艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第18話 「バルジじゃありません!」

 

「……はじめてじゃない」

 

 棘をふくんだ声に、スパルヴィエロは顔を上げた。

 視線の先には、あいかわらず頭の後ろで腕を組んだまま天井を見上げるエスペロと

オストロの姿があったが、ふたりとも口をへの字に結んだままのため、どちらの言葉かは分からなかった。

 

「アンタと合うのは、今日が初めてじゃないって、そういってんの!」

 

 エスペロとオストロの赤い瞳に、怒りの炎が揺れ動いている。

 だが、スパルヴィエロは話が見えず、困惑するばかりだが、それがかえってふたりの怒りの炎に油を注ぐ結果になった。

 

「船団護衛に失敗した挙げ句、死にかけてたアンタを助けてあげたのは、誰だと思って

いるの?」

 

 エスペロたちの言わんとすることを理解し、スパルヴィエロ肝心なことを言い忘れた

ことにようやく気づいた。

 

「あ、あの……ごめんなさい、わたしったら……」

「だいたいアンタ、体重いくらあるのよ!」

 

 

 

「へっ!?」

 

 

 

 下がりかけた頭が止まり、ゆっくりと元の位置に戻っていく。

 スパルヴィエロは、オストロの発した言葉の意味を探るべく沈思黙考する。

 

 だが、お世辞にも優れているとはいえないスパルヴィエロの知識を総動員しても、目

の前の駆逐艦娘の真意は計りかねなかった。

 

「あたしたち駆逐艦が3隻がかりじゃなきゃ持ちあがらない(サルベージできない)なんて尋常じゃないわよ。さあ、正直に言いなさい!」

 

 あきらかに話のベクトルがズレてきているが、ジリジリと詰め寄ってくるエスペロたちの顔を見ていると、もはや説得すら不可能ような気がしてきた。

 

 

こいつ(スパルヴィエロ)体重(排水量)は、3万418トンだ】

 

 

 ネロがぶっきらぼうにつぶやくと、エスペロとオストロの瞳が限界まで見開かれ

ふたりは同時に叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

「「デヴッ!!」」

 

 

 

 

 

 穏和な性格のスパルヴィエロだが、そこは年頃の娘である。

 さすがにこの暴言にはカチンときたようだった。

 まるで、珍獣かUMAでも見るような眼差しで自分を見つめるエスペロたちに、顔を

真っ赤にしながら、珍しく声を荒げて反論を始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それは、わたしの客船時代の排水量の話であって、

空母に改装されたあとは2万3000ト……っていうか、じっさい、そんなに重いわけ

ないじゃないですか!」

 

 まあ、冷静に考えれば、体重が3万トンもあれば、いまごろスパルヴィエロは足下の

床を突き破り続け、エスペランザの地下にあるワインセラーにでも深々と突き刺さっ

ているころであろう。

 

 

「ふたりとも言い過ぎだよ。スパルヴィエロさんも、私たちと同じ艦娘なんだから、困った時に助け合うのは当然でしょう?」

「コイツが重いのと、その話は別よ! だいたいトゥルビネだって、あの時は凄い顔して運んでたじゃない、本音を言えば重かったんでしょう?」

 

 

 

 

「え? ええ、それは、まぁ……」

 

 

 

 

(ソコハ、嘘デモ否定シテ欲シカッタデス、トゥルビネサン……)

 

 

 

 唯一の理解者と思っていたトゥルビネにまで、完全に肯定されてしまい、落胆する

スパルヴィエロに向かって、エスペロとオストロがズンズン近づいてきた。

 

 困惑した顔で見下ろすスパルヴィエロの目の前まで足を止めると、ふたりはつま先立

ちになると両手を伸ばした。

 

 

 

 

「ひゃああああ!?」

 

 

 

 いきなり小さな手で豊満な乳房を鷲掴みにされ、スパルヴィエロが素っ頓狂な声を上

げてしまう。

 

 

「何よコレ、バルジ? バルジなの?」

「こんな余計なモノつけてるから、重いのよ!」

 

