艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第19話 「旗艦の悩み」

 

「とにかくだ、お前たちの気持ちも分からんではないが、スパルヴィエロの第1遊撃艦隊

への転属は、マリオ・バルドヴィーノ提督が、わたしに直々に命令されたものだ」

 

 つまりそれは最高司令部の決定であり、もはや覆されるこはあり得ない。

 まだ幼さの残るエスペロとオストロだが、イタリア海軍に所属する艦娘である。

 

 ルイジの言葉の意味は、十分に理解しているのだろう。

 

 まだ何か言いたげであったが、頬を膨らませると黙り込んでしまう。

 

 一列に並んだ部下たちを、順に眺めていたルイジの目が止まった。

 

「何か意見でもあるのか?」

 

 おずおずと手を挙げていたトゥビネが、小さくうなずく。

 

「スパルヴィエロさんが、私たちの艦隊に加わることに異存はありません、でも……」

 

 トゥルビネはそこまで話すと、ためらうように口を閉ざしてしまう。

 ルイジは腰に手を当て黙ったままだったが、その目が話を進めろと促していた。

 

「でも、スパルヴィエロさんて、実戦の経験はどのくらいあるのでしょうか?」

 

 一同の視線を全身に浴びたスパルヴィエロが、ゆっくりと自身を指さす。

 室内の艦娘たちが、一斉にうなずいた。

 

「で、どうなのよ?」

「さっさと答えなさい」

 

 エスペロとオストロは、詰問するような口調で尋ねてきた。交互にふたりを見ていた

スパルヴィエロだが、やがて観念したように口を開いた。

 

「……ありません」

「「はあ?」」

 

 同時に一声発した後、カクンと顎を落としたまま硬直するエスペロたちに代わり、

トゥルビネが前に進み出る。

 

「それってつまり、実戦経験が無いということなんですか?」

 

 身を縮こませながら、スパルヴィエロは申し訳なさそうにうなずいた。

 

 スパルヴィエロは、過去の輸送船団の護衛任務で、計3回深海棲艦と会敵していた。

 だが、そのうち2回は敵と接触する前に転進し難を逃れていた。

 最後の1回は、先日のサルデーニャ島への輸送任務のさいの出来事だったが、あれは

一方的にスパルヴィエロがたこ殴りにされただけであり、とても戦闘と呼べるものでは

なかっただろう。

 

 重苦しい空気が立ちこめはじめた室内に、気だるげな声が響く。

 

「……経験が無いなら、これから積めばいいだけ」

 

「そうです、アルマンドさんの言うとおりです。まだ時間はあります。私たちも協力しますからがんばりましょう」

 

 ポンと手を打ち、トゥビネがスパルヴィエロに微笑みかける。

 

「は、はい! わたし、死ぬ気でがんばります!!」

「ま、ほどほにしてよね」

「そうね、また死にかけたアンタを運ぶのは、あたしたちなんだからさ」

 

 拳を堅く握りしめ、一念発起するスパルヴィエロに、その視線と同じぐらい冷たい声

で、エスペロとオストロがツッコミを入れる。

 

「まぁ、その意気込みは買うが、その前に大破したお前の艤装をなんとかしないとな?」

 

 ルイジの一言で、自分のぎ装が現在工廠で修理中なのを思いだし、スパルヴィエロの

顔が青ざめる。

 

「後数日で、第2遊撃艦隊と任務を交代する。それまでは各自体調を整えておくように

……スパルヴィエロ、お前はすぐに工廠に向かい艤装の修理状況を確認するように、以上

解散!」

 

 トゥルビネをはじめ、第1遊撃艦隊の艦娘たちは一斉に敬礼すると、部屋を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

 慌てて廊下を走り去っていくスパルヴィエロ。その背中を見ながらブツブツと不満を口にし、去っていくエスペロたちを見送ると、ルイジは扉に鍵をかけ、ため息をつく。

 

「ふぅ」

「……お疲れさま」

 

 まるで心のこもっていない労いの言葉に、ルイジは息を飲む。

 

「アルマンド……まだいたのか?」

「……勝手に鍵をかけたのは、ルイジの方」

 

 あいかわらずベッドに腰掛け、手にした本に視線を注いだままつぶやくアルマンドに、ルイジは苦笑する。

 

「だが、ちょうどよかった。お前に相談したいことがあった」

「……トレントが寄越した資料のこと?」

 

 それは、先日スパルヴィエロを1遊撃艦隊に編入する命令を受けた際、スパルヴィエロ

の性能や戦績などが記された資料を、トレントから渡されたものだった。

 ルイジはそれをアルマンドに見せ、後日意見を聞かせてくてと頼んでいたのだ。

 

