「な、なんだ……あのバケモノは」
「ふん、ドルガルアか……まさか本当に生きていやがったとはな」
俺達の前にいきなり現れた人物はドルガルアと名乗った。だけど、額からはデカイ角が生えていたり、口には牙が生えていたり、見た目は完全に鬼か何かにしか見えない。魔界に閉じ込められたから、激おこプンプン丸なのかな。
「我ニ、ブリュンヒルドヲ与エヨ…… サレバ、我ハ大地ニ復活セン……」
宙にフワフワと浮いているドルガルアの視線は、バルバスが持っているブリュンヒルドに固定されている。どうやら、奴はまだ完全に自由になったというわけではないらしい。
「……上等だッ! 奪えるものなら奪ってみろッ!」
好戦的なバルバスはニヤリと笑って戦う気マンマンのようだ。それは別にいいんだけど、そのブリュンヒルドって俺のだよね? お前にあげたつもりはないんだけど……。
アンドラスも構えているので、仕方なく俺も槍を取り出しておく。でもなぁ、ドルガルアって哀しい奴だし、デニムと重なるし、正直いってやる気がでない。
「我ガ足元ニ……ヒレ伏スノダ……! 我コソ……ヴァレリアノ……正当ノ王ナリ……!」
突如として、ドルガルアの全身から魔力が放たれる。魔法陣が展開され、魔力が具体的な形を取り始めた。それらはちょうど三つに分かれ、それぞれが俺達に対面するように並んで形を変えていく。
「……なっ! こ、これは……!」
「……フン、まさか自分と戦えるとはな……!」
バルバスとアンドラスの前にはそれぞれ、彼らと瓜二つの人物が現れた。まるで鏡の前に立っているかのように、姿形も、所持している装備でさえ完璧なコピーだ。違う点と言えば、コピーの方は何だか黒ずんでおり、まとっている魔力もドルガルアのものに似ている。
こ、これは! 漫画やゲームでよくある、自分のコピーと戦う展開ではないか! いやっほぅ! 俺も自分のコピーと戦えるのか!? 相手が不死身だったら、千日手みたいになるんじゃね!?
テンションの上がる俺の前にも徐々に人影が形作られていく。
メリハリのきいた身体……この世のものとは思えないほど美しい顔……鋭い目……長い髪……。そこに現れたのは、俺とは似ても似つかないグラマラスな金髪の美女だった。……誰だお前!?
「…………ふぅ。やっと肉体が得られたわね」
「……何者だ? 俺の写し身……というわけではなさそうだが」
美女は、その顔に見合った鈴を転がすような美声で独りごちる。俺は思わずツッコミを入れてしまった。ここは俺のコピーが出るとこじゃないのかよ!
問いかけた俺を、面白そうな表情で見返してくる。ポッテリとした唇をニヤリと曲げて、不敵な笑みを浮かべている。やべっ、お姉さんキャラっぽくてちょっと好みかもしんない。
「そう……貴方の仕業だったのね。召喚者に逆らうなんて、ちょっと魂の強度が強すぎたかしら」
「……召喚者だと?」
「ええ。私が貴方を喚び出したのよ。高等竜人の遺物を使って、転生の実験をするために、ね」
な、なんだってー! こんな美女が俺を!?
