艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第25話 「ハジメテノ演習 ①」

 

 ようやく姿を見せたルイジたちに、工廠の前でたむろしていたエスペロたちが

気づくと、艤装をガチャガチャ鳴らしながら近づいてくる。

 

 

「もう、おっそいわね~」

「何やってたのよ? 待ちくたびれちゃったじゃない!」

「済まない。妖精たちが艦載機に搭乗するところを見ていたら、つい遅くなった」

「え~、何それ?」

「ルイジだけ? ずっる~い!」

 

 まるで駄々っ子のように、唇を尖らせ両手を振り回すエスペロとオストロに、

ルイジは両手を胸元にかざしながら苦笑する。

 

「……わたしも見たかった」

 

 視線は本に向けたまま、アルマンドも言葉少なに不満を口にする。

 

「本当に悪かった。今度時間がある時、スパルヴィエロに見せてもらえばいい

だろ、な?」

「ほら、エスペロちゃんもオストロちゃんも、いつもでもそんな顔しないの」

 

 困ったような笑みを浮かべながら、トゥルビネがルイジたちの間に割って入る。

 しばらく宥め好かしていると、ようやくエスペロたちも落ち着いたようだった。

 

 

 

 

「それにしても、ヘンな艤装ね!」

 

 何の脈略もなく、いきなりオストロがスパルヴィエロに指を突きつける。

 

「へは?」

 

 会話に加わる機会を逸し、騒ぎの外でボ~ッと突っ立っていたスパルヴィエロは

思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 エスペロとオストロは足早に近寄ってくると、スパルヴィエロの飛行甲板をジロ

ジロと見つめ始めた。

 

「このエレベーター、何でこんなヘンな形してんの?」

 

 エスペロが口にした言葉は、実はスパルヴィエロの飛行甲板を目の当たりにした

他の艦娘たちが内心抱いていた共通の疑問であった。

 

 飛行甲板上のエレベーターの形状は、長方形、もしくはそれに近い正方形をする

のが主流だった。

 だがスパルヴィエロのソレ(・・)は十字型、というか艦載機を上から平たく

押しつぶしたような、変わった形をしていた。

 このような形状は、イギリスの一部の空母にも見られるが、あまり一般的に普及

しているわけではなく、かなり珍しい部類に属する物であろう。

 

「それに、こんな変な飛行甲板から、よく艦載機が飛び立てるわね?」

 

 スパルヴィエロの艤装の中でも、最大の疑問点。

 

 飛行甲板の先端から延びる、細身の剣のような甲板を指でなぞりながら、オストロ

が呆れたような顔で話しかけてきた。

 

「そうなんですよね。わたしも未だにこんな所から飛行機が飛び立てるなんて信じ

られなくて」

 

 

 

─ お前の艤装だろうが! ─

 

 

 

 照れたように頭を掻きながら答えるスパルヴィエロに、ルイジたちは愕然としな

がら胸の内でツッコんでいた。

 

 

「あっ、分かった! きっとこれ剣じゃ……」

「ですから、こんなモノで切りかかったら折れちゃいます!」

 

 デジャブー感溢れるオストロのセリフを、スパルヴィエロはきっぱりと否定した。

 

 

 

 

「あら、みなさんお揃いで、ピクニックかしら?」

 

 いきなり背後から声をかけられ、第1遊撃艦隊の艦娘たちは一斉に振り返る。

 薄暗い路地の向こうに、カラミータが音もなく立っていた。

 

「この格好見て分かんない? 演習よ、演習!」

「アンタこそ、こんな所で何やってんのよ? サボり?」

 

 手にした主砲を振りかざしながら、ルビーのように赤い瞳に怒りの炎を揺らし、

エスペロとオストロがつっけんどんに尋ねるが、カラミータは少しも動じた様子を

みせなかった。

 

「アンジェラに用を頼まれて、ね」

 

 鼻先に突きつけられた主砲を指でつまみ、横に除けていたカラミータの眉が、

かすかに動いた。

 

「でも、あなたたちが演習でいなくなると、この町の守りもずいぶんと手薄になり

そうね」

「そうですね。でもわたしたちの他にも、ボルツァーノさんの第2遊撃艦隊も哨戒担

当の駆逐艦たちもいますから、心配はいりませんよ」

 

 少し声のトーンを上げながら、励ますように話しかけるトゥルビネを、カラミータ

は無表情に見つめている。

 

「そう、……まあ、がんばって」

 

 カラミータはそれだけ言うと、スパルヴィエロたちに背を向け、エスペランザへと

歩き出す。

 

「素っ気ないなぁ」

「しょうがないって。しがない民間人には、艦娘の苦労なんて分かりゃしないわよ」

 

 不満そうにカラミータの背中を見ていたオストロに、手をひらひらさせながらエス

ペロが苦笑する。

 

 

「さて、そろそろ演習を始めるか?」

 

 

 額に手をかざしながら、かなりの高さまで昇った太陽を見上げていたルイジが、

誰にともなくつぶやく。

 

