「あの、だいじょうぶですか?」
「チーン! あ、はい問題ないです」
心配そうに見上げる輸送艦娘に、スパルヴィエロは鼻をかみながら笑いかける。
「それよりみなさん、陣型をくずさないように、この旗について、一列に並んでくださいね?」
「「「「はーい」」」」
手にした小さな旗を振りながら指示をあたえると、スパルヴィエロの後ろにぴったと
くっついて航行していた4人の輸送艦娘たちが、手を挙げながら同時に答える。
少女たちは、ときおり飛び散る波しぶきを受け、無邪気に笑いあっていた。
(うう、かわいいなぁ~)
170センチを越える長身に、均整のとれたプロポーション、年の割に大人びて見られる
反動か、スパルヴィエロは『小さいもの』『可愛いもの』といったものにめっぽう弱か
った。
じっさい彼女の私室は、その手のグッズで溢れ返っていた。
自分たちの任務も忘れてしまったのか、嬌声をあげはしゃぎ始めた少女たちだが、もはやスパルヴィエロには、そんなことはどうでもよくなってきていた。
(ビバ! 船団護衛!!)
─ おい、よだれ垂れてるぞ ─
いつしか、トレントの苦言も脳裏から霧散し、ホンワカした空気に包まれ心の中で
声が響き渡り、我に返る。
「はう! ネ、ネロさん?」
─ いつまで向こうの世界にいってんだ、仕事しろ! ─
現実世界に無事帰還したスパルヴィエロは、口元を拭いながら、恨めしげに腰に下げた矢筒を見る。
「わ、わかってますよ~」
あきらかに非は自分のほうにあるのだが、そんなことはおかまいなく、スパルヴィエロは唇を尖らし、そっぽを向いてしまう。
「ん、どうかしましたか?」
視線を矢筒から反らすと、いつの間にか隊列を離れ輸送艦娘がひとり、自分と併走しているのに気がついた。
少女はスパルヴィエロと目が合うと、慌てて速度を落とし後ろに下がってしまった。
首をひねると、今の輸送艦娘は他の3人とヒソヒソと何か話し合っているようだ。
(ああ、
スパルヴィエロは、がっくりと肩を落とす。
今回の輸送艦タイプの艦娘たちとは、はじめて行動をともにしていたのだが、過去に
別の艦娘たちに、同じようなリアクションを何度かとられたことがあったのだ。
厳密にいうなら、少女たちが興味を持っているのはスパルヴィエロ自身ではなく、彼女が装着する『艤装』にあった。
また、すぐそばに気配を感じ、目だけそちらに向けると、いつの間にかスパルヴィエ
ロは輸送艦娘たちに取り囲まれていた。
少女たちの、異様にキラキラと輝く瞳を見ていると、口から出かかった「陣型を乱さないでください!」というセリフも、のどの奥にひっこんでしまう。
ついに溢れ出す好奇心を抑えることができなくなったのか、ひとりの輸送艦娘が海面を滑るように近づいてきた。
「あ、あの、スパルヴィエロさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「……はい、何でしょう」
「スパルヴィエロさんて、空母なんですよね」
「……ええ、いちおう、そのつもりです」
「でも、そのわりには、ちょっと変わった形ですよね、ソレ」
少女はそう言いながら、ビッと一点を指さした。
わざわざ目で追わなくとも、少女が何を言いたいかは過去の体験から分かっていたので、スパルヴィエロは、あえてそちらを見ようとはしなかった。
端から見れば、スパルヴィエロの艤装は、元が簡易改造空母だけあって、そう目立った
ものではなかった。
腰には矢筒が揺れ、そして左手には、それを放つ
背中には、鉛色の箱状のパーツを背負うかのように装着されており、そのパーツから無骨なサブアームが左右に伸び、右のアームの先端に半月型のスポンソンと、その上に数基の高角砲が設置され、左のアームには飛行甲板がとりつけられていた。
だが、その飛行甲板に問題があった。
「これ、ひょっとして剣なんですか? これで深海棲艦をズバッと切っちゃうとか?」
「すっご~い」
「え~、ほんとうですか?」
「かっこいい!」
「いえ、これはただの甲板なので、そんなことをしたら、おそらく折れてしまうかと……」
期待に目を輝かせ、にじり寄る少女たちの瞳から、みるみる光が消えていく。
「……そうなんですか」
「すみません、期待に添えなくて」
波ひとつない洋上。場が静まり返り、気まずい空気がスパルヴィエロたちを包み込ん
だ。
たったひとつの問題。そう、それは、空母型艦娘にとって象徴ともいえる、飛行甲板の形状にあった。
一般的に飛行甲板の形は、長方形となっている。
基本的にスパルヴィエロの飛行甲板も同じなのだが、なぜかその最先端から4分の1程
が桟橋のように細長くなっており、まるで飛行甲板の先端に、細身の剣でもつけたかのような奇妙な形をしているのだ。
この急に狭まっていく部分は、実寸では長さは50メートルほどあるが、幅はわずか5メートルしかなかった。
実際、こんなところから艦載機が発艦できるわけもなく、さりとて、このスペースに
カタパルトが装備されていたような形跡も見あたらない。
航空母艦は数多くあれど、このようなキテレツな飛行甲板を持っているのは、スパルヴィエロただ一隻だけであろう。
「ええ、と」
まるで、お通夜の席と勘違いしそうなこの空気を何とかしようと、スパルヴィエロは
脳をフル回転させはじめるが、頭の中に声が響き、それはすぐに中断されてしまった。
ネロたち妖精のものともちがう声……いや、正確にいえば、それは『鳴き声』だった。
スパルヴィエロは頭上を振り仰いだ。
小柄な体に不釣り合いなほど大きな翼、ピンと伸ばした一組の足にそれを多い隠すほどの尾羽根。
流れるようなラインの頭部には、鉤爪を思わせる嘴をそなえていた。
それは、自らが放つまばゆい光に包まれた、巨大な『鷹』だった。
「スパルヴィエロさん?」
惚けたように空を見上げ、身動きひとつしないスパルヴィエロに気づき、輸送艦娘たちも顔を上げるが、そこには雲ひとつない青空が広がっているだけだった。
そう、あの『鷹』は、スパルヴィエロが艦娘として覚醒したあの日に、彼女の頭上に
とつぜん現れ、彼女以外の誰の目にも映らなかった。
そして、あの『鷹』が姿を見せたとき、それが良きにせよ悪しきにせよ、スパルヴィエロの周りに、何かが起こった。
スパルヴィエロは意を決したような顔になると、腰の矢筒から一本の矢を抜き取り
弓につがえると、力の限り引き絞った。
─ おい、どうしたっていうんだ? ─
今は自ら『矢』の状態になっているため、身動きのとれないネロが、必死に思念で問
いかけるが、スパルヴィエロは何も答えない。
輸送艦娘たちも、どうしていいか分からず、互いの顔を見ながらオロオロするだけだった。
─ 何があった、答えろ! ─
「……来ます、敵が……」
─ 何!? ─
それだけ答えると、矢を引き絞ったまま、スパルヴィエロは真剣な顔で『鷹』が去っていった方角に目をやった。
目的地であるサルディーニャ島は、まだ、はるか先だった。