艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

5 / 29
第5話 「輸送船団を護衛せよ! ①」

  

 

「あの、だいじょうぶですか?」

「チーン! あ、はい問題ないです」

 

 心配そうに見上げる輸送艦娘に、スパルヴィエロは鼻をかみながら笑いかける。

 

「それよりみなさん、陣型をくずさないように、この旗について、一列に並んでくださいね?」

「「「「はーい」」」」

 

 手にした小さな旗を振りながら指示をあたえると、スパルヴィエロの後ろにぴったと

くっついて航行していた4人の輸送艦娘たちが、手を挙げながら同時に答える。

 少女たちは、ときおり飛び散る波しぶきを受け、無邪気に笑いあっていた。

 

(うう、かわいいなぁ~)

 

 170センチを越える長身に、均整のとれたプロポーション、年の割に大人びて見られる

反動か、スパルヴィエロは『小さいもの』『可愛いもの』といったものにめっぽう弱か

った。

 

 じっさい彼女の私室は、その手のグッズで溢れ返っていた。

 

 自分たちの任務も忘れてしまったのか、嬌声をあげはしゃぎ始めた少女たちだが、もはやスパルヴィエロには、そんなことはどうでもよくなってきていた。

 

(ビバ! 船団護衛!!)

 

─ おい、よだれ垂れてるぞ ─

 

 いつしか、トレントの苦言も脳裏から霧散し、ホンワカした空気に包まれ心の中でサムズアップ(親指を立てて)していたスパルヴィエロだが、頭の中に凍てつくような

声が響き渡り、我に返る。

 

「はう! ネ、ネロさん?」

 

─ いつまで向こうの世界にいってんだ、仕事しろ! ─

 

 現実世界に無事帰還したスパルヴィエロは、口元を拭いながら、恨めしげに腰に下げた矢筒を見る。

 

「わ、わかってますよ~」

 

 あきらかに非は自分のほうにあるのだが、そんなことはおかまいなく、スパルヴィエロは唇を尖らし、そっぽを向いてしまう。

 

「ん、どうかしましたか?」

 

 視線を矢筒から反らすと、いつの間にか隊列を離れ輸送艦娘がひとり、自分と併走しているのに気がついた。

 少女はスパルヴィエロと目が合うと、慌てて速度を落とし後ろに下がってしまった。

 

 首をひねると、今の輸送艦娘は他の3人とヒソヒソと何か話し合っているようだ。

 

(ああ、また(・・)はじまった)

 

 スパルヴィエロは、がっくりと肩を落とす。

 今回の輸送艦タイプの艦娘たちとは、はじめて行動をともにしていたのだが、過去に

別の艦娘たちに、同じようなリアクションを何度かとられたことがあったのだ。

 

 厳密にいうなら、少女たちが興味を持っているのはスパルヴィエロ自身ではなく、彼女が装着する『艤装』にあった。

 

 

 

 また、すぐそばに気配を感じ、目だけそちらに向けると、いつの間にかスパルヴィエ

ロは輸送艦娘たちに取り囲まれていた。

 

 少女たちの、異様にキラキラと輝く瞳を見ていると、口から出かかった「陣型を乱さないでください!」というセリフも、のどの奥にひっこんでしまう。

 ついに溢れ出す好奇心を抑えることができなくなったのか、ひとりの輸送艦娘が海面を滑るように近づいてきた。

 

「あ、あの、スパルヴィエロさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「……はい、何でしょう」

 

「スパルヴィエロさんて、空母なんですよね」

「……ええ、いちおう、そのつもりです」

 

 

「でも、そのわりには、ちょっと変わった形ですよね、ソレ」

 

 少女はそう言いながら、ビッと一点を指さした。

 

 わざわざ目で追わなくとも、少女が何を言いたいかは過去の体験から分かっていたので、スパルヴィエロは、あえてそちらを見ようとはしなかった。

 

 端から見れば、スパルヴィエロの艤装は、元が簡易改造空母だけあって、そう目立った

ものではなかった。

 