 

 第1遊撃艦隊の面々は、そろって埠頭へと歩き始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 工廠を出て薄暗い路地を抜けると、埠頭へと出た。

 目の前にティレニア海が広がり、燦々と降り注ぐ陽の光を受けて、海面はまるで

宝石を散りばめたかのように光輝いている。

 

 見慣れた光景だったが、何度目にしても胸をうつ感動は変わらない。

 その美しさに目を奪われていたスパルヴィエロの脇を、小柄な人影がふたつ走り

抜けていく。

 

「よっ!」

「はっ!」

 

 エスペロとオストロは全力で駆けていくと、かけ声も勇ましく、そのまま突堤の

先から身を踊らせた。

 

 突堤の向こう側から、小さな水柱がふたつ立ち上った。

 

 スパルヴィエロとトゥルビネは一瞬顔を見合わせると、ふたりの姿が消えた突堤へ

と走り出す。

 突堤に先からのぞき込むように下を見ると、エスペロとオストロがこちらに向かって

手を振っていた。

 

「もう、ふたりとも! 私たち(艦娘)が出港する場所は、ちゃんと決められているんだよ?」

 

「いいじゃん、別に」

「そうそう、昔ならともかく今のあたしたちなら、ここからでも沖に出れるしね」

 

 大小様々な船が係留された港を横目で見ながら、オストロが頭の後ろで腕を組む。 

 

 

 

 かつては、その全長が100メートル前後の駆逐艦から、200メートルを越える戦艦

まで、鋼の巨躯を大海に浮かべていた軍艦たちも、今では人間の少女から成人女性

ぐらいまでそのサイズを変えていた。

 

 そのため、艦娘に関していえば、船の停泊地や出航などに必要な広大なスペース、

そして、これらを円滑に機能させるための港湾施設は、もはや不要といえた。

 

 出港や帰港のための大規模な泊地などはもはや必要なく、乱暴ないい方をすれば

出港したければエスペロたちがやったように、直接海に身を投げてもよいわけだし、

帰港したければ、浅瀬を通り砂浜から直接陸に移動してもいいわけである。

 

 もはや艦娘たちの被った損傷を治すのに、船台やクレーンといった大型の設備や

重機の類は必要なく、

 彼女たちの艤装を修理、開発し、管理するスペースも驚くほど小さくなっていた。

 結果として、ドックや工廠といった施設が、かつての大型艦一隻分ほどのスペース

にすべて集約されている。

 

 

 これらの恩恵や、前述した泊地や港湾施設が必要なくなったため“タラントの惨劇”

時に一時は壊滅状態になったイタリア海軍は、いち早く司令部を開設、艦娘たちの

修理に必要な施設を再建することで、深海棲艦への反撃に要する時間を必要最低限に

押さえることができたのだ。

 

 

 

 

「まあ、予定の時間をだいぶオーバーしてしまったし、今日のところは大目にみよう」

 

 肩に手を置き話しかけるルイジに、トゥルビネはまだ何か言いたそうな顔をするが、

渋々と頷いた。

 

 突堤の周りに、立て続けに4つの水柱が上がった。

 

「よし、これより単縦陣を組んだまま、演習海域に向かう!」

 

 第1遊撃艦隊の艦娘たちの足下が、にわかに泡立ち、トゥルビネを先頭に、ルイジ、

スパルヴィエロ、アルマンド、オストロ、エスペロが順に、ゆっくりと波を切り進み

始める。

 

 演習場所であるナポリ沖合へと向かって、巡航速度で移動する第1遊撃艦隊の艦娘たち。

 

「いい香り」

 

 鼻腔をくすぐる潮の香りを、胸一杯吸い込みながら、スパルヴィエロは潮風を受け

はためく金色の髪を手で押さえつける。

 

「ん?」

 

 そのとき、スパルヴィエロは、前を走るルイジの視線が、進行方向とは別の場所に

注がれていることに気がついた。

 

 視線の先には、深海棲艦たちとの過去の戦いで沈められ、無惨に朽ち果てた軍艦が

数隻、洋上にその一部を晒していた。

 

 ルイジはその残骸に、複雑ななまざしを送っている。

 

「ルイジさん?」

 

 スパルヴィエロの呼びかける声に、ルイジは驚いたように振り返る。

 

「何でもない」

 

 しばらくして、ようやく答えるが、スパルヴィエロはますます心配そうな顔を

するだけだった。

 

 ルイジは速度をわずかに落とすと、スパルヴィエロとの

距離を詰めた。

 

「何でもないといったろう? それに、どうせ心配するなら自分自身を心配した方

がいい」

「へ?」

「一日も早く実戦慣れしてもらうためにも、これからお前をたっぷりとシゴかねば

ならないのだからな」

 

 

 

 口元をひきつらせるスパルヴィエロの肩を軽くたたき、ルイジはニヤリと笑って

みせた。

 

 

 

 


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