ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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002 - Dead End

「……はっ!」

 

 バッと身体を起こして一気に覚醒する。なんという悪夢だったのだろう。訳のわからないダンジョンに放り込まれて、ドラゴンやらスケルトンやらモンスターに襲われ、最後は無様に殺された。

 はあ、会社行かないと……。

 

 しかし、枕元にあるはずのスマホが見当たらない。いや、それどころか、ここはベッドの上ですらない。辺りを見回してみれば、夢だったはずの薄暗い空間。毒沼と人骨が転がる床の上に横たわっていた。

 どうやら、悪夢はまだまだ続くらしい。

 

「俺は、死んだはずだが……」

 

 特に身体に変わった様子はない。近くに転がっていた緑色の槍も、食料を入れた革袋もそのままだ。だが、よく見れば革袋はところどころ血で赤く染まっている。身につけていたボロ布はさらにズタボロになっており、元が黒くてわかりづらいが血に濡れている。

 横たわっていた地面にも赤い血だまりができあがっていた。その中に、見覚えのある金属製の『矢』が転がっている。どうやら、俺が死んだのは記憶違いではないらしい。だとすれば、今の俺は一体なんだというのだろう。

 殺された場面を思い出し、今になって身体が震え始めたが、ここに留まっていれば再び同じ目に遭うのは想像がつく。俺は慌てて荷物を抱えて来た道を戻り、スタート地点の小部屋に飛び込んだ。幸い、今度はドラゴンにもスケルトンにも遭遇しなかった。

 

 小部屋に戻って検証した結果、どうやら俺の身体はバケモノになっていたようだ。

 

 槍の切っ先で手の甲に傷をつけてみると、すぐに傷が塞がって治ってしまった。少し覚悟して、大きめの傷をつけてみたが、やはりすぐに治癒してしまう。スケルトン達によって確かに殺されたはずだったが、こうしてピンピンしているのは、死の淵から蘇ってきたとしか思えない。

 死んでも自動で蘇るなんて、ゲームや漫画にでてくる不死身の吸血鬼か何かみたいではないか。もしかして、血を吸いたくなってしまったりするのだろうか。

 

 だが逆に考えてみれば、この状況においては非常にありがたいアドバンテージだ。好んで死にたいとは思わないが、死んでもやり直しが効くというのは、ゲームのようにコンティニューできるという事だ。

 スケルトン一体を相手になら有利に進められたのだ。不意打ちに気をつけて、囲まれないように注意して動けば上手く立ち回れるかもしれない。ゴーストの魔法だって、事前に気がつけば避けられるはずだ。

 最悪また死んでしまっても、何度も繰り返しコンティニューしていれば、いつかはゴールにたどり着けるはずだ。

 

 そうして俺は、現実感を完全に欠いたまま、『ゲーム』の攻略に没頭していった。

 

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 大部屋を壁伝いに探したところ、階段を見つけた。しかも、二つもだ。一つは上階への昇り階段、もう一つは下階への降り階段。スタート地点の小部屋がダンジョンの終端だと勝手に思い込んでいた俺は、どちらに進むべきか頭を悩ませる事になった。

 このダンジョンの雰囲気からして地下にあるように思える。だとすれば、正解のルートは上階への昇り階段だ。だがもし、このダンジョンが塔のような高層の建造物だったら、地上へと降りる下階への降り階段が正解だろう。

 

 結局、最初の直感を信じて上へと昇っていく事にした。

 

 道中、スケルトンやゴーストと再戦したが、初戦のように不意打ちや魔法に注意しながら戦えば、何とか撃退する事ができた。しかし、何度かは一対多の状況に持ち込まれてゲームオーバー、つまり『死』を経験した。

 最初は死ぬ事に対していちいち恐怖を感じていたが、死ぬ度に段々と感覚が麻痺していき、途中からは何も感じなくなった。むしろ、多少の傷はすぐに治癒する事を利用して、自分の身体を盾にしたり、犠牲にして相手を仕留める、という戦法を編み出したりしていた。

