艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第15話 「転属」

 

 

 先ほどまで、全身から発せられていたピリピリとした空気は霧散し、ルイジの顔には

穏やかな笑みすら浮かんでいた。

 

(あの偏屈(ルイジ)を……よくもまあ、大したもんじゃ)

 

 バルドヴィーノが、にこにこしながらスパルヴィエロの背中に話しかける。

 

「のう、スパルヴィエロ、今日お前さんに来てもらったのは、他でもな……」

 

 スパルヴィエロが体がビクッと震えると、猛烈な勢いで180度ターンした。

 その疾さたるや、彼女の足下から摩擦熱で一筋の煙が立ちのぼるほど凄まじいものだった。

 

 老提督に二の句を継がせる間も与えず膝を折ると、スパルヴィエロは両手を床につけ、深々と頭を下げる。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいっ!」

 

 

 

 

 

 執務室に響きわたる鈍い打撃音は、血を吐くような謝罪の言葉の後に聞こえてきた。

 

 

 

「……あ~、どうしたんじゃ、急に?」

 

 

 

 勢い余って床に頭を強打し、痛みに体を震わせるスパルヴィエロを呆然と見下ろして

いた老提督は、トレントたちに視線を移した。

 だが、トレントもルイジも状況が把握できず、ただ困惑した表情を浮かべるだけだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「なるほど、例の一件で譴責されると思っとたのか?」

 

 両目を潤ませ、額にできた特大のコブをさするスパルヴィエロを見て、バルドヴィーノは、堪えきれずに笑い出す。

 

「確かに、無断で輸送任務を放棄し、貴重な物資を捨ててしまうなど、本来なら軍法会議もまぬがれんところじゃな」

 

 老提督の無邪気な笑みを見て、胸を撫で下ろしていたスパルヴィエロの体が、その

一言で凍り付く。

 

 

 

「だが、あの場合、嬢ちゃんが下した判断は間違ってはおらん」

「えっ?」

「むしろわしは、最良の選択だったと思っておる」

 

 床にペタンと腰を下ろしたまま、惚けた顔をしていたスパルヴィエロの体を、ネロが

尻尾で軽く叩いた。

 

【『最良の選択』だとよ、良かったな?】

 

 金色の瞳でウィンクしてきたネロを見て、スパルヴィエロ微笑み返す。

 だが、それは、次の疑問を生じさせるきっかけでもあった。

 

「でも、それじゃあ提督は、何のために、わたしをここに呼んだのですか?」

「それは、貴女にこれを渡すためです」

 

 トレントが差し出した一枚の書類を受け取ると、スパルヴィエロは書かれた文面を声

に出して読みはじめた。

 

 

「え~と、『空母“スパルヴィエロ”、○月×日をもって、輸送船団護衛の任を解き、

第1遊撃艦隊への転属を命じる』か、へ~、すごい」

 

 

 顔の高さまで持ち上げていた命令書が、今度はゆっくりと下がりはじめる。

 首を軋ませながら、スパルヴィエロは緩慢な動きで振り向くと、虚ろな瞳で老提督を

見つめた。

 

 

 

「アノ、コレッテマサカ、実戦部隊経ヘノ配属トイウコトデスカ?」

 

 

 

 バルドヴィーノは、こぼれるような笑みを浮かべながら、力強く首を縦に振った。

 

 

 

「む、むむむ無理ですよーッ!!」

「なんでじゃ?」

 

「だってわたし、実戦経験無いんですよ? 戦技関係の練度だって、軒並み『0』だし……」

「何を心配しとるのかと思うたら、そんな事かい? 大丈夫じゃよ。2、3回実戦を重ね

れば、練度など勝手に上がっていくわい」

 

 もはや、高笑いを続けるこの老提督を説き伏せるのは無駄と判断したのだろう。

 一縷の望みをかけ、スパルヴィエロは、若干瞳孔が開き気味の瞳で横を見た。

 

