艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第20話 「災厄」

 

 

 スパルヴィエロはルイジの部屋を出ると、何か思案するような表情を浮かべ、階段を下りはじめる。

 

【どうした、浮かない顔して?】

 

 ネロは、ぐちゃぐちゃになった自分の毛並みを舌で整えながら顔を上げる。

 

「ええ、ちょっと……」

 

 さっきルイジたちに言われた言葉が、スパルヴィエロ脳裏をよぎった。

 

「たしかに、今のままでは、わたしはルイジさんたちの重荷にしかならないですよね」

 

【そんなこと、分かりきったことだろうが?】

「ははは」

 

 しょんぼりと肩を落とすスパルヴィエロを見上げていたネロが金色の瞳を細めた。

 

【それより、今は先に解決しなきゃならんことあるだろうが、次の任務まであまり時間はないんだぞ】

 

 ルイジから通達された命令では、あと数日で第2遊撃艦隊と交代し、実働任務につかなければならない。

 それまでに、先日の深海棲艦との戦闘で大破した自分の艤装を修理し、少しでも練度

を上げなければならなかった。

 

 そのためには、艤装は是が非でも必要だった。

 

「そうですね。じゃあ、これから工廠に……」

 

 スパルヴィエロは気持ちを切り替え、手を振り上げるがひときわ大きな音が、彼女の

お腹のあたりから響きわたった。

 

 そういえば、入渠してからここ数日、何も口にしていない。スパルヴィエロはお腹に手を当て、頬を赤らめてしまう。

 

【……まずは腹ごしらいが先のようだな?】

「でも、艤装の確認が……」

【腹が減っては戦はできぬ! 体調を整えるのも任務の内、と、あのいけすかん旗艦どのも仰っていたぞ】

「あはは、そう、ですね」

 

 

 スパルヴィエロは力無く笑うと、〈エスペランザ〉の一階にある、酒保兼食堂に入っていく。

 

「いらっしゃい!」

 

 足を踏み入れたとたんに、威勢のいい声が耳朶をうつ。

 頭に白い頭巾をかぶった、少し小太りの女性が満面の笑みを浮かべている。

 

 彼女の名前はアンジェラ。〈エスペランザ〉の女主人である。

 アンジェラは民間人であるが、エスペランザが軍に接収されたあとも、1、2階

の施設(食堂や寝室)を維持するために、従業員たちともどもイタリア海軍に臨時に雇用されていたのだ。

 

「ここ、ここ空いてるよ」

 

 両手をエプロンで拭きながら、アンジェラは少しめり込み気味の顎で、窓際の空いたテーブルを示す。

 実は店内には、客はひとりもいなかったのだが、せっかくの女将自らのご指名である。スパルヴィエロは窓際に移動すると、椅子に腰掛けた。

 

「外は暑かったろ? ちょっと待ってね、いま水もってくるから」

 スパルヴィエロが口を開く前に、アンジェラはそそくさとカウンターへと向かってしまう。

 

【あいかわらず、落ち着きのないバアさんだな】

「ちょ、ネロさん、聞こえちゃいますよ!」

 

 慌ててネロを諫めるが、当の本人はどこ吹く風、テーブルの一角を陣取ると、そのままずくまってしまう。

 

「もう! でも、いい女性(ひと)なんですよ、アンジェラさん」

 

 そう言いながらスパルヴィエロは、カウンターの方に顔を向ける。

 たしかに、アンジェラは少々そそっかしいところもあったが、包容力があり、面倒見みもよく飾らないその性格から、この宿に常駐する艦娘たちからは母のように慕われている存在だった。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 テーブルに置かれたグラス、その音にかき消されそうなほどの小さな声に、スパルヴィエロは顔を上げる。

 

 艶やかな黒髪を結い上げ、頭の後ろで一つにまとめた女性が、お盆を両手で持ち立っていた。

 黒いブラウスに同色のロングスカート。身につけた純白のエプロンとまるで陶磁器を

思わせる白い肌が印象的な女性だった。

 

 生気に乏しいグレーの瞳が、スパルヴィエロを静かに見下ろしている。

 

「カ、カラミータさん。いつからそこに?」

 

 まるで気配を感知できなかったスパルヴィエロは、驚き高まる鼓動を押さえるべく、

胸に手を当てながら尋ねた。

 

「いつもので、いいの?」

「えっ? は、はい」

 

 スパルヴィエロの問いかけには答えず、カラミータは注文だけ聞くと、音もなく去っていく。

 

