしているのだ。……友の覚悟を無駄にするような真似は許さんぞ、オウガよッ!」
「…………オウガ……ダト?」
ドルガルアが俺の言葉に怯んだ様子を見せた時、辺りに不思議な声が響いた。
――――考エルナ…… ヤツラヲ倒スノダ…… ソヤツラハ…… タダノ敵ニスギヌ……
だが声の持ち主は姿形もない。聞くものすべてを不安にさせるその悍ましい声は、地の底から響いてくるようだった。
――――今コソ…… 戦イヲ再ビ…… イニシエノ…… 『オウガバトル』ヲ……
「フン……まるでカオスゲートが喋ってるみたいじゃねぇか」
「オウガバトルだと……? まさか神話の悪魔だとでも言うのか……?」
バルバスとアンドラスも、声の持ち主が気になるようだ。
「グ……グアア…………グオオオオオオッ!」
ドルガルアが声に反応して震え始める。雄叫びをあげ、それに合わせて辺りの魔力が振動しはじめた。暴走したような魔力の嵐が吹き荒れ、地面が隆起していく。ストーンヘンジが吹き飛び、中心には奈落へとつながっている大穴が開き始めた。
俺達は慌てて退避するが、もはや完全にカオスゲートが動き始めたらしい。開いた大穴から大量の魔力が流れ込み、その全てがドルガルアへと集約していく。
「ウオオオ……! 我ニ
かろうじて人型を保っていたドルガルアの身体がボコリボコリと膨れ上がっていく。
「あれが『究極の力』だとでも言うのか……? あんなものが……奇跡だと……?」
「チッ……力を求めた奴の末路って事か……」
背中がメリメリと裂けて、コウモリのような翼が生えていく。臀部から太い尻尾が、手足には鋭い爪が生え、肥大化した肉体は見上げるほどの大きさまで膨れている。顔にはもはやドルガルアの面影がなく、大きな対の角を生やした容貌は完全に悪魔そのものだった。
やがて変形が終わったらしいドルガルアは、バサリと翼をはためかせて俺達を見下ろす。
「我ハ、ドルガルア…… ヴァレリアノ王ニシテ……神ナリ……」
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空中庭園より遠く離れたアルモリカ城の城下町、その一角にある住居でベッドに横たわる老人の姿があった。
長い白髭を蓄えたその顔は、一見すれば厳格な老人に見える。しかしその実、彼は誰にでも柔和で紳士的な態度で接する人物だった。
穏やかな空気で満たされた部屋に、軽快なノックの音が響く。コンコンコーンと、歌うようなノック。
「ハーイ、オジイチャマ♥ お元気〜?」
扉を開けて現れたのは、まさしく魔女と聞いて想像する三角帽子をかぶった美女だった。艶やかなキャラメル色のロングヘアをなびかせて、胸の谷間が大きく露出した過激なボンテージのような黒いドレスを着ている。男が目に入れてしまえば、チャームの魔法にかかってしまうほどの魅力を放っていた。
妖艶な外見だが二十代前半ほどだろうか。歳に見合わぬ落ち着かない態度で、ヒラヒラと手を振ってベッドの老人に挨拶をする。
しかし、ベッドの老人は反応を返さない。すやすやと寝息を立てているだけだった。
「なぁんだ、眠っているのね。起きてよ、ウォーレン!」
老人の枕元で呼びかけるが、やはり老人は目覚めない。魔女の女性は頬を膨らませて不機嫌をアピールする。だが、そんなぶりっ子のような仕草も、反応する相手がいなければ虚しいものだった。
「バカね。さっさとそんな身体棄てて転生すればいいのに……」
女性はポツリとつぶやいた。
しばらく顔を曇らせていたが、やがて何かを思いついたかのように顔を明るくする。
「早く良くなってね…… ちゅっ♥」
女性が老人の頬に唇を落とした、その時。
パチリと老人の目が開いた。
「…………貴女は一体、何をしているんですか」
「えっ! うっそぉ! キスでお目覚めなんて、まるでおとぎ話みたぁい♥」
両手をあげてクルクルと回りながら驚いてみせる女性。その大げさな仕草を見て、老人は溜息をついた。
「はぁ……貴女は相変わらずのようですね」
「うふふっ。そうよぉ。みんなのデネブちゃんは、いっつもご機嫌なのよ!」
「……そんな事より、私は急用ができました」
女性のハイテンションな言葉を軽くスルーした老人は、ベッドからノロノロと立ち上がろうとする。女性は慌ててそれをサポートする。振る舞いに似合わず、かいがいしい手つきだ。
「ちょっとちょっと! いきなり起き上がったら危ないわよッ」
「すみません。ですが急がなくては……どうやら、カオスゲートが開こうとしているようです」
