艦これ外伝 ─ あの鷹のように ─   作:白犬

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はじめまして白犬と申します。

今回、艦これを題材にした2次創作を投稿することにしました。
とはいえ、私は艦これ自体はゲームも未プレイ、知識もかなり貧弱です。

色々問題もあるとは思いますが、少しでもこれを読んでくれる方がいるかぎり、がんばっていきたいと思います。

では!


第1話 「スパルヴィエロ」

 

 

 穏やかな風が通り過ぎ、さざ波のように揺れ動く草花。小高い丘に少女がひとり、

膝を抱えてうずくまっている。

 

 頭の後ろで纏められた黄金色の髪が、暖かい風を受けにさざ波のように揺られ、春の

訪れを告げていた。

 しばらくすると、少女はふと思い出したように顔を上げる。目の前に、煌めく蒼い光を

湛えたティレニア海が視界いっぱいに広がった。

 

 眼下にはティレニア海に面したナポリの町並みが見える。豆粒のような大きさだが、

町中を慌ただしく移動する人々の姿が見えた。

 少女はルビーのような青い瞳で、あてどもなくその動きを追っていた。

 

 どれぐらい時が過ぎたであろうか? 目の前を小さな黒い影がよぎり、少女は頭上を

振り仰ぐ。

 

 一羽の鳥が雲ひとつ無い空をよぎり、みるみる小さくなっていく。

 

 

「スパル……ヴィエロ」

 

 

 少女は無意識のうちに、自分の名前をつぶやいていた。

 

 『スパルヴィエロ』は、イタリア語で『ハイタカ』を意味するが言葉だが、それは、

まだ幼さの残る顔立ちの少女には似つかわしい名とは思えなかった。

 

 だが少女は厳密には『人』ではなかった。少女…スパルヴィエロは『艦娘』と呼ばれる

存在だった。

 艦娘とは、在りし日の古の戦船、軍艦の魂を受け継いだ娘たちの総称である。

 

 人ならざる力(能力)を持ち、人類を脅かす『敵』に唯一対抗し得る存在……ほんら

いなら、他の艦娘たちからは誇りや気概のようなものを感じるが、当のスパルヴィエロは

艦娘であるが故に人知れず悩んでいた。

 

【……お前はこんな所で何をしてるんだ?】

 

 スパルヴィエロはかすかに身体を震わせたが、ゆっくりと声のした方に顔を向ける。

 だがそこには誰もおらず、一匹の黒猫がふさふさとした大きな尾を振りながらスパルヴ

ィエロを見上げていた。

 

「あっ、ネロさん」

 

 猫が人語を解す、ほんらいならあり得ないことだが、スパロヴィエロは気にした素振り

もみせず、当たり前のように黒猫に話しかけた。

 

 ネロと呼ばれた黒猫は、呆れたように金色の目を細める。

 

 猫と会話をする少女、事情を知らない人が見れば、憐憫に満ちた眼差しを投げかけ通り

過ぎかねない光景だが、別にスパルヴィエロがおかしくなったというわけではなかった。

 

 ネロは、俗にいう“妖精”と呼ばれる存在であった。

 

 妖精とは、神話や伝説にのみ姿を現す架空の存在とされていたが、艦娘たちの出現と

同時に、人々の前に忽然とその姿を現すようになった。

 その姿形から艦娘と違い、当初はなんの役にたつのか疑問視されたが、戦闘における

サポート、そして艦娘や艤装の修理は基本的に彼女たちにしか行えず、その存在は

艦娘にとって必要不可欠と呼べる存在といえた。

 

 妖精は、一般的に手のひらにも乗るような、小柄で可憐な少女の姿を好んでとるが、

 アイルランドの寓話などに登場する、服を着て、二本足で歩き回る猫の姿の“ケット

シー”や、小人のような体つきの老人“レプラコーン”などの例もあるように、その

姿は多種多様であった。

 

 その正体は、純粋なエネルギーの集合体であり性別などというものを存在せず、その

ため必要に応じ、その姿を変えることすら可能であった。

 

 

 だが、ネロのような存在は希有といえるだろう。

 

 

 “人語を解する”という一点をのぞけば、ネロの外見は、丸々と太った長毛の黒猫

にしか見えなかったのだから。

 

「どうしたんですか、こんなところで?」

【そりゃあ、こっちのセリフだ】

 

 あごに指を当て首をかしげるスパルヴィエロに、ネロは不機嫌そうに二度、三度と地面

に尾を打ちつける。

 

【また、あの事で悩んでいたのか?】

「あははは、まぁ……」

 

 スパルヴィエロは乾いた笑いをあげると、また膝を抱えてうずくまってしまう。

 

 『空母』として覚醒したスパルヴィエロだが、もとは輸送船団を護衛するため客船を

急遽改造した護衛空母だった。

 そのため、当然のことながら、速力、搭載機数など、その性能は他国の空母型の艦娘と

比べると、著しく劣るものだった。

 