 推進器(スクリュー)と舵が一体化した、ブーツを思わせるような脚部。

 腰には矢筒が揺れ、そして左手には、それを放つ(ボゥ)が握りしめられている。

 背中には、鉛色の箱状のパーツを背負うかのように装着されており、そのパーツから無骨なサブアームが左右に伸び、右のアームの先端に半月型のスポンソンと、その上に数基の高角砲が設置され、左のアームには飛行甲板がとりつけられていた。

 

 

 だが、その飛行甲板に問題があった。

 

 

「これ、ひょっとして剣なんですか? これで深海棲艦をズバッと切っちゃうとか?」

「すっご~い」

「え~、ほんとうですか?」

「かっこいい!」

 

 

「いえ、これはただの甲板なので、そんなことをしたら、おそらく折れてしまうかと……」

 

 

 期待に目を輝かせ、にじり寄る少女たちの瞳から、みるみる光が消えていく。

 

 

「……そうなんですか」

「すみません、期待に添えなくて」

 

 波ひとつない洋上。場が静まり返り、気まずい空気がスパルヴィエロたちを包み込ん

だ。

 

 たったひとつの問題。そう、それは、空母型艦娘にとって象徴ともいえる、飛行甲板の形状にあった。

 

 一般的に飛行甲板の形は、長方形となっている。

 基本的にスパルヴィエロの飛行甲板も同じなのだが、なぜかその最先端から4分の1程

が桟橋のように細長くなっており、まるで飛行甲板の先端に、細身の剣でもつけたかのような奇妙な形をしているのだ。

 

 この急に狭まっていく部分は、実寸では長さは50メートルほどあるが、幅はわずか5メートルしかなかった。

 実際、こんなところから艦載機が発艦できるわけもなく、さりとて、このスペースに

カタパルトが装備されていたような形跡も見あたらない。

 

 航空母艦は数多くあれど、このようなキテレツな飛行甲板を持っているのは、スパルヴィエロただ一隻だけであろう。

 

「ええ、と」

 

 まるで、お通夜の席と勘違いしそうなこの空気を何とかしようと、スパルヴィエロは

脳をフル回転させはじめるが、頭の中に声が響き、それはすぐに中断されてしまった。

 

 

 

 ネロたち妖精のものともちがう声……いや、正確にいえば、それは『鳴き声』だった。

 

 

 

 スパルヴィエロは頭上を振り仰いだ。

 

 

 

 

 

 あれ(・・)が、飛んでいた。

 

 

 

 

 

 小柄な体に不釣り合いなほど大きな翼、ピンと伸ばした一組の足にそれを多い隠すほどの尾羽根。

 流れるようなラインの頭部には、鉤爪を思わせる嘴をそなえていた。

 

 

 

 それは、自らが放つまばゆい光に包まれた、巨大な『鷹』だった。

 

 

 

 

「スパルヴィエロさん?」

 

 惚けたように空を見上げ、身動きひとつしないスパルヴィエロに気づき、輸送艦娘たちも顔を上げるが、そこには雲ひとつない青空が広がっているだけだった。

 

 

 そう、あの『鷹』は、スパルヴィエロが艦娘として覚醒したあの日に、彼女の頭上に

とつぜん現れ、彼女以外の誰の目にも映らなかった。

 

 

 

 そして、あの『鷹』が姿を見せたとき、それが良きにせよ悪しきにせよ、スパルヴィエロの周りに、何かが起こった。

 

 スパルヴィエロは意を決したような顔になると、腰の矢筒から一本の矢を抜き取り

弓につがえると、力の限り引き絞った。

 

─ おい、どうしたっていうんだ? ─

 

 今は自ら『矢』の状態になっているため、身動きのとれないネロが、必死に思念で問

いかけるが、スパルヴィエロは何も答えない。

 

 輸送艦娘たちも、どうしていいか分からず、互いの顔を見ながらオロオロするだけだった。

 

─ 何があった、答えろ! ─

 

「……来ます、敵が……」

 

─ 何!? ─

 

 それだけ答えると、矢を引き絞ったまま、スパルヴィエロは真剣な顔で『鷹』が去っていった方角に目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地であるサルディーニャ島は、まだ、はるか先だった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。