艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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第13話 「ネバネバして クサいです!」

 

 

 その建物は、“エスペランザ”から、目と鼻の距離にあった。

 

 幅15メートル、長さは70メートルほどあるだろうか。カマボコを思わせる形状のソレは2棟並んで建っており、ぐるりと四方を金網で覆われ、ゲートとおぼしき場所には、銃

を構えた強面の兵士がふたり立ち、辺りに鋭い視線を見回している。

 

 一見すると、港町によくある何の変哲もない倉庫だが、現在は“エスペランザ”同様、

軍に接収され、専用の施設として使用されていた。

 

 ふたつ並んだ倉庫の片方からは、関係者から“工廠”と呼ばれていた。

 

 その呼び名にふさわしく、工作機械の作動音や鉄を加工でもしているのか、ひっきり

なしに、中から耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてくる。

 その音に、そばを通る者はみな顔をしかめ、早足で通り過ぎていく。

 

 もう一つの建物は“ドック”と呼ばれていた。

 

 だが、この呼び方は少々変わっているように思われた。ほんらいドックとは、船舶を

修理するための施設の呼び名であるが、この大きさでは小型の漁船一隻入渠させただけでも、いっぱいになってしまうだろう。

 なにより、このドックの正面に取り付けられた鉄製の扉のサイズでは、前述の漁船を

建物内に入れるのも無理そうである。

 

 しかし、“工廠”とは対照的にこの建物からは物音一つしなかったが、ここはまぎれも

なく“ドック”であった。

 建物の中には船を修理する船台やクレーンなどは、どこにも見あたらなかったが、

代わりに長さ3メートル近い円柱形のカプセルが20基ほど、床一面にズラリと並べ

られていた。

 

 このカプセルこそ、深海棲艦との戦闘で損傷を受けた艦娘たちを“修理”するための

装置であり、艦娘たちにとってまさに“ドック”と呼ばれるものであった。

 ほとんどのカプセルは透明の扉が上に上がり、中は空だったが、一番端に置かれた

カプセルは、己に与えられた使命を全うすべく稼働していた。

 

 カプセルの中は、海水を思わせる蒼い液体で満たされており、少女がひとり、波間を漂うように浮いている。

 

 少女は、スパルヴィエロであった。

 

 内部に充填された液体が流動するたびに、黄金色の髪がさざめく波のように揺れ動く。

 

 ルイジたちに救出され、ナポリへと帰還したスパルヴィエロだが、思いの外受けた傷は深く、至急入渠すべくドックへと運び込まれたのだ。

 

 

 

「ここ、は……」

 

 顔の半分を覆うマスクあてがわれたスパルヴィエロは、意識を取り戻すと辺りを

うかがう。

 

「気がついた?」

 

 白衣を着た女性が、のぞき込むようにカプセル越しに話しかけてきた。

 カプセル内にスピーカーが内蔵されているのだろうか、液体を通しスパルヴィエロは全身で女性の“声”を聞いていた。

 

「ここは“ドック”よ」

 

 スパルヴィエロも、ドックが艦娘専用の“病院”のようなものだと聞いていた。

 

 そのためだろうか、目を凝らすと、自分が横たわるカプセルの上にナース服や白衣を

着た妖精がカルテを手に、忙しそうに走り回っていた。

 

「私はここの責任者で、医長を勤めるタニア・パオロよ」

 

 タニアと名乗った女性は、肩口で切りそろえた黒髪を揺らしながら微笑んだ。

 

「どうしてわたし、こんな所に?」

「あなたは、輸送船団の護衛中に深海棲艦との交戦になり、損傷を受けた後、ここに

運ばれたのよ」

 

 

 

「輸送船団……護衛?」

 

 まだ朦朧とする意識の中で、スパルヴィエロはタニアのの言葉を反芻する。

 

 脳裏に、無邪気な笑顔で微笑む、輸送艦娘たちの姿が浮かび上がる。

 

 

「!! あ、あの娘たち…ふぎゅ!?」

 

 

 一気に意識が覚醒し、スパルヴィエロは身を起こそうとしたが、カプセルに頭を打ちつけてしまう。

 

「あの子たちなら大丈夫、全員無事よ」

「よかった……」

 

 安堵に胸を撫でおろすスパルヴィエに、タニアは目を細める。

 

「それだけ元気なら、もう大丈夫そうね」

【ハイ、全パラメーター、正常値クリアデス!】

 

 カプセルに設置されたコンソールの上で、数値を読みとっていた妖精の報告に、タニアは満足そうに頷いた。

 

「分かりました、カプセル内のリペアリキッド排出作業開始」

【リペアリキッド、排出シマス】

 

