――それから、数ヶ月の月日が経過した。
クルヴィスの生活は多忙を極めた。昼間は慣れないプロデューサー業、天羽奏に振り回されながらもそれなりに楽しめている。そして二課に戻れば聖遺物の研究と解析、管理局のデバイス技術の説明会。魔法の発動シークエンス、デバイスの多種多様な形態と発展の系譜とシステム。それだけおおよそ半日が消し飛び、拍車をかける認定特異災害『ノイズ』へ対する対策。勿論、管理局の人間が櫻井理論に準じたシンフォギアシステムの採用を許可するはずがない。時空管理局としてはあくまでも『管理局の保有している現状の技術力』での特異災害への対処を所望している。それを魔導師として半人前のクルヴィスが可能かと聞かれたらまず無理だった。ぶっつけ本番で戦場に乗り込もうものならツヴァイウィングから非難囂々。
翼は防人としての矜持がある。また、奏もノイズを倒せるのは自分と翼の唄だけだと自負していた。その為、現在は泣き寝入りするしかない。
結果から言えば、タイムカードぶっちぎりの十八時間労働という生活リズムが柳クルヴィスの地球での生活である。勿論、休暇などあってないようなもの。
控えている完全聖遺物の起動実験。ネフシュタンの鎧。その為に、ツヴァイウィングのライブを利用する。もちろん、そのライブにはスタッフとしてクルヴィスも参加予定だ。
その日の収録を終えて、クルヴィスの運転する車に奏が乗り込む。
「っぷはー、今日も疲れたー」
「お疲れ様でした、奏さん」
「だけどそれとこれとじゃ話が別。後でトレーニングに付き合ってもらうよ、クルヴィス」
「うへぇ、マジっすか」
二人組アイドルユニットとはいえ、常に一緒に行動しているわけではない。翼には学業もある。その間、奏のお守りがクルヴィスの仕事。後部座席でだらしなく横たわって占拠している奏は運転席のクルヴィスの後頭部を見ていた。
実際の所、不安でもあったし気に食わない。だが弦十郎の指示とあっては奏も強く出れなかった。しかしそれでも何かあればギャフンと言わせてやるつもりだった――のだが、この数ヶ月一緒に仕事をして分かったのは、社交性も高く気配りが出来、配慮も節度もある非常に社会的な人間だということ。それでも軽薄さや飄々とした印象は拭えないのだが、奏のサポートも欠かさない。
睡眠時間を削りに削って奏と翼のワガママにも付き合っている。一体いつ寝ているのかと疑問符が浮かぶところだ。
「なぁ、クルヴィス」
「あいー? なんでしょう」
「無理してアタシのプロデューサーなんて引き受けなくてもよかったんじゃないか?」
「ご冗談。それ以外だと俺は二課本部に拘束されてるようなものでしょ。そんなん俺は尚更勘弁ですよっと」
奏も後から知ったことだが、この男の仕事量は明らかに尋常ではない量だ。誰も見ていないところで愚痴を漏らしながら栄養ドリンクを飲み干し、それでも顔色だけは取り繕って平気なフリをしてみせている。そこに、少しだけ罪悪感を覚えていた。
「むしろ感謝してるくらいですし。いやー、楽しいですわ。平和な仕事って」
「向こうじゃどんな仕事だったんだい?」
「来る日も来る日も内ゲバと内部不正と犯罪者の違法取引現場の差し押さえとか。ま、当然相手がたもおとなしくとっ捕まってくれるはずもないんで実力行使」
情報査察部とは名ばかりの実働部隊。情報収集を提出するより先に現場を抑えて然るべき裁きの場へと。それが例え、管理局の同士であっても容赦なくクルヴィスの部隊は稼働する。怨み辛みを買う仕事は例えプライベートであっても身を危険に晒す。
「そんなんだから、借りたマンションとか自室ふっ飛ばされたりもしましたねー俺。いやー映画だったらいいんですけどね」
あっはっはと笑い話で済ませようとするクルヴィスがバックミラーをチラと見る。奏が眉を吊り上げていた。
「自分が命狙われて、なんで笑ってられんだ!」
「それだけ世の中の為になってるって証拠ですし、恨まれて一人前ですよ。俺の管理局の仕事なんて。だから地球での仕事は楽しくて仕方ない。スケジュール分刻みは勘弁して欲しいですけどね」
「なんだよそれ。じゃあいいよ、今日はトレーニングは無しで」