 半年前に、当時のイタリア海軍の主力泊地が、空母を基幹とした深海棲艦の奇襲を受け、

そこに集結していた艦娘や艦隊泊地は、一夜にして壊滅的な被害を受けた。

 軍艦関係者は、その攻撃で航空母艦とその艦載機による攻撃の優位性に衝撃を受け、

それまで信奉していた『空母不要論』という考えを改め、航空戦力の増強と、それを

搭載する空母を何より切望した。

 

 

 だが、現在イタリア海軍が保有する空母型艦娘は『アクイラ』ただ一隻であった。

 

 

 それだけに、圧倒的に空母が不足しているイタリア海軍としては、スパルヴィエロと

いう艦娘にかける期待は大きかった。

 

 だが、その結果は彼らが望んだものにはほど遠く、それゆえに、その落胆ぶりもまた、

並のものではなかった。

 

 

『大飯ぐらいのお荷物』、無駄な争いを好まない穏和な性格も災いし、軍関係者や他の

艦娘たちがスパルヴィエロにくだした評価は辛辣なものだった。

 

 当然、スパルヴィエロはこの心ない中傷に落ち込みもしたが、彼女の真の悩みは他にあ

った。

 

 

 

 度々夢に見る、不思議な光景。

 

 

 

 

 ─ 空には鈍色の雲が渦巻き、コールタールを思わせる黒い海がどこまでも続く海上

を、数隻のタグボートに曳航され、1隻の大型の船がノロノロと進んでいる。

 そして、突然その船は閃光と水柱に包まれ、ゆっくりとその巨体を、黒い水面に没

していく。

 

 だが、その光景は鮮明さに欠け、影絵のようにな画像は時折激しく歪み、いくら目を

凝らしても、細部まで確認することができなかった。 ─

 

 

 

 普通の少女として生活していた数ヶ月前までは、このようなことはなかった。

 

 そして、この不思議な夢を見る度に、スパルヴィエロは自分自身の存在の希薄さを

感じ、激しい不安に悩まされていた。

 

 

 このことは、パートナーともいえるネロも知らないことだった。

 

 

 ハイタカが去った大空を見上げながら、スパルヴィエロが力なくつぶやく。

 

「……わたしも、アクイラ姉さんみたいに戦えたらな」

 

 スパルヴィエロの脳裏に、残存イタリア海軍主力艦隊唯一の空母として、日夜最前線

で深海棲艦と戦い続ける、同じ空母型艦娘である姉の姿が浮かぶ。 

 

【あいつは正規空母、そしてお前はしがない軽空母……比べること事態そもそも間違い

だろう?】

「そ、それは分かってます。でも……」

 

 見る見る語尾が小さくなるスパルヴィエロ。それを見たネロは片目を閉じながら、小

さく息を吐く。

 

【それに、お前だって、そう捨てたもんじゃない】

「えっ、そ、そうですか?」

【ああ、乳のデカさなら、お前の方がアクイラより上だ】

「な、なんの話ですか!」

 

 ネロの視線から遮るように、スパルヴィエロは慌ててふくよかな胸を両腕で覆い隠す。

 

【よかったな】

「よくありません!」

 

 腕を激しく振りながら顔を真っ赤にして立ち上がるスパルヴィエロを見上げ、ネロは

童話に出てくるチシャ猫のようなニヤケた笑みを浮かべる。

 

【そうそう、そうやって無駄に元気振りまいている方がお前らしい】

「ネロさん……」

 

 ネロが自分を励ましていたくれたことにようやく気づいたスパルヴィエロは、感極まっ

たように声を詰まらせる。

 

【さて、と……これでようやく本題に入れるな】

「本題?」

【ああ、ところで、今何時だ?】

 

 いつになく真顔で尋ねるネロに、スパルヴィエロは眉を寄せながら、ポケットから銀

色の懐中時計を取り出し盤面をのぞき込む。

 

「えっと、午前10時を過ぎたところですけど、それが……あっ!!」

 

 何か思い出したのか、スパロヴィエロの身体が稲妻に撃たれたかのように硬直する。

 

「は、はわわ、そういえば、わたし、今日は輸送船団の護衛を……」

 

 スパルヴィエロはきびすを返すと、服についた草を払うことも忘れ、全力で丘を駆け降

りはじめる。

 

「い、急がないと任務が…って、わきゃあああぁぁぁぁぁッ!?」

 

 足がもつれ、スパルヴィエロは盛大に丘を転がり落ちていく。その姿が見えなくなるま

で、彼女の悲鳴がナポリの空に虚しく木霊した。

 

 

 

 

【ふぅ、やれやれ、だな】

 

 ネロは大きく首を振ると、姿の見えなくなったスパルヴィエロの後を追い、ゆっくりと

丘を駆け下りていった。

 

 


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