バクラムに仕える騎士ラティマー・グランディエは、一抹の不安を抱いていた。
前線から伝令兵が命懸けで運んできたメッセージ、その内容が問題だった。『オウガ』という言葉が含まれるそれは、普段の彼ならば何かの間違いではないかと疑っただろう。
だが、今この状況においては、決して無視できないものだった。前線から命からがら逃げてきたという兵士。その名前は彼のよく知るもので、彼から見ても好ましいと思える勇敢な戦士だったのだから。
「……流れが悪いな」
それがグランディエの抱いた感想だった。
彼は有能な指揮官として、数々の戦場を潜り抜けてきた。主に野盗や海賊が相手だったが、だからこそ非正規戦の経験を多く積み、戦場の空気というものを強く感じるようになっていたのだ。
この内戦中はハイム城の第一護衛隊の任を請けたため前線に出る事はなかったが、ウェアラムの町が突破された今、ここハイム城が次の戦場となるのは間違いない。
彼は、ドルガルア王の元で騎士を務めた名門貴族グランディエ家の嫡男であり、家名の誇りにかけてヴァレリア王国に忠誠を誓う身だ。
幼い頃から騎士見習いとしてハイム城に出入りし、城仕えの人々と触れてきた彼は、自然と皆が理想とするような高潔な騎士を目指し体現してきた。今では彼を慕う部下や民衆は数多い。
反乱軍の唱える『ヴァレリアの真の平和』という題目は、そんな彼にとっても理想とする思想であった。かつての主君であるドルガルア王も、『民族融和』政策を打ち出して名君と讃えられていたのだから。軍内部に根付く差別意識を苦々しく思った事は何度もある。
真の平和とはなんと甘美な響きだろうか。
だがしかし、彼は騎士なのだ。
騎士として主君に背くなど、決してあり得ない行為だった。
彼が自分の中の忠義心を確かめたその時、甲高い鐘の音が城内に鳴り響く。それは、敵襲を知らせるものに間違いなかった。ついに、反乱軍がやってきたのだ。
不安を押し隠しながら、自分の担当する中庭へと向かうグランディエ。急ぎ歩きながら、頭の中で彼の信仰する太陽神フィラーハへと祈りを捧げる。
大いなる父フィラーハよ、我に武運を与え給え。
神話のごとく、我らを悪しきオウガより救い給え。
彼の祈りは、届かない。
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ラヴィニスから何とか許可をもらい、単独で城へと突撃する事になった。常識的に考えてみれば自殺行為だろうが、俺にしてみれば一番手っ取り早い方法だ。守る相手もいないので、背中を気にする必要もない。
とはいえ、彼女はまず投降を呼びかけるべきだと主張した。相手が投降してくれれば、無駄な戦いも犠牲もでない。無血開城こそ真の理想と言える、と。反対する理由もないので、俺も同意した。
「バクラム軍の諸君に告げる! 投降せよ! 我々は無駄な戦いを望まない! 我々が倒すのは、バクラム人という民族にあらず! 権力を我が物とし、諸君らを戦場の道具へと追いやる権力者こそ、我々の真の敵なのだ! 我々は人種の壁を超え、共に手を取り合い、真の平和を目指そうではないか!」
ラヴィニスの必死の呼びかけだったが、バクラム軍からの反応は悪い。理想は叶わないからこそ理想と呼ばれるのだ。城門を守る兵士達は、誰も彼もが決死の覚悟とも言える表情をしている。
返答は、立派な全身鎧を身につけた騎士から返された。ツノ付きの兜が妙にカッコいい。ニバス氏に聞いたところ、テラーナイトという職業の特徴らしい。
「断る! 奸賊の甘言には乗らん! バクラム騎士としての誇りにかけて、貴様らにハイムの地は一歩たりとも踏ません!」
やっぱりダメみたいですね。バクラム騎士団の忠誠心が高いのは、旧ヴァレリア王国の貴族階級や名家の出身が多い故らしい。名乗りを上げたラウアール氏の口上を聞けば、最後まで闘いぬこうとする覚悟がありありと見て取れた。見事だと思う。
