艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第24話 「演習前の慌ただしさ」

 

 

 ルイジのよく通る声が、工廠内を走る抜ける。

 

「これより、定時演習を開始する。総員、艤装を装着せよ!」

 

 第1遊撃艦隊の艦娘たちは敬礼すると、身を翻し各々のハンガーへと駆けていく。

 その流れるような動きだけでも、トゥルビネたちの練度の高さが伺いしれた。

 

「お前は、艤装無しで演習をする気か?」

 

 完全に出遅れ、ひとり取り残されたスパルヴィエロは、ルイジの一声で、自分の

やるべき事を思い出し、慌てて仲間の後を追う。

 

「ふぅ、みんなスゴいんだな」

 

 専用ハンガーに、寄りかかるように背を押しつけながら、スパルヴィエロは、

横目でトゥルビネたちの様子を伺う。

 

 トゥルビネ級の3隻の駆逐艦娘たちは、すでに艤装を装着し終え、ハンガーを後

にしようとしている。

 

 その手には、主砲である120ミリ連装砲が握られ、533ミリ4連装魚雷発射管が

1基づつ、左右の太股に固定されていた。

 背中には大小ふたつの煙突が取り付けられ、その両側に設けられたスペースから

せり出すように、数基の40ミリ機関砲と13ミリ機銃が取り付けられている。

 

 トゥルビネたち3人は同型の駆逐艦であり、その艤装も基本的には同じ物であった

が、ひとつだけ違うところがあった。

 

 エスペロとオストロの艤装は、煙突の下に長方形の箱が取り付けてあったが、

トゥルビネのは、黒光りする円柱状のパーツに代わっていた。

 

(同じクラスでも、けっこう違いがあるんですね)

 

 そんなことを考えていると、アルマンドが読書に夢中になりながら、横を通り

過ぎていく。

 彼女の艤装は、主砲である152ミリ連装砲や、100ミリ広角砲、37ミリ連装機関砲

といった対空兵装、そして533ミリ連装魚雷発射管といった武装が、大小2種類の

煙突を中心に、すべて背部に集中して配置されていた。

 

 しかも煙突の後ろから、アルマンドのふくらはぎの辺りまで、いかにも後付けした

ような大型のラックが備え付けられていた。

 

 

【こりゃまた、不細工な艤装だな】

 

 

 スパルヴィエロの足下で、ネロの小馬鹿にするような声が聞こえてきた。

 

 巨大な艤装を背負い、本を読みながら歩く姿は、さながら極東の地に語り継がれる

薪を背負いながら勤勉に励む少年の姿を連想させた。

 

「あ、あれは前に本で見た、ニッポンに伝わる伝説の勤労少年『ニノミヤ・キンタロウ!』

「……それをいうなら『金次郎』」

 

 乱雑に積まれた木箱や、足下に転がる工具の類を器用に避けながら、アルマンドは

本から顔も上げず、スパルヴィエロの謝った知識を訂正する。

 

 出口へと向かうアルマンドの背中を見ていたスパルヴィエロは、視線を感じ

振り返った。

 

 そこには、艤装を身に纏ったルイジが腕を組み、スパルヴィエロを見つめている。

 

 ルイジとアルマンドは艦種は同じ軽巡洋艦であるが、クラスが違うせいか、各パーツ

の形状や配置はまるで違っていた。

 

 背部には2本の煙突を中心に左右に張り出しがあり、その上に100ミリ連装広角砲と

37ミリ連装機関砲が設置されていた。

 だが他の兵装、2基の533ミリ3連装魚雷発射管は太股に、そして主砲である

152ミリ3連装速射砲塔と、同口径連装砲各1基づつが、背部から左右に伸びたサブ

アームに取り付けられていた。

 

 ルイジの艤装は、アルマンドのものより重武装ではあったが、全体にコンパクトに

纏められており、機動性を重視した艦型をしていた。

 

 

 スパルヴィエロは、トゥルビネたち他の艦娘たちの艤装に目を奪われ、まだ自分が

艤装を装着していないことをルイジに無言で責められていると感じ、慌てて手元の

スイッチに手を重ねる。

 