「じゃあってなんすかじゃあって。いーですよー? 俺は全然オッケーですよー? というか、それ言ったら奏さんこそ身体、大丈夫なんですか」
クルヴィスも聖遺物に関して学んで知ったことだが、奏は《ガングニール》の適合者だが、その適合系数が低い。その為、無理矢理その数値を引き上げる薬物『Linker』を服用している。薬を切らすと当然ながらガングニールの出力が低下、ノイズとの戦闘に支障をきたす。サプリメント型や注射器タイプでの摂取がメインだが、この数日はそれも絶っているようだ。
「大一番が控えているんだ。アレには、アタシの余分なの加えたくないのさ」
「……」
「ありのまま、アタシの唄でライブを盛り上げて、翼と一緒に会場に来てくれたみんなとガンッガンに盛り上げてさ。起動実験を成功させたいんだよ。ま、いつものアタシのワガママってやつさ」
「そうですね、いつものことなので俺が振り回されること請け合いなワガママ案件」
「そういうこと。だから、アンタにもしっかり働いてもらうよ」
「……労災、おりねーかなー」
神妙な面持ちで呟くクルヴィスの様子がおかしくて――奏は思わず笑ってしまった。
そして、運命の日。ネフシュタンの鎧起動実験ライブが開催となる。いつもの調子の奏に、いつになく緊張する翼。そして裏で控える弦十郎と了子達二課のメンバー。そこにはライブスタッフのシャツを着たクルヴィスも会場を慌ただしく走っていた。
《クルヴィス、そっちはどうだ》
「会場のチェックはオッケーです。危険物とかも今のところ見当たりません」
《念を押すに越したことはないからな。そちらの見回りが終わったら奏の様子でも見に行ってやれ》
「大丈夫でしょう。なんかあったら俺が頑張りますんで」
《お前は頑張りすぎだ。この起動実験が成功したら一杯おごってやる》
「はは、失敗した時とか考えたくねー」
バックヤードで他のスタッフと声を掛け合って機材や最終確認を終えたクルヴィスはそのまま表の売店へと移動する。なにせ大掛かりなライブ会場だ、初めてくるお客にも会場案内をするスタッフが必要になる。人出が多いに越したことはない――とは、この為にある言葉。入場者のチケットを確認するスタッフに、売店で客を捌くスタッフにと手の足りていないところへクルヴィスは空いている者に指示を出す。
(ふーむ、来てくれてるかな)
クルヴィスは腕時計を確認する。そろそろ開演となる時間だ。だが来場者の数が想定以上に多く、まさに満員御礼となっている。その中から顔見知りを探すとなると一苦労だ。
ボサッとよそ見をしていたクルヴィスに来場者がぶつかる。
「おわっと」
「ふゃ!? ご、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ。大丈夫ですか」
見たところ、まだ年は十代半ば。ライブ会場には初めて来たのか、両手でサイリウムを大事に持っていた。オレンジの髪の少女にクルヴィスは何か困ってることがないか尋ね、ライブでの注意事項を簡潔に説明する。
「と、いうわけ。会場のみんなと目一杯楽しんでいってね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ、今度はちゃんと前を見て歩くように」
軽く手を振って、クルヴィスは無線に応じながら駆け足でバックヤードへと急いだ。どうやら用意していたグッズの搬入が予定より遅れているらしい。
(ていうか俺の仕事量だけやっぱ多くねぇ!?)
どうして売店からバックヤードまで走らされて荷物運びやらされるのだろうか。甚だ疑問に思いながら、クルヴィスは見覚えのある一団の横をすり抜ける。
「あ、今日はよろしくお願いします! はい、今行きます! ちなみにどれぐら――え、そんなにあるんすか、マジで!?」
ポカンと口を開けた一団の中心。苦笑いを浮かべていた女性がいた。
「……なんちゅーか、管理局よりイキイキしとるなぁクルヴィスさん」
「あ、あはは……でも忙しそうだし、声を掛けるのは後にしよっか」
「そろそろ開演の時間だ。急ごう二人とも」
「せやね。フェイトちゃんも久しぶりの地球やし、楽しんでこっか。なのはちゃんもフェイトちゃんに会えて嬉しそうやしなぁ? にやにや」
「もう、はやてちゃん! 早く行くよ!」
「置いてくのは無しやろー」