「くっ…… やはり無駄か……」
ラヴィニスは悔しそうに唇を噛んでいる。
俺は彼女の肩にポンと手を置いて、後ろに下がらせる。彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐに凛々しい表情になり黙って頭を下げる。
俺は一人、城門に向かって歩き出した。
「……? まさか、たった一人で向かってこようと言うのか! 我々も舐められたものだ!」
騎士は憤慨しているようだ。彼らの忠義に敬意を払って、かっこよく名乗りたいところなのだが、俺はあくまでも影に……影に…… あれぇ? めっちゃ表に出てるじゃないか。ま、まあ、名前は隠しておいた方が良いよな。偽名だけど。
「故あって名乗りはできん! しかし貴公らを見くびるものではない事、我が力にて証明してみせよう!」
「……面白いッ! 名も無き戦士よ、天界で後悔するなよッ! バクラム騎士団第一防衛隊副隊長、騎士ラウアール! 推して参る!」
そして、戦いが始まった。
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「報告いたします! ラウアール卿が敗れ、城門を突破されました!!」
「――おのれ、デニムめ!」
バクラムのトップ、平民から一国の摂政まで上り詰めた男、ブランタの命運はもはや風前の灯火だった。しかし、彼には秘策があったのだ。この状況を全てひっくり返す事のできる、完全無欠の秘策だった。
だがそのためには、暗黒騎士団と話を付ける必要がある。ブランタは横に立つカイゼル髭の暗黒騎士ヴォラックと黒人の暗黒騎士アンドラスをギロリと睨みつけた。
「ローディスの騎士よ、どうするつもりなのだね?」
ブランタは、暗黒騎士団が動かない事への苛立ちを彼らへとぶつけようとする。そもそも、彼らが最初から動いていれば、こんな事にはならなかったのだ。
「猊下、お怒りをお鎮めください」
しかしそこへ、元凶とも言える男がやってきた。暗黒騎士団の首領、ランスロット・タルタロスだ。付き従うように、暗黒騎士団のナンバー2であるバールゼフォン、そして先ほど会話を交わしたバルバスとマルティムも現れる。
「おお……これは久しぶりですな、タルタロス卿。ようやくその重い腰をあげる気になりましたかな?」
「苦戦されているご様子ですな、猊下」
ブランタは、まるで他人事のようにいうタルタロスに怒りが抑えきれない。先ほど、暗黒騎士の二人からタルタロスの本当の目的を聞いていたため、なおさらだった。もし先ほどの話が本当であれば、タルタロスの次のセリフも予想がついていた。
「――猊下に別れの挨拶を述べにまいりました」
やはりか。
ブランタは予想通りの展開に、苦虫を噛み潰したような表情を作る。
「やはり、貴公らは我々を見捨てるのだな……! 孤立したデニムを確保しようとしたのも、我々を見捨てて奴らの陣営に乗り換えようとしたのだろう……! バーニシアで王女をみすみす奴らに渡したのも、全てはそのためか! 貴公らは与する陣営などどこでも良かったのであろう!」
「言葉には気をつけていただきたいものですな! デニムの確保はあくまで善意に基づいて提案したまで。それを断ったのは猊下ご自身だったはず! 王女の件にしてもそうです。猊下が担がれているエルテナハ家の傀儡を廃し、速やかに君主の座をゆずっておきさえすれば、民衆の不満を抑えることもできたはず! 全ては猊下ご自身の責任というものだ!」
その言葉はブランタにとって我慢のならないものだった。デニムの姉として育てられた王女ベルサリア、あの女は最初から君主の座に座る気など毛頭なかったのだ。あの女にそのような態度を取らせたのは、目の前の男による懐柔の仕方が悪かったからに違いない。
ブランタとしても、亡き王妃の親族などよりも、王の血統を持つ王女を傀儡とした方が都合が良いに決まっている。だがそれは不可能だったのだ。
