ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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010 - Departure

「また、逝った者達の事を考えているのか」

 

 地平の底へ沈んでいく夕日を眺めながら物思いに耽けていると、背後から声が掛かった。振り向くとそこには、白髭を豊かにたくわえた老人、大神官モルーバ様が立っている。フィラーハ教の有力な指導者で、とある縁があって僕達に協力してくれる事になった人だ。

 僕は目を伏せて、何も答えずに再び城下を見下ろした。白鳥城と呼ばれるほどに美しい白亜の城塞は赤く染まり、血と火の中に呑まれたバルマムッサの情景を思い起こさせる。

 

「……あまり思い詰めるものではない。お主が一人で城を飛び出したと聞いて、肝が冷えたぞ」

「……ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」

「ふむ……。良き出会いがあったと見えるな」

 

 彼の存在を伏せておく、という約束は破られていない。完全に納得したわけではなかったが、彼自身が望まないのであれば強くは言えなかった。

 

「あの人は……強い人です。僕なんかよりも、ずっと……。どうして、ああも強くいられるのでしょうか。あの人が本気を出せば、きっと国の一つや二つ簡単に手に入るのに……。地位も名誉も金も、全てを断って僕なんかを助けてくれるなんて……」

「……そうか。無私の人間を見つけたか。大した理由もなく他者のために命すら投げ打てる人間というのは、いるものだ。そのような者を見てしまえば、お主が劣等感を催すのは理解できる」

 

 そう、彼はそういう人だ。死者の宮殿で、出会ったばかりの僕を助けると言ってくれた人。たった数分で、命を賭けた戦争に身を投げ打つ覚悟がもてる人。僕にはとても真似できない。

 今だって、さっきした演説を後悔してばかりいる。兵士達を鼓舞するために必要だったとはいえ、彼らを戦いへと追いやるのは間違いなく僕だ。他の利己的な権力者達と何が違うというのだろう。僕達が正義だなどと、誰が決めるのだろう。

 『英雄とは、誰よりも多く人を殺した者をいう』とは誰の言葉だったか。望む望まないに関わらず、僕は英雄と呼ばれ、ヴァレリアの覇権を手にしつつある。未だに覚悟が持てない愚か者だというのに。

 

「……僕のために、たくさんの人が死にました。ヴァイスも、アロセールさんも、ジュヌーンさんも、ミルディンさんやギルダスさんも……モルーバ様の娘さん達も……」

「わしの娘達が、それぞれ自分で選んだ道だ。あやつらが後悔せずに逝ったのなら、それも運命だったのだろう。お主が気に病む必要はない」

「あれが運命だなんて……。あんなのが運命だなんて! 僕は信じない! 全ては僕の力不足が招いた人災だッ! そして僕はまた新たな犠牲者を作ろうとしているッ!」

「落ち着くのだデニムよ。落ち着くのだ……」

 

 思わず声を荒げてしまう。

 フーッ、フーッと僕の息を吐く音だけが響き、それは呼吸を整えるまで続いた。

 

 ベルさんは、ベルゼビュートさんは確かに強い人だ。あの人ほど、一騎当千、万夫不当という言葉が似合う人もいないだろう。

 でも僕は、不安で不安で仕方なかった。

 僕はまた、一人の協力者を死地に追いやろうとしているのではないか。

 

 

 運命などという言葉は、人が創った幻想に過ぎないはずなのに。

 いつか僕たちは、この運命の輪から抜け出す事ができるのだろうか?

