ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

16 / 58
016 - Shadow of History

 名も知らない暗黒騎士を倒した。

 

 剣を奪って追い詰めたら、鼻水を垂らしながら土下座して命乞いし始めた。あまりの勢いにドン引きして見逃そうと思ったのだが、後ろを向いた途端に『臭い煙』で不意打ちしてきたのだ。

 さすがにキレちまったよ。デニムの悪口を言っただけなら、手加減なしのフルボッコで済ませようと思ったけど、卑怯な不意打ちは許せない。思いっきり煙を吸っちまっただろうが! 鼻がひん曲がるかと思ったんだぞ!

 

 怒ったので、奴が持ってた二本目の剣も奪い取って振ってみると、先ほどと同じように臭い煙が出てきて暗黒騎士を包み込んだ。どうだ、臭いだろうが! まるで何日も洗ってない靴下だろうが! 死者の宮殿で拾った猛烈に臭う防具みたいだろうが!

 と思ったら、なぜか暗黒騎士はピクピクと痙攣して動かなくなった。

 

 ……あれぇ?

 

 俺は見なかった事にして、廊下を歩き出した。

 

--------------------

 

「……む? 遅かったか」

 

 大広間に着くと、そこには見慣れたメンツが勢揃いしていた。後から来ていたはずのデニムの姿もある。どうやら、俺が迷っている間に追いつかれてしまったらしい。

 

「ベルさん! ご無事でしたか!」

「ああ……。心配を掛けたようだな」

 

 デニムが嬉しそうな表情で近づいてくる。ふと思ったけど、こいつって犬みたいだ。パタパタと振られる尻尾が幻視できる気がする。思わず頭をよしよしとなでる所だったが、グッとこらえる。

 

「ベル殿……よくぞご無事で……」

「ああ、ラヴィニスも無理を言ってすまなかったな」

「いえ……どうやら、怪我一つされていないようですね」

 

 ラヴィニスもホッとしたようだった。かわいい。俺の心配をしてくれるなんて、良い子すぎるだろ。俺の中のラヴィニス愛が暴走しそうになったが、ここはまだ敵地。油断はするべきでない。

 周りを見れば、皆で玉座にふんぞり返っているブランタらしき男を囲んでいる。だが、これから戦うという雰囲気でもなさそうだ。どうなっているのだろう。

 

「……それで、これはどういった状況だ? ブランタは投降したのか?」

「え、ええ……。ローディスからの侵攻を防ぐために、あえてローディスに尻尾を振り、道化を演じていたというのがブランタの言い分です。暗黒騎士の目を欺くために、戦争を続けていたと……」

 

 ほうほう。それは意外な展開だな。しかし、お約束でもある。悪だと思っていた相手が、実は様々な理由から悪を演じなければならなかったのだ。悪役は改心して、より大きな悪に主人公と協力して立ち向かう。うーん、よくあるよくある。

 

「ほう…………。それでデニムは、奴を許すのか?」

「ッ!」

 

 俺の問いに、デニムは顔を曇らせる。

 

「……やっぱり、ベルさんに隠し事はできませんね。僕は正直、ブランタの事を許せません……。ですが、大義のために手を汚してきた僕には、奴を責める資格はないと思っています」

「……そうか」

 

 デニムが自分の中で折り合いをつけられるのなら、それも良いだろう。

 俺も納得しかけたその時、大広間に聞き慣れた声が響いた。

 

「――――デニムくんも、まだまだ甘いですねぇ」

「え……?」

 

 デニムを取り囲んでいる人々の中から、黒いローブを着た小柄な男性がゆっくりと歩み出た。フードの下には、いつもの不敵な笑みを浮かべているのが見える。格好も相まって、実に胡散臭い。

 

「ニバスさん……?」

「あのような演技にすっかり騙されてしまうなど、デニムくんはまだまだ人というものを知らないようです。私からすれば、一目瞭然なのですがねぇ……」

「で、ですが、ブランタの言っている事は筋が通っていて――」

「ふ〜ん。筋が通っているから、何なンです? 筋が通っていれば正しいとでも? デニムくん、真実というものは、えてして筋が通っていないものなンですよ。……なぜなら、人間というのはそもそも不条理な存在なのですからねェ」

「…………」

 

 ニバス氏のあまりと言えばあまりな言葉に、絶句するデニム。だが、その言葉は真理をついている。人間というのは、筋の通らない事をするものだ。理屈より感情を優先するのが人間なのだ。

 俺だって、ドラゴンを食べたいがあまりにグリフォンを見逃した事がある。どちらでも腹は満たせるのにな。あれ、これはちょっと違うか?

