大人いわく、思いつきは数字で語れるものではない――。製薬工場へと逃げ込んだ了子だったが、それでもネフシュタンの追撃はしつこく、撒けるような速度ではなかった。意を決してここで戦う覚悟を決める響だが、その胸中にあるのは、和解の文字。
なのはとバスターの砲撃戦、ヴィータとシャドウの空戦が繰り広げられている最中、漆黒のバイクを運転している謎のライダーは停車すると降車してのんびりと歩いて近づいてくる。
クルヴィスは了子と響を退避させると、十文字槍を構えた。
『……』
「……」
無言で睨み合い、穂先を突きつける。相手はそれを威嚇、或いは警告とみなしたのかそこで足を止める。鼻で笑う仕草を挟み、拍手を送ってきた。
『いいや、驚いた。アンタ思いの外身体能力高いんだな』
電子音声によるくぐもった男性の声に、クルヴィスはそれが機械ではなく人間であることを感じ取る。
「そりゃどうも。感心するなら金をくれって感じだけど」
『ハハハ、そりゃそうだ。だが生憎とこちらも仕事の都合だ』
親指で弾き、宙に舞うカートリッジ。ベルトのバックルを開けて、手首を慣らす。
『時空管理局。そのデバイス技術は確かに脅威的だ。少なくともこの地球においては。だがお前らには圧倒的に足りていないものがある――』
「なに? 常識?」
『それもそうだが。圧倒的に、遊び心とロマンが足りていない』
「は、なにそれ。激おこなんですけど俺」
声を大にして叫びたい。そんなの俺だって予算が下りれば突き詰めたいわこんちくしょう。こちとら少ない予算で可能な限りデバイスの整備を回すので精一杯だわハゲ、バカ。根無し草! クルヴィスが半ギレになる前で、相手は落ちてくるカートリッジをキャッチするとベルトのバックルに装填して、トリガーを引く。
『セットアップ』
《認証――確認》
カートリッジシステムによる魔力充填。デバイスの起動における必要魔力量を補填するサブシステム。霧散した魔力が形成するのは、後ろ腰に二本の大型ナイフ。弾倉を兼ねた柄を握りしめて、抜剣する。撃鉄を起こし、トリガーを引けば弾薬の装填と同時に排莢を行うダブルアクション・ガンナイフ。違法魔導士達の間で一昔前に普及した、とある犯罪組織が用いた簡易量産型デバイス。その改良型。――であるとかないとかは、この際クルヴィスにとってはどうでもいい話である。
問題はそこではない。問題は、その起動方法が朝早くから放送している男児向けヒーロー番組の如く一連の動作であることだ。そしてそれはクルヴィス自身がメチャクチャハマっているジャンルでもある。
「チクショウ、そんなん――かっこいいに決まってんだろ! 俺だって予算下りたら作りてぇよッ!!」
思わずクルヴィスの口から本音がだだ漏れた。装備した当人もそのフィット感に感心している様子。戦う前から何故か敗北感が付きまとう。今決めた。この相手は俺が仕留める。
『ハッハッハッハッハ! やっぱそうか、そうなるよな! 最高だアンタのそのノリ!』
「ぜってぇ許さねぇからな! 牢屋にぶち込んでやるッ!」
『そりゃあ勘弁してくれ。向こう百年出られない』
順手に構え、クルヴィスは踏み込む。槍のリーチを活かした刺突。これを、鎌首を受け止める形で防いだ。――この対敵は、戦い慣れている。その一手だけで背筋が寒くなった。
十文字槍の特性を真っ先に殺しに来ている。動きが熟練の戦士だ。隙が無いと言ってもいい刺突を防ぎ、槍を引く暇を与えない。既に片手でトリガーガードに指を引っ掛けてナイフを指先一つで垂らし、クルヴィスと距離を詰めている。
(冗談、じゃねぇぞオイッ!?)
総毛立つ、目前に迫る死の直感。槍を手放し、強くその場に踏み込みながら、肩から相手を押し出す。胸板を圧迫して、呼吸を乱してから足払いの蹴撃、掌打の三手。距離を大きく離してからの、足で十文字槍を拾い上げる。
相手は背中から転がるように受け身を取って四つん這いになっていた。その姿を無様と笑う者はいない。まるで獣だ。まるで、凶獣のようだ。
「……」
力量を見誤るようでは長生きできない。クルヴィスは自分の直感に従う――アレは強い、少なくとも自分が相手をしていいような相手ではない。クレイモアに加担している犯罪者、そのリストを脳内で洗うが、該当するような人物像がまったく浮かばない。顔も名前も不明の、無貌の怪物。
「何者だ」
『俺が怪物にでも見えるか?』
どの口が言うのか。今の一手で自分は死を予感したというのに。次は引っ掛からないだろう。そうなれば、リーチを活かして相手を近づけないことが最善策となる。クルヴィスは左手に槍を投影する。二槍流を見て『へぇ――』と感心した声を漏らす。
駆け出す。二刀の得物を撃鉄で叩き起こして。足元に薬莢が転がる。
実体刃を魔力刃で覆い、延長された刃を振るう。しなりながら迫る無色の魔力刃をクルヴィスは穂先で払う。相手は積極的に懐へ入ろうとしてくる、それを阻むように槍を巧みに操る。ヘルメットの真横、鼻先で火花を散らしても止まる気配がない。相手に気圧されて後ずさる形になっていた。
『ハハハ、ハッハッハァ!』
(戦闘狂かよッ!)
この手の相手は、とかくヒートアップしてくると手がつけられない。かといって手を抜けば即座に首を飛ばされる。経験上、拘束が望ましい。しかし、勘がいいのか、誘い込む罠を仕掛ければ先んじて察知して距離を取る。狡猾にして残虐、熟練の戦闘狂。
無数に散らした火花、丁々発止。汗ばんだ額から垂れる汗が頬の切り傷に染み込む。
「すぅ――――」
整息。可能な限り相手に気取られない隙の少ない動きで深く息を吐き出す。相手はその間にガンナイフのカートリッジを再装填していた。
響は無数のノイズを相手取り、その動きは以前とは比べ物にならない程の成長を見せている。あれならば任せても大丈夫だ。しかし、なのは達は――? クルヴィスは、ふと道路上で激戦を繰り広げている二人に視線を向けた。
固定砲台としてバスターは道路にアンカーを打ち込み、なのはの射撃と砲撃を全て己の火力で相殺させている。
シャドウとヴィータの戦闘も近接と射撃を交えて高速戦闘を続けていた。その様は、とても自分のような陸戦魔導士には出来ない芸当だ。
(ああまったく、嫉妬ってのは醜いと分かってても切り離せない感情ですこと。どいつもこいつも怪物揃いで泣きたくなってくる)
才覚のある人材はどうして、こう――自分の目につく場所にばかり集まるのだろう。