魔法戦姫Lyricシンフォギア   作:アメリカ兎

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広域次元犯罪組織クレイモア

 

 その後、しばらく談笑してからクルヴィスは会計を済ませると翠屋を後にする。なのはの両親は現在地元を離れて旅行に出ているらしく、ここ一週間ほど切り盛りしているようだ。地元の人気店とは言え一人では厳しいのではないだろうか。だがそこははやて達が隙を見つけて訪れては手伝っているとのこと。それなら安心だ。

 

「さて。じゃあ俺は他の所にも挨拶回り行ってこようかね」

「いってらっしゃい、クルヴィスさん。またのご来店お待ちしておりまーす」

「暇があったらまた来るよ」

 クルヴィスは翠屋を後にする。次の目的地へ向けて歩く。地球で活動する上で外せない相手がいた。

 

 

 

 呼び鈴を鳴らす。間もなくして出てきたのは、リンディ・ハラオウン提督。現在はフェイトと地球で暮らしている。だがその肝心のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは時空管理局の執務官として多次元世界で起きる事件を解決に導いていた。多忙な生活ゆえか、あまり地球には戻ってこれていない。

 

「あら、クルヴィス三佐? 今日はどうかしたのかしら」

「どうも、リンディ提督。今月から地球勤務になったのでその挨拶に。あ、これどうぞ。つまらないものですけど」

「どうもご丁寧に――クルヴィス三佐?」

「なにか?」

「こういうお菓子、どこで見つけてくるの」

 銘菓『つまらないもの』を手渡されたリンディ提督はなんとも言えない表情をしていた。だが、封を開けて一つ食べると気に入ったのか笑みが溢れている。ちなみにクルヴィスもどこで買ってきたのかよく覚えていない。道すがら、なにか土産を買おうと思って立ち寄った店だ。

 お茶とよく合う饅頭を食べながらリンディ提督は緑茶に相変わらずのケミカル調味料を入れている。そればかりはクルヴィスも擁護できない。

 

「なるほどねー。管理局の特異災害対策班……」

「俺が班長です」

「でも正式な部隊は一人なんでしょ?」

「一人で班とか頭悪いと思いません?」

 ちょっとふてくされながらクルヴィスは深い溜息をこぼす。地球出身、分かる。ノイズ被害が多次元世界でも確認、そのための対策班。分かる。部隊運用、一名――これがわからない。

 

「また随分と無理難題を吹っかけられたわねー。嫌われているんじゃないの」

「まぁ嫌われはすれど好まれる事案がまったく思い浮かび上がりません」

「それじゃ無理ないわね。大丈夫なの、ひとりで」

「本当にダメなときは何もかも投げ出して寝ます」

 お布団は裏切らない。クルヴィスは知っている。人間、本当に頼れる最後の希望はお布団だ。辛い時も仕事が終わらない時も悲しい時も残業申請忘れた悲しい時もお布団に包まれれば頑張れる。

 

「今日は挨拶に来ただけですので、また近いうちにでも」

「そう、それじゃ。また暇を見つけて来てちょうだい。そうしたら私も嬉しいから」

「暇があったらいいんですけどねー」

 多分、ない。間違いなく無い。

 

「フェイト執務官は今、どんな事件の調査に?」

「広域次元犯罪組織の足がかりを追ってるわ。聞いたことはあるんじゃないかしら、クレイモアって名前」

「特務次元航行隊が追ってるあの組織かー……」

 次元犯罪組織の中でも、飛び抜けて凶悪性、凶暴性の高いテロ組織。管理局への復讐を誓うものばかりの反逆者集団。特に、頭目のグレイ・ヴァン・デューメントは犯罪者達から『英雄』とまで称される危険人物だ。