 

「私から見れば、あそこに座っているブランタさんの魂は、ひどく淀んで見えますねぇ。欲望に染まりきった醜い魂ですよ。人間ですから、それが悪いとは言いませんが……フフフ」

 

 ニバス氏はまたスピリチュアルな事を言い始める。だが、なぜだか妙な説得力があった。これでは、純粋な人間であればコロリと信じてしまいそうだ。

 事実、それを聞いたデニムは何やら考えこんでいるようだった。

 

「おいおい、さっきから聞いてれば、何を言ってるんだオメーは。少なくとも、奴の言ってる事は間違っちゃいねえんだろ? 信じてやらない根拠なんて無いだろうが」

 

 驚いた事に、ここでカノープスがブランタを擁護しはじめた。どうやらカノープスは、ブランタにシンパシーを感じているらしい。まさか……一目惚れとかではないよな……?

 

「……いえ、待ってください、カノープスさん」

 

 あわや仲間割れというところで、デニムが顔を上げる。そして、相変わらず玉座に座っているブランタを真っ直ぐな眼差しで見つめる。その視線に、ブランタは居心地悪そうにたじろいだ。

 

「ブランタ……最後に一つだけ答えてほしい」

「……なんだね?」

 

 デニムは、絞りだすように問いかける。

 

「あなたは……あなたは、この戦争で亡くなっていった人たちを、どう思っている?」

 

 その問いを聞いたブランタは、目を伏せて苦渋に満ちた表情となる。ニバス氏の話を聞いた今では、どこか空々しくも思えるが、演技だとは言い切れない。

 ブランタはしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「…………すまないと思っている。だが、ヴァレリアの平和のために、必要な犠牲だったとも」

 

 デニムはそれを聞くと、目を閉じて黙りこんだ。フーッと一つ息を吐き、それからゆっくりと目を開く。その目はどこか悲哀に満ちていて、しかし、どこか決意を感じさせるものだった。

 

「――――あなたは、嘘つきだ」

 

 デニムの言葉に、ブランタはピクリと身体を揺らす。しかし、その表情に変化はない。

 

「あなたの言葉には、重みがない。犠牲になった人たちを悼む重みが。自分の決断によって多くの死者を生み出した事に対する重みが。そして何より――――必要な犠牲だった? そんな、そんな事、本当にそう思っていたなら、口が裂けても言えないはずだッ!!」

 

 デニムの魂を震わせるような叫びに、ブランタは狼狽して弁解しようとする。だが、ブランタが口を開く前に、デニムは言葉を続けた。その目は、自分の両手を見下ろしている。

 

「僕は……僕は、この手を血に染めてきた。それも、時には同胞を殺してまで、仲間の屍を踏み越えてまで、歩んできたんだ……。だからこそ、こう思ってる。本当に彼らは死ぬ必要があったのだろうか。もっと、よりよい道があったんじゃないか……」

 

 それは、本当にデニムが常日頃から思っている事なのだろう。彼はふとした瞬間、どこか遠くを見る仕草をする事がある。それはきっと、亡くなった人々の事を思い出しているのだと思った。

 ラヴィニスも、カノープスも、デニムの言葉に亡くなった仲間達の事を思い出したのだろう。二人とも真剣な表情でデニムの言葉を聞いていた。ニバス氏もまた同様だった。彼は救えるはずだった娘を亡くしているのだ。いつだって後悔し続けているに違いない。

 

 だが俺は。俺は、デニムの気持ちを理解してやれない。

 

