艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第22話 「じゅぜっぺ ②」

 

 

「あの~、そんなにその名前、気にいらないんですか?」

 

 以前から感じていた疑問を、おそるおそる口にすると、ジュゼッペはスパルヴィエロの胸ぐらを掴み、血走った目で睨みつける。

 

「あたりまえでしょう。こんな花も恥じらう可憐な乙女に“ジュゼッペ”とかダサい

名前つけた関係者に、土下座させたい気分よ!」

【お前こそ、全世界のジュゼッペに土下座して謝れ】

 

 地団太踏んで悔しがるジュゼッペに、ネロが冷静にツッコミを入れるが、まだうら

若い少女に、“ジュゼッペ”は確かに酷かもしれない。

 

 確かに艦娘は、かつて実在した軍艦の魂を受け継いだ存在であり、その固有名称の

選定も地名や山河、実在、非実在の動物、自然など多岐に渡り、じっさい変わった

名前も多かった。

 

 そんななかでも、イタリア海軍の一部の軽巡洋艦『アルベルト・ダ・ジュッサーノ級』『ライモンド・モンテクッコリ級』『ルイジ・デ・サヴォイア・デュカ・デグ

リ・アブルッチ級』らの艦名には、実在した有名な傭兵隊長の名前が、そして同じく

軽巡洋艦『カピターニ・ロマーニ級』には、古代ローマの隊長の名前が付けられていた。

 

 これらの軽巡洋艦は、これにちなんで『コンドッティエリ』(「傭兵隊長」の意)

と『カピターニ・ロマーニ』(「古代ローマ時代の隊長」の意)とも呼ばれていた。

 

 ひょっとしたら、『ジュゼッペ・ミラーリア』という艦名も、こういった経緯で

決められたのかもしれない。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 自分の名前のルーツが、延々と語られていたことなど露ほども知らないジュゼッペ

は床に置かれた鋼材に腰を下ろすと頬杖をつく。

 

 

「で、今日はなんの用なの?」

 

 

「よお、みなさんお揃いで!」

 

 口を開きかけたスパルヴィエロは、突然投げかけられた野太い声に驚き、そのまま

振り返る。

 溶鉱炉の方から、ツナギをの上半分を腰の辺りに巻き付けた身の丈2メートルを超

える大男が笑いながら近寄ってきた。

 ツルツルに剃りあげた頭にタオルを巻き付け、頭のてっぺんからからは湯気が上

がっている。

 

「おひさしぶりです、工廠長さん」

 

 肌着の上からでも分かるほどの見事な筋肉がテラテラと輝き、むせかえるような

汗の匂いにスパルヴィエロは目をしばたかせながら、頭を下げる。

 

 この工廠では、作業のほどんどは基本的にジュゼッペや妖精たちの手により行われ

ていたが、工廠長のような人間の技術者も何人か働いていており、もっぱら妖精たち

のサポートに尽力しているのだ。

 

 工廠長は、スパルヴィエロの目の前まで歩みを止めると、視線を真下に向ける。

 

「それにしても、相変わらず見事な乳だな」

 

 真上から見下ろすと、見事に張り出した胸に隠れて、スパルヴィエロのつま先すら

見えなかった。

 

 確かにその景観は、見事の一言に尽きるだろう。

 

 

 

「さすがは〝地中海のビッグ7〟(7人の巨乳)と呼ばれる艦娘のひと……アウチッ!!」

 

 

 両腕で胸を隠し、口をパクパクと開閉していたスパルヴィエロの目の前で、顎に

手を当てひとり感心していた工廠長が、いきなり足を抱えて飛び跳ねはじめた。

 

「あっ、ごめん。手がすべっちゃった」

 

 抑揚のない声でつぶやくと、ジュゼッペは工廠長の足下に転がる愛用のハンマー

を拾い上げる。

 

「そいえば、あんた体の方は、もういいのかい?」

 

 ドックの責任者であるタニアとジュゼッペは、既知の間柄であり、彼女からスパル

ヴィエロが入渠していると聞かされていたこと思いだし、心配そうな表情になる。

 

「はい、おかげさまで、もうこの通り」

 

 両腕を曲げて、ガッツポーズをとるスパルヴィエロを見て、ジュゼッペは顔を綻ば

せた。

 

「それは良かった。じゃあ、そろそろ話を本題にもどそうか?」

 