「そ、それが貴公の言い分か!」
激昂したブランタは玉座から立ち上がる。
「わからぬのか!! 猊下、貴方は敗北したのですよ……」
タルタロスは怒鳴り返し、そしてついにはブランタに対して背を向けた。この瞬間、暗黒騎士団はブランタを完全に見捨てたのだ。
だが、ブランタにとって、ここまでの流れは全て見えていた事だった。暗黒騎士の二人から真の目的を聞いた時から、タルタロスに、いや、その背後にいるローディス教国にバクラム陣営を救う気が毛頭無い事など先刻承知だったのである。
だからこそ、マルティムらの提案を聞き、その手を取ったのだから。
「はっはっは。このワシが敗れただと? 愚かな! それは貴公の方だ!」
タルタロスの背後に立っていたバルバス、マルティム、そして、ブランタの横に控えていたアンドラスが素早く動く。彼らはそれぞれ剣を抜き、上司であるはずのタルタロス、バールゼフォン、ヴォラックの喉元へとつきつけた。
暗黒騎士団内のクーデターである。
「バルバス! 血迷ったか!」
「あんたの時代は終わったんだ!!」
取り押さえられたタルタロスが吼え、巨漢のバルバスがそれに応える。
バルバスにとってタルタロスは命の恩人だ。しかし、暗黒騎士団での己の扱いに我慢ならなかったのである。もともと血の気の多い彼にとって、前線で暴れる機会の少ない暗黒騎士団は適職とは言えなかった。
「連れていけ!」
ブランタの号令によって、暗黒騎士団のナンバー1とナンバー2、そしてその忠実な腹心が運びだされていく。もはやタルタロス達は抵抗する素振りは見せなかった。
これであのいけ好かない隻眼とも会わずにすむ。ブランタはニヤケ顔を抑えきれなかったが、これによって状況が改善したわけではない。むしろ、暗黒騎士団という戦力を見れば減少しているとも言える。
あとは秘策……莫大な金貨と貴族の地位によってデニムを懐柔すればよい。腹立たしくはあるが、王の座をくれてやってもよいだろう。奴とてバクラム人の端くれ、バクラム人を悪いようにはすまい。
そうして奴に仮初の君主の座を与えつつ、ブランタはローディス教皇と密かに渡りをつける事を考えていた。教皇直属の暗黒騎士団であれば、それも容易い。あの二人も協力を約束したのだ。
ローディス教国による教化に協力し、ヴァレリアを教国の支配下とする。そうしてブランタは、ヴァレリアにおける監督官の地位を手に入れる。教国内でも存在感を示す事ができるだろう。
そして、ゆくゆくは――――。
ブランタの脳内には、バラ色の未来が映しだされていた。
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「グランディエ様!」
若い伝令兵が中庭を駆けてくる。その顔は緊迫したものだった。
そうか、ラウアールが逝ったか。
「ラウアールが敗れたのだろう。それで、相手の戦力はどのようなものだった?」
「は、はい。それが……黒いローブを身につけた、男か女かもわからぬ相手、一人だけだったのです」
「……なに? 一人……だと?」
「間違いありません。奴は単独で、城門を守る護衛隊をものの数分で無力化してしまったのです。それも、誰一人傷つける事もなく、気絶だけさせたようで……。ラウアール様も、奴の手によって捕縛されました」
「馬鹿な……」
あり得ないと叫びたかった。しかし、私の本能が彼の報告に間違いない事を訴えかけている。この戦いが始まる前に届いた『オウガが現れた』という知らせ。二つの点が一本の線でつながった。
「オウガ、か……」
「はい、まさしく……。手を振るうだけで石畳がめくり上がり、足を動かせばその姿は誰にも捉えられず、まさしく悪鬼と呼ばれるにふさわしい戦いぶりだったかと……」
どうやら我々は、伝説の戦いを再現するハメになってしまったらしい。
