ヴァレリア生まれ死者宮育ちのオウガさん   作:話がわかる男

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タクティクスオウガの二次創作が全く見当たらないんですがそれは・・・


Chapter 0 - Let Us Cling Together
001 - Game Over


 ポツリ。

 

 頬に冷たい雫の感触を感じて、浮かび上がるように意識が覚醒していく。

 また雨漏りでもしたのか。サラリーマンになってから一人暮らしのために入居したボロアパートは、たびたび雨漏りを繰り返している。大家のおっちゃんに電話しないとな……。

 

 あれ?

 

 重いまぶたを持ち上げて目を開けると、そこは散らかった部屋ではなく見知らぬ薄暗い空間だった。

 かろうじて確保できる視界には、人工物だとわかる壁や床が写っている。肌に触れる空気はジメジメとしており、カビ臭い匂いが鼻をつく。

 

 どこだここ?

 

 慌てて身体を起こそうとした時、自分の身体が視界に入る。見覚えのない服を着ていた。黒いボロ布のようなダボダボとした服だ。もちろん、こんなものを着て寝床に入った覚えはない。

 ますます混乱しつつ立ち上がると、妙に身体が軽い事に気がついた。不思議に思って身体を触って確かめてみると、やけにスリムでメリハリの整った身体になっている。サラリーマンになってからの不規則で不摂生な生活でメタボ気味だった腹は、見事な段差で六つに割れているのだ。

 

「な、なんだこれは」

 

 思わず独り言が口に出るが、いつもの聞き慣れた自分のドブ声ではなく、やけに重低音のイケメンボイスで発声された。聞くだけで耳が妊娠してしまいそうだ。

 

「こ、これは……俺の声なのだろうか」

 

 間違いなく自分の声のようだった。だが、口に出たのは日本語ではないようだ。まるで自動翻訳のように、考えた事と口にでる言葉が一致していない。英語ですらろくに喋れない俺が、こんなペラペラと外国語を喋れるはずがないのに。

 しかも、どうやっても口調がやけに重いものになってしまうのだ。普段の俺の口調は、平和な日本人の一般男性に相応しく、もっと砕けたものだ。「だろうか」なんて朗読の時以外で口にした事はない。

 

「とにかく、ここから出なければ……」

 

 自分の状況はよくわからないが、今の俺は黒いボロ布をまとっているだけで、そのすぐ下ではナニがブラブラしている状態だ。こんな格好を誰かに見られたら、すぐに「お巡りさんこっちです」されてしまう。

 そもそも、ベッドサイドに置いてあるはずの財布やスマホも見当たらないため、ここから生きて出られるかも怪しい。出口が見つからなければ遭難して飢え死にしてしまいそうだ。

 

 俺は、出口を探して、暗い空間を手探りで壁伝いに歩き始めた。

 

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 結論から言えば、出口はすぐに見つかった。

 

 しかし出口である扉を抜けた先には、さらに別の大きな部屋が広がっているだけで、慣れ親しんだ太陽の光を拝むことはできなかった。

 どうやら今まで俺が寝ていた空間は小さな部屋だったらしく、ようやく暗さに慣れてきた目でよく見れば、岩を削りだした机や椅子、怪しげな薬品やボロボロの紙切れが積まれている。誰かが住んでいたのは間違いない。他に誰もいないので消去法で考えれば、俺になるわけだが。

 

 それよりも、大きな部屋の方だ。

 扉を開けたら何故か悪寒がしたのですぐに引き返してきてしまったのだが、ここから出るためにはあそこを抜けなければならない。

 なんとか自分を奮い立たせて、再び扉を開く。

 

「GYAO」

 

 扉を開けた途端、何者かと目が合った。暗闇の中、わずかな光を反射して瞳が金色に光っている。向こうもこっちに気づいたらしく、動きを止めてじっと見てくる。

 よくよく見れば、相手の姿が目に入ってくる。トカゲのような赤いウロコが艶々と輝き、大きく開かれた口からは荒い息とダラダラと粘液がこぼれている。その口の中にはサメのような鋭い牙が生えているのだ。

 

 きっと、こいつはこう考えている。

 ウマそうな、エサがいた。

 

「GYAOOOOOOON!」

 

 奴は、雄叫びをあげて跳びかかってきた。俺は慌てて扉を閉めるが、ドガッという音と衝撃で、奴が扉に体当たりした事がわかった。

 意外なことに、扉は奴の体当たりを受け止めてもビクともしていない。薄い石版のような扉だったのだが、この強度は嬉しい誤算だ。ドガッ、ドガッと衝突音が立て続けに繰り返されている。

 

 体当たりで扉が破られないかハラハラしながら、襲いかかってきた奴の姿を思い出す。ウロコの生えた大きな身体、鋭い牙、コウモリのような羽根と長い尻尾。

 

「やはり……ドラゴンなのだろうか?」

 

 ゲームではお馴染みの存在だが、実際に対峙してみると恐ろしいプレッシャーだった。あの大きな口で噛砕れれば、人間など一呑みに違いない。とてもではないが、正面から戦う気にはなれない。

 

「となると……つまりこれは……」

 

 見覚えのない場所に見覚えのない身体。

 さらに空想上の存在であるドラゴン。

 

 どうやら俺は、ファンタジーの世界に転生してしまったようだ。

 

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 何度か扉に体当たりを続けていたドラゴンは、やっと諦めてくれたらしい。

 ほっと安堵しつつも、あんな恐ろしいモンスターが徘徊する中を抜けなければいけないと考えると、ゾッとするしかない。一体、俺はどうやってこの部屋までやってきたんだ?