 そもそも話の腰を折り始めたはジュゼッペなのだが、とりあえずその事は棚に上げ

ておき、腰に手を当てながら苦笑する。

 

【そりゃあ、こいつの艤装の事で来たに決まってるだろう?】

 

 暇を持て余し、後ろ足で首の辺りを掻いていたネロが、ついでに伸びをしながら

つぶやいた。

 

 「やっぱりね」といったように顔で、ジュゼッペは片眉を少し動かした。

 

「それなら、現在鋭意修理中!」

 

 ジュゼッペは、先ほどまで座り込んで作業していた場所を親指で肩越しに指さす。

 

「あの~、それで、わたしの艤装は、どんな感じでしょうか?」

「どーもこーも、推進機と機銃のスポンソンはともかく、飛行甲板は全損、完全に

作り直しだよ」

 

 手にしたハンマーで肩を叩きながら、ジュゼッペは特大のため息をつく。

 

「だが、狙って攻撃を飛行甲板で受けたのなら、それはそれでいい腕だとは思わない

かい?」

 

 足を引きずりながら話しに割り込んできた工廠長に、ジュゼッペは苦笑いを浮かべた。

 

「まあね、でも空母の飛行甲板なんて紙みたいなもんだ。攻撃の度に盾代わりに使わ

れたら、こっちがたまらないよ」

「……ほんとうに、すみません」

 

 身を縮ませ恐縮しまくるスパルヴィエロに気づくと、ジュゼッペは肩をすませた。

 

「まあ、いいさ、あんたが無事だったんなら、それでね」

「……ジュゼッペさん」

 

 感極まり、目を潤ませるスパルヴィエロの鼻先に、ハンマーが突きつけられる。

 

 

 

「ミ・ラー・リ・ア!」

 

 

 ジュゼッペは両目に怒りの炎を宿し、口元を両手で覆うスパルヴィエロ睨みつける。

 

 工廠の隅で、足を投げだし身を横たえていたネロが、背中を見せたまま話しかけ

てきた。

 

【そいつの記憶力は、名前どおり“鳥”並だ。いい加減観念した方が早くないかい?】

 

 力無く床に腰を下ろすと、“天然”を諭すことの愚かさを身を持って知ったジュゼ

ッペがどこか投げやりな口調でつぶやいた。

 

 

 

 

「……もういいよ、ジュゼッペで……」

 

 

 

 

「で、わざわざ 艤装の修理状況を確認しにきったてことは、また輸送船団の

護衛でもするのかい?」

 

 膝を抱え、うずくまるジュゼッペを見ながら工廠長が話しかける。

 

「いえ、じつはわたし、この度、第1遊撃艦隊に配属が決まりまして……」

 

 ジュゼッペと工廠長は顔を上げ、スパルヴィエロを穴が開くほど見つめた。

 

「はは、エイプリルフールなら、もう過ぎたぜ?」

「……それは、わたしも知っています」

 

 

「それ、爺さん(提督)が言ったの? ついにボケた?」

「……その兆候は、みられませんでした」

 

 

 怪訝な表情を浮かべ、顔を見合わせるジュゼッペと工廠長を見ながら、スパル

ヴィエロは小声でつぶやいた。

   

 

「でも、わたし、実戦経験がまるで無いから、このままだとルイジさんたちに迷惑

をかけてしまいます。だから……」

 

 ジュゼッペは、スパルヴィエロの胸の内に気づいたようだった。

 

「それまでに、少しでも練度を上げておきたい、というわけか……」

 

 スパルヴィエロは、こくんとうなずいた。

 

 

「ご迷惑をおかけします」

 

 

 ジュゼッペは、恐縮しきって身を縮ませるスパルヴィエロの背中を、元気づける

かのように、バンバン叩いた。

 

「まかしときな。それがあたしの仕事だしね。明日の朝までには、あんたの艤装は

バッチリ直しておくよ!」

 

 

 作業場に投げ出された、骨組みだけの飛行甲板を見ながら、ジュゼッペは鼻の下

をこすった。

 

 

「ほんとうですか? ぷっ……よろ、しく…お願い、しま…す」

「ん? 何?」

 

 

 

 急に笑いを堪え、顔を伏せるスパルヴィエロを見ながら、鼻の下に一本の髭を蓄

えたジュゼッペが、訳が分からず不思議そうに眉を寄せた。

 

 


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