――柳クルヴィス、という人物像について大概の人間が抱く印象がある。胡散臭い、信用ならない、飄々としている、軽薄。日系ハーフであり、生まれつきブロンドの髪を持っているだけに髪色の相性もあるのだろう。そんな彼の趣味はいわゆる「オタク趣味」である。そうと思わせない側面に、時代劇やカンフー映画が好きな所も挙げられる。そして彼は地球に有給で帰るたびに情報査察部に日本発の文化を持ち帰っては視聴覚室を占領して映画鑑賞会を開いていた。ちなみに反省文提出ものである。
そんなわけで、クルヴィスは八神家に立ち寄る前にレンタルビデオ屋へと足を運んでいた。TATSUYAで何か新作は無いかと見て回るが、時代劇などの新作は中々入荷しないのが寂しい昨今。仕方なくちょっと古い映画でも観ようかなとパッケージに手を伸ばす。
(あ、懐かしい)
クルヴィスが手を伸ばしたのは、古臭いカンフー映画。往年の名作中の名作。カンフーならまずコレを観ろと言わんばかりの評価を受ける作品。ふと、その手が横からも伸びていた。
「ん?」
「あ」
視線を横に向ければ、赤いカッターシャツの男性。筋骨隆々の肉体に大柄の恵まれた体格。クルヴィスも人並みに背丈はあるのだが、それから更に見上げる程の身長。
「あー……どうも」
「……お前、まさかクルヴィスか?」
「お久しぶりです、弦十郎さん。いつもお世話になってます」
「いや、こちらこそ。元気そうだな」
「まぁ多分こっから元気じゃなくなっていきます、俺」
「何を言っているんだお前は」
「何を言っているんでしょうね俺は」
風鳴弦十郎。クルヴィスの親ぐるみの付き合いの一人。しかし、時空管理局の元へ行ってからはや十年近く顔を見ていなかった。
「今まで何をしていたんだ」
「はぁ。なんと言いますか、公務員? 弦十郎さんは」
「俺もまぁ似たようなものだ」
「あー、そっすか。実はノイズの対策班っつーわけわからん部署にかっ飛ばされましてね」
「……ほう」
クルヴィスは、一瞬の間を置いてから相槌を返した弦十郎の挙動を見逃さない。
「久しぶりに会ったんですし、映画でも観ながらのんびり話でもしませんか?」
「そうだな……お前、家に連絡はしたのか」
「いえ、まだです。まだ身の回りごたついてますし、そっちが落ち着いてから追々」
「先に連絡をした方がいいんじゃないのか」
「弦十郎さんに会った、とでも」
「お前なぁ」
クルヴィスは母親が日本人、そして弦十郎とは個人的な交流があった。という程度なのだがその付き合いは今でも続いている。正確には、風鳴家。引いては緒川家とも。むしろそちらからのアプローチと言ってもいい。
「俺があの人苦手なの知ってて言っているだろう」
「ええまぁそりゃもう当然の如く」
「かわいくない奴め」
「ははは、よく言われます。で、どうです? 映画」
「仕方ない。付き合ってやろう」
パッケージからケースだけを抜き出して、他にも何本か借りていく。
そして、弦十郎の邸宅へと足を踏み入れたクルヴィスは帰り際に買っておいた茶菓子なども一緒に広げて共に映画鑑賞を始めた。
「あれからもう十年か。早いものだな」
「俺がちびすけだった頃ですねー、最後に会ったの。というかよく俺だって気づきましたね」
「ん? そんなの元公安警察の俺からすれば簡単なことだ」
「そういやそうでしたね。ってことは警察辞めたんですか?」
「色々とあってな」
クルヴィスは煎餅に手を伸ばし、弦十郎は腕を組んで映画に熱中している。
「へー。ところで俺は現地を離れていたのでよく分からないんですけれど、ノイズの被害ってどうなってるんですか」
「ニュースとか見ていないのか」
「ま、見る暇も無かったといいますか。ちらほらーと見聞きはしてましたけれども」
「相変わらずだ」
「何の対策も出来ていないんですかねぇ」
椅子に縛られた主人公が悪党に囲まれ、絶体絶命かに思われるがそこは映画。敵の攻撃を避けて上手く縄を切り、そのまま椅子を振り回して敵を殴り倒す。気合一喝、椅子を破壊して無事に脱出するとそのまま流れるように敵を蹴散らしていく。