 とりあえず情報を集めるために、部屋の中に転がっている紙切れを読み漁っていく。書かれているのはやはり日本語ではなかったが、問題なく読む事ができた。

 

「ヴァレリア王国……? 覇王ドルガルア……?」

 

 聞き慣れない地名や人名ばかりだった。世界史が得意だったわけではないが、少なくとも地球ではない……と思う。さらに言えば、地球では1年を12ヶ月に分ける暦が一般的だが、書物の中では「白竜の月4日」やら「海竜の月12日」やら、訳のわからない日付が踊っている。

 本格的にファンタジーの世界じゃねーか。でも、俺の知ってるゲームや漫画の世界ではなさそうだ。ゲームはわずかな人気作をプレイするだけのライトゲーマーだったから、俺の知らない作品の世界だというのも否定できない。

 

 結局、紙切れは備忘録やなんかのメモばかりで、大して情報を得る事が出来なかった。書いてある事も暗号めいた専門用語やレシピのようなものが並んでおり、全く理解できない。

 しかし、その中で気になる記述があった。

 

『死者の指輪と血塗れの聖印の組み合わせによる転生実験に失敗』

『素体の魂の強度に問題がある?』

『召喚魔法との組み合わせで、魂強度の高い素体を召喚』

『転生実験に成功、続いて遺失魔法ボディスナッチの再現実験へと移る』

 

 転生やら召喚やら、『この部屋の持ち主』は色々な怪しい魔法の実験をしていたようだ。ラノベ的に考えるなら、その実験によって地球からホイホイと召喚されたり転生したりしたのが俺という事になるわけだが、今となってはもうわからない。

 とにかく、こうして部屋に篭っていても埒が明かないことだけはわかった。

 

「やはり、外に出るしかないか」

 

 他に何かないかと部屋を見回してみると、部屋の片隅に物置のようなスペースがあった。雑多な物が山のように積まれている。中には水や食料もあるようだ。

 食料は乾パンのようなものと干し肉のようなもので、食べやすく加工された食品に慣れた現代人には、食べづらい事この上なかった。しかし、贅沢は言っていられない。

 

 さらに山を漁ってみると、立派な緑色の槍を見つける事ができた。

 緑色の槍は自分の身長よりも長く、かなり重かったが、この身体のスペックのおかげか何とか振り回す事はできた。とはいえ槍の扱いなど全く覚えがないので、少し練習が必要だろう。

 

 残念ながら防具のようなものは見当たらない。際どいボロ布を身にまとったまま行動するしかないようだ。この世界にわいせつ物陳列罪の法律がない事を祈るしかない。

 

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 数日が経って槍の扱いにも慣れてきたので、いよいよ再び部屋から出てみる事にした。

 

 この身体で数日を過ごしてわかったのは、この身体が疲れ知らずだという事だった。起きてから寝るまで一日中ずっと槍を振るっていたが、まったく疲れを感じないのだ。日本にいた頃の俺なら、槍を十回も振ればバテていたに違いない。

 槍は落ちていた革紐で肩に掛けて、すぐに使えるように装備している。また、同じく転がっていた布袋に食料と水を詰めて反対側の肩に掛けている。総重量は大したものだが疲れ知らずなので問題はない。

 

 物音を立てないように、そろそろと扉を開く。扉の先に例のドラゴンが待ち伏せしているのでは、と心配だったが、そこには何もいなかった。

 少し安心しつつ扉をくぐり、以前はよく見られなかった大部屋を見回してみる。

 

 床や壁は小部屋と同じような意匠の造りになっていて、表面に不思議な幾何学模様が刻まれた石で出来ており、全体的に微かに発光している。太陽も明かりもないのに物が見えるのは、この光のおかげらしい。部屋全体を見通す事はできないが、足元や周囲の状況ぐらいは確認できる。

 床の上にはところどころにドロドロとした緑色の泥沼が見える。いかにも毒沼といった様相だ。空気も汚染されそうなものだが、不思議とカビ臭いだけで呼吸に問題はない。

 さらに、人骨と思われる白い骨がそこかしこに転がっている。この状況に感覚が麻痺しているのか、本物の人骨のようなのに、恐怖は感じなかった。

 