 さらに、死ぬ度に復活するまでの時間が短くなっているのがわかった。今では、一度死んでも数秒間だけ意識を失う程度で復活し、戦い続けられるようになっている。完全に人間をやめているが、俺は自分の身体について考える事を放棄しつつあった。

 

 以前に遭った赤いドラゴンとも再び遭遇した。相変わらずの迫力だったが、すでに死の恐怖を覚える事はなくなっていた俺は、槍一本を持って果敢に立ち向かっていった。

 最初のうちは固いウロコにダメージが全く通らず、何度も殺されたり、生きたまま食われたりを繰り返していた。死体を食われてしまっても、しっかりと所持品込みで復活できるらしい。どうやって復活しているのかは死んでいるのでわからないが、あまり考えたくない。

 奴の攻撃方法は鋭い爪と牙、尻尾だけかと思い、ヒット・アンド・アウェイで距離を保ちつつ戦っていたら、いきなり炎のブレスを吐き出してきた。あえなく全身を焼かれた俺だったが、やはり数秒後には何事も無かったかのように復活する。どうやら、炎に焼かれても問題ないらしい。

 

 ドラゴンと何度か戦っているうちに、槍に体重をいっぱいに掛けた一撃であればウロコを貫通してダメージを与えられる事がわかった。いわゆる『クリティカル』のようなものだ。

 クリティカル攻撃を何度か繰り返すと、次第にドラゴンの動きが鈍っていった。殺しても殺しても向かってくる俺に脅威を感じたのか、ドラゴンは逃げるようになったが、俺は逃さないように徹底的に追いかける。どうやらモンスター達はフロアをまたぐ事はできないらしい。

 

 最後に全体重を掛けたクリティカル攻撃によって、ドラゴンの首筋に槍が突き刺さり、その巨体がズシンという音を立てて崩れ落ちた。

 

 これまで戦ってきた感謝を込めて、斃したドラゴンの血肉を喰らう事にした。限りある保存食を消費し続けるわけにはいかないし、他のモンスターは骨や幽霊ばかりで喰えそうにないという事情もある。

 

 ドラゴンの肉は非常に美味だった。俺は泣いた。

 俺の中で、ドラゴンに出会ったら食料になる事が決定した瞬間だった。

 

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 最後に小部屋を出てから、恐らく数ヶ月が経った。

 この世界の暦では一ヶ月が何日間なのか知らないが、寝て起きた回数は百から数えていない。

 

 階段を少しずつ見つけては昇っていくが、一向に出口へとたどり着かなかった。昇った階段の数はもはや五十以上だろう。一体、このダンジョンは何階まであるのだろうか。

 ちなみに、食べたドラゴンの数はすでに数えていない。フロアごとに何匹かいるらしく、赤色だけでなく青色だったり黄色だったり実にカラフルだ。毎日一匹は狩っているから、このダンジョンからドラゴンを絶滅させてしまうかもしれない。探索が遅々として進まなかった原因でもある。

 

 そして今日、ついに終点と思われる地点までたどり着いたのだ。

 

「……なん、だと……」

 

 思わず俺の口から漏れた絶望の言葉。

 何十もの階段を昇ってたどり着いた場所は、行き止まりだった。

 

 何度も壁伝いに探してみたが、上階へと向かうための階段は見当たらない。壁ではなく、部屋の中央にあるのかとも思ったが、部屋の中にも何も見つからなかった。どうやら、本当に行き止まりらしい。

 俺は絶望でガクリと膝をついた。

 

 完全に無駄足だったのだ。このダンジョンはきっと地下ではなく地上に建っており、出口は最下層にあるに違いない。それを知らない間抜けな俺はダンジョンの最奥までやってきてしまったのだ。直感なんかを信じた俺がバカだった。

 

 ムシャクシャした俺は、槍を振り回してそこらのスケルトンを腹いせにまとめて叩き壊していく。なんだか知らないが妙に力が強くなっており、以前は苦戦していたスケルトンも一撃で倒せるようになっていた。というか、ドラゴンですらクリティカルなしで槍をブスブスと刺せるし、下手すれば一撃で倒せる。