 

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 いよいよフィダック城を出陣した俺たちは、王都ハイムに向けて行軍を続けている。俺とニバス氏はラヴィニスの友人として軍に参加しているため、ラヴィニスの率いる部隊に遊撃隊員として配属された。

 

 同じ部隊の者達からはジロジロと胡乱げな視線を向けられているが、ラヴィニスのフォローもあって特に問題は起きていない。遊撃隊員ということで、いざ事が起こればラヴィニスの指示という名目で自由に動く手はずになっている。要するに好きにやれということだ。

 真面目なラヴィニスは、例え形式上でも俺の上に立つのを嫌がったが、俺には部隊を率いた経験などないという事で納得してもらった。平社員だった俺に、管理職なんてできるわけないしな。

 

「ふふ…… この私がまさか反乱軍……いえ、解放軍に従軍する事になるとは、思いもしませンでしたねぇ」

「ああ。ニバス殿には感謝している。巻き込んでしまい、すまなかったな」

「いえいえ。私は無駄な事が嫌いですが、デニムくんの生き方は実に興味深いですからねぇ。彼は矛盾を抱えながら懸命に生きようとしている。大義のために自分の手を汚すことも厭わない。実に好ましいですねぇ」

「……そうか」

 

 えっ、まさかニバス氏もソッチの人じゃないよね? やめてくれよぉ。ただでさえ昨日のやりとり以来、カノープスから変な目を向けられるのに。

 

「それに、従軍しながらでも研究は進められますから。この戦いで、良い『素材』もたくさん手に入れられるでしょうしねぇ。クッククク……」

 

 うーんこの。やっぱりニバス氏は変人なんだよなぁ。何の研究しているかは知らないが、素材が手に入るのなら良かったけど。そういえば、死者の宮殿で初めて会った時もゴミ漁りしてたっけ。俺も素材集めを手伝った方がいいかな、と思ったが、俺じゃ素材なんて見分けられないか。

 

「ニバス殿は研究が好きなのだな」

「ええ、私のライフワークですからねぇ。妻にもよく呆れられたものです」

 

 ファッ!?

 

「……ニバス殿は、既婚だったのか」

「おや、言っておりませンでしたか?」

 

 ニバス氏はとぼけた表情で首を傾げている。ば、馬鹿な……。こんな変人のオッサンが結婚しているだなんて……。俺も可愛い奥さんが欲しいです……。

 

「ちなみに、息子と娘もおりますよ」

「…………」

 

 なんだこの勝ち組リア充!? 駄目だ、戦闘力が違いすぎる。地球でも独身貴族を気取っていた負け組の俺では勝ち目がない。世の中、どうしてこうも理不尽なんだぁ。ちくしょう。嫌味の一つも言いたくなりますよ、これは。

 

「二児の父には見えんな……。俺の言えたことではないが、家族を放って従軍などしていていいのか?」

「ふふ……。よいのです。妻は私を置いて、息子と一緒に飛び出しました。私が研究のために、息子を実験の対象にしたのが許せなかったようですねぇ」

「…………それは、気の毒なことだ」

 

 あちゃー。奥さんに逃げられちゃったのかぁ。愛する息子を実験台にしたら、そりゃあ怒るよなぁ。なんの実験か知らんけど、ニバス氏のことだからロクな実験じゃなさそうだし。

 

「娘はどうしている?」

「……娘は私が殺したようなものです。妻を救うために、どちらかを選ばなければならなかった。そして私は、妻の魂を救う事を選んでしまったのですよ」

 

 えっ、なにそれは。すごいヘビーな話になって困惑するんですけど……。妻か子供のどちらかを選ぶっていうのは、要するに出産すれば母体がもたない、みたいな状況なんだろうなぁ。さすがに気まずくて、深く聞くつもりはないけど。

 そこまでして救った奥さんに逃げられるとか、ニバス氏もなかなか壮絶な人生を歩んでますね……。

 

 ニバス氏は、自虐的な笑みを浮かべて独白を続けている。

 

「私の研究が完成していれば、妻と娘を両方助ける事もできたでしょう。ですが、既に遅きに失した事です。『死』の克服というものは、非常に難しいのですよ。…………私は家族のためにも、『死』に苦しむ人類のためにも、この研究を完成させなければならないのです」

 

 そうか、ニバス氏は『死』を克服しようとしているのか。

 つまり、医者かなにかという事だな。

 

 この世界には回復魔法があるが、それで治せるのはあくまで外傷だけで、病気を治すことなどできないと聞いている。地球と違って医学が発達していないこの世界には、病に苦しむ人が大勢いるだろう。

