艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第23話 「脳パイ」

 

 

 翌朝、うっすらとかかる靄をかき分けるようにして、スパルヴィエロは工廠へと向かう。

 

「おはようございま~す」

 

 扉を開け、中をのぞき込む。

 建物の中は人気も無くシンと静まり返り、いつもの騒がしさが嘘のようだった。

 あまりの静寂さに、スパルヴィエロはここが工廠とはにわかに信じれなくなっていた。

 

【何だ、今日は葬式か?】

「縁起でもないこと、言わないでくださいよぉ」

 

 薄気味悪そうに、左右に向けながらネロがつぶやくと、スパルヴィエロは顔をしかめる。

 

 とりあえずネロを伴い、資材や工作機械が雑然と置かれるなか、まるで獣道のような

狭い通路を奥に進むと、艤装を格納したハンガーが並ぶスペースに、たどり着いた。

 まるで、巨大な鋼鉄製のドミノを連想させるハンガーを横目で見ながら歩いてたが、

 スパルヴィエロの足は、自分専用のハンガーの前で動きを止めた。

 

 そこには、昨日のスクラップのような姿は無く、まるで新品のようにピカピカに

なった艤装が、ハンガーから突き出たラックに納められていた。

 黒光りする鋼の表面は顔が映り込むほど磨き抜かれており、スパルヴィエロは

感動に身を震わせる。

 

「よっ、ずいぶんと早いんだね」

 

 あくびを噛みころすような声が背後から聞こえ、スパルヴィエロは振り向いた。

 

 そこには、憔悴の色も濃いジュゼッペが、目の下にクマの浮かばせ、立っていた。

 

 おそらくこの様子では、昨夜は一睡もしていないのだろう。申し訳ない気持ちで

一杯になり、スパルヴィエロはジュゼッペに対し、感謝の言葉を口にした。

 

「それは、あたしひとりの力じゃない。礼なら、みんなにも言ってやってよ」

 

スパルヴィエロの殊勝な態度に、ジュゼッペは照れくさそうに笑うと、床を指さす。

 

 そこには、工廠長と腹を掻きながら床に横たわっていた。豪快ないびきに合わせ

上下する腹の上で、ツナギを着た妖精たちが、思い思いの格好で寝息を立てている。

 

 スパルヴィエロはみんなを起こさないように、心の中で全員に礼を言う。

 

「とりあえず、修理は完璧に終わったよ。ついでに機関の出力増大と、艤装の装甲

の強化を……」

 

「してくれたんですか?」

 

 瞳を不自然にキラキラと輝かせ、にじり寄るスパルヴィエロを、ジュゼッペは

両手で押し返す。

 

「……したかったんだけど、あんたの今のレベル(錬度)じゃ、無理な話だね」

 

 期待の大きかった反動か、スパルヴィエロは肩を落とすとがっくりとうなだれてしまう。

 

「でも、代わりといっては何だけど、飛行甲板にちょいと手を加えて……あれ?」

 

 得意げに説明を始めようとしたジュゼッペだが、目の前にいるはずのスパルヴィエロの姿が忽然と消えていた。

 

 周りを見回すと、ハンガーの前でスパルヴィエロが何かしている。

 

「何も変わってないじゃないですか!」

 

 ハンガーに固定された飛行甲板を、ペタペタと触っていたスパルヴィエロが不満そうに頬をふくらませる。

 

「せっかちな子だね。手を加えたのは木甲板の下さ」

「???」

 

 ジュゼッペは、出来の悪い生徒を見るような眼差しで、腕を組み、眉間にしわを寄せ

ながら、何やら考え始めたスパルヴィエロに語りかけた。

 

 空母の飛行甲板、とりわけ艦載機の離発着に使用される箇所には木甲板と呼ばれる板が敷き詰められている。

 だが、この木甲板は装甲ではないため、敵の攻撃に対しては、まるで無防備である。

 一応、その下に薄い鋼坂を強いてはいるが、それは飛行甲板そのものの強度を上げる

ためのものであり、お世辞にも装甲と呼べる代物ではなかった。

 このため、通常は飛行甲板そのもの、もしくは基本船体の上甲板に装甲を施し、これを強度甲板と呼んでいた。

 

