艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第16話 「艦娘とは?」

 

「でも、やっぱりわたしなんかじゃ、かえってみんなの足を引っ張ることに

なるのでは……」

「おいおい、さっきの威勢の良さはどこへいったんだ」

 

 ルイジは、急に消極的になったスパルヴィエロを睨みつける。

 

「でもわたし、(速力)は遅いし、載せてる艦載機も旧式だし、おまけに搭載機数も少ないし、それに……」

 

 自分で言っていて、だんだん惨めな気持ちになってきたのだろうか、語尾が叙序に

小さくなり、やがて肩を落とすと黙り込んでしまう。

 

「先ほど提督がおっしゃった事をもう忘れたのですか? 私たちは絶対的に戦力(艦娘)が不足しているのです」

 

 どうにも煮えきらないスパルヴィエロにトレントは憤慨するが、ルイジが両手を上げてなだめすかす。

 

「数、ですか? ん~、ん~、あっ、そうだ!」

 

 腕を組み、うんうん唸っていたスパルヴィエロが、ポンと両手を打ち鳴らす。

 

「わたしたち艦娘が軍艦の生まれ変わりなら、新しい船をどんどん造って自分で沈めちゃえばいいんじゃないですか? そうすればきっと、艦娘の数も増えるとハズですよ!」

 

「お前な……」

「何を言い出すかと思えば……」

 

 妙案とばかりに、得意げな顔をするスパルヴィエロだが、ルイジとトレントは

あきれ果て言葉が続かない。

 

 

 

「ああ、それならもう、とっくに試した」

 

 

 

「「「はっ?」」」

 

 三人の艦娘の視線が、老提督に注がれる。

 

「じつは、ここだけの話なんじゃがな」

 

 老提督は辺りを伺いながら声を潜めると、手招きしはじめる。

 ルイジたちは肩も触れ合んばかりに身を寄せ、老提督の周りに集まった。

 

「“タラントの惨劇”の後、損害が余りにも大きかった艦娘たちの数を補うために、

試験的に当時極秘に建造していた駆逐艦を、深夜にナポリ沖合まで曳航し自沈させた

そうなんじゃ」

「で、結果はどうなったのですか?」

 

 

 興味深げに尋ねるルイジに対し、バルドヴィーノは両手を肩のあたりまで持ち上げ、

パッと開いてみせた。

 

 

「な~んも起きんかった。待てど暮らせど、自沈した駆逐艦の名を冠した艦娘は現れな

んだ」

 

 老提督は、ちらりと壁にかかった時計に目をやる。

 

「今現在に至るまで、な」

 

「ですが提督、私はそのような話、聞いたこともありませんが」

 

 トレントも、秘書艦としてバルドヴィーノのもとで働くようになって1年が過ぎようと

していたが、こんな荒唐無稽な話は噂でも耳にしたことがなかった。

 

「まあ、国民の血税を海に投げ捨てたようなもんじゃからな。政府も軍当局もこの一件をもみ消すのに、必死だったのじゃろうな。わしがこの話を耳にしたのも、つい最近の

ことだしのう」

 

 老提督はグラスに注がれたワインを一口含むと、のどを湿らせる。

 

「だが、この一件、アイディアとしては、あながち間違っていたとはいえんかもしれん」

「それは、どういう意味ですか?」

 

 疑問を差し挟むトレントに、老提督は壁際に置かれた本棚を顎で指し示す。

 

「その中に“イタリア海軍年鑑”と書かれた本がある。どんな内容か知っておるか?」

 

 トレントは本棚に近づくと、立派に装丁された1冊の本の背表紙を指先でなぞった。

 

「はい、この本には、イタリア海軍が創設されて以来、建造された、古今東西の軍艦

の諸性能、さらに竣工から戦没、もしくは退役した日時などが記されています」

「その通り……以前わしは、暇つぶしにその本を呼んでいたんだが、その時に気づいた

ことがある」

 

 スパルヴィエロたちは、老提督の言わんとすることが理解できず一様に困惑したような顔になる。

 

「お前さんたち艦娘は、かつて実在した軍艦たちの“記憶”と“魂”を受け継いだ存在

……そうじゃったの?」

 

「はい」

 

 みなを代表して、ルイジが言葉少なに肯定した。

 

「ならば、その年鑑に納められた全ての軍艦が、艦娘としてわしらの前に現れんのは

変だとは思わんか?」

 

 

 スパルヴィエロたちは一様に顔を上げると、穴があくほど互いを見つめた。

 

 

「それを不思議に思ったわしは、さらにその年鑑と現在イタリア海軍に所属している

艦娘たちのデータを照らし併せてみた。そして、ある事に気づいたんじゃ」

 

 ルイジたちは何も言わなかったが、その瞳が話を進めるようにと催促していた。

 

 

「お前さんたち艦娘として覚醒した艦はみな、深海棲艦との戦いで戦没したものばかり

だったんじゃよ」

 

 

 トレントたちは、老提督が何を言わんとするか薄々気づいてはいたようであった。

 だが、突きつけられた真実によるショックは、想像以上だったようだ。

 

 

 

「……ま、例外もひとつだけ(・・・・・)あったが……」

 

 

 

 そのために、彼女たちの耳には、老提督の口から最後に漏れた言葉を聞き逃していた。

 

 

◆◆◆

 

 

「なんだか辛気くさくなってしまったのう。どうじゃ、気晴らしに一杯?」

 

 バルドヴィーノは陽気な声で話しはじめると、グラスを三つ取り出し中身を満たすと、スパルヴィエロたちの前に押しだした。

 

 グラスを黙って見ていた三人だが、ルイジはやおらグラスを手に取ると、一気に煽る。

 トレントもかなり動揺していたのだろう、勤務中だというのも忘れ、息つく間もなく

ワインを飲み干してしまう。

 

 スパルヴィエロだけが出されたワインに口を付けず、ただグラスの表面に揺れる

波紋を見つめていた。

 

 

 

「でも、それって……もう、わたしたちの仲間は現れないということなんですよね?」

 

 

 

 深海棲艦との度重なる戦いで、イタリア海軍に所属していた戦闘艦艇はことごとく沈められたことは、スパルヴィエロでも知っていた。

 

「そういうことになるの。かといって、今から戦艦や空母を建造しようにも金も時間も無いときておる。第一、今の話はこの老いぼれの夢想にすぎん。じっさい(フネ)を深海棲艦どもに沈めさせても、艦娘になるという保証もないしの!」

 

 老提督は、カラカラと笑いながらワインを喉に流し込む。

 

「だが、我が軍の艦娘たちの数が危険なまでに減少しているのは事実……ルイジ、頼むぞ?」

 

 バルドヴィーノの口調が変わり、ルイジは前を見た。

 幾多の修羅場をくぐり抜けた古強者が、真剣なまなざしで自分を見ていた。

 

「はっ! 行くぞ、スパルヴィエロ」

 

 執務室を後にしようと背を向けるルイジに、スパルヴィエロは慌てて後を追う。

 

「えっ、どこにですか?」

「下だ、お前の仲間が、さっきから首を長くして待っている」

 

 

 首だけひねり振り向くと、ルイジはニヤリと笑った。

 

 


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