「……出来ていない、わけではない」
「ダム然り、堤防然り。ノイズ然り、災害には何かしらの対策ってのがあると思うんですけれども。それから身を守る手段って」
「随分とノイズに食いついてくるな」
「ええまぁ、対策班なんて部署に配属されたら。新設の部隊なのでまだ俺一人ですけどね」
「お前一人で部隊なのか?」
「さぁ?」
上手く活躍すれば人員増強とか――無いな。うん、それはない。それだけはないと断言出来るクルヴィスだった。
「大体、そんなノイズ対策班など一体どこの国が」
「おや。日本であるとは思わないんですね? 日本には特異災害に対抗できる手段があると」
「むぐっ……」
「認定特異災害対策機動部は市民の避難が最優先。ま、災害ですからね。一般人は逃げるしかありませんけど。俺の言うノイズ対策班、ってのは外国である確証が」
やってしまった、とでも言いたげに弦十郎は額に手を押し当てた。そうだ、クルヴィスはこういうやつだった。推測と考察と、虚実交えた言動で情報を引き出すのが情報査察部の仕事。だからこそ、今のクルヴィスは昔の弦十郎からは計り知れない程のキツネとなっている。
「昔からかわいくない奴とは思っていたが、こうもくるか」
「昔の俺だったら、探偵とか刑事とかやってたと思うんですけどね」
「今は違うのか」
「ええまぁ。それで、弦十郎さん? ノイズ対策班が海外であると確証を持ったのは、何故ですか」
「……仕方ない。隠したところで、お前は俺から情報を引き出すんだろう?」
「そりゃまぁ、あの手この手搦め手で」
「なら、俺も腹を割ろう。ただし」
「わーかってますって。俺もキチンと積もる話を消化しますよ。映画でも観ながら」
「……時空、管理局?」
「はい」
「魔法とか、多次元世界など、にわかには信じ難い話だが」
「セットアップ」
クルヴィスは自らの左耳に付けているピアスに呼びかける。待機形態のデバイスは即座に反応し、十文字槍の形状へと切り替わった。目を白黒させる弦十郎の前で、再び待機形態へ。
「信じます?」
「信じるしかないだろう」
「それにしても、シンフォギア……ですっけ? そんなの開発されてたんですね」
「当然だが、秘匿事項だ。その装者についてもな」
「ですよねぇ」
「だが。この事実を知ってしまった以上、お前を野放しにするわけにもいかなくなったということでもある」
「そうなりますよね。俺も最低限、時空管理局に関する情報は渡しますよ」
現地での行動は自由と言霊も取ってあることだ。こちらの行動を咎められる立場にはないだろう。
「その時空管理局という組織がノイズ対策班を打ちたて、それがお前ということか」
「そういうことです。俺の任務はノイズ発生源である地球でその解決策、ないし対策を練ること。弦十郎さんの特異災害対策機動部二課とも行動方針は一致してます。ものは相談」
「どうせ編入させてくれ、とか言うんだろう。お前のことだから」
「あ、バレてました?」
「そこまで気が回らないほど、俺も器の小さい男ではないからな。いいだろう、そういうことならついて来い。お前を案内してやる」
「ありがとうございます、弦十郎さん」
(というか、まさかとは思うがコイツ……そこまで見越して俺に情報を渡したわけではあるまいな?)
なんというか、上手く乗せられたような気がする。掌で踊らされている、というよりは掌握されている気がした。もしそうだとすれば。柳クルヴィスは風鳴弦十郎の知らないところでとんでもない成長を遂げている。――が、ひとつ安心できることがあるとするならば。
弦十郎の知っているクルヴィスは、相変わらずだということだ。親しみやすく、飄々としていて、軽薄ではあるがその実、一本筋の通った信念のある男。スパイであるとか、そういう理屈は抜きにして弦十郎はどこか嬉しく思っていた。