「……では、あの死者の宮殿の……小部屋の持ち主は貴殿か」
「そうよ。ふふ、住み心地はいかがだったかしら?」
つまり、この人が本物のベルゼビュートさんってことか。俺の名前は、あそこにあった書類から持ってきたものだしな。
あの小部屋、俺やリザードマン達が作った家具が置かれてたり、部屋そのものを改造しまくったから原型を留めてないぞ……。やべぇ、原状回復費用とかいって大金を請求されたらどうしよう。
「転生の実験は成功して、ほぼ完璧な肉体を作り出す事ができた……。あとは、その身体を頂くだけだったのに……上手くはいかないものね」
フゥと溜息をつく美女。何をしても絵になるなぁ。
「それにしても、おかしいわね。ここは『魔』が溢れているけど、アスモデ様の神殿ではないようだし……。この身体も……生身の肉体というわけではなさそうね。……貴方、これは一体どういう事かしら。貴方は私の魂をどうしたというの?」
「……わからん。俺は気がついたら、あの小部屋で目覚めたのだ。この身体を持ってな」
「…………」
胡乱げな目で俺を見てくるが、俺には本当に心当たりがない。絶世の美女に睨みつけられると、そんな趣味はないのに目覚めてしまいそうだ。
それにしてもこの人、俺を召喚したわけだよな。有名なラノベとかだと、召喚された男が美女の召喚者をご主人様として敬ったり、そのままイチャラブな関係に発展したりするけど…… アリだな!
「……まあ、いいわ。貴方の肉体を頂いてしまえば、当初の予定通りだもの。この仮初の肉体も、それなりの力は出せそうだし…… ふふ、痛いのは少しだけよ……。私に全てを委ねなさいッ!」
なんだかエロいセリフを言って、美女はいきなり魔法を放ってくる。俺に向かって飛んでくる魔力の塊は、ワードオブペインだろう。無詠唱なうえに、ほとんど溜めもなかったので避けきれずに被弾する。優れた動体視力と足腰があるとはいえ、魔法のスピードは尋常ではないのだ。
被弾した箇所が呪詛に侵されるが、残念ながら少しカユいくらいで痛みはない。うーん、これなら死者の宮殿で俺にたびたび挑んできたゴーストの方が強いんじゃないか?
「……なッ!? き、効かない……!? ……そう。そうか、貴方はアンデッドになっているのね。魂の輝きが強すぎてよく見えなかったけど、不浄の肉体に暗黒魔法が通用しないのは当たり前ね」
魔法が効かない事に動揺していたが、勝手に自分で納得している。俺ってアンデッドなのかなぁ。確かに不死身だからゾンビっぽいけど、そんなに実感がない。ハイム城を攻めた時に、相手の僧侶っぽいのが『悪魔退散ッ!』って言いながら回復魔法を撃ってきたけど、普通に回復したし。
「仕方ない……。ならば、他の魔法よッ!」
そういって、彼女は次々と別の魔法を打ち出してくる。炎の塊や、氷の塊、落雷に石槍。さすがに当たり続けてやる義理もないので、俺は発動モーションを見切りながら、ヒョイヒョイと避ける。
「くッ……! このッ! 避けるんじゃないわよッ!」
「落ち着け……俺を召喚した者と敵対するつもりはない……」
「うるさいッ!」
俺の説得も聞き入れず、ハァハァと息を荒げながら魔法を連発してくる。さすがに避けられずに被弾してしまうが、俺のローブが少し被害を受けるだけで、俺自身は少し熱かったり、ヒヤッとするぐらいで効き目が薄い。このローブ、一着だけなんだからやめてくれよ……。
だが、その様子を見た彼女は魔法をピタリと止める。
「ふ……ふふ……どうやら、普通の精霊魔法じゃダメみたいね……。ならば……とっておきの……古代の竜人達が使った高等魔法で……」
そう言って、懐――俺の目が確かならば、胸の谷間――から、紫色の石を取り出す彼女。チラリと見えた肌色に動揺する俺を尻目に、彼女はバチバチと紫電を弾けさせながら、取り出した三つの石に魔力を込めていく。彼女の周りに目もくらむような魔力が渦巻いていった。
「魔竜ディアブロよ…… 憤怒と憎悪の黒き炎で大地を焼け! 『イービルデッド』ォォォ!」
瞬間、大地が爆発した。
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「オラ! 来い、ニセモノヤローめ!」
サンシオンを構えて挑発すると、ニセモノヤローも同じくサンシオンを振りかぶりながら飛びかかってくる。さすがは、俺の偽物だけあって見事な動きだぜ。それに奴の顔ときたら、この俺の渋さや男らしさを見事に表した二枚目だ。やりにくくて仕方ないな。
ハンマー同士を打ちつけあって距離を取る。くそっ、偽物の癖に俺と力まで同等だと?
