艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第7話 「輸送船団を護衛せよ! ③」

 

 

 洋上に停止し、スパルヴィエロは静かに目を閉じると、意識を集中する。

 

─ 全索敵機に通達します。索的行動を速やかに終了し、全機至急帰艦してください ─

 

─ 了解ッ! ─

 

 妖精とはいえ、18機(人)分の思念が同時に頭の中に響きわたったのだ。スパルヴィエロは一瞬バランスを崩す。

 

─ あいつら(索敵隊)は、一応全機爆装してるんだろ? だったらこのまま攻撃に

向かわせるべきじゃないのか? ─

 

 

 Z501ガビアーノは、艇体は木製、主翼と尾翼は木製骨組みに羽布張りという、旧式な

構造だった。

 だが、合計640キロもの爆弾を搭載でき、2000キロを上回る航続距離は長距離哨戒爆撃機としても使用できる、旧式ながら傑作機と称しても過言ではない水上挺であった。

 

「いえ、あの子(妖精さん)たちは、あまり練度が高くありません。いまはこれが精一杯だと思います、それに……」

 

 頭を軽く振りながら言葉を区切ると、スパルヴィエロは西の方角に目をやる。

 天候がにわかに乱れはじめ、サルディーニャ島の背後から、巨大な入道雲がもくもく

と湧きたちはじめていた。

 

 

─ なるほど、な。これじゃあ、自殺行為だ ─

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 鈍いエンジン音が聞こえ、スパルヴィエロたちは一斉に顔を上げる。

 

 空に複数の黒点が浮かんでいた。それはみるみるうちに大きくなり、独特な形状の飛行艇へと姿を変えた。

 

 カントZ501は少しづつ高度を下げると、一機、また一機と海面に着水しはじめた。

 ほっそりとした艇体と、主翼の下に取り付けられたフロートにまとわりついてた波が、だんだんと小さくなり、18機のカントZ501は、スパルヴィエロのすぐそばで動きを止めた。

 

 とつぜん、カントZ501は目も眩むような光を発した。

 だが光はすぐに消え、あとには、6本の矢がゆらゆらと波間を漂っていた。

 

 スパルヴィエロは身をかがめ矢を拾うと、軽く振って海水を払い、1本、また1本と矢筒に納めていく。

 

「ご苦労様でした」

 

 労るような口調で話しかけながら、スパルヴィエロは矢筒を撫でる。

 

─ どうだ、いけそうか? ─

「無理ですね、みんな疲れきっています。すぐに補給(休養)させてあげないと」

─ そうか……で、どうする気だ? ─

「ナポリに引き返しましょう。いまならまだ、駆逐艦は振り切れます」

 

 ネロも、それが最前の対応と考えていたのだろう。スパルヴィエロの言葉を、無言で

肯定する。

 

─ そうすると、あとはボニファシオから向かってくる艦隊の対応だな ─

 

 いつもと同じ低い渋みのある声だったが、ネロの声音から、スパルヴィエロは、この一番の相棒でもあるこの妖精が、いつになく昂ぶっていることに気づいていた。

 

「ええ、ネロさんの出番ですよ」

 

 スパルヴィエロはそう言いながら、矢筒からさっきとは別の、緑色に塗られた矢を引き抜いた。

 

「戦闘機隊、全機発艦!」

 

 4本の矢が放たれ、それは瞬く間に12の機影に分離した。

 一斉に散開したのは、濃緑色に塗装され、ずんぐりとカウルに、時代遅れの固定脚が

印象に残る複葉の戦闘機『フィアットCR42ファルコ』だった。

 

 現在、イタリア海軍空母型艦娘が正式採用している艦上機は『メリディオナリRo51』であった。

 

 だがスパルヴィエロは、とある事情から前述の正式艦上機を使うことができず、飛行艇である『カントZ501ガビアーノ』と、改修を繰り返し、なんとか艦上機としての体裁を整えた全時代の遺物といっても差し支えのない単座複葉の『フィアットCR42ファルコ』を艦載機として使用していた。

 

「よし、あとは……」

 

 頭上で編隊を組はじめたフィアットCR42を満足そうに眺めながら、スパルヴィエロは

矢筒に残った1本、ネロが変化した真紅の矢に指を伸ばす。

 

─ ひとつ、聞きたいことがある ─

 

 伸ばした指が、動きを止める。

 

「どうしたんですか、あらたまって」

 

─ お前、どうしてパンテレリアから向かってきた駆逐艦が囮だと気づいたんだ? ─

「わたしも、知りませんでしたよ」

─ 何だと!? ─

 

 人差し指と中指で矢を挟みながら、スパルヴィエロはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「ただ、不思議に思っただけです。あの駆逐艦は、なぜわたしたち(輸送船団)に一直線に向かってきたのか? 距離的に考えても攻撃が間に合わないのを承知の上で……」

 

 

 矢筒から真紅の矢を抜き取ると、スパルヴィエロは呼吸を整える。

 

 

「そのとき、ふと思ったんです。駆逐艦は、わたしたちを自分たちの狩り場に追い立てるための猟犬であり、獲物に狙いをつける狩人は別にいるんじゃないかって……そうしたら妖精さんから、あの別動艦隊の報告があったというわけです」

 

 スパルヴィエロは話すのを止めると、矢をつがえ、大きく弦を引き絞る。

 ギリギリと音を立て、ゆっくりと弦が後退していく。

 

 

 

─ こいつ…… ─

 

 

 

 ネロは、目を閉じ精神を集中しはじめたスパルヴィエロの横顔を、感覚の目で見ていた。

 

 

 

─ たしかに、こいつの空母としての性能は、艦娘としては落第点かもしれん。だが、こいつの『自分の置かれた状況を正確に判断し、的確に対応する』能力は…… ─

 

 

 

「さあ、ネロさん、お願いします!」

 

 

 スパルヴィエロのはつらつとした声に、ネロは思考を破られる。

 

 

「指揮官機、発艦ですっ!」

 

 

 ひときわ大きな炎に包まれ瞬時に弾けた。その中から紅に染めあげられた、フィアットCR42ファルコが飛び出した。

 

 コクピットの中で、飛行服に身を包んだネロが飛行帽の顎紐をきつく閉めながら、眼下に目をやる。

 

 

 

 そこには、自分を見上げているスパルヴィエロの姿があった

 

 

 

 

【あいつ、本物かもしれんな】

 

 

 

 

 ネロはゴーグルを装着しながら、低い声でつぶやいた。

 

 

 


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