艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

27 / 29
第27話 「ハジメテノ演習 ③」

 

「ふ~ん、少しは、やるようになったかな?」

「うん、合格点にはほど遠いけど、さっきよりはマシなんじゃない」

 

 辛辣な口調とは裏腹にエスペロとオストロの口元には、かすかな笑みが浮かんで

いる。

 スパルヴィエロは、背部から伸びた艤装を巧みに動かし、バランスをとりながら

遮蔽物代わりのブイを避け続ける。

 

「スパルヴィエロさん、すごい」

「ああ、ここまでやるとは、予想外だな」

 

 確かにエスペロたちの指摘どおり、その動きはお世辞にも軽快とはいえなかった

が、ほんの数十分前と比べれば、今のスパルヴィエロの動きは格段に上達していた。

 

「……でも、ちょっと様子が変」

 

 アルマンドの眠そうな声に、ルイジとトゥルビネは前を見る。

 

 疲れでも出たのだろうか、先ほどまでとは打って変わり、スパルヴィエロの動き

に切れが無くなっていた。

 

「どうした?」

 

 口元に手を当て声をかけるが、ふらふらしながら近づいてくるスパルヴィエロに、

ルイジは眉を寄せる。

 

 その顔は青ざめ……というか、それを通り越し血の気を失い、白くなっていた。

 

「どこか、体の具合でも悪いのか?」

「す、すみま、ぜん。ちょっど……ぎぼぢッ!?」

 

 

 いきなり両手で口元を覆うと、スパルヴィエロの両頬があり得ないほど膨れ

上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食で別れを惜しみつつ胃の中へと旅だったピッツァと、洋上で奇跡の再会を

果たし得たスパルヴィエロを見ながら、エスぺロたちは眉をしかめた。

 

「艦娘が……」

「船酔い?」

 

 スパルヴィエロの背中をさすりながら、トゥルビネが苦笑する。

 

「でも、酔う人は酔うし……」

 

 小型の漁船を操る老練な漁師から、巨大な戦艦の指揮をとるベテラン艦長まで、

俗にいう『海の男』たちでも、船酔いにかかることは決して珍しいことではかった。

 

「それは人間の話でしょう? あたしたちは艦娘なんだし、そんなの関係ないじゃん!」

 

 眉を逆立てエスペロが反論する。

 確かに彼女たち艦娘は、かつて実在した軍艦たちの生まれ変わりである。

 だが、内包された『魂』はどうあれ、その『姿』は、まだうら若い、生身の少女

たちである。

 

 しかも艦娘たちは、かつての姿とは比べ物にならないほど、その姿が小さくなって

いるにも関わらず、海上を疾駆するその早さは以前と変わらない。

 

 

 当然その身を襲うピッチング(縦揺れ)ローリング(横揺れ)からくる揺れの激しさは想像を絶するものだろう。

 

 数こそ少ないが、船酔いに苦しむ艦娘も存在するのだ。

 

 スパルヴィエロも洋上航海の経験はそこそこあったが、その大半はあまり高速での

航行を必要としない船団護衛ばかりだった。

 

 しかも、地中海は一年を通して波が穏やか日が多い。

 

 それがいきなりコレである。

 

 スパルヴィエロが、激しい船酔いにかかってしまうのもやむを得ないといった

ところであろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「よし、操舵訓練はこれぐらいでいいだろう。次は……」

「射撃訓練?」

「……を、予定していたのだが、今日は止めておく」

 

 期待に目を輝かせ近づいてきたオストロが、ルイジの連れない返答に、盛大に

ずっこけた。

 

「なんで? どうして?」

「とくに名前は伏せておくが、ある艦娘のおかげで予想外に時間を割く羽目になっ

たのでな」

 

 かなり西に傾き始めた太陽を見ながら、ルイジが素っ気なく答える。

 

 ある艦娘を除いた、全員の視線が一点に集中する。

 

 

「すみません」

 

 

 一部、殺意すら含んだ視線に肌を粟立たせながら、スパルヴィエロは深々と頭を

下げた。

 

 

「まあ、今日が初めての演習だ、仕方がない。だが、お前の『空母』としての実力

だけは、見極めさせてもらいたい」

 

 驚いたように顔を上げるスパルヴィエロに、ルイジは頷きながら微笑んだ。

 

「これより、スパルヴィエロの艦載機による、射撃及び爆撃訓練を執り行う!」

 

 ルイジの凛とした声が、演習場に響き渡った。

 

 

◆◆◆

 

 

 スパルヴィエロは、風上に向かって進路を取り始めた。

 矢筒から矢を1本引き抜くと、手にしたボゥにつがえ一気に引き絞る。

 大きく息を吸い、意識を集中させる。

 

「これより、艦載機による演習を開始します……全機発艦!」

 

 1本の矢が、風を切り裂きながら、雲一つない蒼窮の空を駆け抜けていく。

 その後を追うように、3本の矢が立て続けに放たれ後を追う。

 

 4本の矢が、炎に包まれいきなり爆ぜた。

 飛び散った炎の塊は、やがてその姿を航空機へと変じた。

 

