ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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012 - Phantom of Ogre

「またか……」

 

 本隊を率いながら王都ハイムを目指して行軍を続けている。これだけの大部隊を率いた経験はないので緊張したが、側近達に助けられながら何とか役割をこなしていた。

 街道を抜けて、ヨルオムザ渓谷に入ろうとしていた頃、前方から伝令兵がやってきた。ラヴィニスさんの率いている別働隊が、敵対勢力と衝突して勝利した事を知らせるものだった。

 その知らせを聞いて、「良かった」と感じたのは最初だけだ。

 

 異変はすぐにやってきた。

 慎重に歩を進めていた僕達は、その光景を目にすることになる。

 

 まるで巨人が踏み荒らしたように、地面のそこかしこに大穴が開いている。巨木が真っ二つになって転がっている。燃え尽きた杖や弓が炭となり、プスプスと煙をあげている。

 バクラム軍の兵士だと思われる者たちが倒れ伏し、散乱している。しかし、誰も血の一滴も流していない。確かめてみたが、みんな武器を失い、気絶しているだけのようだ。

 そのリーダーだと思われる男は縄で縛られ、ガクガクと震えながら這いつくばっている。その近くには、見張りだと思われるリザードマンが立っていた。

 

 ――――オウガが、きた。

 

 男はそう言って、気を失った。

 

 ここに来るまで、そんな事が何度もあったのだ。もはや別働隊に敵の全戦力が集中しており、本隊である僕達は一度も剣を抜いていない。油断を誘うという目論見は完全に破綻していた。しかし、お互いの被害を最小限にするという目的は、これ以上ないというほどに達せられている。

 

 そして、ウェアラムの町に入った僕達を出迎えたのは、やはり似たような光景だった。

 ヨーオムン谷の深部に作られたこの町は、常に吹き続ける強風を避けるために、急斜面に住宅が建てられている。高低差が大きい分、奥の方にある家屋まで見通す事ができた。その屋根の上、そこかしこに倒れるバクラム軍の兵士達らしき姿も。

 

「……あいつは一体、何者なんだ?」

 

 僕の隣に立つカノープスさんが、強張った顔で言う。有翼人である彼は、青年のような見た目とは裏腹に僕より二回り以上の年長者だ。戦闘の経験も豊富な彼からしても、この光景は異常としか言いようがないらしい。

 

「ベルさんは……味方です」

「そんな事はわかっている。確かにあいつは良い奴だ。だが、こりゃあ明らかに異常だぞ。こんな無理を続けたら、そいつはいつか壊れちまう。もし無理じゃねぇっていうなら、そんなのは……」

 

 カノープスさんはそれ以上に言葉を紡ぐ事はなかった。

 

「とにかく、急いで別働隊を追いかけましょう。これ以上、ベルさんやラヴィニスさん達だけに負担を掛けるわけにはいきません」

「ああ……」

 

 カノープスさんは暗い表情のまま頷いた。きっと僕も似たような顔をしているだろう。

 

 ベルさんの理不尽な強さはわかっていたつもりだった。だがこれでは、彼の強さに全てを押し付けているようなものではないのか。戦争を終わらせるという彼の決意に、ただ甘えているだけではないのか。彼一人に、手を汚させているのではないか。

 

 僕は一体、何をやっているんだろう。

 

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「なにっ!? ウェアラムを突破されただと!?」

 

 荘厳で絢爛なハイム城の大広間に、似つかわしくない大声が響き渡る。中央に置かれた玉座に腰掛ける摂政ブランタは、予想外の報告を受けて目を剥いていた。

 確かに、戦況が不利である事は自覚していたつもりだった。だが、こうも早く突破されるとは誰が予想できただろうか。ウェアラムを過ぎれば、ここハイムまでは半日もかからずにたどり着くだろう。

 

「くっ! なぜだ! こちらも相応の守備を敷いていたはずではないか!」

「ハッ……。報告によれば、少数の反乱軍の部隊によって、そのほとんどが無効化されたそうです。亜人などは寝返っているものもいるとか……」

「なんだとッ! これだから亜人など信用できんのだ!」

 

 ブランタは苛立たしげに拳を玉座の肘掛けに打ちつける。ガルガスタンの急進派だったバルバトス枢機卿に負けず劣らず、彼もまた苛烈な民族主義者であり、亜人は道具程度にしか思っていなかった。

 