 慌ただしくコンソールの上を駆け回る妖精たち。

 カプセル内に満たされていた蒼い液体が、みるみる減りはじめた。

 

「さあ、もういいわよ、マスクを外して」

 

 タニアが片手を振ると、カプセルの上半分が重々しい駆動音とともに、持ち上がりはじめた。

 

 

 

「うっ!?」

 

 起きあがろうと、カプセルの縁にかけたスパルヴィエロの指の動きが止まる。

 伸ばした指先から、いや彼女の体中から、ドロリとした液体が滴り落ちる。

 カプセル内を漂っていた金髪が、無数の蛇のようにスパルヴィエロの身体に絡みつく。

 

「ふぇ~、なんか、妙にベタつくんですけど」

 

 体中にまとわりついた毛髪を見て、スパルヴィエロは眉間にしわを寄せる。

 

「しかもコレ、ヘンな臭いがしますね」

 

 スパルヴィエロは自分の腕に顔を寄せ小鼻を動かすと、露骨に顔を背けた。

 

「そういえば、あなたが入渠するのは、今日が初めてだったわね」

 

 タニアは、顔をしかめるスパルヴィエロを、愉快そうに見下ろしている。

 

「多少は不快でしょうけど、我慢して。あなたたち艦娘の肉体的な損傷を治すには、この“リペアリキッド”が、必要不可欠なのよ」

 

 小首をかしげるスパルヴィエロに、タニアはかみ砕くように説明しはじめた。

 

 もともと艦娘自体に備わった治癒能力は、一般人を凌駕するほどのものだが、深海棲艦との戦闘は、艦娘たちの回復力を上回るほどのダメージを与えることが多々あった。

 これらを短期間で修理するために開発されたのが、リペアリキッドと呼ばれる修復剤であった。

 

 この修復剤の効力は目覚ましく、手足がちぎれたくらいの重傷でも、縫合した後にカプセル内に満たしたリペアリキッドに漬けておくだけで、完治してしまうのだ。

 死の一歩手前からでも蘇ることができる、まさに不死の妙薬とも呼べる存在であった。

 

 だが、このリペアリキッドにも、多少の欠点はあった。

 

 ひとつめは、リキッド(液体)と呼ばれているが、実際はゲル状に近く、これが素肌に付くとかなりの不快感を対象者に与え、“溶剤”と誇称される専用の薬液を使用しないと、落とすことができないのだ。

 

 ふたつめは、独特の薬品臭がし、前述の溶剤を使っても体に染み着いた臭いは消えず、完全にこの匂いが消えるのに、数日を要するということだった。

 

 

 これらのことから“入渠”という作業自体、艦娘たちからは大層不評であった。

 

 

 受ける恩恵の大きさから考えれば「ネバネバする!」「クサい!」程度のデメリット

は、黙って甘受すべきなのだろうが、艦娘といっても年頃の娘である、なかなか生理的に受け付けないのが現状らしい。

 

 

「……あのぅ」

 

 スパルヴィエロの今にも泣き出しそうな声に、タニアは口をつぐんだ。

 

「懇切丁寧に説明していただけるのは嬉しんですけど、その前にコレ(・・)をなんとかしてもらえないでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。そこにシャワールームがあるから、使ってちょうだい」

 

 シャワーといっても、コックを捻って出てくるのはお湯ではなく例の溶剤だが、スパルヴィエロは建物の隅にある、小さく区切られた個室に向かって、早足で歩き出す。

 

「着替え、ここに置いておくわね」

 

 タニアは、シャワールームの前に置かれた箱の中に、きれいに折り畳んだ衣服をそっと置いた。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 シャワーのおかげで、かなりすっきりしたのだろうか、中からスパルヴィエロの明るい声が聞こえてきた。

 

「そういえば、トレントがあなたに用があるって言っていたわね」

 

 着替えに向かって伸ばされた細い腕を見ながら、タニアはトレントから託された伝言

を思い出す。

 

「秘書艦殿が、わたしに?」

「ええ、「傷が癒えたら司令部に出頭するように」ですって」

 

 

(はわわ、きっと、輸送船団護衛に失敗したからだ!)

 

 

 スパルヴィエロの脳裏に、こめかみに青筋を浮かべまくったトレントの顔がちらつく。

 

 

「あ、あのタニアさん、折り入ってお願いがあるんですけど……」

「どうしたの? あらたまって」

 

 ドアから顔だけ出し、すがるような目つきのスパルヴィエロを見ながら、タニアが小首をかしげた。

 

 

 

 

 

「もうひと月ぐらい、ここに入渠してたいんですけど……ダメですか?」

 

 

 

 

 

 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、胸元で腕を大きく交差させるタニアを見て、がっくりと首を落とすスパルヴィエロであった。


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