 ニバス氏は、例え家族から愛想をつかされても、家族が病に倒れた時のために研究を続けているというわけだ。医学が十分に知られてないから、周囲の理解を得るのも難しいだろう。きっと息子には、新薬の治験でもしてもらったのだろうな。

 

 なんだ、ニバス氏はやっぱり聖人じゃないか! 変人っぽいけど、よく考えれば研究者なんて大体こんな感じだよな。俺が行ってた大学の研究室には、もっとヒドいヤツが山ほどいたし……。

 それにしても、ニバス氏からしてみれば、俺の身体なんてデタラメにもほどがあるだろうなぁ。病気の一つもかかったことはないし、そもそも死なないし。医者に喧嘩売ってんのかって感じだ。

 うーん、俺の身体のことは言わない方がいっか。

 

「おや、私とした事が、ずいぶんと熱くなってしまいましたねぇ。ホホホ……」

「いや、素晴らしい決意だ。ニバス殿の研究が周囲の理解を得るのはなかなか難しいだろうが、俺は世のためになる立派な研究だと思う」

「…………そう言って頂けますか。嬉しいですよ、私の理解者は随分と少ないのです」

「いつだって、先駆者というのは理解されないものだ。挫けずに頑張ってくれ」

「ふふ…… ありがとうございます」

 

 ニバス氏がなんだか少し照れた顔を浮かべている。

 オッサンの照れ顔を見せられても嬉しくないんですけどね……。

 

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 フィダック城から北へ伸びたヴァネッサ街道を通り過ぎ、途中で進路を東にとってヨルオムザ渓谷と呼ばれる場所に差し掛かった。

 底を流れるヨルオム川が何世紀もかけて作りあげた大渓谷は、まるでポッカリと開いたドラゴンの口のように峻厳で、俺達は二列縦隊を組んで渓谷の底の川辺を粛々と進んでいく。

 わざわざこんな所を通らなくてもと思ったが、王都ハイムへ行くには渓谷以外のルートだと砂漠越えをする必要があるらしい。大軍で砂漠を通るなど悪夢でしかない。

 

 一体、ドルガルア王は何を考えてそんな不便な場所に王都を作ったんだよ! もっと物流ってもんを考えろよな! やり場のない怒りを故人にぶつけつつ、俺は黙って歩き続けている。

 

 と、そこで、前方からピーッという笛の音が聴こえてきた。この合図は確か……。

 

「敵襲だッ!」

 

 誰かが叫び、敵襲と聞いて周囲が慌ただしくなり浮足立つ。そりゃあ、相手としたら絶好の迎撃ポイントだよな。戦略ゲームなんて全くやらない俺でも、この難所にトラップを仕掛けまくって迎え撃つなんて簡単に思いつく。例えば、崖の上に伏兵を置いて岩を落としたり。

 

「うわぁぁ! 岩だっ! 岩が落ちてくるぞっ!」

 

 フラグになってしまったのか、崖の上から複数の大岩が雪崩のように落ちてくる。孔明の罠かな?

 

 ニバス氏と咄嗟に視線を合わせて頷くと、俺は隊列から飛び出して大岩の一つへと駆け寄って行く。走りながら拳をギュッと握り、勢いそのままに気持ち強めに岩を殴ると、俺の身体の何倍もあろうかという大岩は重力の縛めから解き放たれて崖の上へと飛んでいく。

 そのまま他の岩に吶喊して続けざまに殴り飛ばしていく。大岩がまるで運動会の玉入れのようにポイポイと宙に舞うのはシュールな光景だろう。がんばれ赤組、がんばれ俺!

 

 だが、いくら俺の足でも、全ての岩を殴り飛ばすのは間に合いそうになかった。縦隊となった隊列は伸びきっており、かなりの長さとなっている。大岩は長い隊列の複数箇所に向けて転がっていた。

 

 あっ、この問題、ニバスゼミでやったやつだ!

 

 急ぎ体内の魔力を循環させて、俺が唯一使うことのできる『魔法』を発動する。もちろん口で詠唱はしないが、頭の中に呪文が浮かび上がってくる。

 

 ――――魔界の知恵を借り、時の戒めから解き放たん――――

 

 その瞬間、循環した魔力が発光し、俺の全身は紫色の光に包まれた。

 

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 私は白昼夢でも見ているのだろうか?