チラリと横目で確認すると、アンドラスの野郎もどうやら偽物相手に苦戦しているらしい。素早い手さばきで格闘戦をやりあっている。目にも留まらぬ攻防というやつだ。チッ、やるじゃねぇか。
あの気に食わん……だが少しは話しのわかる野郎は、なぜかベッピンの女と対峙している。まさか、アレがヤツの素顔だっていうのか……!? フードをかぶってやがるし、声も低いから、てっきり男だと思っていたが……。変装かなにかか?
ヤツと話している女の顔に目が釘付けになる。正直いえば、俺のタイプど真ん中だった。女といえば、俺が近づくとキャーキャー言って逃げまわる軟弱なヤツか、オズマみてぇなプライドの高いヤツばっかだった。だがアイツは俺に真っ向からぶつかってきて、俺の事を打ち負かした……。
おっと、よそ見してる暇はなかったな。
偽物野郎のハンマーが風を切って鼻の先をかすめる。
こちらからもお返しとばかりにサンシオンを叩きつけるが、奴は巧みにそれを相殺してくる。同じハンマー使いとは何度かやり合った事はあるが、こいつはとびっきりだ。さすがは俺だぜ。
それにしても楽しい。楽しいな。自分と同じ実力を持つヤツと戦うのは。
こうしていると、ガキの頃を思い出す。
ローディスの辺境ボウマスで生まれた俺は、物心ついた時から独りだった。親の顔なんか知らねぇが、恐らく俺は捨てられたんだろう。泥をすすり、ゴミを漁り、こそ泥や強盗の真似なんて日常茶飯事だった。
俺にとって、周りのヤツらは敵にしか見えなかった。負けないため、奪われないためには力をつけるしかないと気づいてからは、必死に努力して死に物狂いで戦いの技を鍛えた。
それは、慈善事業の一環とやらでローディス教の孤児院に入れられてからも変わらなかった。その時すでに浮浪児の中でリーダー格だった俺は、どうやら大人達に目をつけられたらしく、鍛錬も本格的になった。
恐らく、最初から俺を騎士として取り立てる算段だったのだろう。力だけではダメだと言われ、教養も無理矢理に叩きこまれた。父親代わりの神父に神聖文字を教えられたのもこの時だ。覚えは悪かったがな。
騎士になんか興味はなかったが、権力には興味があった。どんなに強いヤツでも、国の言う事には逆らえない。力を渇望する俺にとって、目に見えないにも関わらず人々を従わせる権力という力は、非常に魅力的に映った。だから俺は、言われなくとも騎士になる事を目指した。
人一倍力の強い俺がハンマーを握れば無敵だった。大人達は俺の力にビビって、戦いを挑まなくなった。歯応えのない奴らめ、と内心で見下しながら、それでも俺は独りで鍛え続けた。
しかしある日、同じ孤児院にやってきた男は違っていた。
アマゼロトと名乗った奴は、俺のハンマーにも怯まずに真っ向から剣で打ち合ってくる。俺よりも二歳ほど年上だったが、すぐに二人で訓練する仲になった。無口で愛想のない奴だったが、どこか気があったのだ。思えば、奴もまた力を求める男だったからかもしれない。
お互い実力は伯仲したまま孤児院を出る事になり、奴と俺は違う騎士団に配属される事になった。俺達はメキメキと頭角を現して、あっという間にテンプルコマンド級にまで昇進した。お互いに昇進した時は、朝まで飲み明かしたものだ。
俺が気に入らない上官を殴り殺して処刑されそうになった時は、奴は俺のために嘆願書を提出するなど動いてくれた。結局、総長に助けられたのだが、奴はそれがキッカケで上層部に目をつけられたらしい。今回の任務のためにローディスを離れる少し前、奴はパラティヌスの僻地へと送られる事になったと聞いた。
息巻いて上層部に抗議しにいこうとした俺を、奴は止めた。
