フィーネは、屋敷で面白くない顔をしていた。それはクレイモアでもあり、米国連邦聖遺物研究機関であり、待機しているフレームデバイス達が原因である。何一つとして状況は好転しなかった。あの狐……柳クルヴィスの存在が何よりも厄介だ。
「……ふん、面白くない」
しかし既に目前に迫ったサクリストD――『デュランダル』の護送。日本政府から二課の活動についての風当たりはますます強くなっている。その不信感というのも、異端技術だけでなく超越技術が追い風となっていた。防衛大臣である広木威椎の抹殺も米国政府との共謀により、決行間近である。
「うぃーっす! ただいまぁ!」
起爆剤が帰ってきた。人があれやこれやと頭を悩ませているというのに、この男ときたら何を思ったか世界万国珍妙奇々怪々デザートフェスティバルというよくわからない催しに一般客として一週間ほど米国へ飛んでいた。らしくもない満面の笑みを浮かべている。それは、この男と出会ってから初めて見せる無邪気な表情だった。歳相応に上機嫌なマスターの両手には溢れんばかりの大荷物。それらを全てテーブルの上に広げる。
「どうしたフィーネ、面白くねぇツラして」
「機嫌が良さそうに見えるかしら?」
「いいや、全然。腹でも減ってるか? なんか作るぞ」
「結構よ」
「ちぇー。よ、クリス。元気にしてるか」
「ったく、この気まぐれ野郎。どんだけお天気気分だよ」
マスターは上機嫌なまま袋を開ける。一つはクリスに。もう一つはフィーネへと手渡した。
「土産だ」
「……あ、あんがとよ」
クリスに渡されたのは、小さな宝石のブレスレット。フィーネには、銀の蝶を模した彫刻。面食らいながらも、眺めていた。
「それで? これでご機嫌取りのつもりかしら?」
「いいやぁ、まさかそんな。今は機嫌が良いんだ。気分も最高。手伝えることはあるか? っと、そっちの三人に渡す土産もあるんだ」
ポケットから取り出したのは、三つのデバイス。シャドウ達が首を傾げていた。
「もののついでに、クレイモアとも接触してきた。戦闘データ貰ってきたから多少は経験値になるだろ」
《それは助かる。ありがたく使わせてもらおう》
「それで? こっちで何か動きは?」
「近いうち。防衛大臣を排除するわ」
「そういうことなら、俺にやらせてくれるかい」
「残念だけど、出る幕はないわよ。すでに米国政府と話はついている」
「んじゃ、俺は万が一に備えておくさ。失敗、なんてことがあったら困るだろう?」
「……そこまで言うなら、仕方ないわね」
「まっかせとけ。俺は包丁握ってるよりそっちの方が本職なんだ」
屈託のない笑みを残して、マスターは荷物をまとめて屋敷の厨房へと軽い足取りで消える。
――広木防衛大臣の殺害は、米国政府の協力者によって問題なく成功した。しかし、それを見守っていたマスターは面白くない顔をしている。
フルフェイスヘルメットの下、眉を寄せていた。
目的の書類を車に積み込んだ米国人達の後を追う。まったく、面白くない話だ。銃殺などと。やるのならば、そう! もっと派手にやった方が面白いに決まっているというのに! 銃じゃ面白くない。手応えがない。楽しみがない。撃鉄一つで終わらせてしまうにはあまりにもったいない話だ! ならばどうするか、ならばこうした方がいい。テロのお手本というのは、こうするものだ。
フィーネに目的のブリーフケースを譲渡して、米国人達は去っていく。報酬も政府とフィーネの両方から受け取り、ほくほく顔で車を走らせていた。長期滞在は不審がられる。日本はそういった観点が薄いとは言え、用心に越したことはない。
アメリカ行きのクルージング、優雅な船旅。豪華客船へのチケットを握りしめて特務隊は港へ車を走らせる。だが、背後から追跡してくるバイクがあった。並走すると、互いに速度を落としていく。
「よぉ! アメリカ人! お疲れ様! つまらないものだが、持っていきな!」
「フィーネのお付きか。ありがとうよ!」
小包を受け取った特務隊は、気さくに手を振ると車の窓を閉める。そして、マスターはバイクを停めて手を大きく振った。バックミラーを見ていた米国人達は笑う。しかし――その手が握られていることに気づいて、凝視した。
手に握られているのは――なんだ? ライターほどの小さな――。
次の瞬間。車内が爆発した。完全な逃げ場のない密室空間が膨張して、破裂した。
爆発と黒煙を上げて一回転し、横転した車両を見てマスターは笑みを浮かべる。心底、愉しそうに。心の底から笑った。
「ヒ、ヒッヒッ――ヒャッヒャッヒャッ! ゲェァヒャハハハハハハッ!! ああいいなぁ、最ッ高だッ! やっぱ人を殺すってのはこうでなきゃあ面白くねぇよ、アメリカ人! お前達のやり方は、あまりにも“おざなり”過ぎる! 銃で人を殺してどうするよ。鉛玉で人を殺してどうなるよ。人を殺す時は、この手に限るだろうがよッ!」
料理をするように。隠し味にたっぷりと
「心配するなよ、跡形もなく全部俺が片付けてやる」
クレイモアへの入団試験はひとまずクリア。後は、フィーネを仕掛けるだけだ。さぁて、どうしてやろうかあの女狐を陥れるには。
爆発事故。広木防衛大臣の死亡。その情報が二課へと伝達され、衝撃が走った。サクリストDの移送――その護衛に響が選抜される。管理局からは、なのはとヴィータの両名。のみならず現場指揮官としてクルヴィスまでもが。それに奏が猛反対していた。
しかし、ノイズキャンセラーを有しているのはクルヴィスだけ。結界による調律空間の形成も限度がある。クルヴィス自身、どうやって完成させたのかすら記憶が定かではない。深夜テンションって怖い。
「だけどよぉ、それならあたしが響と出張ったほうがいいんじゃないか。ダンナ」
「いや、翼が動けない以上は両翼を羽撃かせるわけにはいかん。奏、今暫くの辛抱だ」
「そうまで言うなら仕方ないね。あたしは二課の留守を守るよ」
「奏さん。わたし、頑張ります! だから、平気へっちゃらです!」
「ああ、信じてるよ。響ならやれるさ。管理局の二人も」
「アタシとなのはが出るんだ。敵なんかいねーよ」
「あのー、一応俺も出るんすけど数にすら入ってねーっすか、そうっすか」
「うっせ。人を騙くらかすくらいしか取り柄がねーんだから黙ってろ」
「ヴィータちゃん。本当のことでもクルヴィスさんかわいそうだよ」
「さりげない追い打ちがピンポイントで致命傷なんですけど」
出動前から既にボロボロなのが約一名。
「まぁまぁ、クルヴィスさん。こっちはうちらに任しとき。いざって時は風鳴司令がやってくれるで」
「ノイズ以外なら俺に任せておけッ!」
(全幅の信頼と説得力しかねー)
出撃前に、クルヴィスは自分の持つデバイスをチェックする。予備のデバイスも部屋の段ボール箱をひっくり返して発掘してきた。掃除? 投げ捨てた。内部データの更新も完了している。
車両は全部で四両。了子と響がデュランダルを運び、その護衛としてクルヴィスの運転する車両になのはとヴィータの両名。
デュランダルの移送、その道中にフレームデバイス――特にスピード特化の騎兵が介入してくることは十二分に考えられた。