オウガと対峙するなど悪夢のようだ。フィラーハ教の信徒としては神にすがりたくなる。だが、神話の人類は神の力を借りながらも、最後まで諦めることなく戦い抜いたのだ。私も簡単に諦めるわけにはいかない。
オウガバトルで人間と共に戦ったと言われる、神の三騎士。私はその中でも、竜牙のフォーゲルと呼ばれる存在が好きだった。力を求めて暗黒道まで極め、自分の力を誇示するためにドラゴンと戦った結果、呪いによって竜人と化し、最後には罪を悔いて神の戦士となった世界最強の騎士。
高潔な騎士に憧れながらも、どこかで強さというものに惹かれていた。優しく誠実で、どこまでも人間臭い彼の精神には好感を覚えた。なにより『世界最強の騎士』という称号に、憧れを抱いたのだ。
「グ、グランディエ様ッ! 来ました! 奴です!」
その言葉で我に返る。三重の堀と迷路のように入り組んだ城壁に囲まれたこの中庭は、猊下がいらっしゃる大広間への最短ルートだ。ここを通せば、バクラムに未来はない。
中庭へとつながる入り口から現れたのは、報告通り黒いローブを被った人物だった。フードで顔を確認することもできない。もしかしたら、あの布一枚を隔てた向こうには、醜い悪鬼の顔が隠されているのかもしれない。
「現れたか、オウガよ! これ以上、貴様の勝手にはさせん!」
私の呼びかけに反応したオウガは足を止めて、フードの下からこちらを覗き見てくる。瞬間、私は足元が崩れるような錯覚を覚えた。奴の燃えるような赤い目で見据えられただけで、自分の身体が業火に包まれたかのように感じたのだ。
「……問おう。貴公ら、投降の意思はあるか?」
奴の蠱惑的な低い声は、さほど大きいものでもないのに、静寂に支配された中庭に染み渡る。私は思わず頷きそうになったが、意志の力でそれを何とかねじ伏せる。
「笑止! 我々は誇りあるバクラム騎士団! 敵を前にして収める剣など、元より持ちあわせておらぬ! 国のため、猊下のために、ただ戦い抜くのみ!」
「……その覚悟、見事だ」
オウガは、いつの間にか手にしていた碧色の見事な大槍を構える。我々も剣を抜き、弓をつがえ、戦いに備えた。一本の弦のように張り詰めた空気が、中庭を満たしている。
「バクラム騎士団第一防衛隊隊長、騎士グランディエ! 参る!」
「故あって名乗る名は持たず! 忠義の騎士達よ、お相手仕る!」
暗黒騎士団内部の反逆と、敵視点でのベルゼビュートさん(こわい)でした。
原作のタルタロスvsブランタは、バクラム陣営のドロドロした力関係が一気に噴出する好きなシーンです。
【騎士グランディエ】
バクラム軍の騎士。忠義心によって投降を拒否するのは原作通り。
戦場経験豊富とか、フィラーハ教信徒とか、フォーゲルが好きとか
結構オリジナル設定を生やしております。ま、多少はね?
【テラーナイト】
無数の亡霊や悪霊を引き連れた恐怖の騎士、という前衛職。
周囲の人間を恐怖させ、力を落とすスキルを持つ。つよい(確信)
SFC版だと常時発動だったが、PSP版だと状態異常を与えるスキルになっている。
【暗黒騎士バールゼフォン】
暗黒騎士団のコマンドの一人。ローディス教国きっての武門ラームズ家の次期当主。
タルタロスの信頼厚いナンバー2であり、二人で黒い共謀をしてる画がしょっちゅう。
もみあげと髭が合体しており、なかなかインパクトのある顔。
【暗黒騎士ヴォラック】
暗黒騎士団のコマンドの一人。忠誠心が高く、与えられた命令を確実にこなす職業軍人。
タルタロスもバールゼフォンに次ぐ腹心として信頼しているらしい。
見事なカイゼル髭で老け顔のおっちゃん(35)。作中ではコミカル要員として扱われている。
【暗黒騎士アンドラス】
暗黒騎士団のコマンドの一人。かつてはニルダム王国という国の王子様だった。
ニルダム王国はローディス教国によって攻めこまれ、支配を受け入れた植民地。
黒人で上半身が裸という、今の時代ではちょっと際どい見た目をしている。