僻地だろうが鍛錬はできる、と笑ったのだ。
さすがの俺でも、それが不器用な奴の優しさである事には気づいた。
奴とは再会を約束してローディスを離れたが、果たして元気にしているだろうか。
「究極の力さえあれば、誰も俺には逆らえん……! そうすれば奴も……! 俺は――――こんなところで負けられねぇんだよッ!!」
俺が渾身の力で振るったサンシオンは、偽物野郎の防御を弾き飛ばして奴の脇腹にめり込む。そのまま勢いよくスイングすると、奴は弾き飛ばされて地面を転がっていく。くそ、自分の顔をした奴をぶん殴るのは気分が悪いな。
「ハッ! どうしたニセモノヤローめ! もうへばっちまったか! 俺の偽物なら偽物らしく、もっと根性を見せる事だな!」
俺がハンマーを構えながら再び挑発すると、奴はノロノロと起き上がろうとする。だがそれをかばうように、人影が現れた。
それは先ほど俺達の前に現れたドルガルアの野郎だ。異形になった奴の目は、俺の腰元に差されたブリュンヒルドに注がれている。
「ヒレ伏セ……! ブリュンヒルドヲ献上セヨ……!」
「フン。悪いがあんたの言葉に従う義理はないな。ヴァレリアの王さんよ」
「オノレ……! オノレェ……!」
俺とドルガルアの間に一触即発の空気が流れ、俺が飛び出そうとした瞬間。
黒い炎の奔流が、俺の視界を埋め尽くした。
全てを焼き付くすような炎の舌は、まるで狙いすましたかのように目の前にいたドルガルアを飲み込み、起き上がろうとしていた俺の偽物まで巻き込んだ。
空中にブレスを吐く漆黒のドラゴンを幻視したが、黒い炎が収まるのと同時に消えていった。
「…………あん?」
プスプスと煙をあげる地面の上には、膝をついたドルガルアが明滅を繰り返している。今にも消えそうなほど弱々しい。どういう事だ?
悲鳴が聴こえたのでそちらを振り返って見れば、気に食わん奴と、そのベッピンの偽物がいる方向だった。偽物は何か意味のわからん悲鳴をあげている。
「ちょ、ちょっと……! 肉体が……崩れて……! くっ、どういう事なのこれはッ! 答えなさい、一体なにをしたというのッ!」
「……いや、何もしていないが……」
「嘘おっしゃい! ああッ……魂が離れていく……! う、うう、いいわ、『魔』がある限り、私は不滅なのだから。また肉体を得て、貴方を絶対に手に入れてみせるッ!」
「…………そうか」
そして、偽物女の身体が薄れて消えていった。 ……あいつの偽物、本物と性格が違いすぎないか? それとも、本来の性格はああいった感じなのを隠しているのか?
アンドラスの方を見れば、奴の偽物も消えていく途中だった。対峙しているアンドラスは、無表情で憮然とした表情をしている。
カオスゲートには、俺達と、点滅を繰り返すドルガルアだけが残された。
出落ちのベルゼビュートさんとバルバスの過去(捏造)でした。
これにはドルガルアさんも困惑。
【ベルゼビュート(本物)】
オリ主を召喚した人物。目もくらむような美女だが、その中身は……。
死者の宮殿の小部屋に住んでいたらしい。スゴイ魔法を色々使える。
ドジっ子属性を付与された被害者。
【イービルデッド】
古代の竜人達が用いたとされる強力な『竜言語魔法』の一つ。
普通の精霊魔法よりも、より高位の精霊の力を使うらしい。
胸の谷間から取り出された石は、触媒となる竜玉石。きっとホカホカしてる。
【冥煌騎士アマゼロト・ルドン】
ローディス教国の冥煌騎士団に所属するテンプルコマンド。
己の力と技を磨く事に執着する剣士。知力にも優れるが、軍略に一切興味はないらしい。
オウガバトル64より出張。