「ここは……もしかしてダンジョンという奴なのだろうか?」

 

 RPGなどによく登場するダンジョンだが、内部は迷路のような構造になっている事が多い。迷わないように、しっかりと来た道を記憶しておかなければ、あの小部屋にすら戻れなくなりそうだ。

 

 人骨や毒沼を踏まないように注意しつつ、足音を殺しながら部屋の中を進んでいく。壁に手をつきながらしばらく進んでいくと、カタリ、と物音が聞こえた気がした。

 

 足を止めて、息を潜めて様子を伺う。

 

 カタリ、カタカタ。

 

 今度ははっきりと耳にする事ができた。何の音かわからず首を傾げていると、すぐにその音の正体は明らかとなった。

 

 足元に転がっていた人骨が、動き始めたのだ。

 

「なっ!」

 

 慌てて槍を構えると、動き始めた人骨はパズルのように組みあがり、やがて人の形となって立ち上がった。頭蓋骨の目にあたる窪みには、ぼうっと青白い光が灯っている。

 

「ドラゴンの次は、スケルトンか……」

 

 立ち上がったスケルトンは、いつの間にか手にしていた大剣を振りかぶって襲いかかってくる。大剣が空気を切る轟音を聞いて、俺はバックステップでそれをかわす。この身体は動体視力も優れているようだ。

 大剣が地面に突き刺さり、隙だらけになったスケルトンの身体に、構えていた槍を振りかぶるように叩きつけた。練習の成果が存分に出せた一撃で、ガードしようとしたスケルトンの左腕を吹き飛ばす。身体から離れた左腕は放物線を描いて地面へと落ちた。

 スケルトンは負けじと右腕だけで大剣を振ろうとするが、俺はそれを槍で逸らす。

 

 思ったよりも戦えている。この分なら、ドラゴンさえ相手にしなければ、このダンジョンを早めに抜け出す事ができるかも――

 

 そう思った束の間、ドスッと不穏な音が背中から聴こえた。遅れてやってくる、熱い痛み。

 

「ガハッ」

 

 思わず片膝をつく。肩越しに自分の背中を見てみると、そこには金属製の『矢』が生えていた。どうやら、目の前の敵に集中しすぎて、背後から不意打ちを食らったらしい。

 カタカタという音と共に、大剣を持ったスケルトンとは別のスケルトン達が何体も現れ、俺を取り囲んでくる。中には、中世の戦争に出てくるような器械式の弓である『弩』を持った個体もいた。こいつが不意打ちをくれた奴だろう。

 さらに、スケルトンにまぎれて、フワフワと宙を浮いている者もいる。布をかぶっており、二頭身ほどしかない小さい存在だ。どうやらこちらは、スケルトンとは別種のモンスターらしい。幽霊のような見た目なので、ゴーストとか呼ばれるんだろうか。

 

 現実逃避はこのぐらいにして、今の状況をどう抜け出すか必死に頭を回転させる。漫画やラノベの主人公なら、このピンチを抜け出す事など軽くやってみせるはずだ。

 背中の痛みをこらえながら槍を振り回して牽制するも、モンスター達は次第に輪を狭めてくる。

 

「△○×$□×△#○――」

 

 ふと気がつけば、先ほどまで浮かんでいるだけだったゴーストが、杖らしき棒を掲げている。発声器官など無いはずなのに、どこからか怪しい声が聞こえてくる。

 発声と共にゴーストの頭上に紫色の光が集まり、形をなしていく。その光景は現実離れしており、それを知らない俺にも何が起きているのかすんなり理解できた。これが『魔法』というやつなのだろう。

 

「――○△%×□!」

 

 ゴーストの掛け声と共に、紫色の光の塊が勢いよく飛び出し、俺の元へと向かってくる。サイドステップで避けようとしたがそのスピードは予想以上に速く、見事に右半身に命中した。途端に、燃え上がるような痛みが身体の中を這い回る。

 

「がああああ!!」

 

 当然、そんな俺をスケルトン達が放っておくはずもなく、スケルトン達はそれぞれが手にした武器を振りかぶり、俺を攻撃してくる。

 痛みの中、なんとか避けようとするが、多勢に無勢だった。次第に被弾が増えていき、ついに膝をついた俺の目の前に、大剣を持ったスケルトンが立ちふさがる。

 

 最後に聴こえたのは、固い大剣の切っ先が、俺の頭を砕き割る音だった。

 





【死者の宮殿】(ししゃのきゅうでん)
タクティクスオウガ名物のおまけ要素。本編の進行とは関係のない、地下100階の難関ダンジョン。
SFC版では一切セーブ不可の鬼畜仕様だったが、PS版やPSP版では階層ごとにセーブ可能になったりショートカットできたりと、ゆとり仕様に。(本作はPSP版準拠)
強力なレアアイテムや魔法が手に入ったり、サイドシナリオ的なものがあったりする。

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