 全身を明灰色に塗装された機影を、エスペロとオストロは額に手を当てながら

追っていた。

 

「……うわぁ、何アレ?」

「あれって、戦闘機なの?」

 

 自分たちのイメージとよほどかけ離れていたのか、エスペロたちは、奇異な物

でも見るような視線を頭上に向けていた。

 

 アルマンドは、ちらりと視線を上に向けると、ぽつりとつぶやく。

 

 

「……あれは、『カントZ501ガビアーノ飛行艇』」

「飛行艇!?」」

 

 

 エスペロたちは、同時に叫ぶと目を凝らす。確かに主翼の下に大型のフロートが

取り付けられているのが目に留まった。

 

「え? アレ? ちょっと待ってよ。何で空母から飛行艇が発進するわけ?」

「そうよ、確か空母型艦娘が搭載できる艦上機ってのがあって……名前は、メ、メリ

オ…」

 

「……『メリディオナリRo51』と、『フィアットG50/bis』の2機種」

 

 あいかわらず視線は本に落としたまま、アルマンドはささやくように話を続ける。

 

「……残念だけど、どちらもスパルヴィエロの性能(レベル)が低すぎて使えない」

 

 肩と口をカクンと落としたエスペロとオストロには目もくれず、アルマンドは

さらに話を続ける。

 

「……そういうわけで、ジュゼッペや工廠長たちが、機体各部の補強や改良を重ね、

スパルヴィエロ専用の艦上機として用意したのが……」

「あの、変なカッコした飛行艇というわけ?」

「……それと、もう1機種」

 

 アルマンドはオストロの言葉を遮り、空を指さす。

 

 エスペロたちが顔を上げると、カントZ501とはまるで形状の違う、濃緑色に塗ら

れた機体が、いつの間にか編隊に加わっていた。

 

「あれ……」

「見たことある」

 

 以前、ルイジたち第1遊撃艦隊の艦娘たちが、深海棲艦に奇襲を受けた輸送船団

救出にかけつけた時、待避行動を行っていた輸送艦娘たちの直援をしていた機体

だった。

 

「……あっちが『フィアットCR42ファルコ』」

 

 アルマンドの説明を右から左に聞き流し、濃緑色に塗装された単座複葉の戦闘機

を目で追っていたエスぺろたちが、露骨に顔をしかめた。

 

「あんな時代遅れなカッコした機体で、本当に大丈夫なの?」

 

 噂で聞いた話では、日、米、英といった高性能の空母型艦娘を保有する国々では、

艦載機の開発にも並々ならぬ努力を注ぎ、現在では単葉全金属製の機体が主流を占

めているという。

 

 だが、自分たちの艦隊唯一の空母の艦載機が、単座複葉の戦闘機と妙な姿の飛行艇

ではエスペロたちが落胆するのも仕方がないことだろう。

 

 

「……確かに、空母先進国の艦上機と比べれば性能は見劣りしている。でも、複葉機

や飛行艇としては、両方とも優秀……それにイタリア空軍では、フィアットもカント

も未だに現役で活躍している」

 

 アルマンドの説明に、エスペロたちはどこか諦めたような顔で目配せした。

 

 

 

 

【よし、これより射撃訓練を執り行う。各機、編隊ごとに指定された目標を攻撃せよ!】

 

 エスペロたちの心中も知らず、ネロの指示が飛び、カントZ501とフィアットCR42

は三機一組になると、一斉に高度を下げる。

 海面にブイが浮かんでおり、その上に標的代わりの小さな気球が揺れていた。

 

 妖精たちはの操縦する艦載機は、順に標的に向かって機銃を撃ち込むが、お世辞

にも命中率は高いとはいえなかった。

 

【ふぅ、まだまだ時間がかかりそうだな、こりゃあ……】

 

 ネロは天を仰ぎながら飛行服の襟元を緩め苦笑した。

 だが、気をとりなすと、手袋越しに指の骨を鳴らし始める。

 

【さて、そろそろ、行くか!】

 

 ネロは操縦桿を握り直し、フットペダルを踏み込んだ。

 真紅のフィアットCR42は、海面すれすれを飛行しながら標的めがけてさらに加速

する。

 

【ひゃっほぉおおおおおおッ!】

 

 ネロの歓喜の叫びを合図に、機体に搭載された12.7ミリ機銃2丁が火を噴く。

 ブイの上で揺れる、4つの気球が立て続けに破裂し、その間をネロの機体が駆け抜

けていく。

 

「ほぉ」

「す、凄いです」

 

 ルイジとトゥルビネは、ネロの技量にため息混じりに賞賛の言葉を口にした。

 

 

「ネ、ネロさん! これは演習なんですよ? もう少し真剣に……」

 

 スパルヴィエロは周りを見回しながら、慌ててネロを諫めるが、本人はまるで気

にした素振りも見せない。

 

 

 

 

 

 頭の上で曲芸紛いの飛行を始めた紅い複葉機に、スパルヴィエロは肩を落とし

ながらため息をついた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。