 

 

「こ、これは、バルジじゃありませんっ!!」

 

 

 花も恥じらう乙女相手にエラい言いぐさだが、当の本人であるスパルヴィエロは、

そのことに対してツッコむ心の余裕は、まるでなかった。

 慌てて身をよじりふたりを振り払おうとするが、その双眼に羨望、というか、あきらかに嫉妬の炎を宿したエスペロたちは、振りほどかれまいと、さらに握りしめた両手に

力を込める。

 

 暖かくも柔らかい感触が、両の手のひらを通してエスペロとオストロに伝わってくる。

 

 

 

 

「な、なによ…この、ムダな…大き、さ」

「そうよ、お、女は…胸じゃ、ないんだから…ね」

 

 

 

 

 強気な言葉とは裏腹に、スカスカのセーラー服を通して『敗北』の二文字がエスペロ

とオストロの心に重くのしかかっているのだろう。

 

 

 

 語尾が震え、涙声になっていく。

 

 

 

 

【お前ら、いい加減にしろ】

 

 

 

 

 怒りと悲しみを糧に、戦慄(わなな)く両手に力を込め、スパルヴィエロの乳房を

鷲掴みにしていた、ふたりの手の動きがピタリと止まった。

 エスペロとオストロは、互いに目の端に涙の浮かんだ顔を見つめ合ったあと、ゆっくりと足下に視線に移す。

 

 

 

 

 

 

「「猫がしゃべった!?」」

 

 

 

 

 

 

【……反応遅すぎだろ、お前ら】

 

 驚愕の表情を浮かべるながら、自分を見下ろす駆逐艦娘たちを、ネロは呆れた顔になる。

 

 このバカ騒ぎにも全く興味を示さず、読書を続けていたアルマンドが、ページをめくっていた指を止め、口を開く。

 

「……そういえば、スパルヴィエロは変わった妖精を連れて歩いてるって聞いたことが

ある」

 

 

「妖精?」

「このブサイクなのが?」

 

 

【だれが不細工だ? 殴られてぇのか、このガキ…おわっ!?】

 

 怒りに全身の毛を逆立て威嚇するが、ネロが行動に移る前に、ふたつの影がネロの体に覆い被さる。

 エスペロとオストロは、こみ上げてくる好奇心を抑えられないのか、瞳をキラキラと

輝かせながらしゃがみ込むとネロを力まかせに押さえ込む。

 

「うわぁ、なにコレ!」

「ヘンなの~!」

 

 さっきまでの泣き出しそうな顔はどこへやら、嫌がるネロの毛を乱暴に撫でたり尻尾を引っ張ったりと、やりたい放題である。

 もはや、スパルヴィエロの存在など忘却の彼方に去ったようで、エスペロたちはネロをイヂりはじめる。

 

 年相応な無邪気な笑みを浮かべながら、ネロをかまうのに夢中になっているエスペロとオストロを優しげな眼差しで見ながらトゥルビネが近づいてくる。

 

「ネロさんに、感謝しないといけないですね?」

「そ、そうですね」

 

 当面の危険が去ったことに安堵しながら、スパルヴィエロは額に浮かんだ汗を拭った。

 

 

 そのとき、特大の咳払いが、部屋中に響きわたった。

 

 

 スパルヴィエロとトゥルビネが、肩をピクンとすくませると、おそるおそる振り返った。

 

 仰向けにしたネロの手足を掴み、力の限り引っ張っていたエスペロとオストロの動き

が止まる。

 

 アルマンドだけは、我関せずといった様子で顔も上げようとしない。

 

 

 

「……できれば話を続けたいのだが、かまわないかな?」

 

 

 ルイジの口調は、いつもと変わらず落ち着き払っていたが、その言外に激しい怒りを

内包しているのは誰の目にもあきらかだった。

 

 アルマンド以外の艦娘たちは、ルイジの視線からそっと目を伏せると、大きく首を縦に振った。

 

 

 

 

 


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