「あら……」
老人の言葉に、さしもの女性もテンションを落とした。その細い顎に指をあてて首を傾げる。
「ん〜、でもぉ、この辺にカオスゲートなんてあったかしら? 死者の宮殿じゃないわよねぇ?」
「違います…… というか、貴女も『魔』の気配は捉えられるのでは?」
「う〜ん、そうねぇ。なんとなく……ぼんやりと……やっぱり、わかんない♥」
「はぁ……もういいです。どうやらここから北東の方向ですね。ハイムの近くのようですが……」
「ふ〜ん……。オジイチャマひとりじゃ危なっかしいし、アタシもついていってあ・げ――」
「結構です」
女性が言い終わる前に老人はスッパリと断る。今度こそ頬を膨らませて、ここぞとばかりに不機嫌アピールを忘れない。だが老人は、そんな彼女の仕草を一顧だにしなかった。
「もうっ。いいわよいいわよ。あ〜あ、カノぷ〜がいればちゃんと反応してくれるのに……」
「……そういえば、カノープスさん達は?」
「ん〜、あなたを置いてゼノビアに帰っちゃったみたいね。あなたの面倒を見るように手配して、ね。なんだかとっても急いでたみたいだったけど……」
「ふむ……ゼノビアで何かあったのでしょうか……。全員で先に帰るとは考えづらいですが、まあ良いでしょう。私はカオスゲートの封印に行ってまいります」
「はいは〜い。がんばってね〜♪」
女性が手をひらひらと振ると、老人は呪文を唱えて光に包まれ、そのまま宙へと消えていった。
「…………もうっ。キスで目覚めたら、そのまま結ばれてハッピーエンドでしょッ!」
一人だけが残された部屋に、ぼやき声が落ちた。
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「ふん……俺よりデカい図体しやがって……」
「なんて凶暴なプレッシャーだ。神様ってのもあながち嘘じゃなさそうだぜ……」
変貌したドルガルアを前にして、バルバスとアンドラスは額に冷や汗を浮かべる。
「……俺がやろう……二人は下がっていろ」
そんな二人の前に一歩踏み出る男の影。ベルゼビュートはすっかりお馴染みとなった緑色の槍を携えて、凶悪な威圧感と魔力を放ち続けるドルガルアの前に悠然と現れる。
「ふ、ふざけるなッ! お前に護られる筋合いはないッ!」
「その通りだ、ベルゼビュート。俺達は足手まといにはならない」
バルバスとアンドラスも、それぞれ己の得物を構えてベルゼビュートの横に並ぶ。
「……死んでも知らんぞ」
「ハッ! ぬかせ! 仮に死んだとしても、そりゃあ俺が弱かっただけだッ!」
ベルゼビュートの言葉に、バルバスはニヤリと笑う。強さにこだわる彼らしい言葉だった。
「俺は……ニルダムのためにも死ぬわけにはいかん。だが、ここで逃げてしまえば、このバケモノは地上に出て暴れまわるだろう。……それでは、民を見捨てた父と同じだッ! 俺はもう、絶対に逃げんッ!!」
アンドラスもまた、ニルダムの王子として立ち向かう事を決めたようだ。国民を見捨ててローディス教国に尻尾を振った父親、それに逆らわずに従った自分が許せない彼は、この空中庭園で己の道を見つけた。
「オオオ……不敬ナリ……! 反逆者ドモヨ……ヒザマズケ……頭ヲ垂レヨ……!!」
ドルガルアは翼を拡げて、三人の元へ飛び込んでくる。空気を切り裂きながら、鋭利な爪の生えた手を振り回す。前に出ていたベルゼビュートがそれを槍で上手くいなしていった。爪が槍に触れるたびに、ギャリギャリと火花が散る。
触れてしまえばあっさりとバラバラにされそうな爪を、常人からすれば気の狂いそうなスピードで弾いていくベルゼビュート。それを見ていた二人も隙を見て攻撃を加えようとするが、その隙がなかなか見当たらない。あまりにも高度な攻撃の応酬に、手をこまねいている状態だった。
「…………仕方ないか」
ポツリとつぶやいたベルゼビュート。次の瞬間、事態は急変する。瞬きをするほどの刹那、ベルゼビュートの動きが急加速して、ドルガルアの動きを上回った。
それは時の傲慢。一時的に全ての『時』を独占する悪魔の行い。パラダイムシフトを行使したベルゼビュートの身体は、鮮やかな紫光に包まれている。
数瞬の間に、ドルガルアの胴体に槍が何度も突きこまれる。しかもそれらはことごとく、人体の急所となっている箇所を狙い撃っていた。ラヴィニスに見せた突剣の技、それを応用したものだ。
「グアァァァッ!」
突然の痛覚に悶えるドルガルアだったが、彼の不運はそれで終わらなかった。気がつけば、近くまで飛びかかっていた二つの影。
