クルヴィスの運転する車に揺られるなのはとヴィータの二人。その視線の先には了子と響の二人が運搬するデュランダル――二課の地下深くで管理されていた完全聖遺物。その性質は、無尽蔵のエネルギーを精製する。だが、現在は休止状態となっている。
「しっかしわかんねぇなぁ」
「なにが? ヴィータちゃん」
「あんな錆びた剣がそんな力持ってるようには見えねぇ」
「まー、起動していない状態ですからね。そう見えるのも無理はないかと。面倒事が増えないことを祈るだけっすわ俺」
「今以上に頭痛める事態なんかあたしはゴメンだね」
「クルヴィスさんがしっかりしてくれないと私達も大変なんだからね」
「んじゃあ俺の部屋の掃除、誰か手伝ってくれません? ダンボールひっくり返して驚きのゴミ屋敷と化しました」
「ちょっと厳しいかな。クルヴィスさん、ダメだよ。ちゃんと部屋は片付けておかないと」
「おめーは生活能力ねぇのかよ」
「こんちきしょー! 誰のせいでこんな怪我負ったと思ってやがんでしょうか! フレームデバイスぜってぇゆるさねぇ!!」
和気あいあいとした車内の空気、一方で了子と響は緊張感に包まれていた。
「~~~~♪ しんぎーんはー、とぉ」
鼻歌混じりに上機嫌。マスターはフライパンから放ったパンケーキを宙で一回転させると、生焼けの面を滑り込ませるようにフライパンでキャッチした。その様子を見ていたクリスが相変わらず不機嫌そうにしている。
「緊張感のねぇ奴だな。わかってんのか」
「なにがだよ」
「フィーネからの命令だ」
「立花響の拉致を諦めてないんだろ? わぁかってるって、腹ごしらえは大事だろ。チョコレートとクリーム、どっちがいい?」
「両方に決まってんだろ」
「よくばりめ」
パンケーキを頬張りながらも、クリスはマスター睨んでいた。当人は新品の玩具を手にして鼻歌を歌っている。ツヴァイウィングの楽曲だ。
「シャドウとバスターの二人を同伴させる」
「あのライダーはいいのかよ」
「ツヴァイウィングに夢中らしい。風鳴翼がいないなら出撃しない、とさ。ま、俺としてもそれは助かるところだ」
テーブルの上にスーツケースを置くと、マスターはそれを開ける。中に入っていたのは、ベルトとカートリッジ、ボックスマガジン。だが、それらはクリスの見慣れない物だった。
「クレイモアからの餞別だ。さっすが次元犯罪組織、用意がいいな」
片隅に用意されているフルフェイスヘルメットもまた、クレイモアが別途用意したものだ。
「フィーネを裏切るってんなら容赦はしねぇぞ」
「フィーネは俺を利用する。俺もフィーネを利用する。それに、なんの問題があるんだ? お前は関係ないだろ、雪音クリス」
「大きく言ってくれるじゃねぇかよ」
「ま、お互いバカやる年齢だがバカじゃない。喰い終わったら準備してくれよ」
「なぁ」
パンケーキを平らげたクリスに、マスターがおしぼりを投げる。口の周りがベッタリとクリームソースだらけになっていた。
「ん……ぷはぁ。なんで顔隠すんだよ」
「なんでってそりゃあ、犯罪者が顔晒して堂々と犯行するかよ。とっ捕まえてくれと言ってるようなもんだろ?」
目撃者の少ない深夜ならともかくとして、白昼堂々と二課を相手に襲撃作戦を企てているのだからマスターの懸念は尤もだ。
「それを言うなら、お前の方が心配だ。失敗するんじゃねぇぞ、クリス。俺はどうでもいいが」
「失敗するとでも思ってんのかよ」
「前回失敗したしな」
「それはお前が撤退しろって言ったからだろうが! あの命令がなけりゃアタシは今頃――」
「だったら命令聞かなきゃよかっただろうがよ」
「ッ……!」
「お前が二課に捕まろうがフィーネに見捨てられようが、俺は知ったこっちゃない」
ガンベルトを装着し、ヘルメットを被る。ポケットにカートリッジを一発だけ入れてマスターはクリスを置いて屋敷を出る。
《マスター。貴様がライダーの代理を務めるというのか》
「はは、冗談言うんじゃねぇ。俺が? 騎兵の? 無理言うな、俺は俺の仕事しかできねぇよ。だからお前らもお前らの仕事をすりゃあいいんだ」
《了承した》
「んじゃあ、行こうか。俺の仕事はデュランダルの奪還。お前らの仕事はクリスの援護。クリスの仕事は立花響の拉致。足引っ張るなよ、お互いにな」
《問題ない。作戦行動を開始する》