 背後のハンガーが重苦しい音を立てスライドすると、中に収納されていた艤装が

迫り出し、スパルヴィエロの背中に押し当てられる。

 艤装と背中のコネクターが接続される微かな音が響くと、足下からふたつに分かれ

た脚部用のパーツが現れ、ブーツの上から包み込むように装着された。

 背部から左右に伸びたサブアーム。その先端に取り付けられた特徴的な飛行甲板と

高角砲や機銃が設置されたスポンソンを軽く動かしながら異常がないか確認すると、

スパルヴィエロは、ゆっくりとハンガーから進み出る。

 

 スパルヴィエロの艤装は、背部と脚部にのみ集中して配備されていた。

 他の艦娘たちの艤装と比べると、パーツ数はかなり少ないが、これは彼女の前世と

もいえる艦種が、簡易的な構造を持つ『護衛空母』であることに由来していた。

 

 これで、スパルヴィエロが空母型の艦娘の証ともいえる短弓(ボゥ)と矢を手に

すれば、いつでも出撃が可能だった。

 

 だがルイジは、ようやく艤装を装着したスパルヴィエロを、あいかわらず腕を組み

見つめたままだった。

 

「えっと……」

「艦載機の搭載はしないのか?」

「はっ?」

「実は、私はまだ、妖精が艦載機に乗り込むところを見たことがなくてな……お前が

よければ、後学のために見学させてほしいのだが」

 

 ようやくルイジの胸の内を知り、責められているのではないと知ったスパルヴィエロは、胸をなで下ろす。

 

「そうだったんですか。分かりました……妖精さん!」

 

 スパルヴィエロの声が響くと、ハンガーの右側から鉄製の台が伸び、ハンガーの裏側に設けられた待機所から、飛行服に身を包んだ妖精たちがわらわら駆けだしてきた。

 台の上に集合した妖精たちは、飛行帽の顎紐をきつく閉め直し、お互いの身なりに

おかしいところは無いかチェックに余念がない。

 その光景は、他者から見ればほのぼのとした雰囲気さえ感じさせたが、当の妖精たちの表情は真剣そのものだった。

 

【まったく、おれたちの搭乗するところが見たいなんて、お前も随分と物好きだな?】

 

 呆れたようにつぶやきながら、ころころと太った体くを物ともせず、ネロは機敏な

動きでハンガーを駆け上り、台の上に着地する。

 ルイジは、皮肉のこもったネロの声に、肩を軽く竦めてみせた。

 

 台の上にはスリットが設けられ、そこに1本づつ矢が納められていた。

 

【これより我々は、定期演習に赴く。総員、機乗用意】

 

 妖精たちは、一斉に矢に向かって走り出す。妖精たちは三人一組で1本の矢に、ネロは

紅く塗られた矢に近づくと、それぞれ目の前にある矢に手を当てた。

 

【総員、機乗ッ!】

 

 よく通る低い声を合図に、ネロと妖精たちの体がまばゆい光に包まれた。

 だがそれは、ほんのわずかな間だった。光が収まるとネロと妖精たちの姿は忽然と消え、そこには、一列に並んだ矢だけが残っていた。

 

 ポカンと口を開けたまま立ち尽くすルイジの横を通り過ぎながら、スパルヴィエロは

台に並んだ矢を、腰に下げた矢筒に1本づつ納めはじめた。

 

「これで搭乗員(妖精さん)たちの艦載機への搭乗は終わりました」

「てっきり、実体化した機体に乗り込むとばかり思っていたが……まさか、こんな方法

で乗り込んでいたとは……」

「わたしも最初は驚きました。でも、ジュゼッペさんが『場所を食うから、艦載機を

実体化させるのは、基本的に整備や修理の時だけだ』って、前に言ってました」

「なるほどな、いや、勉強になった」

 

 感心したように、頭に手をやりながらつぶやくルイジに、矢になったネロが話かける。

 

 

【ひとつ賢くなったようだな? え、世間知らずのお嬢さん】

「ネ、ネロさん!」

 

 みるみる目つきが鋭くなるルイジを横目に、スパルヴィエロは慌てて矢筒を押さえ

込む。

 

 

「おほん! そろそろ、エスペロたちが痺れを切らせている頃だろう……行くか?」

「は、はい」

 

 ルイジの手が肩に置かれ、スパルヴィエロは急いで残りの矢を矢筒へ納めると、

ボゥを手に取った。

 

 

 

 ふたりは工廠を背にすると、早足に仲間の待つ場所へと向かった。

 

             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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