【……あいかわらず無愛想なヤツだな〕

 

 片目だけ開け、ネロは厨房に消えたカラミータの後ろ姿を見ながらつぶやく。

 

「ネロさん!」

【こっちは客だぜ?】

「だからって、言っていいこと悪いことはあります」

【へいへい】

 

 めずらしく語気を荒げるスパルヴィエロを見上げながら、ネロはプイと横を向くと

ふてくされたように尾でテーブルを叩きはじめる。

 

「それに、カラミータさんがあんな風になったのは、深海棲艦生艦のせいかしれないんですよ」

【あん?】

 

 スパルヴィエロの口調に哀愁がふくまれたことに気づいたネロが顔を上げる。

 

 以前、アンジェラから聞いたカラミータの過去の話が、スパルヴィエロの脳裏によみがえる。

 

 

 カラミータがこの町にはじめて姿を見せたのは【タラントの惨劇】が起きた直後だった。

 幸いナポリは、深海棲艦たちの攻撃に晒されることはなかったが。タラントやその近辺から避難する民間人たちや、撤退する軍関係者たちがなだれ込み大混乱に陥っていた。

 憔悴しきり、ボロボロになったカラミータに同情したアンジェラは彼女を匿い、その

ままエスペランザでウェイトレスとして雇い始めたということだった。

 

「だから、カラミータさんにもう少し優しくしてあげてください」

【とはいってもな……あいつの名前の意味は、お前も分かっているだろう?】

 

 当時のカラミータは記憶のほとんどを失っていたが、唯一自分の名前だけを口にした

そうだ。

 

 

カラミータ(災厄)」と。

 

 

 

「そ、それは……きっとカラミータさんの両親は、自分の子供にどんな境遇に落ちても

諦めないように、そんな願いを込めて名前をつけたんですよ」

 

 スパルヴィエロのどこまでもポジティブな思考に、ネロはあきれたように首を振ると、テーブルの上に体を丸めてしまう。

 

 

「おまちどうさま」

 

 

 囁くような声とともに、目の前に湯気を上げた巨大な皿が置かれる。

 皿の大きさは、ほぼテーブルと同じサイズであり、ネロが押し出されるようにテーブルの下に転がり落ちていく。

 

 

「ごゆっくり」

 

 

 カラミータはかすかに頭を下げると、立ち去っていく。

 

【あ、あいつの生い立ちは分かった、同情もしよう】

 

 呆然とカラミータの背中を目で追っていたスパルヴィエロの膝の上に、ネロが必死の

形相で這いあがってくる。

 

【だがな、あいつの神出鬼没ぶりの説明にゃならん!】

 

 隅のテーブルを拭きはじめたカラミータを見ながら、スパルヴィエロは大きく首を縦に振った。

 

 

「そういえば、この前の任務で、あなた敵に待ち伏せされたんですって?」

 

 いきなり声をかけられ、スパルヴィエロの皿に伸ばしかけた腕が止まる。

 顔を上げると、カラミータが手を止めこちらを見ていた。すぐに輸送船団襲撃の話と気づきスパルヴィエロは笑顔を見せた。

 

「大変だったわね」

「ええ、でも、運がよかったみたいで……」

 

「本当」

「へ!?」

 

 カラミータはぽつりとつぶやくと、またテーブルを拭きはじめた。

 

 スパルヴィエロとネロは、しばらくカラミータの姿を目で追っていたが、やがて顔を

合わせると小首をかしげた。

 

◆◆◆

 

「ほら、何、ボ~ッとしてるんだい? 早く食べないと冷めちゃうよ」

 

 カウンターの後ろでグラスを磨いていたアンジェラが、スパルヴィエロに声をかける。

 香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、スパルヴィエロが我に返ると同時に、お腹のあたりから店内に響きわたるような大音量が発せられた。

 

 いままで頭の中を占めていた『疑問』が、一瞬の間に『食欲』に追いやられてしまう。

 

「いっただっきま~す♪」

 

 スパルヴィエロは、直径50cmはあろうかと思われる巨大なピザの中央に、手にしたフォークを突き立ておもむろに持ち上げると、ピザにかぶりつき口いっぱいに頬ばりはじめる。

 

 

「むぐ、むぐ……ん~、お~いひぃ!」

 

 

 

【……せめて、ナイフで切り分けてから食え!】

 

 

 

 見る見る小さくなっていく、元巨大ピザを見ながらネロがつぶやくが、もはやスパルヴィエロの耳には届いていないようだった。

 

 


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