――クルヴィスがバックミラーを確認する。何事もなければ、と思っていたが案の定。後方から追跡してくる姿があった。それは、空中を飛行しているネフシュタンの鎧。そして、足元にテンプレートを展開しながら跳躍してくるシャドウ。
道路の舗装を引き剥がしながら高速機動で迫るバスター。そして、フルフェイスヘルメットを被った謎のライダーが一人。魔力反応その他が感じられないが、その一団と肩を並べている以上は協力者なのだろう。
「――悪夢かよッ!!」
クルヴィスは思わず叫んでしまっていた。なのはとヴィータも驚いている。後続の車輌がネフシュタンの攻撃によって横転していた。
「退きやがれ! アタシの狙いはそっちの車輌だ!」
「つぉい!? あっぶねぇ!」
「ふぎゃ!? おいクルヴィス! 頭ぶつけたじゃねぇか! 安全運転しやがれよな!」
振り下ろされる鞭を急ハンドルをきって避けたクルヴィスに飛ぶヴィータの非難。だが、現状においてハンドルを握る運転手が安全運転を心がける意味はない。
「安全運転ってのはですねぇッ! ハンドル握ってッ! シートベルト締めてりゃッ! 安全運転なんですよぉッ!!!」
「お前免許返してこいよぉぉぉッ!!」
「都会じゃ出来ない高速ドライブ、ノッてきたぁあー!!」
「クルヴィスさん、ドラテクも持ってたんだ。ちょっと驚き」
「なのは、おめーはなに感心してんだ! イッテェ、頭ぶっけたぞ!? 二回だぞ、二回!」
急ハンドル、シフトレバーシフト――わざとスリップさせた車体を掠めるバスターの砲撃。サイドミラーが吹っ飛んだ。カウンターステアで持ち直して、ギアを入れ直すと加速させる。
「でも、流石にこれじゃ厳しいよね。クルヴィスさん、私が迎撃に出るね」
「アタシもだ! これ以上こいつの運転に付き合ってられっか!」
「グッドラックッ!」
「事故りやがれッ!」
サムズアップして応援するクルヴィスに捨て台詞を残して、ヴィータはなのはに続いて車から飛び出した。地面に転がり落ちる前にデバイスを起動させるとシャドウとバスターの足を止める。後続のライダーはそんな二人を避けてクルヴィスの運転する車と並走していた。
風防越しに互いの視線が交差する。だが、顎で視線を促すと了子の運転する車にネフシュタンの鎧が迫っていた。
「……俺に行けと?」
「……」
無言で頷くと、速度を少しだけ緩める。意図は分からんが、とにかく凄まじく嫌な予感がしていた。言葉を交わすまでもなく意思疎通出来ている時点で、何かと気が合いそうな気がする謎のライダーに催促されたのでクルヴィスは仕方なくエンジンを吹かす。
狭い車内でデバイスを起動させる。創造するのは手持ち槍、投擲用のジャベリンを適当な魔力量で形成すると、ネフシュタンに向けて投げつける。相手は飛行している以上、あっさりと避けられた。
「邪魔、するんじゃねぇ!!」
「うっひょぉああああッ!?」
華麗なサイドターンでボンネットが吹き飛ばされるのを回避すると、全速力で後ろを向きながら了子の車と並走する。
「さっすがクルヴィス君。そのドラテクどこで学んできたの?」
「主に趣味ですッ! 了子さん、後ろの窓開けといて下さい。そっち乗り移りますんで」
「ええ、この状況で!?」
クラクションを鳴らしながら挑発するクルヴィスの誘いにネフシュタンの少女は――口元を引きつらせて乗った。
「い~い度胸だぁッ! こいつで、おしゃかにしてやるッ!」
振り上げる両手の鞭から、黒い電撃が迸る。包み込むように白い球状のエネルギーを形作り大きく振り上げた。
それを見ていたクルヴィスは頭をクールダウンさせて、一呼吸。思考速度をフルドライブさせて迅速かつ正確に行動を実行に移す。
シートベルトを外し、助手席のドアを魔力で吹き飛ばし、十文字槍を了子の車に引っ掛ける。アクセルをデバイスを突き刺して固定させた。槍を掴みながら、運転席のドアを蹴って反動と共に身体を勢い良く引き寄せる。
クルヴィスが車輌から離脱して飛び移るのとほぼ同タイミングで爆発、炎上した。しっかりと身を守る防護壁は起動している周到さ。頭から車内に飛び込んだ。
「だ、大丈夫ですかクルヴィスさんッ!?」
「ハリウッドばりのアクション、ノーコメントッ! カメラ回ってないのが残念かな!」
「余裕そうですね」
「一周回って笑いたくなる」
帰りてぇ。クルヴィスはつくづくそう思った。