魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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無名、其の名は幻槍

 

 ――どうしてこうなった。どうしてもこうなったのか。クルヴィスは遠い目で白い壁を見ながら目の前の現実から全力で目を逸らしていた。

 天羽奏。風鳴翼。日本の知る人ぞ知るスーパーアイドルユニット、ツヴァイウィング。傷一つつけようものなら日本全国ドルオタの皆様から殺意のパッシング待ったなし。どうして地球に来て早々にこんなことになってしまうのか。まぁ正直管理局の仕事とかやってられましぇーん。

 クルヴィスは改めて目の前の現実を直視する。トレーニングウェアに着替えた二人は準備体操を入念に済ませている。

 

(えー、まじでー? マジでやんの?)

《奏、翼! 準備は出来ているか》

「おーう、勿論さダンナ!」

「はい、司令」

 あちらはやる気満々の様子。管理局という組織の人間がどういう戦い方をするのか興味津々な様子で二課のメンバーも全員モニターしている状況。まるで実験動物か何かの気分でクルヴィスはスーツの襟元を緩め、ボタンを外す。

 

《クルヴィスも。用意はいいか》

「あんまりよくないですけどイエスって言うしかなさそうなので少々お待ち下さい」

「怖気づいても逃げようとしないところは一応、男らしいね」

「……」

 ようやく準備体操を始めるクルヴィスを見て自信に満ちた笑みを浮かべる奏と反対に、翼はあまり浮かない顔をしている。

 

「どうしたのさ翼。そんな浮かない顔をして」

「あ、うぅん……」

「大丈夫さ。アタシと翼、二人のシンフォギアなら負けたりしない。だろ?」

「そうなんだけど――奏、用心だけはして」

 柳家。風鳴の家だけでなく緒川家との交流のある一族。それは、決して公に晒されることのない暗部。言うなれば忍者の家系。

 “柳に風”という言葉があるように、かの風魔一族の門派であるとされるが、それはクルヴィスの口からも定かではない。そもそも家柄にこだわるような性格でもない、だからこそ故郷を遠く離れて時空管理局へと入局したのだが、当時十歳の少年の目に何が映っていたのか。それは当人のみぞ知る。

 

「ふー……、よし」

 覚悟を決めたようにクルヴィスは深く息を吐いた。

 

「セットアップ」

 デバイスを起動する。それは、武装局員に支給されるポールスピア型のデバイス。それにクルヴィスが独自のアレンジを加えた十文字槍型のデバイスは、特別な機能など何も付いていない。“ただのデバイス”というだけの武器だった。専用デバイスという立ち位置などではなく、改良デバイス。クルヴィスの功績から所有を認められている改良デバイスに名前はない。管理局もそれはあくまで“量産型デバイス”として登録していた。

 長さにして二メートル弱。カートリッジシステム未搭載。使用魔法、幻術魔法――“のみ”だとされている。管理局でも類稀な、射撃適正ゼロ。

 デバイスの起動に、二課のメンバーがざわめく。地球で未確認とされている技術力に、弦十郎も驚きを隠せなかった。だが、肝心の能力はどうなのか。それを見極める為にも。

 

「翼。やるよ」

「うん!」

 相手をする奏と翼にはそんなことはどうでもいいのか、シンフォギアを起動するためのコマンドワード、聖詠を口ずさんでいた。

 

(……システムはデバイスと一緒か)

 デバイスマイスターとしての観点から共通点をいくつか見繕って、しかしクルヴィスはバリアジャケットを形成しなかった。シンフォギアシステムに関する詳しい事は後程櫻井女史から聞くものとして――さぁてどうしてくれようかこの状況。クルヴィスは改めて考えた。

 “自分の手の内をどこまで明かすべきか”。これは幻術魔法を使う魔導師にとって戦場で生き残る課題となる。言うなれば詐欺や手品と同じことなのだ。幻術魔法を主軸に戦う者は管理局でも多くない。むしろ希少と言っていい。或いは、射撃の補助などサブに習得しているものが大半であろうものをメインに、それも第一線で使用する時空管理局の魔導師は恐らくクルヴィスだけだ。

 “だからこそ”純粋な戦闘力がモノを言う。……さてここで問題なのが、恐らく彼女達ないし特異災害対策機動部二課が期待しているのが「時空管理局の魔導師の戦い方」というものだろう。それに準じた戦いがクルヴィスに出来るかと聞かれれば、とても難しい。至難の業だ。困難を極めている。

 

 落ち着いて、深呼吸――。

 

《お互い用意はいいな! 演習開始だ!》

 する暇もなく弦十郎の合図によって火蓋が切って落とされた。クルヴィスの口から変な声が漏れる。

 奏と翼の二人の連携を前にしたクルヴィスに対する私情を抜きにして、弦十郎はその様子を観察していた。

 

「了子君。時空管理局のデバイス、という技術をどう見る?」

「う~ん、そうねぇ。起動パターンはシンフォギアシステムに比べると簡素みたいだけど、妙な波長パターンが見受けられるわ」

「ふむ……」

「悔しいけれど、あちらの技術力の方が格段に上。乖離性から鑑みるに、シンフォギアを量産しているって感じかしら?」

「それを使うための素質が“魔力”というわけか」

 確かに、と弦十郎は言葉を咀嚼する。櫻井理論の伴わないシンフォギアシステム――それが時空管理局のデバイス。

 