 

 これはあれか。きっと散々ドラゴンを倒してたからレベルアップしてしまったんだな、うん。

 

 おかげで、ドラゴン達は俺を見ると尻尾を丸めて一目散に逃げるようになってしまった。肉のために狩るのが大変だ。ダンジョン内の食物連鎖で、俺がトップに立ってしまったに違いない。

 捕まえると奴らは鋭い爪や牙で必死に抵抗してくるが、なぜだか俺の皮膚で止まるようになってしまった。ブレスを吐いてくる事もあるが、炎のブレスでも産毛が焼けるぐらいである。ムダ毛の処理に最適だ。死んでもコンティニューできるが、死ぬ事がほとんどなくなっている。

 

「はぁ……下に戻るか……」

 

 そこらに転がるスケルトンの残骸を踏み潰しながら、まっすぐに降り階段を目指す。最初は毒沼にも気をつけていたが、今では毒すら効かなくなったようなので、特に気にしていない。

 

 ここに来るまで、様々な敵と戦ってきた。

 スケルトンやゴーストだけではなく、大型のコウモリのような『グレムリン』、可憐な妖精のように見えるが凶暴な『フェアリー』、一つ目で巨体を持つ『サイクロプス』、鳥とライオンの間の子のような『グリフォン』、大蛇の下半身と女性の上半身を持つ『ラミア』、二足歩行のトカゲのような『リザードマン』などなど。

 中でも、人間の姿をした『ゾンビ』は、最初に出会った時は驚いたものだったが、話しかけても全く会話が通じず、むしろ襲いかかってくるだけだったので、何度目かの遭遇から問答無用で消し飛ばす事にした。

 

 昇ってきた階段を下っていくのはあっという間だった。何せ襲ってくるモンスターがいないから平和なものだ。どいつもこいつも、俺の姿を見ると一目散に逃げ始める。最初は襲いかかってきたくせに、一体どういうつもりなのだろうか。

 

 おっ、グリフォンだ。今日の飯はヤキトリだな。

 

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 スタート地点の小部屋を通り過ぎ、階段を下り方向に進んでいく。戻ってくる時に数えてみたが、最上層から小部屋のあるフロアまで、50もの階段を降りてきたようだ。なんという時間の無駄だったのだろう。

 

 溜息をつきつつ、相変わらず平和なダンジョン内を進んでいくと、いくつか階段を降りたところで明らかに他のフロアとは異なる雰囲気の場所に出た。おいおい、もしかして最初から階段を下りていれば、あっという間に出口だったんじゃないか。

 

 周囲にはグツグツと煮え立つ真っ赤な溶岩。今まで、わずかな発光による視界に目が慣れていたので、溶岩の放つ光量がまぶしく感じる。

 また、ムワリとした熱気を感じるが、レベルアップのおかげか、そこまで熱さは感じない。この分なら、溶岩に触れても大丈夫そうだと感じたが、いくら死ななくても溶岩に飛び込んだらどうなるかわからないので自重した。

 

「ここは……?」

 

 溶岩に四方を囲まれ、台のようになっている場所がある。何かあるかと期待して調べてみたが、何も見当たらない。まるで、フラグの立っていないイベントの場所に来てしまったかのようだ。

 そして、辺りを見回してみるが階段らしきものも見当たらない。つまり、ここは最下層の行き止まりだという事だ。もしかしたら、溶岩の中に階段が埋もれてしまっているのかもしれない。

 

「つまり……出られない、という事か」

 

 最上層も最下層も行き止まり。このダンジョンに出口はない。

 こんな最悪なオチだとは思わなかった。

 





【ドラゴンステーキ】
ボリュームたっぷりのステーキ。
食べると、わずかではあるが恒久的に STR (物理攻撃力) と VIT (物理防御力) がアップする。

【ヤキトリ】
カロリー控えめの健康食品。
食べると、わずかではあるが恒久的に DEX (器用さ) と AGI (素早さ) がアップする。

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