 しかし、何より危険視されるのがクレイモアのナンバー2。通称『復讐鬼』。魔導拳闘術『ファイネストアーツ』の三冠王の輝かしい記録から犯罪者に身を落としたルード・ヴァサリアにこそある。一時期の殺害件数は一月で三桁にまで及んでいたほどだ。大量殺人を繰り返していたがある時期を堺にパタリと止んだ。その後、クレイモアに所属したことが明らかにされている。

 広域次元犯罪組織クレイモア、管理局の不倶戴天の怨敵ではあるのだが、目につく犯罪組織は自らの手で蹂躙していることも公の記録には残されていないが、現地住民の声で判明していた。彼らはそれを慈善事業などでしている訳ではない。それは単に道端の小石を蹴り飛ばすとか、炉端の雑草を踏み潰して歩くようなもの。彼ら、特にグレイからすればその程度のことでしかないのだ。

 無論、管理局とあれば問答無用に戦闘行為に及ぶ。そのせいか、犯罪者集団からは英雄視される一方で同時に畏怖されている。

 

「最近はその足取りも途絶え途絶えで難航しているみたいよ」

「ま、特務次元航行隊の本来の任務は次元航行隊で手に負えないレベルの古代遺物回収ですからね」

 そんな職務内容からか、部隊編成は魔導師ランクを度外視した編成とされていた。部隊長であるファルドの前任は初代不滅のエース。加えて、別分隊には特務航空戦技教導隊『ブルーバード』が控えている。アグレッサーとして『味方殺しのエース』達は次元世界に在中している時空管理局の航空戦技教導に飛び回っていた。

 

「あんな怪物連中はエースに任せて、俺は地球でのんびりやりますさ。それじゃ、リンディ提督。また近いうちにでも遊びに来ます」

「ええ、それじゃ」

 クルヴィスは地球の空を見上げる。――もし、もしもだ。クレイモアが地球に来たらどうなってしまうのだろう。日本なんて島国、彼らの戦場には狭すぎるのではないだろうか。特務次元航行隊はかつて古代遺物を保有した島をまるごと消し飛ばした。理由については、管理保有すべき対象ではなかった、とされている。ならば島ごと『無かったこと』にしてしまおうと、そんな逸脱した判断すら容認されてしまうのが彼らだ。

 そういえば久しく顔を見ていないな、と。そんなことを思いながらクルヴィスはバッグを持って歩き始めた。

 

「さーて、次は八神三佐のとこに挨拶でもしてこようかな」

 できれば夕食に授かりたい。そんな打算的な事を考えながら。

 

 

 

 ――とある次元世界。平穏が続き、これといった特徴の無い惑星では時空管理局も環境保護に留まっていた。文明レベルも過度に高いわけではなく、成長も加速度的なものではない緩やかな技術レベル。その為、休暇に訪れるには程よい管轄内惑星とされていた。

 そんな惑星の最低限の自然が残された都市開発部では平和そのものの日常が謳歌されている。自然公園を走る家族連れや、軽いピクニック気分で訪れたカップルやサークルの仲間達。そんな客足を狙って少し時期の外れたアイスクリーム屋が屋台を開いている。

 

「はい。落とさないようにね」

「ありがとう、おねえさん!」

 一人の子供が店員からアイスクリームを受け取って目を輝かせていた。ストロベリー、バニラ、チョコレートの三段重ね。親から貰ったお小遣いの小さな贅沢に、満面の笑みを浮かべて走る。早く親に見せて自慢したい。そんなはやる気持ちから、少女は足を躓かせた。

 その眼前に黒い足。ぶつかり、転ぶのは留まったがアイスクリームは見知らぬ男性の服に大きなシミを残している。

 成人男性は、少女に視線を落とす。無感情で、まるで機械のような赤い瞳。その瞳に射すくめられて少女が硬直している間に、自分の服に付着したアイスの汚れを見やっていた。

 

「……あ、あの……」

「……怪我はないか?」

 怒られる。そう思っていた。だが、成人男性からは気遣いの言葉。目線を合わせて屈みこみ、アイスクリームの屋台に視線を移すとすぐに立ち上がった。呆然と立っている少女がその後姿を眺めていると、同じアイスクリームを手に男性が差し出した。何故か両手に持っている。