「つまり、ジュゼッペさんが手を加えたのって、その強度甲板のことなんですか?」

「ま、そういうこと。実は最近、新しい鋼板の開発に成功してね、さっそくあんたの

飛行甲板に使ってみたわけさ」

「じゃあ、防御力は格段にアップしちゃったりするわけデスカ?」

 

 嬉しさのあまり、テンションが上がったのか、何か口調がおかしくなる。

 

 瞳を星のように輝かせるスパルヴィエロから、期待に満ちたまなざしを全身に受け、

ジュゼッペは得意満面に胸を張る。

 

「そうだね、戦闘機の機銃くらいなら、何とか防げるかな」

「ショボッ!?」

「ショボいとか言うな!」

 

 スパルヴィエロの瞳から、再び輝きが失せてゆく。

 

「でも、どうせなら、戦艦の主砲を受け止められるぐらい強化して欲しかったです……」

「だから、飛行甲板は盾じゃない!!」

 

 指をくわえながら、まだブツブツを不平を口にする“自称”空母型艦娘を一喝しな

がら、ジュゼッペは振り返る。

 

 

「やっぱりこの子、空母としての適正ないんじゃない?」

 

 

 激しく同意を求めてくるジュゼッペを尻目に、床に転がったボルトを爪で弾くのに

夢中になっていたネロが、投げやりにつぶやいた。

 

 

【……何をいまさら】

 

 

◆◆◆

 

 

 陽も上がり、いつもの騒がしさを取り戻しつつある工廠に、元気いっぱいな声が響く。

 

 

 

ブオナ マッティーナ(おっはよ~)って、何やってんのジュゼッペ、そんなところで?」

 

 

 エスペロが、床にどっかと胡座を組んで座り込む、オレンジ色のツナギに向かって

話しかける。

 

「……だから、ジュゼッペ言うな」

 

 いつもなら、このセリフと同時に、ハンマーかスパナが唸りをあげて飛来してくるの

だが、今日はいくら待っても何も飛んでこない。

 

 いつでも避けられるように身構えていたエスペロとオストロは、顔を見合わせる。

 

 

 ギシギシと軋ませながら、首だけ180度旋回させたジュゼッペが、虚ろな目を向ける。

 

 その顔に、いつもの精細さはまるでなく、目の下にはクマがくっきりと浮かび上がり、憔悴しきっていた。

 まあ、ここまでは朝と同じ様相なのだが、今ではそれに加えて、ノミで削がれたように頬がげっそりと痩け、トレードマークの黒縁眼鏡が、鼻の下までずり落ちていた。

 

「どうしたんですか?」

 

 心配そうな顔で駆け寄るトゥルビネの背に、声がかけられた。

 

【原因は、アレだ】

 

 木箱の上でうずくまったネロが、メンドクサそうに器用に尻尾を使い、ビッと一点を

指し示す。

 

 その先には、スパルヴィエロが畏まって正座していた。

 

 

 ジュゼッペは、がっくりと首を落とす。

 

「今、この子に『航空母艦の在り方』について、レクチャーしてたのよ」

「でも、それとミラーリアさんが、こんなに疲れきっていることに、どういう関係があるんですか?」

 

 どうも話が繋がらないことに、トゥルビネが首をかしげていると、欠伸をしながら、

ネロがささやく。

 

【そりゃまあ、教える端から忘れられたら、こうなるわな】

「いや~、わたし、あんまり記憶力がいい方じゃないもので……」

 

 頭を掻きながら、照れ笑いを浮かべるスパルヴィエロを、エスペロとオストロが

冷めきった目で見下ろしている。

 

 

 

「……前から思ってたんだけど、あんた、頭の中までオッパイが詰まってるんじゃない?」

「ヒドッ!」

 

 

 オストロのコメントに、愕然とするスパルヴィエロ。その背後で、特大の咳払いが

響きわたる。

 振り返ると、腕組みしたルイジが憤怒のオーラを放出しながら仁王立ちしている。

 

「……いい加減に、演習を始めたいのだがな」

 

 スパルヴィエロたちは立ち上がると、一糸乱れず敬礼する。

 

 

 

スィッスィニョーレ(イエッサー)!」

 

 

 

 ルイジの視線から逃げるようにきびすを返すと、スパルヴィエロたちは、それぞれの

ハンガーめがけて、一斉に走り出した。

 

 

 

 


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