「……少数となると、反乱軍の首魁、虐殺王が直接率いる精鋭部隊か……」

「ハッ、恐らくそうかと。デニム本人の姿は確認できておりませんが、ラヴィニスとかいう女騎士が見られたと報告されています」

「ふん。あの若造も色に惚けていると見える。だが、それならば多数で押し包めば勝てそうなものではないか。我が軍の現場指揮官はそこまで無能揃いなのか?」

「いえ、その…………」

 

 報告を続けていた兵士は、なぜか言葉を濁している。それは、ただでさえ苛ついているブランタに対して、火に油を注ぐ愚かな行為だった。

 

「何をためらっておる! 最後まで話さぬか!」

「ハ、ハッ! その、私も信じがたいのですが、伝令兵からおかしな報告がありまして……」

「ええい、前置きはよい!」

「は、はい。その、前線から逃亡してきた兵によれば、戦場に『オウガ』が現れた、と」

「…………オウガ、だと?」

 

 意表をつく言葉に、ブランタの勢いがそがれる。

 

 オウガといえば、このゼテギネアに伝わる神話『オウガバトル伝説』の中に登場する、魔界の悪魔たちが使役したと言われる悪鬼のことだ。

 冥界と魔界の王デムンザの策略によって始まった、大地の覇権をめぐる人間とオウガの戦いは、何千年にも及んだ。人間は天界に住まう神を、オウガは魔界を支配する悪魔をそれぞれ味方につけたが、人間達はオウガ達の圧倒的な戦力の前になす術なく、滅亡の寸前まで追い詰められたという。

 そんな中、太陽神フィラーハが遣わした三人の騎士と十二人の賢者が現れ、大地と魔界をつなぐ『カオスゲート』の封印に成功した。悪魔との繋がりを絶たれたオウガは力を失い、激しい戦いの末に人類との争いに敗れた。そうして、人類は大地を取り戻したのだ。

 

 子供でも知っているおとぎ話だ。ブランタ自身、もちろんフィラーハ教の聖職者として詳しく知っている。オウガなど、この世に存在するはずがないという事も。

 

「……ふざけているのかね?」

「い、いえっ! そのような事は!」

「……ふん、まあよい。おおかた、その逃亡兵が錯乱していたのだろう」

「ハハッ!」

 

 気が削がれたブランタは、正面にいる兵士から、そばに控えている暗黒騎士へと目を滑らせる。そこに立っているのは、暗黒騎士バルバスと暗黒騎士マルティム。見るからに粗暴な巨漢と、狡猾な狐を思わせる男だ。ブランタは、ニヤニヤと笑うマルティムのにやけ顔が気に入らない。

 

「……どうやら暗黒騎士の貴公らは、よほどハイムの城がお気に召されたようですな。この大事なハイム城を守るために、反乱軍どもと一戦交えてきてはいかがか?」

「これはこれは猊下、厳しいお言葉ですな。オウガが出たとなれば、神も黙ってはおられぬでしょう。聖職者らしく、神に祈りを捧げてはいかがか? なんでしたら、私もご一緒いたしますよ。おお、神よ――」

「黙らぬかッ!」

 

 マルティムの芝居がかった痛烈な皮肉に、ブランタの堪忍袋の緒はプツリと切れる。

 

「貴公らがもっと早くに動いていれば、こうまで事態は悪化しなかったのだ!」

「クククッ…… 猊下、私も所詮は使われる身。首領閣下の命令でもなければ、勝手に動く事は許されぬのですよ。ただでさえ、ライムの一件で睨まれているのです。そのような事を言われても困りますね」

「貴公らの首領は全く動こうとせぬではないか! しまいには空中庭園で散策まで始める始末! 一体、貴公らは何を考えているのだ! 我が国と貴国との密約を何だと思っている!」

 

 マルティムはそれを聞いて、クツクツと笑い始める。隣に黙って立つバルバスと目を合わせて、ブランタへと視線を戻した。

 

「我らが暗黒騎士団の首領、ランスロット・タルタロス閣下の真の目的、それは――――」

 

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 くぅ〜疲れました。

 

 ここまで何度か戦闘があったが、その全てを峰打ちで済ませてきた。別に倒すだけなら簡単なんだが、殺さずに無力化となると微妙な手加減をしなければいけなくて難しい。肉体的な疲れはないが。

 最初はラヴィニスに「無茶をしないで」とか「危険だ」とかいちいち止められたんだけど、俺が生身で剣や矢を受け止めているのを見て、何も言わなくなった。

 兵士達も、最初の内は敵襲の知らせを聞いて緊張しながら戦闘準備してたのに、最後の方は「あ〜、また敵襲か」とか「タコうまかったな」とか言って、すっかり弛緩しきっている。

 