「察しがいいな。で、お前はどう思う?」

 

 ルイジは、自室の机に向かって歩きながら尋ねるが、アルマンドはすぐに答えなかった。

 椅子に腰掛け答えを待つが、いつまでもたっても部屋は沈黙に包まれたままだった。

 どれぐらい時が過ぎただろうか、我慢しきれず、ルイジはアルマンドに話しかけようとしたが、口を閉ざすとわずかに眉を寄せた。

 

 

 

「おい」

 

 

 

 こっくりこっくりとかいを漕ぎはじめたアルマンドの体が、微かに震えた。

 

「……だいじょうぶ、起きてた」

 

 

 ルイジは机に肘を付くと、両手で顔を覆ってしまう。

 彼女の肩が、微かに震えている。

 

 

「……これからの戦いは砲戦ではなく、空母を主力とした航空戦が主流になる。わたし

たちは“タラントの惨劇”で貴重な犠牲を払って、それを学んだはず」

 

 ハッとしたように、ルイジは顔を上げる。

 アルマンドの半開きの瞳と、中空で視線が絡み合う。

 

「確かにその通りかもしれない。だが、スパルヴィエロの性能はアクイラと比べれば、

明らかに劣っている。そもそも奴を航空戦力として期待するのは、問題があるのでは

ないか?」

 

「……アクイラと比較すること事態、間違っている。もとが同型の客船でもアクイラは

徹底的に改造を受けている。艦載機の搭載数をのぞけば、その性能は他国の正規空母型

の艦娘と比べても遜色がない、でも……」

 

 アルマンドは、普段はほとんど会話をしようとしない。 そのためか、息があがって

しまったのだろう、そこまで話すと、とつぜん深呼吸を始めた。

 

「おい、おい、大丈夫か?」

「……ん、問題ない」

 

 椅子から立ち上がりかけたルイジを、アルマンドは軽く手を挙げて制した。

 

「……でも、スパルヴィエロは、もともと船団護衛という単一の任務を果たすために

建造されている。その力を受け継いだあの子が、速力、搭載機数、装甲、武装に劣って

いるのは当然の結果だと思う……それに、あの子はおもしろい」

「面白い?」

 

 眉をしかめるルイジに、アルマンドはコクンとうなずいた。

 

「……ルイジも見たでしょう? あの子の戦い方を。あの子は自分の短所を誰よりも

理解している。そして、あの子はそれを補う機転と柔軟さがある……それに、自分を省

みず仲間を救おうとする責任感の強さも。それは、トリエステの欠けた穴を、きっと

埋めてくれると、わたしは信じている」

 

 ついに、軽い酸欠にでもかかったのだろうか、肩で息をはじめたアルマンドを見ながら、ルイジの脳裏に、仲間を逃すために単艦(ひとりで)で深海凄艦に切り込み、地中海にその身を沈めた、かつて第1遊撃艦隊に所属していた艦娘、重巡洋艦トリエステが浮かべた最後の笑みを思い出していた。

 

「……でも、こんな事は、私が言わなくてもルイジならとっくに気づいていたはず」

 

 アルマンドはそう言うと、ルイジに向かって微笑んだ。

 

 しばらくふたりは、声もなく見つめ合っていたが、やがてルイジはそっと視線を外す。

 

 そう、アルマンドが指摘したとおり、ルイジもこれからの深海棲艦との戦いに、空母が……スパルヴィエロの存在が、必要不可欠であることは十分理解していた。

 だが、理性としてそれを受け入れられても、感情は別物だった。

 

 

 スパルヴィエロを自分の艦隊に加えることによって、かえって仲間を危機に晒して

しまうことになるのではないだろうか?

 

 

 

 そう考えると、ルイジの心は千路に乱れた。

 

 

 アルマンドはそれに気づいていたからこそ、ルイジを励ますために、ひとり部屋に

残っていたのだ。

 

「すまんな、頼りにならない旗艦で……」

 

 ルイジはアルマンドの気遣いに照れたように頭に手をやると、髪を乱暴に掻きはじめた。

 

「……気にすることはない。わたしたちは、仲間なん、だか、ら……」

 

 ルイジは手の動きを止めると、振り返った。

 

 アルマンドはベッドに倒れ込むように横たわると、スヤスヤと寝息を立てはじめる。

 ルイジは苦笑しながらベッドに近づくと、足下に落ちていた本を拾い上げ、枕元に

そっと置いた。

 

 

 

 

「やれやれ、できれば自分の部屋で寝てくれると助かるのだが、な」

 

 

 

 

 ルイジはアルマンドの体に毛布をかけると、あどけなさの残る横顔に、軽く唇を押し

当てた。

 

 


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