 

「今度は落とすなよ」

「あ、りがとうございます……ごめんなさい」

「気にしなくていい」

 必要最低限。そんな印象の会話だった。ベンチに腰を下ろして、男性はアイスクリームを見つめている。髪の色は銀。瞳は赤。それによく似た男性がもう一人、背後から近づくなりベンチの背を乗り越えて隣に腰を下ろして肩を組む。突然の事態であっても男性はアイスクリームを持つ手を微動だにさせなかった。

 

「おーい、てめぇはなぁに美味そうなもん買ってんだぁ?」

「アイスクリーム」

「ちと買ってくらぁ」

 独特の訛りを見せる男性は、灰色がかった髪に赤い瞳とよく似ていた。だが、服装は対照的にラフな格好で留まっている。こちらはバニラとチョコの二段を手にして戻ってきた。

 少女はなんとなく気になってその二人と並んでアイスクリームを食べている。

 

「おじちゃんたち、旅行に来たの?」

「んー? まぁそんなとこだぁ。嬢ちゃんはお買い物か」

「うん! あそこのアイスクリーム屋さん、大好きなんだ!」

「食べ過ぎてお腹壊すなよぉ? 親は一緒じゃぁねぇのか」

「お母さんはお友達と一緒におしゃべりしてる」

 訛りのある灰色の髪の男性は、よく笑っていた。警戒心の無さに少女もすぐに打ち解ける。その間、銀髪の男性は黙々とアイスを食べていた。

 アイスを食べ終えてからも三人でお喋りをしていると、少女の母親が友達と別れて探しに歩き回っている。その姿を見て少女はベンチから降りると一目散に母親の下へと駆け寄った。母親に出会った二人のことを話そうと指を差すと、サッと顔が青ざめている。ひしと抱きしめて神に祈っていた。

 

「ママ?」

「嗚呼……神様、なんてこと……」

 ベンチから腰を上げる男性が空を見上げる。青空が歪み、そこには時空管理局の艦艇が一隻。誰もが空を見上げる。正義の威光――そんなものを振りかざす理由などこの惑星にあるはずもない。誰もが疑問に首を傾げていた。

 二人の男性を除いて。

 

「ケッ。まったく、おちおちアイスクリームも食えねぇなぁ、ルード」

「たまに食うと美味いものだな」

 航空魔導師達が発艦する。それをのんびりと見上げていた二人もまた、デバイスの待機形態を持ち出す。剣を象ったバッジ。宝石の付いたブレスレット。

 

「いくぜぇデュラハン」

「やるぞ、イラ」

 グレイ・ヴァン・デューメントは血染めの大剣を担ぐ。

 ルード・ヴァサリアは漆黒の鋼拳で拳を包む。

 時空管理局は情報操作でこの平和な惑星で起きた事件をクレイモアによって引き起こされた惨劇と報道するだろう。

 S級艦艇一隻、撃沈。被害者約五十名。死傷者三十数名。交戦時間――――三時間弱。

 

 灰塵の英雄。正義の叛逆者。平和の破壊者。誰が呼んだか首狩り騎士。自らの振るう大剣こそが叛逆者の証、クレイモア。グレイ・ヴァン・デューメントは瓦礫に剣を突き立てる。

 それら全ては管理局が自らになすりつけた罪状であるというのに。

 そして、これらの惨劇の後に待ち構えている強敵も見知っている。

 

「来いよ特務次元航行隊。ファルド・ヴェンカー」

「……」

 ルード・ヴァサリアもまた、ロア・ヴェスティージを待ち構えていた。廃墟の街に腰掛けて、瓦礫の戦艦に背中を預けて二人の怪物は、静かに待つ。

 クレイモア旗艦『アザゼル』が到着するのが先か、それとも――特務次元航行隊と死闘を繰り広げるのが先か。


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