「彼らは死なずに済んだかもしれない。でも、そう考えるのは彼らに対して失礼だ。大義のため、勝利のため、平和のために彼らは死んでいったのだから。無駄な死なんて一つもない。ここまで来るのに、どれもが必要な犠牲だったと信じるしかない…………」

 

 デニムは言葉を切って、ブランタを睨みつける。

 

「だけどッ! だけど、そんな事! 簡単に認められるはずがないんだ! 運命だったとか、必要だったとか、そんな言葉で片付けられるほど、簡単には割り切れるはずがないんだッ!!」

 

 それは、彼の青さ故の言葉なのかもしれない。だが間違いなく彼にしか、たくさんの骸の上を歩いてきた彼にしか口にできない言葉だった。先ほどのブランタからは全く感じられなかった、死んだ者達を悼む重みが、為政者としての重みが、その言葉には込められていた。

 

「あなたは、この戦争で亡くなった人達の事なんて、何とも思ってはいない。ましてや、ヴァレリアの平和のためだなんて嘘もいいところだ。自分以外のものなら、なんだって踏み台にできる。部下も、友人も、家族ですら。あなたは――――あなたは、そういう人間だッ!!」

 

 デニムの糾弾の前に、ブランタはただただ顔を青ざめさせるだけだった。

 

--------------------

 

 ゼテギネア歴253年。

 

 バクラム陣営の指導者であり、バクラム・ヴァレリア国の国主ブランタ・モウンは、ハイム城にて解放軍の手により投獄。のちに、獄中で自死しているのが発見された。

 これを受けて、各地のバクラム軍、及びバクラム・ヴァレリア国の内政官達は投降。ドルガルア王の死後から三年に渡って続いてきた内戦が終結し、ヴァレリア諸島は再びヴァレリア王国として統一され、平和を取り戻した。

 

 解放軍の若き英雄デニム・モウンは、民衆の声に推される形で、ヴァレリア王国の君主として王の座に就く事が発表される。後日、戴冠式が執り行われる事も同時に発表された。

 多くの民衆はそれを歓迎したが、一方で、本来は女王となるべき王女ベルサリアを、デニムが権力欲にかられて排除したのではないかという疑惑も根強く、彼の同胞虐殺の噂もそれを後押しした。

 

 内戦の原因の一つにもなった暗黒騎士団ロスローリアンは、解放軍の手によって半数以上が討ち取られた。ハイム城から逃亡したバルバス、アンドラスも、追討されたとされる。

 しかし、団長であるランスロット・タルタロス、及びナンバー2であるバールゼフォン、腹心のヴォラックの行方は杳として知れず、秘密裏に教国へと帰還を果たしたものと思われた。

 

 内戦の終結を受けて、新生ゼノビア王国のトリスタン王は祝辞を述べ、ヴァレリアへの復旧支援を行うとの声明を発表した。一方のローディス教国は特に声明を出さず、静観の構えを見せた。

 だが、ロスローリアンの壊滅や、密約を結んでいたバクラム・ヴァレリア国の崩壊を前に、いつまでも沈黙を守るとは考えづらく、何らかの動きがあると予想されている。

 

 

 ――――最後の決戦であるハイム城の攻略に関して、奇妙な噂があった。

 

 曰く、城攻めは全て一人の手によって行われた。

 曰く、神話における『オウガ』が現れた、などである。

 

 しかし、どれもが現実味に欠け、信憑性のない噂にすぎず、後世の歴史家達はこれを否定した。ある歴史家などは、デニムの快進撃を劇的に演出するために、解放軍が流した噂ではないかとの解釈を行った。

 

 かくして、デニムの影にいた不死身のオウガの存在は、歴史の闇へと葬られたのである。

 




-
--
---
----

???「最終回じゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ」

デニムくんの逆転裁判ばりの口撃によって、ブランタとの戦闘なしに終わりました。
やっぱりデニムくんがナンバーワン!

かくしてオリ主は歴史の闇へと葬られ、ゼテギネアの歴史がまた1ページ……
まだ物語は続きますので、お付き合い頂けましたら恐縮です(なお序章)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。