「クルヴィスからの話では、個々の素養に大きく左右されるらしい」

「そこも含めると、ますますシンフォギアに近いわねぇ。まぁ向こうのほうが自由度は高いみたいだけれども……」

 シンフォギア提唱者としての矜持があるのか、了子の目に映るのは優勢を保つツヴァイウィングの二人。天羽々斬とガングニールの二つの聖遺物と正面から打ち合って原型を保つ強度にも驚かされるが、弦十郎が目を見張ったのはそこではない。

 

 クルヴィスの十文字槍と打ち合う翼の天羽々斬が火花を散らす。互いに弾かれるように距離を取ると奏がガングニールを振るう。

 

「つおっとぉ!?」

「ご自慢の魔術とやらを使わないのかい?」

「とっておきはとっておきたいんですよ、っと!」

「しゃらくさいね!」

 クルヴィスの持つ十文字槍のデバイスに名前はない――“無名”を鋭く突き込む。槍先から石突きへと転じる流れるような動作。順手から逆手に持ち替えながらガングニールで一撃を防いだ奏の腹部を殴打して下から顎を跳ね上げる。そのまま無名を背負い、重心を安定させた回し蹴りが奏の身体を一回転させて地面へと倒した。

 

(やはり腐っても柳家の人間か!)

 槍の柄。その中ほどを握る。槍としてより、棒術としての扱いに長けた握り方だ。格闘にも転じることの出来る持ち方だが、個人の技量や経験に左右されることから扱い難い。しかしクルヴィスの技量はそれらを巧みに操ることから、相当なものと見られる。

 剣十文字の槍先で天羽々斬を受け止めた瞬間、魔力光が漏れた。目を凝らすと、極小の防御魔法が発動している。

 

「っと、あぶね」

 距離を取りながらクルヴィスは無名の柄に通している魔力の芯を弱める。槍先を突きつけ、翼の次の一手に備えた。刀と槍とではリーチに差がある、しかし天羽々斬は形状を変えた。細身の刀から分厚い大剣へと形を変え、青い稲妻を纏う。

 翼が振りかぶり、斬撃を放った。蒼ノ一閃に面食らったクルヴィスは辛うじて防御に成功するも、爆発に呑まれる。

 

「加減はしてある。奏、大丈夫?」

「いったたた。魔導師ってよりありゃタダの武術家じゃないか、ほら吹きペテン師め」

 蹴られた顎を擦りながら立ち上がる。

 モニターしていた弦十郎や了子達、二課のメンバーもツヴァイウィングの勝利にどこか安心していた。

 

「ゲッホゲホ、けほ! いや流石に今のはビビった! なにその超機能!」

 服の端々が擦り切れてはいるが、クルヴィスは健在。まだ戦闘続行可能だ。それに奏が笑みを浮かべる。

 

「あれ受けてまだやろうって気概、嫌いじゃないよ。さぁ、やろうか!」

「柳さんも本気で来てもらってかまいません」

「んー……」

 それにクルヴィスは渋い顔をした――だが、結果を言えばどちらにしろ自分が何かしらの魔法を使わなければ信用されないことで、所属する以上は手の内を隠したところでどうにもならないのである。

 

「んじゃま、そういうことなら」

 右手で槍を保持し、空いた左手に魔力を集中させた。

 幻術魔法と言っても一概には一括りに出来ない。“投影による虚像”が主だったものだが、クルヴィスはそれをデバイスの複製として多用する。空いた左手に浮かび上がるのは、無名の複製品。勿論、強度はお察し。目眩ましでしかない。

 

「槍が二本?」

「手持ち増やせば強いってわけでもないだろう!」

 そう高を括った奏が踏み込む。

 

「まーそうなんだけどね」

 所詮は平々凡々の三等陸佐。クルヴィスが受け流し、左の無名で足を引っ掛ける。そして、即座に複製する。投擲、複製、十文字同士を噛み合わせて奏を拘束する。

 ただの虚像、吹けば飛ぶような空草。それも実践に耐えうる強度を保たせた幻術は、クルヴィスの魔力保有量では十五本が限度である。

 然して――合計十三本の無名によって翼と奏は完全に身動きを封じられた。

 

「こうするのが俺の限界ってことで勘弁」

 パチンッ! クルヴィスが指を鳴らすと同時に、無名が魔力光と共に爆散する。非殺傷設定にしてはあるが、それでも相当量の衝撃に抱かれた二人が崩折れた。意識を奪うまでには至らなかったがそれでも立ち上がれない程の肉体ダメージに倒れる。

 

(っべー、マジやばかったぁー! 流石にこれ以上は何も出せねーぞ俺!)

 疲労感に見合わない戦闘に、クルヴィスは静かに整息しながらすまし顔を保っていた。その結果を見た弦十郎もこれには興味深そうな面持ちで頷いている。

 

 

「ふむ。魔術という科学技術にこちらも理解を深める必要がありそうだな」

「そうねん。見たところ、種類がアレだけとは思えないし……楽しみ」

「ともあれ、これで決まったな。クルヴィスは奏のプロデューサーとしてこれから頑張ってもらうことにしよう」

「それ、本人から許可とらなくていいの弦十郎君?」

「なに、自分を打ち負かした相手とあればアイツも納得してくれるだろう」

「そうねぇ。奏ちゃんも結構無理するタイプだし」

「それに、控えている起動実験。あれの人出が多いのにも越したことはない」


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