「オラァ! 喰らいやがれッ!」
「フンッ!!」
魔界の将軍が愛用したとされる地脈を操る巨大なハンマー、サンシオンがドルガルアの脳天を揺さぶる。さらに、魔竜の爪から作られたカギ爪、トゥルエノが弾ける紫電を纏いながら胴体を大きく切り裂いた。
人を超越したドルガルアといえ、その武器はどれもが魔界でも用いられ、神をも殺す事ができると言われる一級品。巨体を震わして悲鳴をあげるドルガルアは、瞬間移動で転移して三人の元から距離を取る。
「ウ……ガ……ガアアアアアアッ!」
ドルガルアは両手を天高く掲げて魔力を励起させる。大気が揺れ、大地が揺れ、辺りに漂う『魔』が悦びに震えるようにドルガルアへと流れ込む。空間がきしみ、やがて巨大な魔法陣が展開される。
「チィッ! なんか大技がくるぞッ!」
「なんだあの巨大な魔力はッ!? 禁呪か何かでも使うつもりかッ!」
「…………」
召喚魔法によって大地が割れ、地の底から城とも見紛うほどの巨大な影が地を揺らしながら現れる。石で作られたように見えるその巨体は、身じろぎするだけで一軍ですら滅ぼせそうなほどだ。
その正体は、ラディウスと呼ばれた神の兵器。全身を発光させて、天界の聖なる気を集めていく。魔界の悪魔ですら一瞬で蒸発させるほどに集約されたそれは、もはや極光と呼べる域にまで達しつつある。
ここに来て、初めてベルゼビュートの顔に苦悶が走る。不死身の彼にとって、どのような大技であろうと恐れはない。だが、せっかく親しくなった二人を失うのは辛い事だった。
「……逃げろ。後は俺が何とかしよう……」
「何度も言わせるなッ! 俺は逃げるつもりはねぇッ!」
「私とて同じ事だッ!」
二人は歯を食いしばり、ベルゼビュートは溜息をひとつつく。
そして、極光が地に落ちた。
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「…………なん、だ?」
「ここは……地上か……?」
溢れだした極光に目を焼かれそうになり、固く目を閉じていた二人。軽い浮遊感がして、急に地鳴りの音が失われた事に気づいてゆっくりと目を開けると、そこは黄色い砂が一面に広がる光景、砂漠だった。先ほどまで自分達がいたはずの空中庭園の高い塔が、遠目に確認できる。
バルバスとアンドラスは、呆けた表情で辺りを見回した。そこに、先ほどまで居たはずの黒いローブ姿は見当たらない。当然、敵であるオウガの姿も。
「……あ、あの野郎……! 俺達を……逃しやがったな……!!」
状況を理解したバルバスが悔しげに地団駄を踏む。細かい砂が辺りに舞い散った。
「馬鹿な……。あんなバケモノに一人で挑むつもりか……!」
アンドラスは歯を食いしばって身体を震わせる。
そこからの、暗黒騎士団のテンプルコマンドにまで上り詰めた二人の行動は迅速だった。すぐに空中庭園の地下へと駆け出す。バルバスはその大きい図体を揺らし、アンドラスは恵まれた肉体から力を振り絞る。
全てはあの得体の知れない、性別もわからない存在のためだった。
――――だが、空中庭園に向かった二人は呆然とする事になる。
地下へと続く扉、それは既に固く閉ざされており、侵入者を拒んでいた。
バルバスの腰に差してあったはずのブリュンヒルドは、どこかへと消えていた。
二人は、封印された扉を前に、何も言わずに佇むしかなかった。
結局、二人があきらめるまで、扉からは誰も出てこなかった。
二人は失意のまま、ヴァレリアを後にする事になる。
本気を出したドルガルアさんと、デネブさんのお見舞いでした。
果たして残ったベルゼビュートがどうなったのか。それは次回のお楽しみです。
【占星術師ウォーレン】
ゼノビアからやってきた聖騎士御一行様の一人。白髭のおじいちゃん。
原作におけるマスコット的なキャラで、プレイヤーに様々なアドバイスをしてくれる。
捕虜にされて意識不明の重体となっていた。カノープスに置いてけぼりにされて可哀想。
【魔女デネブ】
オウガシリーズ皆勤賞のアイドルである魔女っ子おねえさん。年齢不詳。
仲間にするのがとっても面倒くさい事でお馴染み。でも愛があれば問題ない。
新生ゼノビア王国建国に一役買っており、ウォーレンとは旧知の仲。
【ラディウス】
ラスボスであるドルガルア王が使ってくるスペシャルスキル。
某巨神兵を思わせるフォルムの巨大なゴーレムが現れ、ビームを放ってくる。ロボ漫画かな?
鍛えていても物凄い痛いダメージを叩きだしてくるので、コレをいかに使わせないかが攻略の鍵となる。