 ウェアラムの町を抜けて、谷を抜ければ、ついに目的地である王都ハイムだ。

 

 どうやら住民達はすでに多くが避難しているらしく、人の気配は少ない。残っている者達も、みんな家に閉じこもって窓を閉め切っている。一般人を巻き込みたくない俺達としては好都合だ。

 敵襲があるかと思ったが、敵はハイム城に集中しているらしい。それにしても、デカい城だ。日本に建てられた城と、どっちが大きいのだろうか。

 

「それで、ここから先はどう動くンでしょうか?」

「ええ……。これまでの事を考えると、敵は恐らくハイム城に全戦力を集中して籠城するつもりでしょう。暗黒騎士団を通じてローディス教国に援軍を要請すれば、即座に逆転できますから」

「……ならば、突破するしかあるまい」

 

 一番手っ取り早い方法を提案してみるが、ラヴィニスは良い顔をしない。やっぱり、ちょっと調子に乗って暴れすぎたかな。誰も殺してないはずだけど、地形はボコボコに変えちゃったしな……。

 

「いくら何でも、それではベル殿への負担が大きすぎます。ここは本隊の到着を待って、じっくりと攻略すべきでしょう。幸い、ここまでで交戦してきた敵勢力はほとんど無力化したので、本隊はほぼ無傷のはずです」

 

 ラヴィニスの案は一理あるのだが、それだと俺一人が暗黒騎士団と戦うのは難しいかもしれない。これまでの犠牲者に苦しんでいるデニムのためにも、これ以上の死者を出したくなかった。

 どう反論すべきか考えていると、ニバス氏が横から口を挟んできた。

 

「おやおや、悠長なことですねぇ。それでは、ブランタ枢機卿に逃げられるかもしれませンよ? 私達の目標はあくまで彼のはずです。彼が逃げ出したら、バクラム軍を瓦解させる事は難しいでしょう。かといって、城を包囲するには少数すぎますからねぇ」

「し、しかし……この人数で城攻めというのも……」

「貴方ももうわかっているのではないですか? ベルゼビュートさんは単騎でも城の一つや二つ、落とす事など容易いのですよ。そんな最高の戦力を出し惜しみして、いたずらに被害を増やすおつもりですか?」

「…………」

 

 ニバス氏の言葉に、今度はラヴィニスが黙りこんだ。思わぬ援軍をしてくれたニバス氏に感謝して目礼しつつ、最後の一押しをすべく口を開いた。

 

「……ラヴィニス。俺はな、この戦いで誰一人として犠牲者を出したくないのだ。それには俺自身も含まれる。なぜなら、俺が死ねば悲しむ者がいるからだ。俺はその者を絶対に悲しませたくはない。幸せになってほしいからな」

「……ベル殿……」

 

 デニムには幸せになってほしい。この戦いで勝ったからと言って、彼は幸せになどなれないのかもしれない。でも、少なくとも、悲しませるような事はしたくなかった。

 ラヴィニスは、またしても瞳を潤ませている。透明の雫が一筋、彼女の大きな瞳からこぼれた。あれぇ、この子なんでまた泣いてるの。

 俺は、そっと彼女の目元を拭ってやる。

 

「泣くな、ラヴィニス。お前に泣き顔は、似合わない」

「……はい」

 

 お願いだから、泣き止んでください! 何でもしますから!

 涙を流しながらも笑顔を作ろうとするラヴィニスを前に、俺はオロオロとするしかなかった。

 




「勘違い」タグを増やしました(遅い)
そしてタイトル回収です。やりましたね。


【オウガバトル伝説】
文中で説明されている通り、この世界ゼテギネアに伝わる伝説。
ちなみに原作であるタクティクスオウガも、後世で発掘された古代叙情詩『オウガバトルサーガ』の一部という設定。
もし現実世界でこんな物語が見つかったら、「こんな古代からブラコンヤンデレの概念が!」とか大騒ぎになりそう。
松野さんは天才だって、はっきりわかんだね。

【暗黒騎士マルティム】
暗黒騎士団のコマンドの一人。「羊の皮を被った狼」と評される剣士。
勝つためには手段を選ばず、「手を汚さずに」をモットーに生きているらしい。
オールバックでニヤケ顔のアンちゃん。軽薄そうに見えるけど、かなりの実力者。

【暗黒騎士バルバス】
暗黒騎士団のコマンドの一人。七人のコマンド中でもっとも残忍で、血を好む巨漢。
上官を殴り殺して処刑されるところを、タルタロスに助命されたらしい。
オールバックで白目のシャクレアゴ。脳筋と見せかけて、知的な作業もこなせる。

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