 

 崖の上から大岩が落とされようとしているのを見た時、私は己の失敗を悟った。こうなる事を予期して斥候を先行させていたのだが、みすみす見逃してしまったらしい。

 兵士達の力を合わせれば、あのような大岩でも対処は可能なはずだ。しかし、いかんせん数が多かった。細く伸びきった隊列では、命令を届けるのも時間が掛かる。とてもではないが間に合わない。刹那の内にそう判断した私は、せめて近くの隊員達だけでも助けようと避難命令を出そうとした。

 

 その瞬間、黒いローブをはためかせた人影が飛び出していったのだ。

 名目上とはいえ私の部隊へと配属された彼、ベルゼビュート殿に間違いなかった。

 

「ベル殿! 危険だっ!」

 

 思わず声を掛けてしまった私は、部隊長失格だろう。しかも咄嗟だったので、短い愛称で呼んでしまった。しかし幸か不幸か彼には届かなかったらしい。彼はあり得ないほどの速度で崖を駆け上っていき、転がりだした大岩の元へとあっという間にたどり着いた。

 このままでは潰されてしまう、と目を閉じかけた私だったが、次の瞬間、大岩はまるで翼が生えたように宙へと飛び上がる。信じられない光景だった。

 

 さらに黒い人影は止まる事なく次々と大岩を吹き飛ばしていく。もはや、言葉もなかった。一体、どのような研鑽を積めば、あのような事が可能になるというのか。練兵場で見せて頂いた武の精髄はまだ理解の範疇だったが、この光景は我が目を疑わざるをえない。

 

 だが、彼の孤軍奮闘にも関わらず、一つの大岩が隊列を蹂躙しようとしていた。

 あの位置ではさすがに間に合わない。仕方がない、被害は最小限になった、と諦めかけたところで、またしても我が目を疑う事になった。

 渓谷の反対側にいたはずの黒い人影が、一瞬の内に大岩の元へと移動していたのだ。しかも、間を置かずして大岩は吹き飛んでいく。それも、複数の岩が同時にだ。

 

 まるで今の瞬間だけ、本のページが抜けたように――。

 そこで、ハッと一つの可能性に思い当たった。

 

 それは、例え一生を魔導に生きる賢者ですらまともに唱える事が難しいとされる強力な魔法。信じられないほど膨大な魔力を必要とすることから、その使い手は確実に寿命を削ると言われている。

 それは、人の手が届かず、不変であり、誰にでも平等に与えられる『時』を独占しようとする、神をも恐れぬ所業。魔界の暗黒神が、天界の神を貶めるために人に与えたと伝えられる。

 

 その名は、パラダイムシフト。

 時を引き伸ばし、使うものを時の隙間へと誘う、究極の暗黒魔法。

 




深い渓谷の底、過熱したオリ主のチートは、遂に危険な領域へと突入する。
ニバス先生はリア充で勝ち組で、家族愛と使命感に溢れた聖人ですね(白目)


【大神官モルーバ】
ヴァレリア王国の国教であるフィラーハ教の偉い人。大神官はキリスト教でいう教皇。
ブランタとの権力闘争に負けてハイムを出たけど、妻が死ぬまで正統の大神官として活動してた。
内乱で妻が死んで引きこもってたが、デニムに説得されて脱引きこもりを果たす。
色違い四人姉妹の娘がいるけど、みんなバラバラに動きまわっていてプレイヤーを困惑させる。

【パラダイムシフト】
上位暗黒魔法。他の魔法が軒並み消費MP10〜40程度なのに対して、この魔法はMP100を消費。
しかも成功率は66%で固定という鬼畜仕様だが、その分、効果は非常に強力。
原作では各キャラがスピード順で行動するが、この魔法は対象者を即時行動可能にする。
賢者がうんぬんとか、寿命を削るとか、暗黒神がどうこうとかは独自設定です。

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