 だが、ルイジは頭に手をやりながら明後日の方角に目をやり、トレントは熱心に眼鏡を拭きはじめ、スパルヴィエロと目を合わせようともしない。

 

 

「……嬢ちゃんの気持ちも分かる。だがのう、わしらに残された時間は、もう無いんじゃ」

 

 

 何か思い詰めたような哀切を含んだ声に、スパルヴィエロは反射的に振り返る。

 そこには、先ほどまでの軽薄さは影を潜め、真剣なまなざしで自分を見つめる老提督

の姿があった。

 

「のう、スパルヴィエロ、お前さん今、このイタリアを守るために、幾つの艦隊が戦っているか知っとるか?」

 

 スパルヴィエロは、こくんと頷くと、指折り数えはじめた。

 

「えっと、まずこのナポリに、ルイジさんの第1遊撃艦隊と第2遊撃艦隊、それと哨戒用

の駆逐隊が二つ。そして、サルデーニャ島にアクイラ姉さんのいる第1主力艦隊と第2主力艦隊。それに第3遊撃艦隊……あっ、あと、潜水戦隊がいたはずだったような……」

 

 

 老提督は、スパルヴィエロの回答に満足そうに頷いた。

 

 

「正解じゃ、では、これらの艦隊を合計すると、艦娘の数は?」

「40、です」

「残念じゃが、今度は不正解じゃな。正確にいうなら、嬢ちゃんを加えて(・・・)『41』じゃ」

 

 かすかに顔を強ばらせるスパルヴィエロを見て、バルドヴィーノは目を伏せながら話を続ける。

 

「これに、給油や輸送など各種支援に従事する艦娘を加えても、その数は60にも満たないじゃろうな」

 

 ルイジとトレントは、黙したまま老提督の声に耳をかたむけている。

 

「だが、この寡兵を以て、わしらは深海棲艦どもと戦い勝たねばならん!」

 

 色が変わるほど拳を握りしめていたことに気づき、老提督の口元に苦笑いが浮かぶ。

 

「さて、“タラントの惨劇”で、何故わしらが大敗を喫したと思う?」

 

 

 スパルヴィエロは、ゆっくりと(かぶり)を振った。

 

 

「そうか、嬢ちゃんはあの頃まだ、艦娘として覚醒しとらんかったからのう……確かに

あの戦いまで、勝ち戦を重ね、わしらは慢心し警戒を怠った。そこにあの奇襲を受けた」

 

 老提督の視界の端に、うつむき血が出るほど唇を噛みしめているルイジたちの姿が

映った。

 

「だが、敵航空母艦の存在に気づかなかったのが、最大の敗因じゃった。これら空母

から出撃した多数の敵機の攻撃を受け、わしらは一方的に叩かれ敗北を喫した」

 

 老提督は大きく息を吸い、呼吸を整える。

 

「現在確認されているだけでも、この地中海近海に“正規”“軽”併せて8隻にも及ぶ

敵空母が遊よくしておる。これらに対抗しようにも、アクイラ一隻ではもはや歯が立たん。奴らを地中海から一掃するためには、嬢ちゃんの……空母としての力が、是が非にも

必要なんじゃ!」

 

 

 

「わたしの、力?」

 

 

 

 そうつぶやくと、スパルヴィエロは自分を抱きしめるように両腕を肩に回した。

 

「怖いのか?」

 

 スパルヴィエロの肩が小刻みに動いているのに気づき、老提督が労るような口調で

話しかけると、無言のままスパルヴィエロ頷いた。

 

「そうか……」

「でも、守りたい」

 

 語尾こそ震えていたが、スパルヴィエロの凛とした声で話しはじめる。

 

 

 

「たとえ『お荷物』と呼ばれても、わたしだって艦娘です。この国で暮らす人たちや同じ仲間(艦娘)を守りたい……だからわたし、戦います!」

 

 

 

 毅然と言い切るスパルヴィエロを、目を見開いて眺めていた老提督は、口ひげをいじりながら満足そうに頷いた。

 

 

 


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